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鞠古君は、女性ホルモンの注射を打ってもらいに、市内の病院に行ったという。それで千里は留実子と一緒に彼を追いかけてその病院に行った。
鞠古君は待合室に居たが、こちらを驚いたように見ている。
「もう注射したの?」
「まだだけど憂鬱〜。注射されたくねー」
「旭川の病院でも女性ホルモン注射された?」
「されたけど最悪の気分だった。注射されたあと吐き気がして」
と鞠古君は言っている。
「私は先月頭に倒れた時、女性ホルモンの注射してもらったら凄く体調がよくなって、それで体力回復したんだよね」
と千里。
「俺とは全然違うな」
「男の子は女性ホルモンを受容しづらいからかもね。私が代わってあげたいくらい」
と千里は言った。
すると彼は少し考えていたが、ポンと右手ゲンコツで左手の掌を叩いた。
「それ本当に代わってくれない?」
「へ?」
「村山は女になりたいから、女性ホルモン打って欲しいよな?」
「うん、まあ」
「俺は女性化したくないから、女性ホルモンなんて打って欲しくない。だからさ、ここは俺の代わりに村山が女性ホルモンの注射してもらえば丸くおさまると思わない?」
「え〜?でも鞠古君の治療に必要なんじゃないの?」
「俺がチンコのできものに気付いたのは去年の秋くらいなんだよ。それから半年以上経つけど、そんなに状況は変わってない気がする。それにどうせ俺7月にはチンコ切られてしまうんだから、今更少しくらい腫瘍が大きくなっても大差ない。だから、村山が女性ホルモン注射してもらうのがいちばんいい選択なんだよ」
何か理屈がおかしいぞ〜と千里は思ったのだが、留実子まで
「それいいかもね。千里、代わりに打ってもらいなよ」
などと言う。
それで千里は、鞠古君の代わりに女性ホルモンを打たれることになってしまったのである。
千里は体操服でここに来ている。それで学生服を着て男子を装うことにした。鞠古君が後を向いている間に千里は青いスポーツバッグの中から学生服を取り出し、それを着た。そこで「まりこ・ともすけさん」と呼ばれるので、千里は彼を装って診察室に入った。
「え?君女の子じゃないの?」
などと医者から言われるが、
「ぼく男ですよ」
と答える。
「声も女の子の声だ」
「まだ声変わりが来てないので」
「なるほどー。中学1年だと時々そういう子もいるね」
と言って、医師は注射をするのにズボンとパンツを脱ぐように言った。注射はお尻にするらしい。
それで千里は学生ズボンと、その下に穿いている女子用ショーツを脱いで、ベッドに俯せに寝た。女の子ショーツを穿いていることを何か言われるかなとも思ったが、特に何も言われなかった。
それで女性ホルモンの注射をされたが、注射された瞬間、凄く気持ちよくなった。やはり、私は基本的に女性ホルモンと相性がいいんだろうなと思った。
会計は鞠古君が払って、3人は一緒に病院を出た。千里は私は消えるからと言ったのだが、留実子がここに居てと言うので、仕方なく2人の会話を聞くことになった。
留実子は正直に自分の気持ちを語った。自分は鞠古君そのものが好きだから、たとえ彼がペニスを失っても自分の気持ちは変わらない。恋人でいて欲しいし、将来は結婚して欲しいと。
鞠古君は言った。留実子がそう言ってくれるのは嬉しいけど、自分の身体が女性化していくと、たぶん自分は精神構造まで変わってしまう。留実子が期待するような自分では居られなくなると。
しかし留実子は言った。
「ボクは何も期待しない。ただトモが居てくれるだけでいい」
「・・・・ほんとにいいの?」
2人が見詰め合っているのを感じる。千里は歩みを停めて彼らに背を向けたまま座り込んだ。
暖かい波動を感じたので、キスしたなと思った。
2人が千里に声を掛けたので、千里は立ち上がり、一緒に駅前に向かう。でも留実子と鞠古君の気持ちの整理が付いたようなので良かったと千里は思った。しかしふと疑問を感じた。
「ね、ね、今日は私が代わりに注射打たれたけどさ、次回注射打ちに行った時に、こないだと違う子だと言われたりしない?」
「あ、それは全く問題無い」
と鞠古君は言う。
「そうなの?」
「以後も毎回村山が注射してもらえばいいんだよ」
と鞠古君。
「え〜〜〜〜!?」
「あ、それで問題無いね」
と留実子も言っていた。
