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1月1日.
お正月なので、青葉に千里が昨年の成人式で着た“友禅風”の振袖を着せてあげた。今年は桃香と千里は秋に買ったシルックの振袖を着た。シルックの生地にインクジェットプリンタで印刷しているという点を除けば、きちんと本来の振袖の製造工程にのっとって制作された着物である。お値段は10万円!であった。洗濯機で洗濯可能という話ではあったが、千里が
「本当に洗濯機で洗っても大丈夫ですか?」
と訊くと
「大丈夫と・・・思いますけどね」
とお店の人が言っていたので、取り敢えず洗濯機は使わずに手洗いしてみようと桃香と話していた。
娘たち3人が振袖を着たので朋子も訪問着を着た。
それで桃香が持って来ていたスーパーニッカをおとそ代わりにして
「明けましておめでとうございます」
と言ってグラスを合わせた。
千里と朋子はシングルの水割りで飲んでいるが桃香はロックである。未成年の青葉はクリスマスの残りのシャンメリーにした(桃香が「お正月くらい、いいじゃん」と言ってウィスキーを勧めたが、朋子が「ダメ」と言った)。
お雑煮も食べたが、朋子が作ったお雑煮は、焼いた丸餅に鶏肉・かまぼこ・ゴボウ・人参など多数の具が入ったもので、汁はすまし汁である。
石川・富山は東西文化の境界線であることから、この地域には実に様々な雑煮が存在し、家庭ごとにバラバラであったりすると言っていた。
そもそも丸餅・切餅が混在している。それをそのまま鍋に入れて柔らかくなるまで煮る流儀と、焼いて柔らかくしたものの上に別途作った煮汁を掛ける流儀。具にしても、餅以外何も入れない流儀、かまぼこや菜っ葉など少量の具を入れる流儀、具沢山にする流儀がある。またすまし汁・味噌味・醤油味、更に砂糖を入れる流儀や、小豆を入れて、ぜんざいのようにする流儀まである。
元々地域的なバリエーションが多かったのが、近年の生活スタイルの変化で簡易化が行われている事情などもある。きちんと杵で搗いた餅なら鍋に直接入れてもいいが、米粉成形して作った餅は鍋に入れたら溶けてしまうので、別途焼く必要がある。
「灯油缶とかも西日本は青、東日本は赤というんだけど、石川・富山界隈ではどちらも見るんだよなあ」
と桃香は言っている。
「東西の実際の境界線はどこなんだろう。石川・富山のことば自体は関西方言に近い気がするけど」
「そうそう。北陸方言は京都の言葉の影響が強いと言われている。文化的にも関西系が強い気がする。正確な境界は呉羽山。これが富山市の中心を通っているから富山市は市内でも東部と西部の文化・気質が違う」
「へー!」
「高岡はやはり西日本文化という気がするよ」
と桃香。
「桃香見てると関西人と言われても信じる」
と千里。
「呉羽山が境界だけど、金沢市は特殊なんだよね。加賀前田家の3代目・前田利常公に徳川家光のお姉さん・珠姫がお嫁入りしたから、この時江戸からたくさんのお供を連れて行っている。それで金沢は江戸文化の強い影響を受けた」
と朋子が説明する。
「それで更に東西が混淆したわけですか」
「ちなみに北陸方言はだいたい新潟県の糸魚川付近から福井県の嶺北まで」
と桃香。
「れいほく?」
「富山県は呉羽山より東を呉東、西を呉西というけど、福井県は敦賀と鯖江の間にある高い山地より北を嶺北、南を嶺南という。どちらもそこで気象も違うし、文化も違うんだよ」
「高い山があったから、そこで文化が切れたんだろうね」
「うん。そうだと思う。ちなみに富山は昔は外山と書いた。呉羽山より外側の地区という意味。昔は高岡が国府だから、高岡から見た言い方だろうね。現在の富山市は呉羽山の内側の地域まで含んでしまっているけど」
青葉は和服の格とかも全然知らないと言っていたので千里が解説していた。
「基本的に未婚女子の第1礼装が振袖。既婚女性なら留袖」
「その下が、訪問着、付下げ、小紋、普段着の街着などとなる。浴衣も夏専用の普段着ね」
「だいたい値段と連動するけど、大島紬のように高価なのに普段着にしかならないものもある。最近ではウールや化繊の着物も増えているけど全部普段着。今私と桃香が着ているものも振袖だけど化繊だから実は普段着」
「少し混乱してきた・・・」
と青葉が言うが
「ポリエステルでイブニングドレス作っても普段着にしかならないようなもの」
