[*
前頁][0
目次][#
次頁]
7月17日(日) 道大会2日目。
浜崎広栄は起きてトイレに行ってきてから考えた。
「昨日何があったんだっけ?」
考えている内に分からなくなる。
「まいっか」
私、女に負けたんだから、男やってる資格ないわ。女になって出直しよ(*4).
それで取り敢えず部屋のトイレの中で寝汗を掻いていた下着(ブラジャーとショーツ)を交換した。
「でも女のパンツってなんでこんなに小さいの?」
おばちゃんたち御用達のデカパンもありますが・・・
(*4) 野口五郎「女になって出直せよ」(1979)。これもパロディが多い。
この日、浜崎は(登板の予定が無いので)女性の格好でベンチに入ろうとした。
監督が
「君誰?」
と言う。
「私、浜崎です」
「浜崎なのか?なんだその格好は?」
「私、S中の女ピッチャーに負けたから、男辞めて女になったんです」
と浜崎は言う。
「その髪は?」
「何か伸びちゃったんですよねー」
まだジョークを続けるのかよ?と上野たちは思う。
「女なら試合に出られないのでは?」
と監督はマジに返す。
「S中の福川さんがちゃんと出てるんだからきっと女子選手解禁されたんですよ」
「あ、そうかも知れんな」
と監督も言った。
しかし監督は言う。
「それにしてその格好ではベンチに入れん」
するとベンチに入らない女子マネで一番長身の鈴木麻美さんが
「浜崎君なら、私の女子制服着てもいいよ」
と言って貸してくれた。麻美は浜崎を球場の女子更衣室(たまたま誰もいなかった)に連れ込み着替えさせたが、浜崎が着替える間はうしろを居ていた。
「でも私のスカートが入るって、ウェスト細いのね」
「ぼくヒップがつかえるからウェスト79のズボン穿いてるけど、ウェスト自体は多分69で行けると思う」
「うん。私のスカートのウェスト69だもん」
麻美は浜崎のウェストに指を入れてみて
「これ少し調整したほうがいい」
と言い、アジャスターで少しウェストを詰めた。結果的に67くらいの状態になった。
麻美はいたづらでもする感じで浜崎のバスト?に触ってた。
「これ本当にバストがあるみたいに感じる。パッド入れてるの?」
「パットって何だっけ?」
麻美は腕を組んで考えると「ごめん」と言って浜崎の服の中に手を入れ生胸を触った。そして「うーん」と悩んでいた。
ついでに麻美は
「ひろえちゃん、眉毛直してあげるね」
と言って浜崎の眉毛を細くカットしてあげた。これで凄く女度が上がった。彼の下の名前は“広栄(こうえい)”なのだが、すっかり“ひろえ”にされている。でも元々彼の名前は“ひろえ”と誤読されやすかった。
浜崎広栄はそれでベンチに入ったが、多分相手中学には女子マネが2人ベンチに入っているように見えた。
「しかし浜崎君セーラー服着たらちゃんと女子に見えるね」
と男子部員たちから言われていた。
「あら、私女よ」
と本人。なんか声のピッチか高くなってこのくらいの声の女子ならいるかもという感じになっている。練習したのか?
