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実際、上に登ると、やはりとっても寒い。
撮影スタッフが既に準備をしていたので、
「おはようございます」
と声を掛けた。
プロデューサーさん(?)から、シナリオについて説明を受ける。昨年秋の時は実は予定していたモデルさんが急に使えなくなり、タイムリミットが迫る中、代役を探していたらしい。それで慌ただしい撮影だったのだが、今回はちゃんと台本を説明された。
ここで衣裳に着替えたが、前回着たのと同様の白いワンピースである。ただし、寒いので、タイツ・ホッカイロはそのままである。
千里を含めて白いドレスを着た少女が3名出演して、鏡池の所でダンスをする。そして鏡池の上に突然豪邸が出演したという想定で、みんな驚くシーン。そしてその“豪邸”のそばで千里がフルートを吹いている様が撮影される。
実際の“豪邸”は後でモデルハウスを合成するらしい。
フルートはまた撮影用にと美輪子から渡された。
前回は適当に知っている曲を吹いたが、今回はこれを吹いてもらえませんか?と言って譜面を渡された。千里が譜面を見ながら吹くが初見一発で吹いたので
「すごいですね」
と感心された。
「フルートは普段からやはりかなり吹いておられます?」
「いえ、全然吹かないんですけど」
「全然吹かないというと、1日2〜3時間くらい?」
ということで、千里がフルートを持ってもいないなんて信じてもらえない。
旭岳での撮影は準備1時間くらい(その間千里たちは練習している)と撮影2時間くらいかかった。そして山を降りて、ロープーウェイの山麓駅近くにあるホテルで昼食を取る。
共演者の2人とおしゃべりしながら食べたが、2人とも旭川L女子高の生徒らしい。
「女子高というのも憧れるなあ」
「今中学生?だったら、旭川に出てくるなら受験してみない?うち音楽とか英語の教育には定評あるし、スポーツも強いし。剣道してるなら、うちの剣道部は道大会で準優勝したこともあるし、他にバスケ部は全国大会に行ったこともあるよ」
「へー。でもうち私立にやるお金無いって言われそう」
「うちはそんなに学費高くないと思う」
「へー」
「ミッションだから修学旅行も姉妹校の宿舎に泊まったりして安く済むし」
「それいいですね」
「それにOGの寄付が結構あるらしいのよね」
「なるほどー」
食事の後は、不動産屋さんのモデルハウスに移動した。
モデルハウスは小さな家から大きな邸宅まで、いくつも建っているが、その中で重量鉄骨構造・2階建て6LDKという美しいモデルハウスを撮影に使う。共演の子たちと一緒に、さっきの白いドレスで家の中を歩き回るシーンが撮影される。そしてリビングでまたフルートを吹いた。このリビングでの演奏シーンは、白いドレスバージョンと、セーラー服(撮影用衣裳)バージョンの2通り撮影した。共演者2人もセーラー服である。
ここでの撮影を1時間くらいしてから、衣裳を脱いで自分のセーラー服に戻り、最後は録音スタジオに行って、あらためて今回のCM曲を吹き込んだ。実際のCMで使用する音はここで録音した音に差し替えるらしい。その曲と、ついでに前回千里が吹いた『アルルの女のメヌエット』および『花』(瀧廉太郎)も吹き込んだ。CDとしてプレスし、お客様などに配るかもという話だった。
「あんたほんとうまいよ。フルート買って練習しない?」
と美輪子が言っていたが
「うち、フルートなんて買うお金無いよー」
と千里が言うと
「確かにそうかも知れん」
と美輪子も言っていた。
しかし夕方まで掛けて作業は終わり、17時すぎになってCM収録は全て終了した。
美輪子が
「うちで御飯食べてかない?」
と言ったが、千里は
「ごめーん。ちょっとお友達と会う約束してるから」
と言うと、美輪子はデートかと思ったようで
「セックスする時はちゃんと付けさせろよ」
と言って、待ち合わせ場所にしている平和通りまで送ってくれた。
美輪子と別れてからマクドナルドに入り、コーヒーを頼む。それを飲みながらもらったギャラの封筒を開けると13万円も入っていたので、ギャッと思った。明細を見ると内1万円は交通費のようである。
しかしこんなにもらっていいのかなあ。これお母ちゃんの月給くらいあるじゃん、と思った。でも12万もあったら、安いフルートが買えないだろうかとも考える。たしかヤマハのいちばん安いフルートは8万円くらいとかと言ってなかったっけ?