ということで、千里(千里W/B)は、この後7月まで毎週女性ホルモンの注射を打たれることになる(むろん注射代は毎回鞠古君が千里に渡す)。そしてこれだけで千里Wの身体は、完全に男性機能が停止してしまうし、胸も少し膨らみ始めることになる。
留実子は突然思いついたように
「ね、ちょっと来て」
と言う。
「あ、私は帰るよ」
「いや、千里も来て欲しい」
と留実子が言うので、千里は彼女たちに付いていった。学生服であまり歩き回りたくないのにと思うが親友の大事なので仕方ない。
「神社?」
「うん。ここの占いはよく当たるんだよ」
と留実子は言っていた。
3人が来たのは市内Q神社である。千里はそういえば初詣でここに来たなと思い出していた。(千里が来たのを見てQ大神はわくわくして見ていた)
占いの相談を受けてくれたのは、巫女の衣裳を着けた30代の女性である。
「実は、私の彼氏のことなのですが」
と留実子が言うと、巫女さんは確認した。
「彼氏というのは、その学生服を着ている、髪の短い方の子?」
と巫女さんが訊く。
「ええ、そうです。髪の長い方は私の友人の女の子です。体育祭で応援団するから、その衣装なんです」
「ああ、女の子だよね。女の子に見えるのに学生服なんて着てるから私も迷った」
「それでこの髪の短い彼がペニスに腫瘍が出来ていて、7月に手術するんですけど、転移していたりしないかどうか、この後、転移したりしないかどうか、鑑てもらえないでしょうか?」
巫女さんはそういう話は医者に相談してと言ったが、留実子は医者にはちゃんと相談しているが、医者にも分からないことを占って欲しいという。巫女さんは本当は死病盗は占ってはいけないのだけど、と断った上で易卦を立ててくれた。
「沢天夬(たくてん・かい)の五爻変(ごこうへん)というのが出たよ。転移は大丈夫だと思う」
「ほんとですか!良かった」
「でも、何か重大な決断しなければならないことがあるみたい」
「実は彼、手術でペニスも睾丸も全部取らないといけないらしいんです」
「それは気の毒だね」
と巫女さんは同情するように言う。
「あなたは彼氏がペニスを取ってしまっても平気なの?」
と巫女さんは敢えて留実子に尋ねる。
「平気じゃないけど、病気治療のためには仕方無いです。それに男か女かなんてペニスの有無じゃなくて心の問題だから、彼が心で男である以上、たとえペニスが無くなっても私は大丈夫です。彼と結婚したいと思っています」
と留実子は言った。
「それはありがたい彼女を持ったね」
と巫女さんは鞠古君に向かって言った。鞠古君は目に涙を浮かべていた。
2003年5月27日(火)、《きーちゃん》は留萌を訪れた。
“千里の墓参り”をするためである。
千里は4月9日に亡くなったはずである。本当は葬式にも顔を出したかったが、その時期は、長万部の佐藤小登愛を手伝って、少し面倒な案件を処理していたので、時間が取れなかった。
つい先週、やっとその件が片付き、結果的に小登愛は、釧路に引っ越した。《きーちゃん》としては、彼女には札幌近郊か、せめて旭川か函館に引っ越して欲しかったのだが、まあ釧路は長万部よりは都会だし(釧路は人口では北海道第4の都市)ということで、引き続きサポートしていく予定である。ただ、釧路に頻繁に行くなら、函館より旭川あたりに拠点を確保した方がいいかなと思い始めていた。大きな空港もあるし。
ともかくも小登愛(おとめ)の案件の手が空いたので、千里のことを思い出した。
4月9日に亡くなったとすれば、5月27日で四十九日である。そこで、それを機に墓参りしておこうと思ってやってきたのである。
でも村山家の墓の場所を知らない!
それで《きーちゃん》は千里の妹の玲羅をキャッチして、彼女からお墓の場所を聞こうと考えた。親に訊くとあれこれ詮索されそうで面倒である。
《きーちゃん》はそれで小学校が終わった頃を見計らって、村山家の近くで待機していた。すると17時すぎになって、ランドセルをしょった玲羅が学校から戻ってきた。《きーちゃん》は彼女に声を掛けた。
「すみません」
「はい?」
「つかぬことをお伺いしますが、村山家のお墓はどちらにあるでしょうか?実はあなたのお姉さんに、少し関わった者なのですが、お墓参りしたいと思って」
「お墓ですか?」
と言って玲羅は首を傾げる。
そして
「ちょっと待って」
と言ってから、家の勝手口を開け
「お姉ちゃんいる?」
と声を掛ける!
