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木曜日の夕方、千里は鞠古君の状況を留実子からの電話で聞いた。留実子は学校を休んで札幌まで付いて行っていたのである。
それによると、まだ未認可の治験中の薬の治験に参加することになったということであった。この薬が効けば腫瘍は縮小してくれる可能性がある。うまくすれば、一切身体にメスを入れずに治る可能性もある。また、手術するにしてもペニスを全部切ってしまうのではなく、腫瘍のある部分だけを切って、その前後を繋ぎ合わせるという手法を採ることが提案された。切った分ペニスは短くはなるものの、ちゃんと血管・神経は顕微鏡で見ながら繋いでいくので、機能はそんなに落ちないはずということである。
ただ、この薬には重要な副作用があり、生殖機能が損なわれるということだった。しかし、そもそもペニス・睾丸を全部取ってしまうという話だったのだから、それよりもこの方法を選択しようということになったのである。
「状況が変わったね」
「変わりましたね」
と、A大神とP大神は話し合った。
「どうする?」
「鞠古君の睾丸は4月10日の時点で千里の睾丸(早紀由来の睾丸と交換して取り外したCuの睾丸)と交換して保存してあります。だから治療薬の副作用で機能を失うのは千里の睾丸です。2-3年後に治療が終わったら、彼の本来の睾丸を戻してあけます。そしたら彼は男性機能が復活するはずです」
「千里が鞠古の代わりに女性ホルモンの注射をされてるけど」
「あれも焦ったんですが、念のため、あの子の睾丸も退避させました。今あの子の陰嚢内に入っているのは、沙苗の睾丸です(*4)」
「ああ、沙苗は睾丸取ったのね?」
「実は4/10に取ってあげました。あの子は睾丸があることで精神的に不安定になっていたので、取ってあげたら精神的に安定しちゃったみたいです」
「女の子になりたいと思っている子でも実際に去勢すると精神的に不安定になることが多いのに、去勢で安定するというのは面白い子だね」
「全くです」
「女性ホルモンは?」
「千里が渡しているのを飲んでいるようですね。多分今月か来月くらいには性同一性障害の診断書が出そうだから、そしたら病院からホルモン剤の処方箋を書いてもらえると思います。今はフライングしてるね?と指摘されたみたいですけど」
「千里はどうやって女性ホルモン剤を入手してるの?」
「それがよく分からないんですよねー」
ちなみに沙苗に女性ホルモン剤を渡しているのは“緑”の玉の髪ゴムを付けた子であるが、P大神は複数の千里が活動していることには気付いていない。
またA大神は千里に入っていた睾丸が保存されたという話から結果的に早紀由来の睾丸が保存されたことに気付かなかった。元々早紀の睾丸を持って来たのはどうせすぐに千里の体内で機能喪失すると思ったからなのだが、早紀の睾丸は保存され、9年後に早紀を遺伝子的父とする子供が誕生することになる。
(*4) 4年生の時のドミノ移植と合わせて、極めて複雑な状況になっているがまとめ(?)ると、このようになる。
睾丸ドミノ
翻田常弥←武矢の睾丸(常弥の睾丸は廃棄)
翻田民弥←鹿島信子の睾丸
翻田和弥←民弥の睾丸
武矢←千里(4年生)の睾丸 早紀←津久美の睾丸
Cu←早紀の睾丸(4/10)
Cu←沙苗の睾丸(5/12) (千里に入っていた早紀の睾丸は保存中)
鞠古←Cuの睾丸 (この後、腫瘍の治療薬の副作用で機能喪失予定)
陰茎ドミノ
本田和弥←鹿島信子の陰茎
早紀←津久美の陰茎
Cu←早紀の陰茎(Cuの元の陰茎は保存中)
「鞠古のちんちんは?」
「どうも切除しなくて済みそうだから、そのままにしましょうか。ペニスが1本余っちゃうけど」
「じゃ誰か要る人がいたらあげるということで」
「鞠古君の彼女の留実子ちゃんがちんちん欲しがってますけど」
「さすがにるみちゃんにちんちん付いてたら、大騒動になるよね」
「鞠古君と結婚できなくなる危険がありますから、取り敢えず付けてあげるのは控えておきましょうかね。るみちゃんが男役する時は一時的に付けてあげてもいいけど」
「鞠古君、妊娠したりして」
「あの子、妊娠しそうな顔してますけどね」
2003年6月14-15日(土日).
