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■娘たちの卵(17)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-12-16
 
千里は卵子採取の後、午前9時頃に退院して、駐車場に駐めているインプの後部座席に乗り込み、毛布をかぶって寝る。
 
『さすがにきつかった。こうちゃん。高岡まで送って』
 
『それはいいけど・・・』
と《こうちゃん》は言いつつ、戸惑っているようだ。《たいちゃん》が訊く。
 
『卵子の採取できちゃったけど、千里、卵巣あるの?』
『まさか。あれは誰か別の人の卵巣から採取したんだよ。私が寝ていたら、すっと誰か別の人が私に重なった感じがした。その人の卵巣から採取されたんだと思う。大神様の操作だと思う』
 
『なるほど。そういうことだったのか』
 
微妙な部位の操作なので、男の眷属たちは遠慮して廊下で待機していた。女性の眷属である《たいちゃん》だけが付き添っていた。彼女は驚いていたし、廊下で様子を伺っていた男性眷属たちもどうなってんだ?と思ったようである。
 
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この時、《きーちゃん》は北海道に武矢の精液を取りに行っている。武矢の身体に付いている睾丸は元々千里の睾丸なので、これは実は千里の精液である。《きーちゃん》は事情を知っているので傍に居てもらってもよかったのだが、そうすると彼女が他の眷属から質問攻めにあってしまうので遠くに居てもらった。
 
《すーちゃん》は千里の身代わりでスペインに居る。
《びゃくちゃん》は千里との位置交換に備えるため常総ラボに居る。
《いんちゃん》も千里との位置交換に備えるため市川ラボに居る。
《てんちゃん》と《わっちゃん》は《きーちゃん》に頼まれて大学の理学部の図書室で資料を探していた。
 
つまりこの時は《たいちゃん》以外の女性眷属は全員出払っていたのである。
 
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その日、都内某所で∞∞プロの鈴木社長と、§§プロの紅川社長が秘密の会談をしていた。
 
「そういう訳でヒバリ君の尿および飲みかけのコーヒーから脱法ドラッグ未指定の7th hellの成分が検出された。髪の毛も取らせてもらって分析した所、ここ1〜2ヶ月の間に7th hell, 7th heaven, Day tripperほか数種類のトリプタミン系ドラッグを飲んだ形跡があることが分かった。腹心の女性カウンセラーに事情聴取させたのだけど、ここしばらく自分でもよく分からない興奮状態になることがあって、デビューの重圧からくる精神的な変動だろうかと思っていたというんだ。そんなこと言えばきっとデビューできないと思って隠していたけど、元々精神的に不安定になりやすい性質らしい。中学の頃、夜中に夢遊病者のようになって何kmも先まで歩いて行っていたこともあると。でもここ1年くらいは割と安定していたらしい」
 
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「うーん。それはうちが頼んだカウンセラーには絶対言わなかったろうな。鈴木さんとこで調べてもらって良かった。でもそのことは僕は聞かなかったことにしたい。あの子は基本的には良い子だよ。それより問題は」
 
「うん。それで、誰かから何かドリンクとか栄養剤みたいなものをもらったことがないかと尋ねたのだけど、心当たりが無いという。これは嘘を言っているようには思えなかったとカウンセラーは言った」
 
「つまり誰かに密かに盛られたということでしょうね」
「彼女のアパートをうちの調査部に捜索させたいんだけど」
「頼みます。そうなるかもと思って鍵を持ってきました」
と言って紅川が鈴木に鍵を渡す。
 
「彼女は適当な病院に入院させて薬抜きをしよう」
「福岡市に住んでいるお母さんも呼び寄せています。郷里の近くの病院に入院させた方がいいと思う」
 
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「それと問題は彼女に薬を飲ませたのが誰かということなんだよ」
「うちの事務所の中に誰か犯人がいる可能性ありますよね?」
「あるいは夏休みの間に実施したツアーの参加者か」
「事務所あるいは所属タレントの調査は私がやります。鈴木さん、ツアー参加者の方を調べてもらえませんか。他の事務所の人とかフリーの人が多くて」
「分かった。それはこちらでやる」
 
