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■春拳(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-08-12
 
彪志は2016年3月、千葉市のC大学理学部を卒業。富山が本社の製薬会社D製薬の東京本店(富山は本社・東京は本店)に就職し、4月1日、入社式を迎えた。しかし家は千葉市内のアパートのままであった。
 
本店の所在地は日本橋なのだが、彪志の勤務場所は赤羽駅に近い場所にあるQAP(Quality Assurance and Pharmaconvigilance)本部という所である。その通勤の便もあって、大宮付近に引っ越す予定であった。
 
大宮は母のお薦めでもある。それは岩手に帰省するのに楽だ!ということなのだが、結果的には北陸新幹線で青葉の住む富山に行くのにも便利である。ただ、入社して最初の1ヶ月は江戸川区内の研修センターで新入社員研修が行われたので、4月中は千葉のアパートがかえって通勤に便利であった。
 
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それで引越は5月下旬くらいを考えていた。5月に引越しするもうひとつの理由は3〜4月の引越は料金が高いからである!
 

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引越先についても、学生さんの移動時期と一般的な転勤のシーズンが過ぎたあとの「掘り出し物」狙いで、5月の連休から探し始めた。これには手がけている案件のため北陸を離れることのできなかった青葉の「代理」と称して桃香が付き合ってくれた。
 
大宮・浦和付近を第1候補とした。最初に住宅情報誌を買って相場の雰囲気を掴み、、ミラに乗って情報誌に載っていた物件を実際に見に行く。めぼしい物件が見つかったら写真・地図・図面を青葉にメールし、問題がないか確認してもらう。桃香と彪志は候補として5つピックアップしたのだが、青葉の見立てではその内2件は「ここはやめよう」ということだったが、残りの3件は「地図や間取りでは問題なさそう」ということであった。
 
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「私今週末、そちらに行くことになったんだよ。土曜日の夕方着いて日曜日の朝からは動かないといけないけど、土曜日の夜なら見に行けるけど」
「じゃ、一緒に見に行こう」
 
青葉はちょうどその日、ジャネさんの件で千里に呼ばれて東京に出てきたのである。金沢を13:56の《かがやき》に乗り東京に16:52着。そのまま駅近くのホテルに入ったのだが、夕方6時頃、彪志と桃香がミラで迎えに来てくれたのでホテルを抜け出して見に行ってきた。
 
最初に第1候補としていた所に行く。青葉は現地で車から降りて風水羅盤なども見てチェックしていたが
 
「うん。ここ問題無いと思うよ」
という。
 

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ここを管理している不動産屋さんは20時までの営業なので連絡してみたら、営業マンさんが来てくれた。それで3人は中も見せてもらう。青葉は家の中でも羅盤を見ながら動き回り、また窓から外を見たりもしていたが
 
「問題無いと思う」
と言った。
 
それで即契約することにし、事務所に一緒に行って手続きを済ませた。保証人は桃香がなってあげた。
 
「失礼ですが、借り主さんとはどういうご関係で?」
「婚約者の姉です」
 
「ああ、婚約者さんがおられるのですね」
「ええ、まあ」
 
という会話に青葉は何か微妙な違和感を感じる。
 
「ではご結婚後の新居ですか?」
「いえ、結婚はだいぶ先になると思います」
「なるほどですね」
 
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などと言いながら、対応してくれた副支店長さんが書類を作り、青葉が敷金・礼金・5月の家賃(日割り)と6月の家賃で合計約23万円を現金で払った。
 
「そちらも婚約者さんのお姉さんですか?」
と副支店長さんが言ったのに、桃香は思わず吹き出した。青葉は憮然とした表情であった。
 

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「車はいつ買うの?」
と不動産屋さんを出たあと一緒に入ったファミレスで青葉は訊いた。
 
