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■娘たちのベイビー(2)

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ともかくもそれで木崎さんの所に通い始めたが、最初に言われたのは、女子が話しているように聞こえるようにするのに大事なことは、声の高さではなく、話し方が最重要で、次に声の響きなのだということだった。
 
「一般に男性は語るようにしゃべる。女性は歌うようにしゃべる」
と言ってから、木崎さんは言った。
 
「君は、やはり女の子になりたい男の子特有の話し方の特徴があって、元々歌うように話している感じがある。だから、音の響きに気をつけるだけで、かなり女の子っぽい声になるよ」
 
「あのぉ、僕別に女の子になりたい訳ではないんですけど」
「え?そうなの?でも、女の子の話し方を身に付けるには、一時的にでも、自分は女の子になりたい、あるいは自分は女の子である、と思い込んでいたほうがいいよ」
 
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「そうですか。じゃ取り敢えず自分は女の子だと思うようにしようかな」
「今日は恥ずかしかったのかも知れないけど、次回はふつうにスカート穿いておいでよ」
「あ、それはそうした方がいい気がしました」
 
「下着もちゃんと女の子のを着けてね」
「そうします」
「生理になる日も決めて手帳に赤いシールとか貼るようにして、その日は実際にナプキンを付けて生活するといいよ」
 
「ああ!それは効果あるかも」
 
そういう訳で、これ以降、西湖は学校に行く時も下着は女の子用を着け、“生理日”にはナプキンも使用するようにしたのである。もっとも、最初にナプキンを買いに行った時は、まるで自分が犯罪でもしているかのようにドキドキして、レジを通るのに、かなりの勇気が必要であった。
 
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これより少し前の5月下旬、龍虎と西湖は病院に来ていた。
 
実は2人が女役をするために、タックをしている問題で、そういうことを長時間していると睾丸に機能障害が出る可能性があると、ケイがコスモスに言い、それで睾丸に障害が出ていないか医師の診察を受けさせるのとともに、万一の場合に備えて、精液の冷凍を作っておいたほうがいいと言ったのである。精液の冷凍保存には年間2万円程度かかるが、それは事務所で出すことにした。
 
龍虎は困ったなと思った。《こうちゃんさん》に朝から話しかけるのだが、近くに居ないのか、無視しているのか、無反応なのである。このまま医師に診察されたら
 
「なんだ、君、男性器取っちゃってるのか?」
と言われそうだ。
 
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病院には鱒渕が付き添ってくれた。そして泌尿器科の待合室で待つ。龍虎は表面上は平静を装っているが、マジで困っている。
 
先に西湖が呼ばれた。彼は診察室に入り、医師の診察を受けて、睾丸は正常に機能していること、勃起性能にも問題はないことを確認され、精液の採取のために採精室に入ったようである。
 
西湖が採精している間に龍虎が呼ばれる。
 
ところが医師の顔を見て龍虎はしかめっ面をした。医師がピースサインをしている。去年の12月に龍虎を“女の子に改造”しちゃった医師である。あの時とは別の病院なのに!
 
医師は龍虎にベッドに寝てズボンとパンティを脱ぐように言う。今度はいったい何をされるんだ?と思いながら一応従う。医師は龍虎の“割れ目ちゃん”の付近を消毒しながら
 
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「睾丸はこれは小学4年生くらいのサイズだね」
などと言っている。
 
「ちょっとペニス大きくしてみて」
などと言いながら、ガラスの容器に入っている洋梨みたいな形の臓器っぽいものを握って細くした上で大きく膨らんだ側を先にし、割れ目ちゃんの奥に12月に作られてしまった穴に押し込む。
 
何を押し込んでいるんだ〜?と思うが、取り敢えずされるがままにしている。かなり体内奥まで押し込んだようである。変な気分だが痛くはない。もしかしたら痛みがブロックされているのかもと龍虎は思った。
 
「うん。ちゃんと大きく硬くなるね。ペニスは小さいけど、機能はちゃんとあるみたいだね。じゃこの容器に、2番採精室で精液を出して来て」
と言われて龍虎はシャーレのようなものを渡された。
 
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取り敢えずパンティとズボンをあげて、容器を持って2番採精室に入った。女の人の裸の写真とかの雑誌が並んでいるのを見て、嫌だなあと思う。でも“ふつうの”男の人には、こういうのが嬉しいのかな?とも思う。龍虎は実は男の人の気持ちがよく分からない。
 