千里(千里B)はQ神社で初めて巫女としての奉仕をした。
この日は、先輩の巫女さんたちに挨拶し、まずは巫女の衣裳を渡されて身につけるが千里がスムーズに着られるので
「あんたやったことある?」
と訊かれる。
「家の近くのP神社で時々お手伝いしてるので」
と言うと
「おお、経験者か」
「頼もしい」
と言われて、いきなり昇殿祈祷に投入された。
普通なら初心者はまず境内の掃除とかから始めるのに!
祈祷をするお客様を受付から控室に案内し、また控室から拝殿に先導する。大幣を振ってお祓いをしたり、玉串奉奠をする際に榊を祈祷者に渡したりする役をした。千里がそつなくこれらの動作をしたので
「素晴らしい。即戦力だ」
と言われた。
「楽器はできない?」
「太鼓は叩いてましたけど、あと舞を舞ってました」
「だったら、うちの神社のたたき方や、舞を教えてあげるよ」
「ありがとうございます」
そういう訳で、初日から千里はフル稼働したのであった。特に太鼓はすぐ覚えて11時頃に来たお客さんの祈祷で太鼓を叩いた。
お昼はお弁当を作って持ってきていたので
「お母さんに作ってもらったの?」
などと訊かれたが
「自分で作りました」
と言うと
「偉い!君は主婦の鑑(かがみ)だ」
などと言われた。
「そういえば、君、太鼓叩くのも上手いけど、龍笛は吹けないの?」
と言われる。
「それ吹いたことないんですよねー」
「龍笛は吹いてないけど、高麗笛(こまぶえ)は得意だとか」
「実は神楽笛(かぐらぶえ)の名人だとか」
(龍笛・高麗笛・神楽笛は同属楽器。クラリネットのB♭管・A管のようなものである。高麗笛は龍笛より長2度高く、神楽笛は龍笛より長2度低い。但し、龍笛が7穴なのに対して、高麗笛・神楽笛は6穴である)
「どれも吹いたこと無いですよー」
「しかし君は吹けそうな顔をしている」
と言われ、まずはABS樹脂製の龍笛を渡されて
「吹いてみて」
と言われる。千里がおそるおそる息を吹くと、素敵な音が出る。
「吹けるじゃん!」
と多くの人の声。
「普通は音が出るようになるまで一週間くらい悪戦苦闘する」
「君、フルートとかしてた?」
「鼓笛隊でファイフは吹いてました」
「だからいきなり音が出るのか」
「龍笛も教えるから覚えてよ」
「はい」
それで千里(千里B)は、Q神社で、先輩巫女の寛子さんという人に龍笛を習うことになったのである。
(P神社で小春の龍笛を受け継いで神事で吹いているのは千里Y)
さてQ神社でご奉仕することになった千里(千里B-Blue)は、それに先立ち6月11日(水)、P神社に行き翻田宮司に会って、お話をした。
友人から誘われて、Q神社の方で土日にご奉仕することになったので、こちらには休日は、なかなか来られないと千里が言うと「お誘いがあったのなら仕方ないね」と納得はしてくれたものの、残念がっていた。
ところが千里は6月14日(土)にもP神社にやってきた。
宮司は尋ねた。
「千里ちゃん、Q神社の方に行かなくていいの?」
しかしここに来ている千里(千里Y-Yellow)は、Q神社に奉仕するなんて話は全く聞いていないので
「え?Q神社ですか?私は留萌にいる限りは、ここでご奉仕しますよ」
と言う。
それで翻田宮司は、Q神社の方の話はキャンセルになったのかなと思い、その件はそれ以上話さなかった。でも千里がずっとここに常駐してくれるのは嬉しいと思った。
千里B(Blue)は日曜日も昨日同様、忙しくお客様の案内や、昇殿祈祷の補助などをしていたが、午後は少しお客さんが途切れたので、先輩の寛子さんから龍笛の手ほどきを受けた。
