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さて、剣道の全道大会に出た千里(千里R)は8月4日に留萌に戻ったのだが翌日からは毎日、吹奏楽の練習に出ていった。
S中では長期休み中の部活は、一部を除いて原則として週に1回以下である。
それで吹奏楽部の練習は、7/19に夏休みが始まってから、7/25に一度あったあと、大会前ということで、8/4-8の5日間することになっていた。但し8/4は千里は剣道部の全道大会から戻ってこられないので休むと連絡していた。
千里は7/22-25には旭川に行き、きーちゃんからフルートの手ほどきを受けていたので、25日の練習に出て行くと「凄い進化してる」と褒められた。
この25日の練習の時、トランペットのパートに小春が入っていないので、あれ?と思った。小春の代わりに上原君が入っていた。上原君は実は小学校の時は吹奏楽部に居てトランペットを吹いていたのである。しかし中学では「勉強が忙しくなるから」と言って、入らなかった。それを今回の大会だけという約束で徴用されたらしい。
『小春、吹奏楽に参加しないの?』
と千里(R)は小春に脳間通信で尋ねてみた。
『ごめーん。8月10日は私、都合が付かなくなって。それで上原君に頼んだ』
『へー』
『それに私、S中の生徒じゃないから問題になったらやばいし』
『バレることはないだろうけどね』
『まあね』
そして剣道の全道大会の後、千里は8月5日から8日まで4日間、毎日2時間ほど他の部員や助っ人!と一緒に練習した。
8月5日に練習に出て行った時、恵香が居る。フルートを持っている。
「あれ?恵香入ったの?」
「徴用された」
と本人は言っている。
「私が指を怪我しちゃって」
と申し訳なさそうに3年生の愛子さんが言っている。
「それで私がピッコロに回って、恵香ちゃんにフルート1を吹いてもらうことにした」
と映子。
「一週間で2曲覚えてくれと言われて頭がパニック」
「頑張ってね〜」
「まだかなりあやふや。本番で間違ったらごめんね」
「あれ?恵香、以前からそのフルート使ってたっけ?」
「小春がくれた」
「へー」
「前のはキイが取れそうになってたのよ。それをP神社で言ってたら小春が『古いのでよければあげるよ』と言うのでもらった。でもこれ古いけど総銀なんだよね。さすがしっかりしてる。その翌日に映子ちゃんから頼まれたのよね〜」
「なるほどー」
「前のは元々お姉ちゃんが使ってたものだから、10年以上経ってたし」
(実は千里から「フルートのケースの古いのを調達して」と頼まれた小春が“フルートごと”古いのを2万円!で買ってきたので(例によって実際に買ってきたのはミヨ子)、“余った”中身のフルートを恵香にあげたのである)
この日の練習の後、映子が
「千里まだこの話聞いてないよね?」
などと言うので、どうも聞かなくてもいい話のようだとは思ったものの
「なぁに?」
と訊いてあげる(恵香は帰っちゃう!どうも昨日聞いたようだ)。
「すっごい良かったぁ」
「何が?」
「8月2日・松原珠妃の札幌ライブに行ってきたのよ」
「よくチケット取れたね!」
松原珠妃は今年春に木ノ下大吉さんの『黒潮』という曲でデビューした、まだ16歳のスーパーアイドルである。高校に入学した途端売れてしまって学校に行く時間が無くなり退学してしまったらしい。しかし、この曲が物凄く売れているし、沖縄で撮影してきたという写真集がまた売れている。貧乏でこの手の物事にはお金を出さない千里の母さえ、その写真集を買ってきて眺めていた。
写真集には、珠妃の妹分という、中学1年生くらいの女の子も写っている。きっと2〜3年後にデビューさせるつもりなのだろう。
黒潮の歌詞に歌われているヒロインの名前がナノなので、妹分の女の子はピコという役名らしい。単位の接頭辞で使うナノがマイクロ(μ)の1000分の1なのでそのナノの更に1000分の1であるピコというのを妹分の名前にしたのだ、とかこの手の情報に詳しい恵香が言っていた。ちなみに、恵香の所は、お父さんもお母さんもお姉さんまで写真集を買ってきて、写真集が3冊本棚に並んでるという話だった。
そして珠妃が更に話題になったきっかけが先日起きた“ステージ上の殺人事件”である。
7月23日に松原珠妃は東京の武芸館でコンサートをしたのだが、その時、ゲスト出演していた女性歌手がいきなり、珠妃を刺し殺そうとした。しかしとっさに珠妃をかばった女性ヴァイオリニストが身代わりに刺された。
