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■娘たちの卵(6)

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2014年8月9日(土).
 
横須賀市でサマーロックフェスティバルが行われ、KARIONもローズ+リリーもこれに参加したが、千里はKARIONの伴奏者として演奏に参加した。
 
『夕映えの街』で巫女衣裳を着て舞い、『雪のフーガ』その他幾つかの曲でフルートを吹き、『恋のブザービーター』ではまたバスケットボール・パフォーマンスをした。曲の最後で美空が笛を吹くのに合わせてシュートをし、それがゴールにきれいに飛び込むと7000人ほどの観衆が沸く。これは本当に快感だと千里は思った。なお美空には『バスケットボール元女子日本代表の村山千里さんでした』と紹介してもらうことにした。
 
「“元女子日本代表”って、“元‘女子日本代表’”という意味にもとれるけど、“‘元女子’日本代表”という意味にもとれるよね」
などと政子が言っていた。
 
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「元女子の日本代表なら、元は女であって現在は日本代表ということで、結局、男子の日本代表ということ?」
と美空。
「男子の日本代表になったことはないなあ」
と千里は苦笑しながら答えた。
 

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この日のステージではその後、Rainbow Flute Bands、チェリーツインなども出ていたので、千里は彼女たちの楽屋にも差し入れを持って行き、おしゃべりなどしていた。遠上笑美子とは直接話したのが初めてとなったが
「ご挨拶にお伺いしなくて申し訳ありません」
と言っていた。
 
「いや、醍醐君をキャッチするのは、かなり難しい」
と顔を出していた兼岩会長が言っていた。
「まあまだ学生ですから」
「先生おいくつですか?」
「23歳ですよ〜。現在修士課程の2年生」
 
「醍醐君は現役のバスケットボールの選手なんだよ。現在スペインのリーグに参戦している」
と兼岩さん。
 
「すごーい!」
と遠上笑美子。
 
「それ知っている人少ないんですよ〜」
「だって去年もLFBで大活躍したじゃん」
「スペインの試合は日本の地上波では放送されてませんからね〜」
 
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「笑美子ちゃん、実は私はお姉さんのこと心配している」
と千里が言うと彼女の顔が曇る。
 
「私も訊いてみたんですが、何かあったみたいなんですよね。でも誰にも言いたくないみたいなんですよ」
 
「実は私はAYAのデビューにも関わっているんだよ」
「そうだったんですか!?」
「インディーズ時代の曲だけど『ティンカーベル』とか私が書いているから」
「あ、あの曲好きです!」
「たぶん色々な人が声を掛けているとは思うけど、歌とか芸能活動のこととは関係無く、ただおしゃべりするだけでもいいから気軽に電話してと言っておいて。一応番号渡しておく」
 
と言って千里は名刺に電話番号を書いて笑美子に渡した。
 
「ありがとうございます。お伝えします」
 
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サマーロックフェスティバルのあった夜は横須賀市内のホテルでローズ+リリー、KARION, XANFUSの合同打上げが行われ、千里は美空に誘われてこれにも顔を出した。バックバンドの人たちを含めて演奏に参加した人やスタッフなども全員誘われたようで、ローズ+リリーのライブにダンスで参加した近藤うさぎ・魚みちるも来ているし、更には無関係のはずのチェリーツインの紅ゆたか・紅さやか・桃川春美まで来ていた。何でも近くに居たので「おいでよ」と言って連れてきたらしい。
 
★★レコードも各アーティストの担当者の他、加藤課長や八雲礼朗さん、八重垣虎夫さん、一畑和茂さんとかが居る。八雲さんや八重垣さんたちは各々誰の関連で来ているんだっけ?と千里は考えたが、どうも結局近くにいたのでノリのいい織絵がまとめて連れてきたようである。撤去作業に行かなきゃと言っていたものの「そんなの若い人に任せておけばいいよ」と加藤さんが言ってくれたらしい。実際この3人は腕力は無さそうで、力仕事には向いていない雰囲気だ。3人は一応撤収作業用に作業服を着ていた。
 