「さすがファイフ吹いていただけあって、よく音が鳴るね〜」
と寛子さんは感心していた。
「でもまだ私、下手なのに神社の中でこんなに音出しててもいいんでしょうか?」
「君は充分上手いと思うけどなあ。でも気になるなら、別の場所で練習する?」
「別の場所というと?」
「今お客さん、途切れてるからいいと思う」
と言って、寛子さんは、細川さんに
「ちょっと千里ちゃん連れて別館に行ってますね」
と言った。
「うん。忙しくなりそうだったら呼ぶから」
と細川さんは答えた。
それで寛子さんは神社の車・白いプリウスに千里を乗せると、運転して“別館”に行く。
「あれ?ここはうちの中学に行く道だ」
「ああ、あんたS中の生徒?」
「はい、そうです」
「だったら毎日見てるね」
それで着いたのは、学校の門のすぐ上に鳥居がある、Q神社の御旅所である。
寛子さんがピンポンを鳴らすと、警備員の制服を着た人がドアを開けてくれた。
「ちょっと使いますね」
「はい、はい、どうぞ」
と言って、中に入れて貰う。巫女衣装が制服代わりになるんだな、と千里は思った。
「ここは基本的には夏のお祭りの時だけ使うんだけど、それ以外の時は空いてるから、結構倉庫や休憩施設になっているのよね」
「へー!でも警備員さんは常駐してるんですね」
「そそ。警備員さんたちの間では“島流し”とか言われてるみたいだけど」
「ああ、ずっと1人なのは辛い」
「でも毎日たぶん誰かは来ると思うよ」
「じゃわりと出入りがあるんですね」
「うん」
それにしてはここは雑霊が多すぎると千里は思った。
「若い神職さんがここで祝詞の練習とかもしてるし、巫女さんが舞の練習したりとかもしてるけど、まあ空いている時間の方が多い」
「なるほどー。あ、ビアノもある」
「古いアップライトだけどね。音も少し狂ってるよ」
「へー」
それでここで千里はこの日の午後3時間くらい思いっきり龍笛の練習をした。神社の中ではやはり練習の音はあまり出せないと思って控えめに吹いていたのだが、ここなら思いっきり息を出せるので、千里が吹く龍笛は物凄い音量で鳴った。そして、千里の龍笛が響くと、あたりに漂っていた雑霊がどんどん消滅していくのを感じる。やはり笛って浄化能力があるんだな、と思いながら千里(千里B)は吹いていた。
夕方少し忙しくなりそうという連絡で神社に戻ったが、寛子さんは
「今日1日で凄く進化した」
と言っていた。
「そうですか。でも思いっきり吹けて気持ち良かったです」
「だけど、千里ちゃん、学校のそばだったら、平日でも警備員さんに声を掛けて中に入って、練習しててもいいよ」
「いいんですか?」
「うん。巫女長に言っておくからさ」
「それだと確かにたくさん練習できるかも」
「今Q神社で龍笛吹ける子が私以外には居なくてさ。だから千里ちゃんが昇殿祈祷で吹けるようになると私も助かるし」
「循子さんも吹かれますよね」
「あの子、下手だし」
ひぇー、はっきり言うなあと思う。
「だから大事な祈祷では吹かせられないんだよ。大祈祷とか受けた時とか、結婚式とかでは私が吹くしかない状態で、なかなか休めなくてさ」
「それは大変ですね」
それで千里(千里B)は念のため、宮司発行の“Q神社職員証”を渡され、いつでも自由に別館(御旅所の建物)で龍笛の練習をしてよいということになったのである。
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女子中学生・夢見るセーラー服(12)