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待っている間は、魚重さんが青葉のことを色々聞くので、曾祖母が岩手県でも有名な霊能者で、その血を引いているので霊的な能力が高いこと。実際には曾祖母の晩年はまだ幼稚園児だったあの子が曾祖母の仕事を代行していたことなどを語った。魚重さんは「凄い人は小さい頃から凄いんですね」と感心していた。
「こういうのはいわゆる隔世遺伝だから、姉妹間でも差が出るんですよ。私はその辺にいくらでもいる普通の霊能者程度の力しか無いですけど、あの子はたぶん日本でも五指に入る力を持っています」
と千里が言うと、
「その手の話も聞きますね」
と魚重さんも納得していた。
待つこと30分ほど。向こうの方から物凄いものが押し寄せてくるのを感じた。
「何です?あれ?」
と魚重さんが訊く。千里も焦る。
『千里、自分を守れ。魚重は俺が守る』
と《とうちゃん》が言うので任せる。超強力なバリアを張る。
それはまるで雄叫びをあげる兵(つわもの)どもの集団がやってくるかのようであった。魚重さんが「わぁ」と声をあげて目を瞑り、手で頭を覆った。
千里は気をしっかり持ち、一切の隙の無い状態にした。やってきた集団の大半は鳥居から入り《くうちゃん》の作ったルートに沿って8つの穴に分散されて吸い込まれていく。一部そこから外れてこちらにやってくるものがある。しかし千里がそれを睨むと、慌てて鳥居の方に戻り、どこかの穴に吸収された。
騒動はたぶん1分くらいで終わった。
神社から来る地響きで車もかなり揺れた。
《くうちゃん》が鳥居から各穴に通じるパイプを消す。これで穴に入った“ものども”はもう外に出ることができない。
静寂が戻るので魚重さんがおそるおそる目を開ける。
「もう大丈夫ですよ」
と千里は笑顔で言った。
「なんだったんですかね?」
「神様の移動ですね。少々荒々しい神様のようですけど」
と千里は言いながらも、“神様”にもいろんなのがあるんだなと思った。
20分ほどして青葉が戻ってきた。さっき置いていった紙を回収して戻ってきたようである。千里と魚重さんは車を降りた。
「どうですか?さっきはびっくりしました。何だか狼の大群でも来たかという感じの物凄い音でしたけど、みんなこの神社の中に飛び込んで行って、そのまま消えてしまったみたいで」
と魚重さんは言う。
青葉は何かを確かめるように神社を見ていた。どうも青葉が予想したのとは状況が違うようである。たぶん青葉は鳥居の中に誘い込んだ上で、その後8つの穴に分散吸収させようと思っていたのだろうが、そのやり方を採るには巨大すぎる霊団であった。
青葉もやり方が無茶だよ!と千里は思った。
千里は車の荷室に載せているアルミの箱を開け、麻の袋に入っている銅剣を取り出して青葉に渡した。
「はい、青葉。これをあそこに埋めたら完成なんでしょ?」
と言う。
青葉は一瞬ギョッとしたようだが、すぐに平静を装って
「うん。ありがとう」
と言った。そして、まるで自分が千里に頼んでそれを預かっていてもらったかのような顔をして、新神社の祠の前に行き
「姉さん。ここに深さ40cmくらいの穴掘って」
と言う。
「OKOK」
と言って千里が細い縦穴を掘ると、青葉は剣の先端を下にして埋めた。うん。やり方は分かってるじゃん、さすが、と千里は思う。そして青葉がその剣をぐいっと穴の中に押しつけた瞬間、神社周囲の8つの穴で騒いでいた“何か”がおとなしくなる。青葉はそこに土を掛けて穴を埋め、完全に埋めてしまった。そして真言を唱える。すると8つの穴に収まっていた“何か”の微動まで停まり、完全に静寂になった。
「これでもう大丈夫です」
と青葉は笑顔で魚重さんに言った。
ふーん。やはり青葉は演技力あるね!と千里は思った。
青葉は魚重さんに
「この剣を掘り返されたら困るから、ここに石の板か何かを置けますかね?」
と言ったが、千里は補足する。
「石板が1枚あったら、掘り返してみたくなる人があるだろうから、鳥居から祠まで石の道を作ればいいですよ。工事で出た石がたくさんありますよね?」
「ええ。できますよ。それで封印されるんですね?」
「それと神社の周囲にアイテムを埋めた所も掘り返されたくないので、木を植えるか燈籠か何かでも上に置きたいですね」
と千里は更に付け加えた。すると青葉は
「燈籠より木を植えるのがいいと思う。木の成長に伴って封印が更に固まる」
と言った。
「それもできると思います」
と魚重さん。
「では木を植えるまでのつなぎで簡易封印します。木を植える時にこの封印の紙をどけないで、この上に植えて下さい」
と言って、青葉は車の荷室を使ってその場で8枚の半紙に8つの梵字を書く。そして各々を穴の底に置き、更に土を掛ける。穴の上には丸くカットしたプラダンを載せ、更に穴の入口にはプラスチック製の帽子を乗せて、風で飛ばないように杭で打ち付けた。帽子を載せるのは千里が半分手伝った。