と桃香が言うと
「あ、そういうことか!」
と青葉も納得していた。
「着物の格というのは、低すぎると失礼になるし、高すぎると大げさになる。だから実は選び方が凄く難しい。地方による差もあるしね。結婚式とかの場合はだいたい事前に『このくらいで揃えようよ』みたいな相談があることが多い」
「そうしてもらうと助かる」
「振袖や訪問着は絵羽模様という技法が使われている。ほら、こことか縫い目を越えて模様が続いているでしょ?」
「あ、ほんとだ」
「これは元々の布をいったん裁断して仮縫いし、着物の形にしてから模様を入れておいて、その後で仮縫いをほどいて元の反物の形に戻し、それでその後の蒸し・水流し・ゆのしなどの工程を進める。それで出来上がった所で再度縫って着物の形に仕立てる、ということをしている」
「面倒くさいことしてるね!」
「もっとも今私や桃香が着ている振袖の場合はコンピュータ染めだから、その作業をしなくてもコンピュータがちゃんと縫い合わせた時に模様が継続するように印刷してくれている。それで工程が簡単になる」
「ああ!」
「それでインクジェット染めは安く仕上がるんだよ」
「安いのはいいことのような気がする」
と青葉が言うと
「おお、意見が一致した!」
と言って桃香が喜んで青葉と握手している。朋子は呆れている。
「付下げより下位の和服ではこういう面倒なことはしてない。だから模様が縫い目で切れてしまう。でも付下げの場合は模様の上下が決まっていて、模様が逆さまにならないように布を使用する。小紋の場合は、上下ひっくりかえっても構わないような模様しか入れない」
「なるほど〜!」
「ところが最近は技術が上がっていて、付下げなのに模様が続いているものもある。着物に仕立てた時に模様が続くような位置に模様を入れているんだよね」
「わあ・・・」
「今みたいにコンピュータ染めが一般化すると、付下げと訪問着の境界は無くなってしまうかもね。実際既にかなり曖昧になってきているから」
「そういうのは変わっていっても構わない気がする」
「今振袖の制作は、日本国内で手作業によって作られるものは費用が掛かりすぎて高額の着物になってしまうことから激減している。そもそも職人さんが高齢化している。若い人があまり入って来ていない。結果的にそれで手作業で作るもののほとんどは中国で製作されている。一方、日本国内ではプリンタで染めるものが広まりつつある。反物を染められるインクジェットプリンタが現在2000-3000万円で買えるようになってきた。これは多分5〜6年後にはもっと安くなってプリンタ染めが大きな勢力になっている気がするよ」
と千里は言っていた。
うっかり青葉以外の全員がお酒を飲んでしまったので、歩いて近くの神社まで初詣に行って来た。
「青葉も私もこれが男の身体で迎える最後のお正月だね」
などと千里が言っていたが
「いや既にふたりとも、かなり女の身体になっている気がする」
などと桃香は突っ込んでいた。
振袖はみんな神社から戻ると脱いでしまう。
「ああ、身体が楽になった!」
などと桃香が言っているし
「私も和服なんか着たら肩が凝った」
と朋子まで言っていた。
「昔は全部和服だから、ここで普段着の着物になっている所だけどね」
と千里。
「私は肌襦袢付けてるだけで肩が凝る」
と桃香。
お昼にまた鰤の刺身におせちを食べ、午後は日本旅行ゲームというすごろく系のゲームをして遊んだ。
「これ桃香が中学生の頃に、私と桃香と亡くなった伯母(*1)と3人でよく遊んでいたのよ。久しぶりにやった」
と朋子が言っている。
「いやこのゲームは面白いですよ。私もハマってしまいそう」
と千里。
「じゃまた帰省してきた時も4人でやろう」
と桃香は童心に返った感じで言っていた。
(*1)義子。朋子の母・敬子の姉で、朋子が幼い頃は、不在の母・敬子に代わって朋子・典子姉妹のお母さんのように接してくれていた。子供たちが関西在住であったこともあり、晩年はこの家に入り浸っていた。この家に千里が来た時に使用している食器はこの義子が使用していたものである。
桃香のバイトが1月2日から入るので1日夕方に帰ることにする。17時頃に早めの晩御飯(桃香の要望でカレーライスにした)を食べてから出発する。
また桃香と千里が交代で運転して千葉に戻ることにする。