刺した女性歌手は殺人未遂で逮捕されたが、刺されたヴァイオリニストの容態について、報道機関は一切報道していない。おそらく、珠妃の事務所が芸能界に強い影響力を持っているので、報道機関に圧力を掛けて何も報道しないようにさせているのだろうと多くの人が想像していた。しかし噂によるとヴァイオリニストは病院に運ばれたものの気の毒に死亡が確認されたという話だ。すると犯人は殺人罪に切り替えて起訴されるのだろう。
この事件がきっかけとなって、今まで珠妃に注目していなかった人まで彼女の歌を聴いてみて、それでここまでもかなりのセールスをあげていた『黒潮』が更に売れ、急遽月末に発売されたミニアルバムも物凄い勢いで売れているらしい。
松原珠妃は8月1ヶ月掛けて全国28ヶ所でツアーをすることが急遽決まったが、その8月2日の札幌公演のチケットを映子はゲットして見に行ったらしい。チケット予約の電話を掛けたら運良く一発で繋がり、それでお姉さんと2人で見に行ってきたということだった(15分でソールドアウトしていたらしい)。
しっかし1ヶ月で28ヶ所公演って無茶苦茶だなと千里は思った。16歳の若さが可能にするのだろうけど、自分なら逃げ出したい。
(ちなみにこの札幌公演でヴァイオリンを弾いたのは写真集にも“ピコ”として写っていた冬子である。武芸館で珠妃の身代わりになって刺された本人!だが、無論死んではおらず、軽症で病院に行くほども無かったし傷跡も残らなかった。ヴァイオリンが壊れただけで、すぐ代わりのヴァイオリンを買ってもらった)
ということで映子の話は練習が終わった後1時間!続いたし、会場限定で売られていたというCDを1枚もらってしまった(布教用なのだろう)のだが、翌日以降も映子は誰かこの話を聞いてくれる人が居ないか探してる雰囲気だった!!
そして8月10日、吹奏楽コンクール・留萌地区大会となる。
大会は留萌市文化センターで行われた。小学校は多いので前日の9日土曜日に行われており、この日は中学・高校・一般の部が行われる。今年は中学と高校が各8バンド、一般は3バンドであった(留萌振興局内に大学は無い!)。それで会場前には次のような掲示がされていた。
9:00 中学の部
13:00 高校の部
17:00 一般の部
中学部門は9時からなので、千里たちは8時半には文化センター前に集合して点呼を取った。人数ぎりぎりなので1人でも足りないと課題曲が演奏不能になり、参加資格も失う。
「誰か風邪でも引いたらやばいね」
「だから部員には健康にも充分注意するよう厳しく言ってる」
と部長さんが言っていたのに1人居ない!
木琴を頼んでいた助っ人さんが、出がけに玄関で転んでそのまま家の前の坂を転がり落ちて病院に運ばれたらしい(幸いにも全治一週間で済んだ)。
「愛子ちゃん、木琴弾いて」
「うっそー」
それで指を怪我してピッコロが吹けないので演奏には参加しないものの吹奏楽部員なので来るだけ来ていた愛子さんが木琴を弾くことになった。
「演奏したことないのにー」
「今から本番までに練習して」
「きゃー」
やはりハプニングは起きるものだ、と千里は思った。
今年、中学部門に参加していたのは、7校だった。演奏はB部門・C部門に分かれており、C部門の3バンドから先に演奏が始まる。
「あれ?1曲だけなの?」
と千里が訊くと
「C部門は、課題曲を演奏できる人数の揃わないバンドの部門なんだよ」
と映子が答える。
「なるほどー!」
そういう訳でC部門は課題曲が演奏できないので、自由曲を1曲だけ演奏するのである。ちなみにA部門は35人以上で“大編成”用の課題曲が演奏できるバンドらしいが、今年の留萌地区大会・中学部門には該当するバンドが無かったようだ。
C部門3バンドの後、B部門になる。市外のバンド2つの演奏があってから留萌市内の中学に移る。最初にC中が演奏し、その次が千里たちのS中だった。
C中のメンバーが楽器を持ってステージから降りる。千里たちが昇壇する。チューニングを確認してから、指揮をする近藤先生の両手が振られる。ほぼ全ての楽器がこの曲のメインテーマ、ドッド・ラッドー、ラッラ・ファラーを吹いて演奏が始まる。金管中心のテーマが演奏された後は、木管中心の中間部、そしてまた金管中心のテーマへと移っていく。
ノーミスで課題曲を演奏してホッとする。一部楽器を持ち替える人が素早く場所を移動して、自由曲が始まる。
勢いがあり元気なマーチの課題曲を演奏した後は、静かで趣きのあるワルツの自由曲『いつも何度でも』となる。