龍虎がそちらに入ったのと入れ替わりで、1番採精室から西湖が出てきたようである。
 
「おお、ちゃんと取れたね。じゃこれ冷凍しておくね」
などと医師は言っているが、どこまでこの言葉を信用していいか分からないなと龍虎は思った。西湖ちゃんは男性機能あるのかなぁ?あの子も色々怪しい気がするけど。だってボクより女の子っぽいんだもん。あの子、実は女の子になりたいのでは?と思うことがある。
 
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龍虎が手に持つシャーレには勝手に白い液体が満たされた。たぶんこれが精液なんだろうけど、いったい誰の精液なんだ?と思う。実際には龍虎はまだ射精の経験が無い。しかし西湖が「ありがとうございました」と言って、診察室から出て行った後で、龍虎は採精室を出た。
 
「じゃこれ冷凍しておくね」
と医師は言いながら龍虎に
《これはお前の本物の精液。光龍が治療中のお前の男性器から採取した》と書かれたメモを見せた。
 
龍虎は『ああ“光龍”だから、こうちゃんさんなのかな?』と思った。でも自分自身が射精したことないのに自分の精液があるというのも不思議な気分だ。ボク自身はなんか更に女の子として改造されつつある気がするけど!?まあ精液があれば、将来父親にはなれるのかな?と思った。
 
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龍虎はそのメモ用紙の下に
《お兄さんの名前教えてよ》
と書いた。医師はそのメモ用紙の下に
《“お兄さん”なんて言うから教えてやろう。俺は縦久(じゅうく)。じゅうちゃんでいい》
《ありがとう、じゅうちゃんさん》
 
それで《じゅうちゃん》はメモ用紙を丸めて捨ててしまった。
 
龍虎は声に出して
「ありがとうございました」
と言って診察室を出た。
 
精液の採取はこのあと2週間おきに合計4回おこなったが、龍虎は毎回採精室の中で勝手にシャーレに精液が満たされるのを見た。ただし《じゅうちゃんさん》が医師のふりをしていたのも、変な改造?をされたのも最初の1回だけだった。
 

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7月24日(金).
 
アクアは早朝FM番組の収録に出た後、上越新幹線で越後湯沢まで移動した。苗場ロックフェスティバルに出演するのである。
 
東京10:16-11:36越後湯沢(自動車)12:20会場
 
アクアの公開単独ステージは初めてである。3月の震災復興イベントの時はゴールデンシックスのステージにゲストボーカルとして登場したものである。しかし今回のフェスではそのゴールデンシックスが伴奏を務めてくれる。
 
越後湯沢駅から会場まではローズ+リリーのドライバー佐良しのぶさんが運転する車に乗せてもらった。ローズ+リリーの2人は昨日越後湯沢入りしていたが、そのスタッフは21-22日頃から入っていたらしい。
 
フェス自体は24-26日の3日間行われる(23日は前夜祭)。この日龍虎はフェスの雰囲気に馴染むことを目的に会場に入り、あまり世間一般に顔が知られていない上島雷太の妹・高木寿恵に付き添われて会場を回っていくつかのステージを見ることになった。寿恵さんも小さい頃からの旧知である。彼女の独身時代から、何度も一緒に遊びに連れて行ってもらったりしている。
 
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この時龍虎は「目立たないように」!?と言われて女子高生っぽい服を着せられた。
 
「女の子の格好なんですかぁ?」
と龍虎が情けなさそうな顔をするが
「あんた、男装しても女の子にしか見えないから男子トイレには入れないでしょ?こちらの方が問題無い」
と寿恵は言った。
 
「それにあんた、男子トイレに入っても個室使うんでしょ?個室は少ないから待つのが辛いよ。男子トイレで個室使っている人ってだいたい長いし」
 
「それはそうですけどね〜」
 
しかしそういう格好をしていたおかげか、サインを求められたりすることは無かった。
 

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結局3つ外国のロックバンドの演奏を聴いた。こういう本格的なロックというのは、小学生の間はライブ入場不可なのもあり、生で見るのは初体験であった。
 
「凄ーい!」
「格好いい!」
などと声をあげながらステージを見ていた。
 
夕方パフォーマーズ・スクエアの中でゴールデンシックスのメンバーと落ち合い、簡単な打合せをした。今回のステージでも来月に予定されているツアーでも、ゴールデンシックスが伴奏をしてくれることになっている。
 
