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■娘たちの面談(17)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-04-13
 
ラッキーブロッサムは2006年にデビューしたフュージョンバンドである。ボーカルを入れずに、フロントマンの鮎川ゆまはアルトサックス(あるいはウィンドシンセサイザ)でメロディーを吹くという“玄人好み”のスタイルがうけて幅広い年齢層のファンを獲得した。
 
女性をフロントマンにするのであれば、多くの場合その子に歌わせる。多少歌が下手であっても歌わせるのが絶対的に人気を取りやすい。
 
しかし、ゆまは充分歌がうまいにも関わらずこのバンドでは歌わずにサックスを吹いている。レコード会社はその構成にかなり疑問を持っていたようであったが、実際にその形式でデビューさせてみると、若い女性たちが「ゆまさん、格好いい!」と反応し、1980-90年代にザ・スクエア(後のTスクエア)やカシオペアなどを聴いていた40代くらいの層が、あのような音楽の遺伝子継承者のように感じてファンになるという現象が起きたのであった。
 
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それでCDは何度もゴールドディスクを記録し、ライブチケットは毎回ソールドアウトで、化粧品会社や旅行会社のCMにも何度も採用されたりした。
 
フロントマンのゆまについて当初は「男?女?」とファンが混乱したし、レコード会社も敢えて性別を明言しなかった。
 
「え?男の子でしょ?」
「いや女の子だよ」
「まさか男の娘?」
 
情報が交錯してどうやら女性であるようだということ。どうもレスビアンらしいということが、ファンの間で周知されるまで1年近く掛かっている。その性別の曖昧さのおかげで、かえってセクシャルマイナリティのファンが多数付いた。ライブ会場から脱出しようとしていたゆまがファンに捉まり、押し倒されて!多数の女性ファン・男の娘ファンからキスを奪われるという事件も発生したほどであった(本人は「ラッキーラッキー」と言っていたという噂も)。
 
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しかしさすがに5年間疾走してくると、ほころびも出てきた。昨年はドラムスの幣原咲子が数ヶ月にわたって腱鞘炎のため休養したし(サポートのドラマーを入れ、咲子にMCをさせてツアーをした)、今年は夏前にベースの相馬晃が骨折してずっとベースが弾けない状態にあり、フルートの貝田茂がベースに回ってサポートのフルーティストを入れてライブや音源製作をしていた。更に夏にリーダーの河合龍二にセクハラ疑惑が報道され、本人も被害者とされた女性歌手も報道内容を否定したものの、結局リーダーを辞任することになった(ついでに婚約者と破談してしまった)。そしてそれを機会に複数のメンバーから半年くらいでも休みたいという声が出てくる。
 
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それで話し合った結果、2011年いっぱいでラッキーブロッサムは解散することになったのである。河合さんはリーダー辞任は表明したものの、結局解散まで《暫定リーダー》を続けることになった。
 
ラストライブは12月27日(火)に関東ドームで行われることが発表されたが、チケットは一週間でソールドアウトした。
 
ただしラッキーブロッサムは12月30日に表彰式が行われるRC大賞の特別賞の受賞が決まったので、7人揃ってのラストビューはこの日の授賞式が行われる新国立劇場ということになる。
 

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年末。日本バスケット協会では、年明けに発表する男子日本代表の候補選手の選考が進められていた。男子の代表監督はジョン・ウォースターというイギリス人のバスケット指導者が就任予定なのだが、ウォースター氏の来日は来年2月に予定されており、それ以前に代表選手の候補者はこちらで30人程度選んでおいてくれという依頼だったのである。
 
それで強化部長と昨年U18の監督を務めた鱒山さんの2人で事務局がまとめてくれた主な選手の成績データを元に30人程度を選んでいた。
 
だいたいまとまった所で各々の所属先に電話して「もしかしたら選考するかも知れないのだが」と伝えて内諾を取っていく。
 
ところが32人の候補者の内4人も各々の事情で「申し訳無いが」と言われてしまった。
 
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「30人程度と言われたんだから28人でもいいよね?」
「いや、30人程度と言われたら最低30人揃えてないとまずいですよ」
 
それでふたりで検討して、1人は大学生でA大学の溝尾選手を選ぼうということで意見が一致し、チームに連絡して内諾を得る。
 
「あと1人入れたいなあ」
「今の人数構成ならスモールフォワードですよね」
「うん。スモールフォワードが5人しか居ないからもう1人くらい欲しい」
 
3人候補にあがったものの、1人は怪我で療養中、1人は大学を卒業できるかどうか瀬戸際で今必死に論文を修正している最中という話、1人は同じチームから2人日本代表に選ばれていて、これ以上出すのは困ると言われてしまった。
 
