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この後は高速を通って帰ることになる。イオンに寄って非常食を調達して少し休み、給油もしておく。そのあと会津若松ICから磐越道に乗る。これが15時前であった。
その後は磐越道を東進し郡山JCTから東北道を南下する。いったん那須高原SAで休むがここで日没となる。1時間ほど走って佐野SAで再度休憩。
「佐野ラーメン食う?」
「食おう。今日はラーメンの梯子だな」
それで日は暮れてしまうが、ここで佐野ラーメンと宇都宮餃子を食べながら長めに休み、結局ここでこのまま解散しようということになった。またツーリングの企画があるときは報せるよということで、北村さん・東山さんとメールアドレスを交換しておいた。
この日、佐野SAまでのトリップメーターは303kmであった。
なお解散後は結局北村さん・柳沢さんと一緒に東北道を南下し、川口JCTで別れて首都高を走り葛西に帰還した。
12月11日の九州から始めて17日の北海道まで、一週間掛けたケイとマリの2人による《ローズクォーツ新譜キャンペーン》は、マリのやる気をかなり起こさせた。途中には、町添部長と丸花社長が手配した《マリのやる気を起こさせる人たち》との《偶然の遭遇》もいくつか仕掛けられていたし、町添さんたちが想定外の遭遇まで起きて、マリのテンションは上がったのである。
12月17日。青葉は母と一緒に買物に行っていて、ショッピングセンターのベンチで偶然、春に青葉の診断をしてくれた鞠村先生(精神科)に遭遇する。そして鞠村先生が大学病院から独立して、性別に関する診断治療、発達障害の子の支援、糖尿病の症状改善などをサポートするクリニックを設立したことを聞いた。
「SRS(性転換手術)もやるよ」
「わあ」
「川上さんはどこか手術してくれる病院とか見つかりそう?」
「実はアメリカで15歳になったら手術してくれるという所を見つけたんです。倫理委員会の許可も頂いたんですよ。予約は15歳の誕生日になってからしないといけないのですが」
「ふーん、倫理委員会の審査を通ったのか・・・・」
「ええ」
「そちらの予約がまだだったらさ、うちで手術受けない?」
「え?」
「GIDの診断書2枚持ってて、アメリカで審査も通ってるんなら、15歳でも手術できると思うな」
「ほんとですか?」
「手術の担当医はアメリカで何十件もSRSを体験している人だよ。3月までは取り敢えず非常勤なんだけど、4月からこちらのクリニックの正式スタッフになる」
「凄い」
「住所書いておくから、一度来てみない?」
「はい!」
そんな話をしていた時に、ちょうど母が戻ってきて、母にも鞠村先生は同じ話をする。
「アメリカまで行かなくても日本で手術受けられるなら、いいんじゃないの?」
と朋子も言った。
それで年明けにもふたりでそちらの病院に行ってみることにした。
「え〜〜!?ワランダーズ、デビュー不可なんですか?」
と須藤美智子は驚愕して声をあげた。
「うん。僕も行けると思ったんだけどねぇ。営業部隊の方がどうしてもこのユニットでは売れないというんだよ」
と“太荷次長”は美智子に言った。
「かなり頑張って制作してくれたのに申し訳ないんだけど」
「このプロジェクトに既に500万円くらい投資しているんですけど」
「悪い。何かでまた穴埋めするから」
と“太荷次長”は須藤に言うと、帰っていった。
その時、彼のカバンが応接室の端に置かれたままであることに、太荷本人も須藤美智子も気付いていなかった。
「そんなあ。どうしよお。これじゃボーナス出せないよお」
と言って、須藤美智子は途方に暮れた。
ボーナス(払うのは花枝と悠子の2人分で約70万円)については、美智子は冬子に電話して
「実は入る予定のお金が入らなくて。少し貸してくれたりしないよね?」
と言うと、冬子は笑って
「そのくらい大丈夫ですよ。余裕ができた時に返してくれればいいですから」
と言って、100万円即振り込んでくれたので、それで払うことが出来た。