ゴールデンシックスというバンドはメインの2人以外は毎回メンツが違うのだが、この日はこういう顔ぶれだった。
 
キーボード:カノン(南国花野子)
リードギター:リノン(矢嶋梨乃)
リズムギター:マノン(佐小田真乃)
ベース:ノノ(橋川希美)
ドラムス:キョウ(橋口京子)
フルート:フルル(大波布留子)
 
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メインの2人以外は“ゴールデンシックスと愉快な仲間たち”の中からその時と場所で対応できる人が参加するのだという。
 
「愉快な仲間たちって何人くらいいるんですか?」
「さあ」
「たぶん30-40人くらいじゃないかな」
「凄い」
「現地で知り合いを見つけて徴用して、会員バッヂを押しつけたりしてたから」
「一応連絡先、住所、できる楽器を登録してもらっている」
「へー。楽しそう」
などと龍虎が言うと
 
「そうだ、君にも会員バッヂをあげる」
と言って、金色の六芒星のバッヂを渡された。
 
「これで君も“愉快な仲間たち”の仲間だ」
「そうなの?」
 
「できる楽器を申告するように」
「うーん・・・。ギター、ヴァイオリン、フルート、ピアノかな」
 
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「色々できるじゃん!」
「よし、メンツが足りない時は徴用させてもらおう」
「ボク忙しいです!」
 

その日はいったん越後湯沢に戻って、ホテルでぐっすり寝た。ああ久々にこんな早い時間に寝たなと思った。
 
翌日はHステージ(野外.キャパ5000)の朝1番の割り当てになっていたので早朝5時にホテルを出てパフォーマズスクエアに入る。8時に衣装に着替え、鱒渕が運転するミラココアに乗ってHステージの楽屋に移動した。沿道でアクアに気付いて手を振ってくれるファンがいるのでこちらも笑顔で手を振る。Hステージに近づくと、何か凄い列ができているのに気付く。
 
「何の列でしょうね?」
などとアクアと鱒渕は話していた。それがまさか自分のステージを見ようと入場待ちしているファンの列とは、この時は思いも寄らなかったのである。
 
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開演の時間が近づく。観客の様子を見てきたリノンが
「凄い。満員で客席の外側にも人がいる。ここ5000のキャパだけど、これ多分7000人くらい居る」
「え〜?」
 
「定員オーバーですか?」
「特に入場制限とかしてないからなあ」
「将棋倒しとか起きなきゃいいですが」
 
3月の仙台でのイベントも、ファンクラブのイベントも椅子席だった。今回は実は初めて、座席無しのオールフリースペースだったのである。この時は事務所もレコード会社も、そして主催者もあまりにも無防備すぎた。
 

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アクアは9時ジャスト、ゴールデンシックスのメンバーと一緒にステージに出て行った。
 
「みなさん、おはようございます。アクアです!」
と大きな声で言うと、物凄い歓声が来る。
 
物理的には神田ひとみの引退ライブの時の10分の1程度の観客数なのだが、アクアは感覚的にはあの時の倍くらいの観客がいるかのように感じた。
 
ゴールデンシックスが『白い情熱』の前奏を始める。そして歌い始める。物凄い手拍子、歓声である。
 
快感!!
 
アクアは5000人の観客の熱い声援を受けながら、気持ち良く歌を歌っていった。曲が終わってからMCをする。
 
「凄い歓声ありがとうございました。こんなに大勢の方たちの前で歌うのって、ボクも気持ちいいです」
 
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バックでギターを弾いていたリノンがキーボードのカノンと何か話し合ってからアクアの所に走り寄って耳元にささやいた。
 
「観客が興奮しすぎている。危険だから次予定だった『Nurses run』は保留して、『いちごの想い』行く。それと少し長めにMCして」
 
アクアは頷いて昨日の夕食のことを言う。
 
「昨日は出演者エリア内の食堂で夕食を取ったのですが、越後もち豚のトンカツが凄く美味しかったです。それとエゴを初めて食べたんですが、似たようなのをどこかで食べたけどなあと思って考えていたら、1月に福岡に行った時に食べたおきゅうとと似ている、というのをついさっき思い出しました」
 
などと言うと
 
「おきゅうととエゴネリは同じものだよぉ、形が違うだけ」
という声が観客席から飛んできた。
 
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「ああ、同じ物だったんですね。ハマッちゃいそうと思いました」
 
などとアクアが言ったおかげで、この後、数ヶ月、エゴの売上げが倍増して、業者が仰天することになる。
 

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