(この当時、ヤマハの最安フルート YFL-211は定価82000円。5%税込で86100円。ただし楽器店によっては7万円程度でも入手できた模様)
きーちゃんは千里がちょうどコーヒーを飲み終わった頃、やってきた。
「実は、こないだアイスランドで助けた男性がさ」
「うん」
「自分を助けた少女がもし幻じゃなかったら御礼をしたいと広告を出していたのよ」
「へー」
「それで、私、千里に擬態して会って来たから」
「あはは」
「日本からの旅行者ということにして、両親役のお友達と一緒に。日食を見るのに偶然近くに居て、日食終わった後、散歩している時にあそこに来たんだということにして」
「事実だね〜」
「それで御礼を受けとったから、あんたに渡すね」
「ありがとう」
と言って受け取ったが、封筒が厚い。
「なんか重いんですけどー」
「オーストリアの貴族さんだったらしい。それで1万ユーロ頂いたから、日本円に両替して138万円」
「きゃー」
「一緒に助けた男性にも1万ユーロ渡したみたい。これは全部千里に渡すね」
と、きーちゃんは言ったが、千里は
「山分けにしようよ」
と言った。
「だって、きーちゃんと2人で助けたんだもん。それと受け取りに協力してくれた、きーちゃんのお友だちにも分けたいし」
「じゃ、私と千里が4割ずつで、協力してくれた2人に1割ずつとかはどう?」
「うん。それでいい」
と言って、千里は封筒から現金を出すと、さっと自分の分に55万円取って、残りの83万円を、きーちゃんに渡した。
(138×0,4=55.2)
「ワイルドな分け方するね」
と言いながら、きーちゃんは笑顔で受け取った。
「多分それで83万円あると思うけど」
と千里が言う。きーちゃんは数えてみて本当に83万円あるので、びっくりする。
「確かに83万円あった」
「良かった」
「でも、どうしてこんな正確に分けられるの?銀行にでもお勤めしたことある?」
「え?でも触ればわかるじゃん」
「・・・・・」
(実を言うと、千里は“ワイルド”に分けると正確に分ける。でも数えると間違う!)
「でもたくさん御礼いただいちゃった。これでフルート買おうかなあ」
「千里、フルート吹くの?」
「ううん。でもこないだから何度かフルート吹く機会があって。あんたうまいよ、練習しなよとか言われるからさ。それに吹奏楽部の子に、フルート担当が足りないから手伝ってくれないかと言われてて。お金があるなら、安いの1本買って練習してみてもいいかなと思って」
「今使ってるフルートは?」
「フルートは持ってない」
「持ってないのに吹けるの〜?」
「鼓笛隊でファイフは吹いてたんだけどね」
きーちゃんは驚いたものの、すぐ楽しそうな顔をした。
「フルート選び付き合ってあげようか」
「あ、きーちゃん、フルート吹く?」
「フルート、ファイフ、篠笛・明笛(みんてき)・ファンソウ、龍笛・高麗笛(こまぶえ)・神楽笛(かぐらぶえ)、笛子(ディーズー)、バンスリ、ヴェヌー。横笛はわりと得意だよ」
「へー。じゃ、お願いしようかな」
「じゃ、まだ楽器店開いてるだろうから見に行こうか」
「うん」
それで2人はマクドナルドを出て、楽器店に行ったのである。道々きーちゃんはフルートの選び方について解説してくれた。
「まずフルートは穴の押さえ方で、カバーが付いていて完全に穴を押さえることのできるカバードキイと、穴が空いているだけで指で押さえるリングキイがある。前者はドイツ流で後者はフランス流だけど、リングキイは初心者には難しいから最初に使うフルートはカバードキイの方がいい」
「あ、今日の撮影で使ったフルートもそんな感じでふたがきれいに閉まってた」
「ポルタメントとかする場合はリングキイでないと無理だけど、それは少し吹けるようになってからでいいと思う」
「微妙に音程を変えていくやつだっけ?」
「そうそう。指で穴を微妙に押さえて、微妙にずらして音高を変える」
「ああ、何となく分かる」
「それからキイの並び方で、インラインというのとオフセットというのがある」
「うん」
「インラインというのは、キイが一直線状に並んでいる。見た目が美しい。オフセットは吹きやすいように薬指と小指のキイの位置がずれてる」
「それは見た目より吹きやすさの方がいいなあ」
「私もそう思う。見た目はプロになってから考えればいいよ。そしてEメカというのがある」
「イーって、ドレミのミのこと?」
「そうそう。フルートは構造上、2つ上のミを出すのがけっこう難しい。それを楽に出せるようにしたメカなんだよ」
「そういうのがあるなら、あった方がいいと思うなあ」
「うん。だから、初めて使うフルートは、カバードキイ・オフセット・Eメカ付きがお勧め」
「なるほどー。じゃそういうのがいいかな」
「あと、フルートの穴の所の作り方に、ソルダードというのと、ドローンというのがある。ドローンは安い。ソルダードは高い」
「音質はソルダードの方が良いの?」
「私はソルダードの音がいいと思うけど、初心者が吹いても同じ」
「なるほどー。うまい人が吹くと差が出るのか」