しかしワランダーズの制作に関しては、実はスタジオ代をまだ全額は払っていない。1月末までに払う必要がある。また事務所は来月引越をする予定でその引越代に300万円くらい掛かる。それはワランダーズの件で★★レコードから制作費をもらえるはずだったので、それで払うつもりだった。
「どうやって資金調達しよう・・・」
と美智子は頭を抱えた。
千里が雨宮先生とやっと会うことができたのは12月16日のことであった。
「全くよく私の居場所を見つけ出すわね」
と雨宮先生は言っていたが、思っていたよりは機嫌が良い感じなので、何かいいことでもあったのかな?と千里は思った。
「それでこれなんですよ。ちょっと聞いてもらえませんか?」
と言って《スカイロード》というそのバンドの曲を聞かせた。
「うまいじゃん。この子たち17-18くらい?」
「今高校3年生だそうです」
「音源もしっかり作られている。なんでこれがボツなのよ?」
「変だと思いませんか?」
「うん。これをデビューさせないなんて変。しかもCDをプレスさせた後で不可というのは、おかしい」
「それでですね。この子たちにメジャーデビューの話を持ちかけてきたのが“★★レコードの太荷制作次長”だと言うのですが」
「太荷さんはこの春に退職したじゃん」
「でもこの子たちが『君たちならメジャーデビューできる』という話を持ちかけられたのは7月らしいんですよ」
「今太荷さんはどこに居るの?」
「加藤課長に電話して訊いてみたのですが、知らないそうです。でも太荷さんに関して少し不穏な噂があるらしくて、こちらの話も詳しく聞きたいと言われたのですが、この件、雨宮先生に相談してからの方がいい気がして」
「そのスカイロードの代表者かマネージャーに会えない?」
「すぐセッティングします」
千里がスカイロードのマネージャー・波釣さん(柳沢さんの部下)に電話してみると、向こうは今夜にでも会いたいということだったので、千里のインプでそちらに向かった。
「村山さんのお知り合いって雨宮三森先生だったんですか!」
と向こうは驚愕するとともに、会ってくれたことを感謝感激していた。
「あんたたちの音源聴いたけど、物凄くいいと思う。絶対どこかからデビューさせてあげるよ」
と雨宮先生は言う。
「本当ですか!嬉しいです」
「だけどその太荷さんとのやりとりを全部聞かせてもらえない?」
それで波釣さんの話を千里と雨宮先生は聞いたが、これは問題だと感じた。
「ちょっとその件、あまり人には言わないでいてくれる?」
「はい、言いません」
それで波釣さんと別れた後で、雨宮先生は★★レコードの町添部長に電話する。結果、深夜ではあるが今から話そうということになり、町添部長の自宅に集まることにする。
この時集まったのは、雨宮先生と町添部長・松前社長・鬼柳制作次長・加藤課長、作曲家の吉住尚人、同じく作曲家の上野美由貴(秋風メロディー)、上野さんの後見人である§§プロの紅川社長、そしてなりゆきで参加することになった千里である。千里は凄いメンツが集まっているので「車で待機しておきます」と言ったのだが「いや、醍醐さんもぜひ一緒に」と松前社長から言われて、列席させてもらうことになった。
「今月初めに実は吉住先生から、こういう対応って不誠実ではないですか?とクレームが入って、それで私も気付いたのですよ」
と町添部長が言う。
「その吉住先生から持ち込まれた件、上野美由紀さんが関わった件、そして今日雨宮先生から照会のあった件、全てパターンが共通しています」
と部長。
「要するに、君たちは有望だとかいってバンドや歌手を持ち上げておいて、本人がお金を持っている場合はどんどん投資させて音源製作を進める。それでプレスまでさせておいて『すまない。デビューは不可になった』と言って姿を消す。本人がお金を持っていない場合は、どこかの制作者を巻き込む」
と紅川社長。
「すみません。私、制作部の次長さんが交代していたの、全然気付いてなくて」
と上野美由貴が言っている。
頭の回転の速い妹(秋風コスモス)と対照的に、彼女はのんびりしたタイプである。いつもボーっとしている雰囲気もあり、それで《向こうの世界》とつながりやすく、作曲者としてはそこそこ稼げる程度の作品を書いてはいるのだろうが、アイドルとして売り出すのは色々問題があったのだろう。
但し歌は妹と違って上手い!