「浜崎君、女の子になったら可愛くなるって思ってた」
と女子マネたちは言っていた。
「2学期からはセーラー服で通学しなよ」
と麻美。
「そうしようかしら。大会が終わって地元に帰ったらセーラー服も作らなきゃだわ」
と本人。
(何か女言葉が不自然なんですが)
上野は
「どこまでジョーク続ける気かね〜。まあでもこいつ本当に可愛くなるな。本当の女なら彼女にしたいくらいだ」
と思っていた。
なお、試合は昨日締めくくった2年生の井上君がよく投げ、H中に3−0で破った。3点は上野君のタイムリーと2ランホームランで取ったものである。
試合終了後、麻美は
「ひろえちゃん、試合に出る時はスポーツブラ着けたほうがいい」
と言って浜崎を連れてスポーツ用品店に行った。
一方司はその日、(ユニフォームで)ベンチには入ったものの
「万一の場合登板してもらうこともあるから肩を休めてて」
と言われ、スターティングメンバーにも入らず、ベンチで試合を見守った。
試合は山園が相手の左打者は抑えたものの、4回以降出て来た右の代打に3ランを打たれ、リリーフした小森も2点を失い、5−1で敗れた。
打たれたのが早い回数だったし、元々C学園には負けてもいいと監督は思っていたので明日のために司は温存して使わなかった。
その日の夕方、S中の宿舎。
「C学院はやはり物凄く強い。このまま3勝すると思う。そしたらうちは明日の試合に勝てば東京に行ける。頑張ろう」
と監督は言っていた。
それでみんな今日の敗戦から気持ちを切り替えようと、たくさん食べていた。
そして7月18日(祝)、大会3日目の朝、司は監督から言われた。
「福川さん、今日の先発よろしくね」
「え〜!?」
「だって昨日山園君も小森君も3回と1/3, 3回と2/3投げてるからね」
ということで司は3戦目、H中との試合でも投げることとなった。
7月18日10:00,
S中とH中の試合が始まる。司は125km/hのスピードボールと110km/h程度の速球を投げ分け、カーブも混ぜ、相手打者を打ち取っていく。
男の身体では130km/h出るものの女の身体では120km/hまでしか出なかったのがずっとジョギングして下半身を鍛えてきたおかげで125km/hくらいまでは出るようになっている。ぼくこのまま鍛えていくと女の身体でもまた130km/h出るかも・・・と思った。
司は打ち気の強いバッターに対しては時折見せるチェンジアップで三振に取る。そして司のボールは当ててもなかなか外野に飛ばず、相手は凡打を重ねて行く。
攻めては4回に菅原君のヒットから阪井君の連続ヒットで13塁とした所から前川君のタイムリーヒットで1点取り、更に小林君の犠牲フライで1点取った。そして7回には前川君のソロホームランも出て、0−3で勝った。
これでS中は3試合で2勝1敗となり全国大会進出の望みが大きくなった。
全員着替えてから12:00からの第2試合を見守る。
「え?今日のK中のピッチャーは女子なの?」
「福川さん以外にも女子のピッチャーっているんだね」
などとS中のメンバーは言っていた。
試合前の練習で、ロングヘアのピッチャーがマウンドに立ち、その長い髪を靡かせて華麗なフォームで100km/hくらいのボールを投げている。
球審が咎めたが、監督が出て行って説明し、球審は彼女の登板を認めたようである。でも女子マネが出て行き髪ゴムを渡してピッチャーは髪をまとめた。
「多分福川さんと同様に特に許可を得てるんだよ」
「ああ、そうなんだろうね」
「少しずつ女子にも門戸を開けていくのかも」
しかしC学園は女がピッチャーとして出て来たというので憤慨している雰囲気だった。
「女を出してくるとか、ふざけやがって。メタメタに打ち込んで男の世界の厳しさを思い知らせてやる」
「女を使うなんてこの試合捨ててるのか?70対0くらいにしてやる」
などと言って出ていく。
ところがこの女投手が試合前の練習とは打って変わって120km/hほどのスピードボールを投げ込んでくるので度肝を抜かれる。
「女のくせに凄い球を投げるな」
そしてコントロールが良く配球が巧みなのでなかなか思うように打ち崩せない。C学院自慢の左打者陣が、彼女の逃げるシュートでどんどん打ち取られていく。右打者に対してはカーブをたくみに使う。彼女のシュートもカーブも切れがいいので、うまく打ち気を外されていく。
(参考)ボールの曲がり方
(左打者にとっては左投手のスライダーがとても打ちにくいと言われる)
C学院は3回まで三者凡退に打ち取られて、ようやく
「あいつは男並みのピッチャーだ。甘く見ていた」