「その帽子とプラダンはのけていいですよね?」
「はい。どちらも万一の場合の雨対策ですから、外して捨てていいです」
と青葉は言ったが、千里は
「もっともこれから1週間くらいはここに雨は降らないとは思いますが」
と付け加えた。青葉はポーカーフェイスで頷いている。
「できるだけ早く植樹します!木の種類とかは良いものがありますか?」
青葉が千里を見る。
もう!そんなの私に頼らないで答えてよ、というか最初から苗木を用意しておいて欲しかったんだけど!?と思いながらも笑顔で答える。
「“立山森の輝き”などがいいねと青葉言ってたね」
「おぉ!“かがやき”という名前が入っているのがいいですね!」
「はい」
これは富山県森林研究所が開発した“無花粉杉”なのである。2012年から出荷され始めた。花粉をつけない木を植えることで、封印力が高まる。“かがやき”は無論、来年春から北陸新幹線を走る速達列車の名前である。
「結局、やはり悪霊が暴れていたんですか?」
と魚重さんは訪ねた。
「悪霊ではないですね。これは巨大なエネルギーの塊です。最初はG峠の合戦で亡くなった人たちが霊集団を作ったものだと思いますが、800年の時を経て、ネガティブなものは浄化され、この付近の祖先霊なども吸収して、穏やかな霊団になっていたと思います。それがやはり工事の騒音で安眠妨害されたのでしょう。ここはトンネルから離れているから、新たな安眠の地になると思います。もう大丈夫です」
「安眠の地なら、あまり人が近寄らない方がいいんですかね?」
「大丈夫ですよ。むしろたくさん人が訪れた方が霊の浄化は促進されますし、またこういう場所はエネルギースポットになるから、受験とか商売繁盛とかにも御利益(ごりやく)があると思います」
「お、そういうこと霊能者さんが言ってたと広報誌に書いていいですか?」
「いいですけど、この道、せめて舗装しましょう」
「それは予算取れると思います。地元対策費ということで舗装させますよ」
最後に神社跡と新神社の間をつなぐのに使った紙を新神社の境内でお焚き上げして完了とした。青葉が持参していたペットボトルの水を掛けしっかり消化しておく。灰が残るが、雨が降れば地面に吸収されていくだろう。
「でも参拝客が来るならトイレは付けた方がいいですよね。手を洗う所も必要かな・・・」
と魚重さん。
「トイレは簡易トイレでいいと思いますよ。手洗場はどうしようかな?」
と青葉が言ったので千里は
「そこの地下水を吸い上げればいいんじゃない?」
と言った。
「ああ、そこを掘ればいいよね」
と青葉は千里に話を合わせている。やはり青葉は演技力がある。
「地下水が出ますか?」
と魚重さんが言うので、千里は
「ここにありますよ」
と言って、千里は地下水までの距離がいちばん短い場所に立った。
「ここを掘れば2mくらいで地下水脈に達します」
「掘らせよう!ちょっと印を付けておきます」
と言って、魚重さんは車に積んでいた鉄パイプを1個そこに刺した。
千里と青葉は17時半頃に高岡駅で魚重さんと別れ、取り敢えずインプレッサで青葉の家(桃香の実家)まで行った。
「あら、千里ちゃん来たんだ?」
と朋子が笑顔で歓迎する。
それで一緒に御飯食べようと言って、3人で協力して夕飯を作っていたら、千里の携帯が鳴る。冬子からである。青葉に聞かせられない話の可能性もあると思ったので、千里は仏間に行き、居間との襖も閉めてから電話を取った。
「おはよう。どうしたの?」
「実は昨日の横浜の公演のあとで、政子が間違って千里のフルートを持ってきちゃったみたいで」
「え?ほんと。ちょっと待って。折り返し電話する」
それで千里は青葉に
「ちょっと車見てくる」
と声を掛けて近くの時間貸し駐車場まで行く。そして荷室に入れているバッグを確認した。冬子に電話する。
「ここには見慣れないYamaha YFL-777がある」
「それが政子のフルートだと思う。今どこにいるの?持って行くよ」
「今日は高岡に寄って、東京方面に向かおうと思っていた所なんだよ。あと1時間ちょっとで行けると思うんだけど」
「あ、だったらうちのマンションに寄らない?」
「OKOK。お邪魔するね」
千里はそれで電話を切って、家に戻る。
「ごめーん。泊まっていくつもりだったけど、急用で東京に戻らないといけなくなった」
と言う。
「あら。御飯は?」
「食べてから帰ります」
3人で一緒に御飯を食べた後、朋子がおにぎりを作ってくれた。2人が駐車場まで見送ってくれたので、会釈して千里はインプレッサを発進させた。
小杉ICまで運転すると、IC手前のポプラで車を駐める。そして新幹線で東京に戻っていた《きーちゃん》と位置交換してもらう。それで千里は恵比寿の冬子のマンション前まで来た。インプレッサは《きーちゃん》が運転して東京に戻る。おにぎりも《きーちゃん》が夜食に頂く。
