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1人の部員がメンバー表を出しに走って行った時に、千里は唐突に気付いた。
「あの、まさかこのチーム、女子では?」
「ん?私たち男子に見える?」
「あのぉ、私、男子なんですけど」
「えーーーー!?」
それで千里は生徒手帳を見せる。
「うっそー!?」
「男と書いてある」
彼女たちは少し悩んだが、千里が見た目女の子にしか見えないし、初心者のようなので、
「きっとバレない」
と言われて、そのまま参加することになる。
「バッくれちゃおう」
「バレたらバレた時だよね」
「君、今日は女子トイレに入ってよね」
それで試合に出ていったのだが、この初戦にS中は勝ってしまったのである。千里が遠くからどんどんゴールを決めたが、千里はその距離から撃って入ったら3点というのを教えられてびっくりした。
次の試合までに少し詳しいルールを教えてもらう。そのあと5人で一緒にトイレに行ったら、トイレの中でクラスメイトの尚子と遭遇する。尚子は千里が女子トイレを使うのはいつも見ているので特に変には思わない。お互いに手を振る。
「尚ちゃん、テニスの応援にいかなくていいの?」
「テニスは明日なんだよ。それで今日はこちらに来た」
「へー」
トイレを終えて、チームの所に戻ってからバスケ部員たちに突っ込まれる。
「君は女子トイレ慣れしている」
「あはは、お奉行様、あまり深く追求しないで下さいませ」
「結局、君って女の子になりたい男の子?」
「まあそんなものかなあ」
「だったら、ちょっと病院行って、お股の余計な物を切ってもらって女子バスケ部に入らない?」
「それいいかもー」
などという話をした。
チームは2回戦では強い所にあたり敗退したものの
「ぜひちょっと手術して女子バスケ部に入る方向で考えてねー」
などという会話をした。
その後、一緒に男子の試合を見たが、S中2年の細川君という子が大活躍して男子チームは3位入賞した。
スポーツセンターを出て帰ろうとしていたら、尚子と遭遇した。
「男子チーム惜しかったねぇ」
などという話から、2年生でチームの中心になっている細川君のことで、尚子から随分情報をもらった。
「彼は女子の間でも凄い人気だよ」
「だったら彼女の2-3人居るのかなあ」
「特定の彼女は居ないみたいよ。恋愛してる暇があったらバスケしてるんだと思う」
「そういうストイックな子はいいなあ」
「ところで女子のチームに千里に似た子が出ていたけど」
と尚子の話は核心に入った。
「お代官様、それは内緒にして下さいませ」
と言って、千里はメンツが足りないから顔貸してと言われて参加に同意したものの、メンバー表を提出した後で、女子チームであることに気付いたことを話した。
尚子は「千里がチームが女子チームだということに気付いた」というより「チームメンバーが千里が男子であることに気付いた」と言うべきだなと思った。
尚子は沙苗の騒動から、戸籍上男子であれば“沙苗のように性転換手術を受けていても”男子の部に出なければならないと思っていたので“同様に性転換手術を受けて女になった千里も”男子の部にしか出られないのではと思った。
しかし話を聞くとほとんど事故のようなものだし、チームもすぐ負けたから、大きな問題はないだろうと考えたのである。
父は4/27-5/2に漁に出て、2(金)夕方に戻ったが、5/1-2日は海がしけたらしく、「ぐっすり寝たいから、お前たちどこかに出ていてくれ」と言った、
それで、母・千里・玲羅は5月3日は、どこかにお出かけすることにした。動物園にでも行こうかと言っていたのだが、結局、岩見沢市の三井グリーンランド(現在の北海道グリーンランド)に行くことにした。
入場券を買おうとしていたら、正面ゲート前で何かイベントをしていた。自分で好きな絵を描いたら、その場でその絵柄をプリントとして和服を作ってしまうというシステムのキャンペーンらしい。参加は無料というので、千里(千里B)と玲羅はこれに参加した。
このイベントでは、
パソコンで絵を描く→顔料インクで印刷して和服制作→着付け→何か芸をする
という進行になっていた。玲羅があまり絵が得意でないというので、千里は玲羅の和服の柄(KAT-TUNの亀梨君の似顔絵)を描いてあげてから、自分の分は銀河流星の滝をモチーフにした絵を描いた。
