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ところで、中村裕恵(旧名:裕太)は、7月に東京の音楽事務所ユングツェダーを退職(事務所閉鎖に伴う解雇)した。実際には6月からもう出社しなくてよくなっていたので、その時点から再就職を試みたものの、ファミレスと居酒屋は面接で落とされ、コンビニを1日でクビになる(気が利かないからコンビニには全く向いてないと思う)。
運転にだけは自信があるので応募してみた佐川急便のドライバーは仕事内容を聞いただけで、きつそうと思った。一応3日だけ仕事したが、東京→新潟→仙台→青森→金沢→東京と走ったところで「すみません。体力がもちません」と言って、辞めさせてもらった。それにここでも“10kgを持てない”という問題から同僚に結構迷惑を掛けた(苦情も出ていたみたい)。
電話で実家の母と話し合い「取り敢えず実家に戻るか?」と言われたので、アパートは解約することにし、荷物は整理して捨てるものは捨て、使えそうなものは実家に宅急便で送り、7月14日に羽田から旭川行きに乗った。この時、羽田で高岡猛獅の付き人をしていた義浜配次(灰麗)と偶然遭遇。この日は旭川にある、灰麗の知人女性・貴子さんの家に泊まった。しかし翌日7月15日に中村は唐突に貴子さんから「性転換手術を受けない?今日予約してるんだけど」と言われ、よく分からないまま!? 7/16手術を受けちゃった!(自分でもさすがに軽はずみすぎたかもという気はした)
手術は想像した以上に痛いものて、一応一週間で退院したものの、手術から1ヶ月経った8月中旬まで、ベッドからほとんど動けない生活を送った。退院後は灰麗のアパートにずっと居候して、彼?彼女?にずっとお世話になっていたのだが、貴子さんはどうも自分と灰麗が恋人同士と誤解していたようである。しかし灰麗とは元々仲が良かったので、取り敢えず共同生活するのは悪くないかという気はした。実際手術後しばらくは誰かにサポートしてもらわないとどうにもならない状態だったし。
「女になったのに名前が裕太じゃ不便だよ」
と貴子さんが言い、勝手に!裁判所に改名の申請をしてくれたようで、これは8月13日に改名を許可する通知をもらった(通知をもらってびっくりした)。それで中村は法的に名前が中村裕恵になった。なお改名前に分籍して親の戸籍からは独立させてあった(勝手にされてた!!)。
実家には「旭川で用事ができてしばらく実家に戻れない」とメール連絡だけしていたのだが、お盆過ぎの8月17日、心配した母親が様子を見に富良野から旭川まで出て来た。それで裕恵は母に実は性転換手術を受けたことを打ち明けた。居合わせた灰麗は揉めるかな?と心配したのだが、60代の母親の反応は思いもよらぬものだった。
「あんた、そんな手術受けるなら、先に言いなさい」
「ごめーん」
「だったら、もしかして義浜さんって、あんたの彼氏さん?」
「うーん。何というか」
「すみませんね。お世話になって」
「いえ、かれこれ2年くらいの付き合いだし」
「あら、もう2年も交際してたんですか」
ここで灰麗は仕事で2年ほど関わっているという意味で言ったのだが、母親は2年間恋人として付き合っているという意味に取ってしまった!