「一般に、良い楽器ってそういうものだよ。ヴァイオリンとかでも、普通の演奏家がガルネリとかストラディバリウスを弾いても200-300万円の安いヴァイオリンとの差は出ない。名人級の人が弾いてこそ差が出る」
「200-300万円が安いの〜〜?」
「だってストラディバリウスは何十億円もするもん」
「恐ろしい」
「まあ初心者はドローンでいいと思うよ」
「じゃそれで」
「そして最後に材質がある。一番安いのは白銅製、それから洋銀製、それから銀製、そして金(きん)つまりゴールド製」
「金(きん)って高そう」
「だいたい1000万円する」
「とても買えない!」
「銀なら100万円くらい」
「それでも高いね」
「でも管体は銀だけど、キイとかの部品は洋銀で作られた安いのもあるんだよ」
「そういうのはいいね」
「ということで、私のお勧めはヤマハのYFL-411 カバードキイ・オフセット・Eメカ付き、管体は銀だけど、キイは洋銀で安いんだよ」
「へー、いくらくらい?」
「定価は18万円くらいだったかなあ」
「わりとするね」
「でも払えるよね?」
「うん。55万円ももらっちゃったし」
と言いながら千里は、CMのギャラの12万円では買えなかったなあと思っていた。
2人は楽器店に入り、ヤマハのフルート、YFL-411が欲しいと言った。
楽器店の人は指名買いなので、すぐその楽器を出してきてくれたが、このクラスを買うのなら、経験者なのだろうと思ったようで
「現在は洋白製か何かお使いですか?いっそ総銀製をお買いになりませんか?」
と勧めてきた。
『総銀って何?』
と、きーちゃんに脳間通信で訊く。
『キイまで全部銀でできてるってこと。411は管体のみ銀』
『なるほどー』
「まだこの子には早いかな」
と、きーちゃんは言ったが、少し試奏してみられませんかといって、お店の人は同じヤマハ製の YFL-714 も出してきた。YFL-411 と同様の、カバードキイ・オフセット・Eメカ付きのモデルである。
千里が軽く『ペールギュント』の『朝』を吹くと、とても美しい音が出た。
(ソミド・ドレミ・ソミド・ドレドレミファ・ソミソ・ラミラ・ソミレド)
きーちゃんが腕を組む。
お店の人は千里の演奏を聴いて
「失礼しました。プロの方ですか?」
と訊いた。
「私まだ3回しかフルート吹いたことないんですけど」
「また、ご冗談を。それだけお吹きになるのでしたら、いっそハンドメイド・モデルをお買いになりませんか?ローンも組めますよ」
とお店の人は言う。
「すみません。そこまではさすがに予算が無いので。でも千里、これにしようよ」
と、きーちゃんは言った。
「え〜?411じゃなくて?」
「411は、あんたの演奏能力のキャパに足りない」
と、きーちゃんが言うと、お店の人も頷いている。
「でも、お高いんでしょう?」
「5%の消費税込みで、43万0500円(*5)になります。でも10回払いとかにもできますよ」
とお店の人。
(*5) YFL-714(現行のYFL-717の1世代前のモデル)の定価は43万円であった。税込み451,500円になる。このお店は税抜価格を41万に値引きしているものと思われる。714の発売年が不明だが、同じシリーズの614を2002年に購入したという人を見付けたので、2003年にあったのは確実だと思う。
『私も半分出してあげるからさ。これを買いなよ。あんた才能あるもん』
ときーちゃんは脳間通信で言う。
「じゃ買っちゃおうかなあ」
と千里は言い、結局予定の倍の値段がする、この総銀フルートを買うことになったのである。
きーちゃんは『あとで精算しよう』と千里に伝えて、自分のカードでこのフルートを購入した。ケース、ケースカバー、クリーニングロッド、ガーゼは付属しているが、お店はサービスでフルート楽譜集と、チューナー付き電子メトロノームを付けてくれた。
(楽譜集はクラシック名曲選と最新ヒット曲集のどちらがいいですか?と訊かれて、ヒット曲集にしたが「クラシック名曲なんてほとんど吹いておられますよね」などとお店の人は言っていた)
お店を出てから、きーちゃんは駐車場に千里を連れて行く。それで彼女の車、トリビュートに千里を乗せる。
「旭川に1軒、家を買ったからさ。招待しようと思ったのが、今回の目的だったんだけどね」
と、きーちゃんは言う。
「へー。元々のおうちは函館って言ってたっけ」
「うん、まあね」
と言いながら、この子に函館の家のこと言ったっけ?と、きーちゃんは考えた。
「生まれはフランスだっけ?」
「なんで分かるの〜〜!?」
「そんな感じがしたから」
いや、このくらいでは驚かないぞと、きーちゃんは思う。
「でも今夜は、うちで御飯を食べてから帰りなよ。電車無くなるかも知れないけど、車で留萌まで送っていくから」
「明日は特に予定無いから、今夜泊めてくれたら、明日JRで帰るよ」
「うん。じゃ泊まっていって。部屋は4部屋あるから」
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女子中学生・夢見るセーラー服(14)