千里は冬子の携帯を鳴らし、中に入れてもらった。すると雨宮先生が来ているので驚く。冬子はどうもローズ+リリーのアルバムに関する作業をしていたようだが、雨宮先生はひとりでカティーサークを開けて飲んでいた。冬子は千里にローズヒップティーを入れてくれた。政子は防音室の中でフルートの練習をしているようだ。冬子のフルートを借りているらしい。
「忘れないうちに」
と言って政子が間違って持ち帰った千里のフルート(Sankyo Artist Ag925 Drawn)を冬子が渡すので、千里も自分のサンキョウのフルートケースに入っていた政子のフルート Yamaha YFL-777 を渡す。
雨宮先生が言った。
「そういえばあんたたち聞いてる?高岡の息子がオーディションに合格した」
「高岡って、ワンティスの高岡猛獅さんですか?」
「もちろん」
「息子さんがいたんですか?夕香さんの子供ですか?」
「むろん高岡と夕香の子供に決まってる。これ誰にも言わないで」
「はい」
「今何歳なんですか?」
「中学1年生。このことを知っているのは、ワンティスでも私と上島と三宅と支香の4人だけ。他には加藤課長や紅川さん」
「紅川さんって、これ§§プロが関わっているんですか?」
「そうそう。彼は§§プロからデビューする」
「§§プロって女の子専門かと思ってました」
「これまで§§プロはフレッシュガールコンテストというのを毎年やっていたんだけど、ここ数年不作じゃん」
「確かに」
「それで新機軸を切り開こうというわけでもう少し音楽的な素養のある子を選ぶべく、ロックギャルコンテストというのを開いた。これは全国で予選をやって今までオーディションに無縁だった層まで掘り起こした。そして歌唱力重視。もちろん最低限の可愛いさも必要だけどね」
「へー」
「その優勝者が高岡の息子だったのさ」
と言って雨宮先生は笑っている。
「むろん主催者側は高岡の息子とは知らなかった。優勝した後で契約の話をしようとして保護者と会ってみて仰天」
「ちょっと待ってください。ロックギャルって女の子を選ぶコンテストじゃないんですか?」
と冬子が戸惑うように言う。
「友達が勝手に応募して。それで書類審査に通っちゃって通知が来たから、まあ行くだけ行くかと言ってオーディションに出てきたらしい。ところが優勝しちゃったんだな。まあ二次審査・三次審査とやっている間に本人もけっこうやる気になってきた」
「女装が好きな子?」
「いやいや。本人は普通の男の子だと主張している」
「でも女の子のオーディシヨンなら、スカート穿かせますよね?」
「スカート穿くことには抵抗感が無いらしい。凄く可愛い子でさ。小さい頃から、友だちとかに唆されてけっこうスカート穿いていたらしい。それでスカート穿いてと言われたら、何の疑問もなく穿いちゃったと。本人はそもそもロックギャルコンテストというのが女の子のオーディションだとは知らなかったというんだな」
「その子の名前は?」
「高岡と夕香は正式に結婚してないから、長野の籍に入っているんだよ。それで戸籍名は長野龍虎というんだけど、里親の元で育てられていて、里親の苗字・田代を名乗っているから、通常は田代龍虎で通っている」
と雨宮先生が言うと
「え〜〜〜!?」
と千里が声をあげた。
「どうかした?」
「それって埼玉県熊谷市に住んでる田代龍虎ですか?」
「ああ、住所は覚えてないけど、埼玉県だったよ。あんた知ってるの?」
「その子が小学1年生の時に知り合ったんです。その後も頻繁に会ってますよ。あの子、物凄く歌がうまいです」
「へー」
「奇遇だね。でもあんた、高岡の子供とは知らなかったんだ?」
と雨宮先生が訊く。
「田代夫妻にも会ってますし、あの子が田代さんちに行く以前から知っていましたが、高岡さんと夕香さんの子供とは知りませんでした」
と千里。
「でもまああの子を女装させたら、女の子にしか見えないでしょうね」
と千里は付け加える。
「じゃ、その子、女装でロックギャルとして売り出すんですか?リュウコというのも芸名ですか?」
と冬子が尋ねる。
「まさか。普通に男の子アイドルとして売り出す。龍虎は本名。空を飛ぶ龍に吠える虎で龍虎だよ」
「ああ。そういう字ですか。コが付くから女名前かと思っちゃった。じゃ、§§プロさんが男の子を手がけるんですか」
「ずっと以前にも男の子を売り出したことはあったものの全然売れなかったんだよ。でも今回は絶対売れると紅川さんは意気込んでいる」
「高岡さんの子供というのを公開するんですか?」
「それは表に出さない。テレビ局とかにも言わない。あくまで期待の新人として売り出す。それを本人も支香も望んでいるから」
「私もその方がいいと思います。七光りでデビューさせても潰れてしまいますよ」
「まあ公開するとしたら、あの子が少なくとも20歳すぎてからだな」