「明らかな詐欺事件だと思います。警察に届けることも考えたのですが、これを警察沙汰にした場合、松前社長や町添取締役の責任も問われると思うのですよね」
と紅川さんが言う。
「その場合、★★レコード社内の反松前勢力がここぞとばかりに攻撃を始めて★★レコード社内が凄まじい内紛に陥ると思うんです」
「なるほど」
と雨宮先生が頷く。
それは村上専務とか佐田常務とかの勢力だろうなと千里は思った。
「だから、あまり被害が出ていない内なら、この件、闇に葬ってしまおうかという相談なんですよ」
と紅川さんは言った。
「太荷さんは今どこにいるんです?」
「以前の住所にはいませんでした。不動産屋さんに聞くと家賃滞納で追い出されたようなんですよ」
「奥さんとかお子さんは?」
「どうも離婚して奥さんは子供を連れて岩手の実家に帰ったようです」
「じゃ行方不明ですか?」
と吉住さんが言ったのだが
「それなら、醍醐が見つけてくれるだろう」
と雨宮先生が言う。
「そうそう。醍醐先生は、なかなか居場所がつかめない雨宮先生の居場所をいつも見つけてくれるんですよ」
と加藤課長が言っている。
千里はため息を付いた。
愛用のタロットをバッグから取り出す。
シャッフルして3枚引いた。
「聖杯の王子。彼はどこかに忘れ物をしたようですね」
「ほほお」
「金貨の10。どこか部屋の中。。。会議室か応接室か、そのようなものです」
「じゃ、そこに姿を現すのかな」
「剣の王子。ウォリアーとかワンダラーとか、そんな感じの名前の事務所かアーティストをご存知無いですか?」
「レッド・ウォーリアーズじゃないよね?」
「いえ。むしろ、黄色い雰囲気です」
「それもしかしてワランダーズということは?」
と吉住先生が言った。
「そういうバンドをご存知ですか?」
「僕が一時期いろいろ相談に乗ってあげていたんだよ。でもデビューできそうだという話をこの秋に聞いて。でもまだその後のことは聞いてない」
「その『デビューできそう』という話にひっかかりを感じるな」
と加藤さん。
「深夜で悪いけど連絡してみます」
と言って、吉住先生は電話を掛けていた。
「そうか。君たちもプレスまでしたのにデビュー不可と言われたのか」
と先生は向こうと話しながら言っている。
一同が顔を見合わせる。
「実はちょっと揉め事が起きていてね。事態は急を要するんだよ。真夜中で悪いけど少し話を聞けない?」
それで吉住先生が車で走って、彼に会いに行った。
そして向こうから電話があった。
「ワランダーズは宇都宮プロジェクトという所の支援で制作を進めていたらしい。プレスまで済んで発売日は年明けと言われて、デビュー記者会見で話すこととか考えていたのに、今日になって、突然デビュー不可という連絡が★★レコードからあったと宇都宮プロジェクトの方から伝えられたらしい」
「宇都宮プロジェクト?」
「それって、確かローズ+リリーの事務所だよね?」
「宇都宮プロジェクトの誰と話していたんですか?」
「須藤さんという人らしいけど、そういう人あそこの事務所に居る?」
「社長です」
「そうだったの!?ごめん、知らなかった」
「でもそれなら、太荷さんが宇都宮プロジェクトに昨日来ていて、村山君の占い通り忘れ物をしていたら」
「きっとそれを取りに明日宇都宮プロジェクトに姿を現しますよ」
「よし、そこをキャッチしよう」