これは最初に出るのはクラリネットである!それにフルートがハーモニーを添えて木管の見せ場である。木管のみで主題を演奏した後は、今度は金管が同じメロディーを繰り返し、その後、木管・金管合わせての演奏となって、曲を盛り上げていく。
約3分半の演奏が終わる。みんなホッとした雰囲気である。これも何とかノーミスで演奏できた。拍手の中、楽器を持ってすみやかにステージを降りた。そして打楽器・木琴など大型の楽器を主として男子部員が協力して駐車場に駐めているワゴン車に運んだが、それ以外の部員はそのままS中の指定席の所に座った。
最後にR中の吹奏楽部が演奏する。結構人数多いなと思って鑑賞しながら人数を目で数えてみると36人いる。これならA部門にもエントリーできるだろうが、やはり誰か休んだ場合のことを考えたものだろうか。
R中の演奏が終わった後、15分間の休憩となった。その間、トイレに行く人もあったが、千里や映子は行かなかった。行って来た恵香は「列が凄かった!」と言っていた。女子トイレはそもそも混むし、この人数だからね〜。
「男子トイレ空いてないかなと言ってる子たちもいたけど、さすがにそちらに入る勇気は無いと言ってた」
「さすがに男子トイレに入るのは無茶」
審査結果が発表される。S中は金賞をもらった。すごーい!と思ったが、道大会に進出するのは同じく金賞のR中と発表される。
「金賞が道大会に行ける訳じゃないんだ?」
と映子に訊くと
「金賞の中でいちばん優秀だった所が道大会に行くんだよね」
「なるほどー!」
吹奏楽コンクールの場合、全てのバンドが金賞・銀賞・銅賞のどれかになるらしい。つまり演奏の出来で「良かった」「まあまあ」「努力しよう」ということのようである。もっとも人数の少ない所は努力のしようもない気もする。
中学の部が終わった所で簡単なミーティングをして、帰る人は帰って、高校や一般部門も見る人は残ってということになった。千里は映子や恵香・佐奈恵と一緒にこの後も見ることにした。それで近くのセイコーマートでおにぎりやパンを買って公園で食べるが、映子はハンバーグ弁当を食べている。
「だって、おにぎりとかだけならお腹空くじゃん」
うん。確かにそうだよね。でもトイレ大丈夫かな??
と思ったら案の定、映子は高校の部の前半は席に居なかった!
高校は8校エントリーしているのだが、S高校・U高校・H高校の3校だけがB部門で残りの5校はC部門だった。13時に始まって、14時半には終わってしまったので、17時からの一般の部は見ずに帰ることにした。
それで千里は買物して帰ろうと思い、映子・恵香・佐奈恵たちと別れてAコープに向かった。ところがその途中でバッタリと貴司と遭遇した。
「あれ?千里、もう帰って来たんだっけ?」
と彼が言う。
「今終わった所だけど」
と言いながら“帰って来た”ってどういう意味だろう?と考える。
「だったらこれ見てよ」
と彼は言い、道路の端に自分のバッグを置くとそこから4mほど離れた。
消しゴムをポケットから取り出す。
そしてそれを投げると、消しゴムはピタリとカバンの上に載った。
「おお、進化したね」
「褒めて褒めて」
「うん。よく頑張った。力の抜き方を覚えたね」
「それなんだよ。僕はこれまでただ勢いよく投げてた。そうじゃなくて目的の場所に載せるには力の加減を考えることが必要なんだ。これでバスケでもボールがバックボードに当たったものの勢いが強すぎてゴールに入らないというのが少なくなったよ」
「へー。本当に進化したじゃん」
「だったら約束通りデートしてよ」
「いいよ、いつデートする?」
「今からではもう遅くなってしまうし、明日からはまたバスケ部の練習あるし、そのあと合宿があるから、2学期始まる前の20日というのではどう?」
「いいよ」
と言いながら、“どの千里”がデートするのか知らないけどね、と千里Rは思った。
「じゃ今日はこれだけ」
と言って、千里Rは素早く彼の手の甲にキスする。
「おぉぉぉ!!!!!」
と言って、彼が感動しているようなのに背を向けて手を振り、千里RはAコープの店内に入った。
そして小春に脳間通信で伝える。
『私、デートの約束しちゃったからさ、“彼のことを好きな千里”に伝言しといて』
伝えた時、小春がかなり遠くに居るなと千里Rは思った。
『分かった。何とかする』
と小春は三重県から返事をした。この時、千里Yも千里Bも三重県に居たのである。
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女子中学生・夢見るセーラー服(23)