「申し訳無い。しかし僕自身がもう引き際なのかも知れない。ここ数年の新人が全然うまく行かなくて。やっと有望な子が出てくれたと思ったらこの始末で」
 
「その問題は後から考えようよ」
「済まない」
 

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《こうちゃん》が運転するインプレッサは(9月8日)13時頃、高岡の青葉の家に到着した。青葉はまさに今、家を出て昨日魚重さんと一緒に行った神社に向かおうとしていたところで、千里の到来にびっくりした。千里が千葉に帰る途中でここに寄ったと言うと
 
「大阪から千葉に帰るのに高岡を通るの!?」
と青葉は戸惑ったが、青葉の後ろに居候している《姫様》が笑っているので、どうも運命の歯車に巻き込まれているようだと青葉は認識する。
 
「ちー姉、ちょっと付き合わない?」
「いいけど」
 
それで千里は巫女服に着替えて、インプレッサに青葉を乗せ高岡駅に向かった。
 
「そういえばちー姉、よく大阪に行ってるみたいだね」
「まあ会う人がいるから」
 
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青葉はハッとした。
 
「ね、まさかその人って例のヴァイオリンをくれた人?」
「そうだよ」
「その人、他の女性と結婚したって言ってなかった?」
 
「うん。さすがにあいつが結婚した時は私も落ち込んだ。だって中学1年の時から、何度も別れたり復活したりしながら11年続いていたからさ。数ヶ月立ち直れなかったよ」
 
「そんな10年も付き合っていて、どうして結婚しなかったの?」
「結婚式はしたよ。高校生の時だけど」
「へー!」
「青葉、私の携帯取って」
 
「うん」
「それでデータフォルダ/フォトフォルダを選んで、上矢印を7回押す」
「うん」
「開いてみて」
「わあ・・・」
 
それはまだかなり若い千里がウェディングドレスを着てタキシードを着た男性と並んでいる姿であった。この人がちー姉の彼氏なのか。格好いいじゃん!
 
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「貴司も私も当時はまだ高校生だったし、ある程度の年齢になってから正式に婚姻しようということにしていたんだよ」
「へー。たかしさんって言うのか」
「それで2012年に、あらためて結婚式披露宴をして入籍もしようと言って、正式の結納も交わした直後にいきなり婚約破棄された」
「酷い」
 
「あいつ、とにかく浮気性で毎年2〜3人と浮気していたからさ。その相手もただの浮気相手かなと思ってて、油断していたら婚約したと言うから最初何を言っているのか意味が分からなかったよ」
 
「でも私、ちー姉は桃姉と恋愛関係なのかと思っていた」
「前から言っていると思うけど、私と桃香の関係は友だちにすぎない。ただ貴司に振られた後、私に桃香がプロポーズしてさ」
「うん」
「それで落ち込んでいたから桃香の求婚に同意して桃香とも結婚式をあげたんだよ」
「へー」
「ところが桃香の奴、結婚式を挙げて1月もしないうちに女の子連れ込んで寝てて」
「酷い」
 
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「さすがに私もカチンと来たから、離婚宣言して、桃香からもらったエンゲージリングと結婚指輪も返した。桃香も離婚に同意したから、私と桃香の関係は元通り友だちに戻った」
 
「ちー姉って、ひょっとして浮気性の人ばかり好きになってない?」
「うーん。まあそれで私がいったん桃香に返した指輪だけど、桃香が、私だけのために作ったものだから、ファッションリングとしてでも持っていてくれないかというからさ、ダイヤの指輪はもらっておくことにして、ただし右手の薬指に填める」
 
「そういうことだったのか。でも右手薬指にでも填めてあげるちー姉は優しいと思う」
「もっとも私はバスケやってるから、普段は何も付けないけどね」
 
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青葉はまた考えた。
 
「ちー姉って、まさか現役選手?」
 
「KARION金沢公演で私のシュート見たでしょ? 現役から遠ざかっている人があんなにゴールできるわけないじゃん」
「バスケまだやってたんだ!?」
 
「昔の仲間と一緒に、最初は健康増進のためとか言って始めたんだけどね。私自身が事実上のオーナーになっている千葉ローキューツとは競合しないように、東京都のクラブバスケット協会に登録した。40minutesというチーム。実際にはローキューツのOG、東京の江戸娘(えどっこ)という所のOG、TS大学やW大学のOGなどが多い」
「へー」
 