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加藤課長が
「ここに★★レコードの売上げの多分7割くらいに関わる人たちが集まっている」
などと言っていた。
 

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八雲さんが桃川はるみと親しそうに話していたが、そういえばこの人は、チェリーツインの初代担当だったというのを千里も思い出した。
 
「当時『八雲さん』と呼ばれて八雲さんと桜木八雲ちゃんが同時に返事したりしてたね」
と紅さやかが懐かしそうに言う。
 
少し?酔っている紅ゆたかが言う。
「何かうちは性別の怪しい人が多いよね。桜木八雲はいつも男装しているし、春美ちゃんはいつも女装しているし、紅さやかも女装しているし、八雲さんもこうやって男装が多いし」
 
「俺は女装しないよ!」
と紅さやかが抗議していたが
 
「紅ゆたかさんと紅さやかさんは夫婦だという説もあるけど」
と“いつも女装している”と言われた桃川春美が反撃している。
 
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「裸になって抱き合ったことはあるな」
「おぉ!」
「あれは冬山で遭難しかかったからな」
 
「さやかの性転換説というのもあるんだけど、少なくともあの時は付いてた」
「今でも付いてるけど」
 
八雲礼朗さんが居心地の悪そうな顔をしていたが、そういえばこの人さっき“男装してる”と言われていたなと千里は思い起こしていた。
 

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打ち上げの途中でトイレに立った時、ケイ=冬子と遭遇する。彼女は千里に先日、大阪から東京に戻る時にインプレッサの車内で話した貴司とのことを訊かれた。
 
「冬子。私さ。もしかしたら不義の子を作ってしまうかも」
 
冬子は千里の言葉の意味を取りかねたようで質問した。
 
「それ千里が父親になるの?母親になるの?」
「それがどちらがいいのか、まだ分からないんだよね」
「うーん・・・・」
「あの子とは私が母親になってやると約束してるんだよね」
「あの子って?」
という質問に千里は答えなかった。しかし冬子は言った。
 
「千里、その彼氏のこと好きなんでしょ? だったら作っちゃえばいいよ」
 
それで千里は少し考えてから笑顔で言った。
「そうだよねー。やっちゃおうかな」
 
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打ち上げが完全に混沌としてきた頃、XANFUSの音羽が言った。
 
「何か今日は性転換した人がたくさん居る気がする」
「何人いるかな。ケイに近藤うさぎさんに醍醐さんにオリーに」
と光帆が言うと
「私は性転換してないよ!」
と音羽が言った。
 
「以前ちんちん付いてなかったっけ?」
「ついてない、ついてない」
 
そのやりとりを笑って聞いていた千里は言った。
「この部屋の中には今、私も含めて5人、MTFポスト・オペがいるよ」
「へー!」
「FTMポストオペも1人いる」
「それは凄いな」
「あっそうか。オリーはFTMだったっけ?」
「私はただのレズのつもりだし、ちんちん付いてないし」
「いや隠しているのかも知れん」
「隠せるはずのない状況を見てるでしょ?」
と織絵(音羽)。
 
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「でもちんちん隠すのの達人っているよね?」
と美来(光帆)。
 
「逆にあたかもちんちんが付いているかのように装う達人もいる」
と由妃が寄ってきて言う。
 
「偽おっぱいも、偽ちんちんも、精巧なのがあるからなあ」
「高いけどね」
「例えばこんなのもある」
と言って千里が1本バッグから取りだしてみせると
 
「凄い」
という歓声が上がる。
 
「これ一瞬、本物をちょん切って持って来たかと思った」
などと由妃が言っている。
「ちょっと見せて」
と言って、八重垣さんまで手に取って見ている。
「これ凄い。1本欲しい」
と八重垣さん。
 
「虎ちゃんは既に1本持っているのでは?」
「今付けているのと交換したい」
「どうやって交換するんです?」
「ロックを外してグイっと引き抜いて、新しいのをガチャッと填め込み、またロックを掛ける」
「カートリッジ式なんですか〜?」
 