でもやはり自分は普通、男に見えるよな!とあらためて灰麗は思った。
「結婚式はいつ挙げるの?」
と母親は訊く。
あれ〜!?反対とかしないの??息子がいつの間にか女になってて、男と結婚するなんて聞いたら、普通の親なら激怒しない!?と灰麗は訝る。それとも最初から“理解”されてたのだろうか?東京の事務所に居る頃はそういう雰囲気感じなかったのに。
「えっと、まだそういう話は・・・」
と本人も戸惑い気味に言う。
「ああ、あんたの体調が戻ってからよね」
「そうですね。ここ数日やっと起きれるようになった所だから」
「でも手術成功して良かったじゃん、この手術3人に1人は死ぬんでしょ?」
「それは500年くらい前の話かな。今はほとんど死ぬ人は居ないよ」
「あら、そうなんだ」
「大改造で傷の面積が広いから痛みが取れるのに数ヶ月かかるけどね」
「じゃまだ痛いんだ」
「3ヶ月も経てば何とかなるんじゃないかなあ」
だけど、この話の流れだと、私、ヒロちゃんと結婚することになる!??と灰麗は不安に思ったが、元々命を捨てるつもりだったんだし、まあなるようになれかな、という気もした。
母が(裕恵の)父と兄・姉たちを呼ぶ。彼らは2時間ほどでやってきた。
「だから、高校出てすぐに性転換手術受けなさいと言ったのに」
と姉。
「あんた男になるのは絶対無理と言ったじゃん」
と別の姉。
「10代の内に性転換してれば、まだ少しは女に見える外見になれたかも知れないのに」
と兄。
「お前はいっそ女になった方がまだ少しは使えるかもと思ってたよ」
と別の兄。
「こんな変態息子を嫁にもらってくれるなんてありがたい」
と父。
なにげに理解されてるじゃん、と灰麗は思ったのだが、要するに裕太は、男として生きるにはあまりにも様々な点で問題がありすぎるので、いっそ女なら何とかなるかも知れないと思われていたということらしい。
彼は高校卒業後、愛知の工場に就職して4年働いていたものの、バブル崩壊後の不況で整理され、バス会社に転職。この時代に大型二種と牽引免許を取った。しかし遅刻が多い上に、路線を間違う!ミスを2度やって3年で首になる。タクシードライバーになったが、体力が無いのであまり稼げず2年で辞めた。イベンターに入り、大型車が運転できるので機材の搬送の仕事をしていて、ユングツェダーが設立された時、そちらに転職した。ここでも機材の搬送や雑用で使われていたが、ミスが多く、普通ならクビにされる所を、専務の千代さんが優しいので、始末書はたくさん書いたもののクビにはならず使い続けてもらっていた。
彼の問題点。(1)パソコンが全く扱えないし、機械音痴で電気のプラスとマイナスもよく分かっていない。(2)計算が苦手で、お釣りの計算ができないし九九さえも怪しい。電卓もまともに使えない!(3)忘れ物が多いし、遅刻も多い。物をよく失くす。(4)想像力が無く、イレギュラーなことが起きた時の対応が苦手。また言われたこと以外のことができない。(5)絶望的に腕力が無い。10kgの荷物を持てないし、野球のボールを投げてマウンドからキャッチャーの所まで届かない。(6)体力も無く、徹夜作業ができない。(7)お酒は好きな癖に無茶苦茶弱い。ビール2杯でダウンする。
良い所は(1)運転はうまい (2)手順をきちんと教えられたことは確実にできるし決して手抜きをしたりしない(だから実は工場のライン作業などは得意)。(3)料理は上手い!(4)わりと掃除好きで部屋に余計なものが無い。(5)子供には結構好かれる。
イベンターで集団アイドルのお世話などした時に、メンバーたちにかなり好かれたし、工場勤務していた時も、実はこの性格を知られて、工場内の託児所の雑用をかなり引き受けていた。それで託児所の子供たちにもかなり慕われていたのである。大阪で巫女さんたちの集団と仲良くなっちゃったのもこの性格のせいだと思う。子供や若い女性から「人畜無害」に見えるのである。
仕事能力が低く腕力が無い一方で、料理がうまく掃除好きで子供に好かれるというのは、結婚して主婦になり子供を産んで?育てるのには向いてるかも!?と兄姉たちには思われていたふしがある。
それで姉たちからは
「あんた、高校出たらすぐ性転換手術受けなさい。手術代は出してあけるから」
と本当に言われていたらしい。
でも当時の裕太は、主婦向きの性格だからと言われても、男を捨てる気にはなれず、愛知の工場に勤める話に乗って、そちらに就職したらしかった。
でも愛知時代にその趣味の先輩に唆されて女装の味を覚え、通販で女物を買ってクローゼットをやっていたと言う。外出は夜間に数回しただけだったらしい。
(夜間外出は痴漢にあったりレイプされたりする危険があるのだが、彼の場合は逆に痴漢と誤解されて通報される危険があったと思う)。
しかしそういうわけで、この日、裕恵の両親・兄姉と会ったことで、灰麗と裕恵の“結婚”が決まってしまった!!