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「それでさ。大阪に行ったのは今回は貴司の子作りに協力するためだったんだよ」
と千里は言った。
 
「どうやってそんなの協力するのさ?」
「彼の奥さんって、不妊症なんだよ。卵子が育たなくて、それで前の旦那とも離婚になっちゃったらしい」
「ああ、向こうは再婚なんだ?」
 
「まあそれで、今日体外受精を実施したんだよ。体外で精子と卵子を受精させて分裂し始めた所で奥さんの子宮に入れる」
「うん」
「結果が分かるのは数日後だけど、失敗したと思う」
 
(実際には子宮投入は6日後なのだが、千里は今回は失敗することを確信していた)
 
「ちー姉がそう言うのなら、きっとそうだろうね」
「成功確率を高めるために実際の奥さんの生理周期に合わせて実施しているから、来月リトライになると思うんだ」
「うん」
 
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「受精卵が子宮に着床するには、物凄く微妙な条件が必要なんだけど、あの奥さん、生理を司っている脳下垂体の調子がよくないみたいでさ。きちんとそれをコントロールできてないんだよね。不妊の原因の大半はそれだと思うんだよ。あと卵子の質、精子の質、双方にも問題がある」
 
「あの卵子を採取するのって凄く辛いんだよ。膣から針を刺して卵巣まで届かして、そこから卵子を取ってくるんだけど、エコーで見ながらとはいえ1回で取れないこともある。それに麻酔掛けていてもかなり痛いんだよ」
 
「マジで痛そう・・・」
「うん。凄く痛かったよ。来月もしないといけないと思うとうんざり」
 
青葉は千里のことばに何かひっかかりを感じた。
 
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「卵子を採取したのって、奥さんだよね?」
「内緒」
「なんで〜〜!?」
 
「まあそれは置いといてさ」
「うん」
「来月、受精卵を子宮に投入する時に、青葉、パワーを貸して欲しい」
「私でできることなら」
 
「青葉のヒーリングの波動を受けていたら着床が成功する確率がぐっと高くなると思うんだ。だからその受精卵を子宮に投入する時に青葉に電話するから奥さんにヒーリングの波動を送ってあげて欲しい」
 
「実際に会ったことのない人にはヒーリングはできないよ」
「それまでには会えると思う」
「分かった」
 

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やがて千里が運転するインプレッサは高岡駅に着く。駅の駐車場に駐め、駅前で魚重さんと落ち合った。青葉は「姉でやはり巫女をしているんです」と千里を紹介した。魚重さんの車で現場に向かうことにするので、インプレッサから荷物をたくさん積み替えた。
 
「準備が大変だったんですね!」
と魚重さんは言った。
 

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神社に行くと青葉は言った。
 
「姉さん、こないだのパワーストーンを使う。神社の周囲に埋めるから手伝って」
「OKOK」
 
それで千里は青葉が用意していたシャベルを持ち、新しい神社の周囲に穴を掘っては青葉がその中に念の込められた玉依姫神社のパワーストーンを埋めていく。だいたい直径30cm, 深さ50cmくらいの穴を掘り、その底にパワーストーンを置いて10cmくらい土を掛ける。
 
「大変そうですね。お手伝いしましょうか?」
と魚重さんが言ったので
「それではここを掘って下さい」
 
と言って“元々インプレッサに載せていた”別のシャベルを渡す。千里の指定した場所を魚重さんは掘ってくれた。青葉は自分が何も言わないのに千里が極めて的確な場所を指定したので感心していた。2人で手分けして全部で8つの穴を掘り、8個のパワーストーンを埋めた。
 
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ここで青葉は千里と魚重さんに、車の中で待機していて下さいと言った。そして青葉は車の周囲にバリアのような結界を掛けると、自分は大量の白い紙を持ち、それを1枚ずつ地面に置きながら、どうも古い神社の所まで行くようである。
 
千里は青葉が見えなくなった所で車の周囲の結界をより強固なものにした。たぶん、これはこのくらい強い結界でないと無理。
 
『くうちゃん?』
『任せろ』
 
《くうちゃん》はこの新神社の鳥居から、青葉が掘った8つの穴につながる“結界のチューブ”のようなものを作った。ここに何かが飛び込んでくると、まるでソーターに掛けたかのように、8つの穴に導かれるようにである。
 
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