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「それいいかも」
「毎年1回新しいのと交換しないといけなかったりして」
「ちんちんメーカーで毎年新型を出してテレビCM流してたりして」
「車検もあったりして」
「ちんちん税が掛かったりして」
 
「あ、ボクのおちんちんはカートリッジ式だよ」
と由妃が言っている。
「ゆきちゃん、ちんちん持っているんだっけ?」
「あいにく今日は持って来てない」
 
「由妃ちゃんも、男の子なのか女の子なのか悩む時がある」
「由妃ちゃん、結構男装してるよね?」
 
「ボクは女の子とデートする時は男の子に変身して、男の子とデートする時は女の子に変身するから」
と由妃は言っている。
「男の娘とデートする時は?」
 
「女の息子になるよ。向こうにちんちんがあったらこちらはちんちん無し。向こうにおっぱいあったから、こちらはおっぱい無し」
 
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「由妃ちゃん、おっぱいもカートリッジ式なの?」
「残念ながらカードリッジではないんだけど、CカップとEカップの2倍ズーム。今日はうっかり標準サイズ」
 
「ああ、2倍ズームのおっぱい持ってる女の子は時々いる」
「3倍ズームしてる子いる」
「そこまで行くと凄いな」
「男の子のおちんちんはズーム機能持ってるから、女の子のおっぱいもズームでいいんだよ」
「確かに確かに」
 
由妃はかなり際どい話を知っていて、さすがの織絵や美来が息を呑んだりするのを八重垣さんが興味深そうに聞いていた。普通の男性なら、居たたまれなくなるのだろうが、“彼”はむしろ積極的にこの話に乗ってきた。「そういう場合はこういうのもある」と言って、由妃も知らないようなものまで話して「それ教えて」と言って、由妃や織絵がメモを取る場面もあった。
 
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話がどんどん混沌としていく中、千里はまたトイレに立った。どうもビールを飲み過ぎたようである。
 
千里はむろん女子トイレに入るが、中に入ろうとした時、八雲礼朗さんが出てきた。向こうがギョッとした顔をしたが千里は平然として“彼女”に会釈して中に入った。
 
今日は作業着で性別が曖昧だし、そもそも“彼女”なら背広を着ていたとしても女子トイレで騒がれることはあるまい、と千里はチラッと思った。
 

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8月9-10日、栃木県の県立県北体育館で国体バスケット競技の関東ブロック大会が行われた。東京選抜は決勝戦で千葉選抜とぶつかり、激しい接戦の末、2点差で千葉選抜が勝った。千葉選抜は半分がRocutesのメンバーで、対ジョイフルゴールドの秘策がうまく当たり、実力的には上の東京選抜を倒した。藍川監督が凄い顔で千葉チームの実質的な監督の役割を果たした薫を睨んでいた。
 
要するに玲央美も王子も居ない体制で生まれる“ほころび”を突いたのだが、これで東京選抜は国体本戦まで厳しい練習が続くことが確定した。この大会は2位以上が本戦に行けるので、千葉選抜・東京選抜ともに10月に長崎県で行われる本選に出場する。
 
「40 minutes組の子たち、毎日三鷹に来ない?」
「行く」
と橘花。
「私も行く」
と麻依子。
 
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「希良々ちゃんはどうするの?」
「藍川さん、子連れで行ってもいいですか?」
「OKOK。昭子に面倒見させよう」
「え!?」
「昭子ちゃん、ママの体験もしてみようよ」
と唆すと、本人は
「おっぱいあげたりとかしてみたい気もする」
とかなりその気になっていた。
 
「おっぱい型の哺乳器もあるよ」
「それいいなあ」
 

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8月10日(日).
 