「うーん・・・。他に誰か居ないかなあ」
と言っていた時、鱒山は唐突に2月に合宿をしていた時、女子の日本代表・村山と一緒に見学に来ていた男子選手のことを思い出した。
 
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「けっこういい動きをしていたよ」
「何歳くらいですか?」
「たぶん22-23歳くらいじゃないかな」
「取り敢えず人数揃えたいし、一度召集してみますかね」
 
名前を覚えていなかった!ので村山に電話して尋ねた(村山の電話番号は強化部長が自分の携帯に入れていた)。
 
「あ、名前ですか?大阪のMM化学という所に所属している細川貴司と申します。ええ、演歌歌手と名前が似てますが、本人は歌は下手です。ヴァイオリンはうまいんですが、自分で歌うのはダメみたいですね」
 
と千里は電話で答えた。
 
「どんな字?」
「細い、三本川に、貴族の貴、つかさです。チームの連絡先電話番号は06-****-****。生年月日は1989年6月25日、出身校は留萌S高校です。
インターハイに2度、ウィンターカップに1度出ています」
 
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「分かった。ありがとう」
 
それで電話を切る。
 
「あまり聞かない名前の高校で、インターハイ2度、ウィンターカップ1度って結構凄い実績なんじゃない?」
「なぜ実業団なんかに居るんだろうね。JBLでなくてもbjに滑り込めるだろうに」
 
それで成績を確認すると彼のチームは大阪の実業団リーグで3部からここ数年で浮上して1部まで上がってきており、上位で優勝争いをしているチームであること。そして彼自身、今年はアシスト王を取っていることが分かる。
 
「これはひょっとしたら掘り出しものかも知れないよ」
 
ともかくもチームに連絡した所向こうは驚いていたようだが、代表合宿に出すのは構わないという返答であった。
 
「良かった!これで何とか30人揃った」
 
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と強化部長と鱒山さんは胸をなで下ろした。
 

12月16日深夜(17日早朝)。町添取締役の家での秘密会議は続いていた。
 
加藤課長が須藤さんに電話すると、確かに昨日太荷さんが来社したという。
 
「何か忘れ物をしていってませんかね」
「ちょっと事務所に行ってみます」
「それ僕たちと一緒に行っていい?」
「はい」
 
この時点では松前さんたちは、須藤さんは“被害者”なのか“共犯者”なのかどちらもあり得ると考えていたのである。
 
それで町添部長・松前社長・鬼柳次長・加藤課長の4人が笹塚駅で須藤さんと落ち合うことにした。
 
この月までUTPの事務所は笹塚駅から歩いて7分ほどの所にあった。それを今度の1月に、新宿に移転することになっている。
 
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千里が運転して4人を笹塚駅に運び、一方でワランダーズのリーダーの家に行っていた吉住先生が車で須藤美智子が住んでいる金町に向かい、彼女を拾ってやはり笹塚に向かう。
 
両者が合流したのはもう午前4時である。
 
それから事務所に行く。応接室で話したというので入って見ると、そこに須藤の知らないカバンが置かれていることに気付く。
 
「緊急の場合だ。開けさせてもらおう」
と松前さんが言い、開ける。
 
するとそこには「★★レコード制作部次長・太荷**」という名刺がたくさん入った名刺入れ、何種類かのCD、アーティスト・プロモーション企画書などが入っていた。
 
「知らないアーティストもいる」
「今仕掛けている最中なのではないかと」
 
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「何か問題があったんですか?」
 
と戸惑うような顔をしている須藤を見て、松前さんたちは、この人は知らなかったなというのを感じ取った。
 
鬼柳次長が
「そういえば、須藤さんとはまだ名刺を交換していませんでしたね」
と言うので
「あ、すみません。今名刺持って来ます」
と言って、慌てて自分のデスクに行き名刺を取ってきた。
 
それで名刺を交換する。
 
「あら?制作次長になられるんですか?」
「僕はこの春から制作部の次長をしているんですよね」
 
「え?でも太荷さんは?」
「この春に★★レコードを退職しました」
「え〜〜〜〜!?」
 
その驚く表情を見て、松前さんたちは須藤さんが“被害者”の側であることを確信した。
 
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加藤課長は後から「あの人は元々にぶい人なんですよ」と松前さんたちに言っていた。
 