和服を着付けてもらって、小さなステージのある会場に座る。多くの参加者が歌を歌ったが、中には漫才などをした人などもあった。玲羅はキーボードの弾き語りでKAT-TUNの歌を歌った。千里は玲羅と重ならないようにと思い、用意されている楽器の中からヴァイオリンを取ったのだが、そもそも弦が弛んでいる。それはペグを巻けばいいのだが、調律笛なども持っていないので音を合わせられない。スタッフの人に尋ねたが、誰も調弦できないようだ(後から考えたらキーボードで音をもらえば良かった)。
するとその時、会場内に居た中学生くらいの男子が
「僕が音合わせられるよ」
と言って出て来て、合わせてくれた。彼は絶対音感を持っているらしい。
「ありがとう」
と笑顔で言って受け取る。
これが千里と貴司のファーストコンタクトだったのである。
千里はこの調弦してもらったヴァイオリンで『アメイジング・グレイス』を弾き優勝した。そして玲羅も3位に入って2人はグリーンランドの入場券を賞品でもらってしまった。
それで結局グリーンランドの入場料は、母の分だけ払えば中に入れることになった。午前中は、玲羅がジェットコースターに乗るのに付き合わされて、この手のものが苦手な千里はフラフラになった。
3人でお昼を食べた後、少し休んでいた時に、うっかり人にぶつかってしまう。
「ごめんなさい」
「ごめん」
と言ってから相手を見ると、さっきヴァイオリンの調弦をしてくれた男の子だったので、千里は
「先程は調弦をしてくださってありがとうございました」
と改めて礼を言う。
それでしばし話をするが、立ち話もということで、近くのベンチに座った。
「小さい頃やってたから、調弦とかはできるんだけどね。でも最近は部活が忙しくて、あまり弾いてないんだよ」
「へー部活は何をなさってるんですか?」
「バスケット」
その時、千里ははっとした。
「あ!今気付いた。細川さんですよね!」
「あれ、僕のこと知ってるんだ?」
「同じ中学なので。こないだの試合見てました。最後のシュート惜しかったです」
それで話している内に、彼も千里のことに気付いた。
「僕も気付いた。君、うちの中学の女子バスケット部員だ」
「いえ、あれ人数が足りないからと言われてたまたま近くにS中の体操服を着た私がいたから、一緒に走り回るだけでもいいからと言われて参加したんですよ」
「へー。でも君、スリーポイントをじゃんじゃん入れてた」
「あの距離から撃ったら3点になるって初めて知りました」
彼は、取り敢えず昼休みのバスケットに千里を誘った。S中体育館では毎日昼休みに部員も部員でない人も、男女も入り乱れてバスケをやっているから、それに参加してみない?ということだったのである。千里も、何も部活とかしてないから、出てみてもいいかなあと答えた。
何となく彼と仲よくなったので、彼は
「一緒にジェットコースターに乗らない?」
と誘った。
それで千里はまたジェットコースターに乗りまくるはめになる。ただ、千里が明らかに怖がっていたら、彼は手を握ってくれた。そして手を握ってもらうと不思議とコースターがあまり恐くない気がした。
そろそろ帰りの時間というくらいになり、ふたりは一緒に観覧車に乗った(千里はこれがデートになっていることに全く気付いていない)。
「僕のこと、名前で呼んでよ。貴司(たかし)って」
「うん、貴司君」
「《君》は要らない」
「じゃ、貴司」
「君、名前なんだったっけ?」
「千里(ちさと)です」
「じゃ、僕も《千里》って呼び捨てにする」
「はい、それでいいです」
そういう訳で、2人は名前の呼び捨てで呼び合う関係になったのである。
「でも不思議だなあ。僕、これまでまともに女の子と話したこと無かったのに、千里とは凄く話がはずむ」
と貴司は言っている。
「えーっと私、女の子じゃなくて男の子だけど」
「嘘」
「そうだ。生徒手帳見せるね」
と言って千里(千里B)は、青いハンギョドンのバッグから生徒手帳を出して貴司に見せる。学生服を着た千里の写真がプリントされていて、性別は男と印刷されている。
(男と記載された生徒手帳を持つのは千里Bだけ)
「うっそーーーー!」
「ごめんねー。紛らわしくて」
「だって、千里、女子のバスケの試合に出てたじゃん!」
「ああ。女の子と思い込まれて、引き込まれて。メンバー表出した後で、私、女子のチームだったことに気付いたのよね」