但し桃香は千里から「アルコールチェックが必要」と言われ、チェックすると0.55mg/Lもある。
「今から6時間くらいは運転不可」
「うっ」
「だから東部湯の丸まで私が運転するから、その後を代わってよ」
「分かった」
「たくさん水分取って寝ているといいよ。トイレ行きたくなったらすぐPAなりSAなりに駐めるから」
「そうしよう」
それで千里の運転で実家を出た。これが18時頃である。
実際には、小杉ICから北陸道に乗る直前、IC近くのポプラに寄った所で千里は《こうちゃん》と交代している。《こうちゃん》はこの時刻まで千里の代理を務めてローキューツのメンバーと一緒におり軽い練習などもしていた。
ローキューツのメンバーはお昼に集合して、1時間ほど軽い練習をした上で東京体育館に移動している。それで早い時間帯の試合を観戦していたのだが、ちょうど千里が《こうちゃん》と交代した時刻から軽いウォーミングアップを始めている。
この日のローキューツの試合は19:00からで、四国代表のチームに快勝して、2回戦に駒を進めた。
「お昼の練習の時まではスリーの調子がよくなかったみたいだけど、さすが本番になったらきちんと決めるな」
と麻依子から言われる。
「まあ私は本番に強いからね」
と千里は言っておいた。
この日、四国の土佐清水市に住む咲子、北海道の旭川市に住む天子は電話で新年の挨拶をし、お互いまた来年の正月も迎えられるといいね、などと話した。
深夜。天子がトイレに起きてから部屋に戻ろうとした時、トイレのドアを開けた所に千里が立っているのを見て声を出しそうになったが、千里は唇の前に指を立てて、静かにと言った。
「おばあちゃん、こちらに来て」
と小さな声で言って千里が案内する。弾児のアパートに居たはずなのに、回廊のような所を通るので
「ここどこ?」
と訊く。
「ここは京都の伏見稲荷の中にある場所なんです。でも夢だと思って下さい」
「うん。そうする!」
やがて千里は小さな和室に天子を案内した。
「ここで待ってて」
「うん」
待っていると小さな男の子が出てきてお茶とおたべさんを出した。
「はじめまして。ぼく京平と言います。あと3年したら生まれるから、まだ死なないでね」
と京平は言った。
「あんた、もしかして千里ちゃんの子供?」
「そうだよ」
「もしかして千里ちゃんと貴司さんの子供?」
「ぼくのパパの名前はたかしだよ」
「へー!」
じゃ、やはり千里ちゃんって実は本当の女の子なんだろうか?などと考えながらしばらく天子が京平とおしゃべりしていたら、そこに
「失礼します」
と言って千里が別の人物を連れてくる。
「さきちゃん!」
「あまちゃん!」
ふたりは感激のあまり抱き合っていた。
「今夜のことは初夢ということで」
と千里が言うと
「うん。夢でいい!」
と天子と咲子は言った。
“千里”と桃香の一行は18時頃桃香の実家を出た後、小杉ICから北陸道下りに乗り、上越JCTで上信越道に入って、東部湯の丸SAまで行った。途中有磯海SAと妙高SAで1時間ほど休憩しているので、東部湯の丸に着いたのは夜中の0時頃であった。桃香は“千里”に「1月2日になったから姫始めしようよ」と言ったものの、強烈に撃退されている。
《こうちゃん》は女装はけっこう好きだが、女性機能は無い!むろんあそこに入れられるのも絶対嫌だ。
「何もこんなに強く殴らなくても」
と桃香がお腹を押さえながら言う。
「桃香は一度去勢が必要だな」
などと言いながら《こうちゃん》はそれ何度俺言われたろう?と自問していた。マジで危うく去勢されそうになり逃げ出したこともあった。
「これまで千里には2回去勢されてるんだけど」
「じゃ次やったら3回目」
しかし・・・と《こうちゃん》は考えていた。
自分があちこちのメスの龍や人間の女に産ませた子供はたぶん数十人(匹)いる。人間の女が彼の子供を産んだ場合は霊感あるいは身体能力の優れた人間になることが多いようである。概して寿命も長いようだ。
『千里は人間の両親から産まれたようだけど絶対龍の血を引いているよなあ』
などとも彼は思う。
千里は物凄く“成長速度”が遅いのである。声変わりが高校3年になってやっと来たのはそのせいもあると《こうちゃん》は考えていた。もしかしたらあの子は120-130歳くらいまでは生きるかも知れない。
『意外に俺の子孫だったりして!?』