と言って少し本気になる。しかし彼女の丁寧なピッチングにやられてしまう。何とかランナーを出しても2塁を踏めない。
ついにC学園の監督は右打者のところに左の代打を出す。代打で出ていった選手は「みんな女に抑え込まれるとは全く情けない。女にやられるのなら、金玉取ったほうがよくないか」などと思って出て行き、そして自分も抑えられてしまう。
「あいつほんとに女かよ。これじゃ俺が金玉取らないといけないじゃないか」
などと思う。
(病院は去勢手術で忙しくなりそうね♥ 来年は女子野球のチームになってたりして)
司は「ぼく以上に凄い女子ピッチャーが居るんだ」と尊敬のまなざしで見ていた。
(↑もう自分を女子ピッチャーに分類している)
そして試合は7回裏、その女子ピッチャー自身のヒットをきっかけにK中の主将・上野君の3ランホームランで劇的なサヨナラ勝ちを決めた。
「ちょっと待て。これどうなるの?」
S中のメンツはC学院が3勝するものと思って、2勝1敗でも2位になって全国大会に行けると思っていた。しかしここでC学院が敗れてしまうと、事情が変わってくる。
「うちとC学院とK中学が3者とも2勝1敗で並びますよ」
「この場合。順位はどう決めるんですか?」
「2校が並んだ場合は直接対決の結果で決める」
「3校の場合は?」
「失点の少ないチームが上」
(野球では得失点差ではなく総失点で決める大会やリーグが多い。これは攻撃回数が後攻めの場合先攻めより少ないことがあるから得失点差では公平にならないからだと思う)
「ということは」
\K_|C_|S_|H_||得失
K---|3-0|0-2|3-0||6_2
C0-3|---|5-1|1-0||6_4
S2-0|1-5|---|3-0||6_5
H0-3|0-1|0-3|---||0_7
「負けたぁ!」
「うっそー!?」
K中、C学院、S中の三者が2勝1敗で並んだものの、総失点がK中は2点(S中に取られた2点のみ)、C学院は4点(S中に取られた1点とK中に取られた3点)、S中は5点(C学院に取られた5点)なので、
1位K中、2位C学院、3位S中となってしまうのである。
C学院とK中の試合終了から30分後(時間が掛かったのは多分揉めたせい)、やはり1位K中、2位C学院、3位S中という結果が発表された。菅原君が3位の賞状をもらってくる。その他、最優秀選手としてK中の上野君が表彰されたが更に
「最優秀投手。留萌S中、福川司さん」
と呼ばれたので司はびっくりした。前に出て行って賞状をもらった。
「よく頑張ったね。男子並みの活躍だったね」
と大会長さんから笑顔で言われて
「ありがとうございます」
と司も答えた。(やはり普通に女子と思われている)
司は無失点で防御率0で2勝というのが評価されたのである。3位の学校から選ばれるのは異例でもあった。
これ以外に僅差で北海道代表を逃したS中に「北海道中学硬式野球連盟・理事長特別表彰」というよく分からない賞が授与されたが、これは副主将の前川君が受け取ってきた。
表彰式が終わったのが14時半頃だった。部員たちは強飯先生のおごりてジンギスカンの焼け食いをした。
「すげー悔しい」
と菅原君も前川君も泣いている。
「あとちょっとで東京に行けたのに」
と小林君も言っている。
「しかしK中の女ピッチャー凄かったなあ」
「体格も男並みだった。身長170cm越えてたし」
「福川さん、高校に行ったらきっと彼女と女子高校リーグで対決することになるよ」
「うん。頑張って鍛えなきゃ」
と司も言った。
(↑完全に女子リーグに行くつもりになっている。浜崎の方は女子リーグ入りできるのかねー?。でもほんとにひろえちゃん2学期からセーラー服で通ったりして?)
なお3年生はこの大会で引退なので、次の部長として全員一致で阪井君を選んだ。現在4番を打っている(守備位置はセカンド)ので、本人も「やってくれと言われるかもと思ってた」と言っていた。
食事が終わってからバスに乗りこみ留萌に向けて出発する。
一応バスにトイレはついてはいるものの、前のほうの席に座っている人は最後部にあるトイレまで行くのはかなり大変である。でも最前列に座っている河合君と留実子が1回ずつ「我慢できん」と言って、補助席の人に立ってもらって最後部のトイレまで行ってた(多分他の部員が行きやすい雰囲気を作るため)
(再掲)座席図
留実子は後の方に座る女子たちの前で
「窓開けてそこからしようかと思ったけど、うしろのほうで窓開けてる人があると掛かるかも知れないからやめてと言われた」
などと言っていた。
みんな笑っていたが
「やはり花和君ちんちんあるのね」
とみんな言っていた。