すると、千里が顔を出した。
その瞬間、《きーちゃん》は仰天して、まさに“幽霊でも見たかのような顔”をした。
「どうしたの?玲羅」
「なんか女の人が、うちのお墓の場所を知りたいんだって」
「お墓?」
と言って、千里はサンダルを履いて家から出て来た。
「こんばんは。うちはまだ仏さんが出てないから、墓は無いんですよ。父は旭川の出身、母は札幌の出身で、父も1980年頃に留萌に移動してきたから・・・って、きーちゃん、久しぶり!あれ?どうしたの?」
「千里・・・なんで生きてるの?」
「え?私、死んだんだっけ?」
と千里が言うと玲羅は
「蓮菜さんによれば、お姉ちゃんは生まれた時から既に死んでたらしいけど」
などと言っている。
「千里、ほんとに生きてるの?」
と言って、《きーちゃん》は千里の手を握る。
「あまり生きてる自信無ーい」
と千里は言うが、《きーちゃん》は千里の手を握って、彼女の脈・血圧などを素早くチェックした。これはどう見ても生きてる人間のサインだ。
「千里、死ななかったんだね。良かったぁ」
と言って、《きーちゃん》は千里を抱きしめて泣いた。
《きーちゃん》は、千里を抱きしめたついでに、千里の体内を透視して、間違い無く、卵巣・子宮・膣があることも確認した。この子が男の子だなんて、きっと何かの間違いではと思う。
千里は、《きーちゃん》を取り敢えず家に上げた。
「てっきり千里は死んだとばかり思ってたから、これお墓に供えようと思って持って来た」
と言って、《きーちゃん》は五勝手屋(ごかってや:江差のお菓子屋さん。函館にも店舗がある)の羊羹の箱を出した。
「あ、これ1度食べたことある」
と言って、玲羅は早速開けている。
千里はお茶を入れて、《きーちゃん》に出し、自分と玲羅にもお茶を入れた。でも躾けのなってない玲羅はもう既に羊羹を完全に開けてしまったので、千里は
「では頂きます」
と言って、羊羹をペティナイフで切り分けた。玲羅はすぐ2個取って食べている。
「私、よく死ぬけど、たいてい誰かが蘇生してくれるんだよねー」
などと千里は言っている。
「そういえば、羽田でも明らかに死んでたのに、蓮菜ちゃんが蘇生したね」
と《きーちゃん》。
「私もよく、お姉ちゃん、生き返らせてる」
と玲羅。
「でも千里、今日は学校休みだった?」
「ううん。6時間目まで授業はあったよ」
《きーちゃん》は疑問を感じた。だって、私16時頃からこのあたりで待機してたのに。なぜ、千里が学校から帰ってくるのに気付かなかったんだろう?この子、テレポーテーションができるとか??
《きーちゃん》は「この子、ひょっとしたら、私が思ってたのよりずっとパワフルなのかも知れない」と考え始めていた。そしてこの子はきっと自分の凄さを人には自然に隠すよう訓練されているんだ。だから、普通の霊能者や精霊がこの子を見たら、大したことないように見える。でも実は・・・。
だいたいこの子、お金無い、うちは貧乏とか言いながら、昨年秋には自分の東京への出張費用をポンと出してくれたし(別に出してくれなくても、来てと言ったら付いて行ったのだが)。経済力があるのか無いのかもよく分からない子である。
《きーちゃん》は今まで以上に千里に興味を感じ始めた。
そして千里がまだ生きているのなら、やはり旭川に拠点を確保しようと考える。
そして31日の金環食、何も準備してなかったけど、千里に見せてあげると約束してたから、観測に適した場所を探さなきゃ!このあと、スコットランドに行って来なくちゃ、と思うのであった。
「そうだ。私、携帯買ったんだよ。番号とメールアドレス交換しない?」
「うん、いいよ」
それで《きーちゃん》は、赤外線を使って、千里のピンクの携帯と電話番号・アドレスを交換した。
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女子中学生・夢見るセーラー服(8)