「何でそんな長い髪なのさ?うちの中学、男子は短髪なのに」
「入学式当初、風邪引いて休んでて、それで風邪が治ってから髪切ります、と言ってたんだけど、その後特に注意されないからバックれてるんだけどね」
(千里Bは異装届が提出されていることを知らない)
「千里って、《女の子になりたい男の子》だっけ?」
「自分では女の子のつもり。日本の法律がそれを認めてくれないけど」
「女の子の服、着たりする?」
「制服以外では女の子の服しか着ないよ」
「じゃ今度、普通の女の子の服着て、一緒に遊ぼうよ」
「いいよ」
(今日はふたりともゲート前でやっていたイベントでもらった和服を着ている)
「でも声も女の子の声にしか聞こえないのに」
「私、発達が遅いのかもね」
「チンコあるんだっけ?」
「内緒」
「なんで内緒なの〜?」
と言ってから、貴司は少し考えるようにしてから言った。
「決めた。千里、僕のガールフレンドになってよ」
「《ガールフレンド》でいいの? 私、男の子なのに」
「いや。千里は女の子だよ」
「そうかな」
「返事は?YES? NO?」
「YES」
「よし」
それで2人は握手して、ボーイフレンド・ガールフレンドになることにしたのであった。
貴司はあらためて千里に女子バスケ部に入るよう勧めた。
「私男の子なのに」
「いや、男子バスケ部にも女子バスケ部にも。男子であることとか、女子であること、という決まりはないはず。S中の生徒であることと、スポーツマンらしい態度で、練習や試合に臨むこと、という規定しかない」
「まあ普通いちいち断らないかもね」
千里は留実子が“名誉男子”と言われて、本来男子だけの応援団に入れてもらったという話を思い出していた。私も“名誉女子”で女子バスケ部に入ってもいいのかもね、と千里Bは思った。
千里が携帯を持っているので、貴司は「番号とメールアドレスを交換しようよ」と言ったが、千里は「ごめーん。これお父ちゃんの携帯を借りて来たんだよ。私は携帯持ってないのよね」と言って、自宅の電話番号を教えた。貴司は自分の携帯の番号をメモに書いて千里に渡してくれた。
それで千里Bは連休明けの5月6日(火)、体操服姿で女子バスケ部の部長・節子(3年)の所に行き、
「お股の手術とかはしてないけど、女子バスケ部に入れて下さい」
と言った。
「おお、千里ちゃん大歓迎」
と言われて、千里はこの年、女子バスケ部の6人目の部員になったのである。
“男子だけど女子バスケ部員”という千里の登録について、顧問の伊藤先生は悩んだ。
千里が、小学生の時に“男子だけど女子ソフトボール部員”だったという話を聞き、伊藤先生は千里の名前と生年月日で検索を掛け、千里のスポーツ少年団での登録番号を見付けた。スポーツ少年団の登録上は千里は女子として登録されている。
「ちゃんと女子の登録になってるなあ」
と呟きながら、伊藤先生は、スポーツ少年団・バスケット留萌地区のS中分団に千里をそのまま登録した。これでスポーツ保険などは問題無くなる。
バスケット連盟の留萌支部には電話を掛けて事情を説明した。
「その選手は女子ではないんですか?」
「戸籍上は女子らしいですよ。でも男子として登録したいらしいんですよ」
(このあたりは伊藤先生は勘違いしている。でもそもそも千里自身が勘違いしてた!)
「男子なのに女子に登録したいというのは認められませんが、女子で男子として登録するのは、システム上は可能です。でもそれでは男子の試合にしか出られなくなりますよ」
と留萌支部の人。
「本人はそれでいいそうです」
この件は、北海道支部まであげられ、北海道支部長の判断で認められた。それで千里はバスケット協会から、男子の登録番号が発行され、協会には“S中女子バスケット部に所属する男子選手”として登録されたのである。男子選手なので、当然女子の大会には参加できない。(支部長さんは“男子バスケ部に所属したい女子選手”と勘違いして認可してしまった可能性が高い)
千里はこの男子としての登録番号を約3年半使用することになる。
千里の性別問題が3年半もこういう変則的な状態のまま問題にならなかったのは、S中が弱小で、上位の大会に全く出て行けなかったし、そもそも千里は公式戦には出なかったからである。
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女子中学生・夢見るセーラー服(6)