鞄の中身を確認して、これなら絶対に太荷はこれを取りに戻ってくるだろうと思われた。それで4人は事務所の楽器倉庫に隠れて待機する。須藤には詳しい話はしていないのだが、大変なことが起きていることを把握したようで、いざ太荷さんが来た時にふつうに応対する自信が無いという。それで結局そういうのに強そうでもあり、太荷さんが、最も警戒しなさそうな桜川悠子を呼び出して対応させることにした。それで須藤も一緒に楽器倉庫に隠れる。
 
須藤の指示で、悠子が事務所に来る時、コンビニに寄ってきてくれたので、松前さんたちはお弁当を食べ、お茶・コーヒーを飲みながら待機する。トイレは交代で行ってくる。
 
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太荷が姿を現したのは9時だった。
 
「いらっしゃいませ」
と明るい声で悠子が応対に出る。
 
「済みません。まだ今日は誰も出てきていないんですけど」
と笑顔で言う、若い悠子の顔を見て太荷はホッとした様子であった。
 
「★★レコードの太荷だけど、昨日こちらに打合せに来た時に忘れ物をしたみたいなんだよ」
「あら、それは大変でしたね。どちらで打合せなさいました?」
 
悠子は昨日は休んでいたのである。
 
「会議室のような所だったんだけど」
「でしたら、こちらでしょうかね」
と言って、悠子は彼を応接室に案内する。
 
「そうそう。この部屋なんだよ」
と言って彼は中に入った。
 
「ありますかねぇ。何をお忘れになったんですか?」
と言って悠子も探す振りをする。
 
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「うん。鞄なんだけどね」
と言って太荷も探す。
 

やがて太荷は部屋の端に置かれた鞄を見つける。
 
「あった、あった」
と太荷。
 
「良かったですね」
と悠子。
 
それで太荷が鞄の中身を確認した上で部屋を出ようとしたら、部屋の入口の所に、松前・町添・鬼柳・加藤の4人が立っているのを見る(悠子は既に部屋を出ている)。
 
太荷は鞄を手から落とした。
 
「何か僕たちに言うことが無い?」
と松前さんが言う。
 
「申し訳ありませんでした」
と太荷は言い、その場に土下座した。
 

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太荷の手口はこうである。
 
有望そうで、本当にレコード会社が声を掛けてもおかしくないアーティストを見つけ、メジャーデビューの話を持ちかける。それでCDの制作をさせて、その費用をうまくピンハネしていく。できたらプレスさせてその代金もピンハネする。最後は「デビューの話はダメになった」と言って姿を消す。
 
元々太荷が辞職するはめになったのは、業務上横領を指摘されたからである。ただ、この業界では「厳密に言えば横領」というとても微妙な営業的支出が発生しがちである。
 
打ち上げ費用や差し入れなどで、本来経費として認められないようなものをアーティストや事務所などとの付き合い上出してあげなければならないことは、しばしばある。それで多くの担当が自腹を切っているのだが、自腹で払いきれないような多額の出費もある。それを仮払いのお金から払っていて、精算できない場合は、結果的には仮払金を横領したことになる。多くの場合はそれを最終的にはボーナスで精算しているし、会社側も多少配慮してボーナスをその分割り増ししてあげていたりする。
 
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太荷次長の場合、そのような種類の出費がここ5年ほどの累積で2000万円近くに及んでいたことが発覚した。彼は気が弱い性格で、ちゃんと余分に掛かった費用を上司の町添部長に報告していなかったのである。それで退職金で精算することにして退職した。監督責任で町添部長も減給処分になっている。
 
ここまではこの業界では、割とよくある話である(困ったことに)。
 
一方、彼は長年奥さんとの仲が悪化していたらしい。仕事が忙しいために、すれ違いになってしまい、奥さんとは長くまともに会話していなかったという。それで退職を機に離婚を切り出されたのだが、退職金は横領とみなされた分の弁済に充てられたため、お金が無かった。彼はサラ金から借りて慰謝料を奥さんに払った。サラ金からお金を借りたのはまだ在職中だったので、上場企業の次長の肩書きで、年収1000万円という彼の源泉徴収票を見てサラ金はお金を貸してくれた。
 
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しかしその後退職して、再就職もうまく行かず、返済ができない。
 
そんな時、若いアーティストから「太荷次長さんですよね?俺たちのバンドの音聞いてもらえませんか?」と持ちかけられた。最初は欺すつもりはなかったのだが、結果的に欺すことになってしまった。
 

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娘たちの面談(17)

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