それで翌日(8/18)の午後(夜間は灰麗は仕事をして午前中仮眠する)、灰麗は裕恵と母親を車に乗せて、旭川の市街地に行き、宝石店で0.5ctのダイヤの指輪を買って裕恵にプレゼントしちゃった!!
裕恵の方も直前まで「ぼくハイちゃんと結婚するの〜?」と思っていたものの、いざ指輪を左手薬指に填めてもらうと、なんか物凄く嬉しくなって、自ら灰麗にキスした、これが2人のファーストキスだった!!
なお灰麗が指輪を現金で買ったので、裕恵の母親は「この人、経済力あるのね」と思ったようだが、実態は灰麗はクレカの類いを持っていないので、キャッシュで買っただけのことである(餞別をもらったのの残りがまだあった)。
この時点では、もう少し体調が落ち着いた所で、裁判所に性別の変更を申請し、裕恵が女性になったら、義浜配次との婚姻届けを出そうかと言っていた。
ところが8月30日に灰麗の方が男→女の性別変更(と思い込んでいる)と、配次→ハイジの改名が認可されたという通知をもらう。
「え〜!?私、改名の申請も性別変更の申請もしてないのに」
「貴子さんが親切心でやってくれたんだろうね。僕の改名も唐突に認可通知が来てびっくりした」
と裕恵は笑っている。
「でもどうしよう。私まで女になってしまったら結婚できない」
「だったら僕は性別変更を申請しないよ。そしたらハイちゃんが妻、僕が夫という形にして婚姻届けが出せる」
「でも法的に女にならなくていいの?」
「名前は女名前になったから大きな問題は無いと思う」
実際MTFの人で性転換手術を経済的な問題や健康上の問題で受けられないため名前だけ女名前に改名する人は結構いるが、女名前になっていると、あまり生活に不都合は起きないと言う人が多い。
むろん貴子は最初から意図的に、灰麗の性別を“訂正”し、裕恵の方は改名だけさせたのである。それは灰麗には子供を産んでもらおうという貴子の構想があったからなのだが、そのことをまだ2人は知らない。
杉村家ではこのような事情であった。
9月頭に、長男の初広が突然性変して女になってしまったと聞き、父親の蜂郎は衝撃を受けた。聞くと元々性染色体もXXで本来女だったのが、何かの間違いで男と誤認される股間の状態で生まれていただけであったという医師の診断だったらしい。
蜂郎は息子が3人もできて跡継ぎは安泰と思っていたのが、いちぱん下の弟・古広は“おかま”で、女の格好をして学校に通うようになり、父親を失望させた。しかし兄が2人いるからと蜂郎は考え、渋々、古広の“女装”を容認した。古広は将来的には性転換手術も受けたいと言っていたが、まあ仕方ないかと思った。母親(蜂郎の妻)の町子は「手術は20歳を過ぎてからね」と言っておいた。
ところがここで期待していた上の男の子2人の内、蜂郎が自分の後継者にと思っていた初広が女になってしまったので衝撃を受けたのだが、次男の真広もいるから大丈夫よと町子に励まされる。
それで蜂郎と町子は「兄の初広が女になってしまったので、悪いがお前に自分の後を継いでもらいたい」と真広に言おうと思い、9月3日の夕方、札幌まで出掛けた。真広はまだアパートに戻っていなかったので、町子と2人で勝手にアパートにあがって待っていた。
2時間ほど待って、真広が「ただいま」と言って入ってきたが、真広が女の子の格好をしているので蜂郎は衝撃を受けた。
町子は
「あら可愛い格好ね」
などと笑顔で言っていたが、蜂郎は
「お前、何て格好してるんだ!?さっさと脱いで男の服を着ろ」
と言う。しかし真広は言った。
「それがさあ。どうもお兄ちゃんが女の子になりたがってるみたいだから、ぼくは頑張って男として生きていこうと思ってたんだけど、朝起きたら女の子になってたんだよねー」
「あんた性転換手術受けたの?」
「そんな手術受けてないよ。目が覚めたら女の子になってたから、まあ仕方無いかと思って女の子として暮らすことにした」
「じゃお前、もうチンコ無いのか?」
「そんなのはさすがに無い」