この日《きーちゃん》は神社のお務めはお休みさせてもらって朝一番の飛行機で単身北海道に飛んだ。
 
羽田6:10(NH4791 737-500)7:45新千歳
 
そして空港内で“ある人物”と会った。
 
「ちょうどスクーリングで札幌に出てきていたから、ホテルのベッドの上で朝半覚醒の状態になっている所を採取してきた」
 
「ありがとう」
 
「本人は“また息子と浮気してしまった”と思っているかもね」
「あははは」
 
それで《きーちゃん》は新千歳から伊丹へ飛んだ。
 
新千歳9:30(NH3132 CRJ)11:25伊丹
 
それでお昼過ぎに豊中市内の病院に行き、理歌の振りをして病院のスタッフに精液バッグを渡した。ついでに阿倍子に
「北海道土産の『白い恋人』と、あと今駅前で買ってきたタコヤキだけど」
と言って渡すと、何だか涙を流して
「ありがとう」
と言っていたので、さすがの《きーちゃん》も悪い気がして、30分くらい付いていた。
 
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「でもバスケット選手って本当に忙しいんですね」
「そうですね。冬はシーズンだし、春から秋にかけては日本代表の活動があるし。更に兄貴の場合、社員選手で会社の仕事もしているから」
 
「もう週に1回くらいしか会えないのは慣れてしまいました。遠洋漁業の船員さんよりはマシかなと思って」
「それは亭主元気で留守の典型パターン」
「ああ、そのパターンだと思うことにしました」
 

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病院を出たところで千里に電話した。
 
「ありがとう。本当は私が行かなきゃいけないのに」
「修士論文書くので最近頭が爆発気味だったから飛行機に乗ってぼーっとしているのも気分転換になったよ」
「ごめんねー。それも全部押しつけちゃって。論文何とかなりそう?」
「何とかするよ」
 
彼女には1日お休みを与えたので、京都を散策すると言っていた。
 
ちなみに今回、精液を取りに行くのを《きーちゃん》にやってもらったのは、精液の出所を(眷属たちに)あまり明確にしたくなかったからである。
 
千里と《きーちゃん》は小学生の時から繋がりがあり、千里はしばしば彼女には他の眷属たちに知られたくない裏工作をしてもらっている。但し当時は契約関係にあった訳ではない。《きーちゃん》が“美鳳が預ける眷属”の1人として千里に渡されたのは大神様の配慮である。
 
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今回の体外受精はそういう訳で8月3日に採取した貴司の精子(冷凍)と千里が《きーちゃん》に北海道から運んで来てもらった“ある人”(仮名C君)の精子を使用した。今回阿倍子の卵子は5個取れたが、2個に貴司の精液、3個にC君の精子を掛けた。
 
またこれまでは初期胚移植といって受精させてから2〜3日で子宮に投入していたのだが、ここまで全滅だったので、今回は5〜6日培養してから投入する胚盤胞移植という方式を採ることにした。
 
すると、貴司の精液を掛けたものは4日目に分裂が停まってしまったが、C君の精子を掛けたものは3つとも6日後まで分裂を続けた。
 
「これは物凄く優秀な精子ですよ」
と医師が驚いて貴司に電話で報告する。それで前回同様、3つ子になっても構わないという方針で3個とも阿倍子の子宮に投入した。
 
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8月10日(日).
 
季里子が元気な女の子を出産した。名前は伊鈴(いすず)で、季里子が夏樹との間に作った子供は2人とも女の子となった。
 
この出産に際しては、桃香も夏樹も病院の廊下で待っていて、産声が聞こえた瞬間、桃香と夏樹が手を取り合って喜んでいたので、季里子のお父さんが孫の誕生に喜びながらもそのふたりの様子には腕を組んでいた。
 
ちなみに季里子の2人の娘の名前(らいさ・いすず)は、デ・キリコの最初の妻 Raissa Gurievich、2度目の妻 Isabella Pakszwer Far に由来する。命名者は父親の夏樹である!今度の子供がもし男の子だったら“いさむ”にしようと思っていたらしい。
 

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娘たちの卵(6)

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