「どうしようかと少し悩んでるんだよねぇ」
と彪志は言う。
 
「ああ、彪志君も車買うんだ?」
と桃香。
 
「仕事上、自分の車があったほうがいいらしいんだよね」
と青葉。
 
「そうそう。うちの部門の仕事の半分はクレーム対応なんだけど、病院って24時間動いているから夜中にクレームが発生することも結構ある。というか夜中は病院側もよく分かってない人が調剤の所にいたりして、それでトラブルが起きやすいみたい」
 
「よく分かってない人がいるのは怖い気がする」
と桃香。
 
「僕もそう思います。でもそれでやはりそういう夜中に駆けつける時に自分の車があった方が機動力があるんですよ。取り敢えず夜中とかに急に客先に行く必要になった場合はタクシー使えと言われてるんですけど、夜中ってなかなかタクシーが捕まらなかったりするでしょう?こちらは薬剤師の資格持っているスタッフに連絡して、その人を拾ってから行かないといけないし、タクシーが迷子になる事態もあるんですけど、というか割とそういう事態が発生していて。でも自分の車なら薬剤師さんの自宅を全部カーナビに入れておけば安心だし」
 
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「なるほどねー」
 
「ですから夏のボーナスが出たら、それ頭金に使って買おうかと思っているんですよ」
 
「車種は?」
 
「都内だけの移動なら、N-BOXでもいいかなと思ったんですけどね。軽は細い道に入っていきやすいし。でも盛岡に帰省したり、高岡に帰省したりするのを考えると、1500ccくらいのでないと辛いよなと思って」
 
「お父さんは盛岡から移動することはないの?」
「ええ。今度は店長なので。たぶん定年までです。ただ、店舗の統廃合とかがあった場合は分からないですけど」
 
彪志の父・宗司は昨年末に一ノ関の販売店から、盛岡の販売店に転任になり、前の販売店では副店長だったのが、今度は店長になっている。一ノ関には結局5年弱居たことになる。お父さんは1957年12月生れで現在58歳。お父さんの会社では店長は63歳定年(67歳まで平社員として再雇用可だが、多くはそのまま勇退する)なので、定年まであと4年半ある。
 
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「定年になった後は?」
「これまで青森県岩手県内を随分移動しているから、親父はどこに住んでもいいみたいだけど、お袋は盛岡の生まれだから、このまま盛岡に住み続けたいみたいです」
「なるほどねー」
 
「結構中学や高校時代の友達が住んでいて、よく会ってお茶してるみたいだよ」
「ああ、そういうのもいいよね」
 
彪志の母・文月は1964年7月生れの51歳で一ノ関ではスーパーに務めていたものの、盛岡に来てからは今の所特に仕事はしていないようである。実際問題としてこの年齢で仕事を見つけるのはひじょうに大変だ。職安などに出ている求人も大半が50歳未満である。
 

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「でも彪志、そういうので自家用車があったほうがいい状況なら、取り敢えず車買う費用は私が出しておこうか?」
と青葉が言う。
 
「ああ、今月初めに臨時収入があったんだと言ってたね」
と桃香。
 
「うん。それでちー姉に200万返したけど、まだ少し残っているんだよね」
と青葉。
 
5月頭に千里に返したのは2100万なのだが、こんな高額のやりとりしたことは母や桃香に話すと驚愕されるので、言わないことにしている。朋子と桃香に言っているのは、青葉の通学用に買ったアクアの購入代金だけである。
 
「そうだなあ。借りちゃおうかな。今日家賃の分を借りたついでに」
と彪志も言う。
 
「じゃ今度私が来た時に一緒に見に行こうか」
「それって引越の日だったりして」
 
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引越は5月28-29日(土)に行うことにした。
 
当日はちょうど霊的な仕事の片付いた青葉も高岡から出てきたし、桃香も手伝ってくれることになった。
 
「大型が運転できる千里は今フランスなんだよ」
と桃香が言っている。
 
「青葉は大型取ってないんだっけ?」
「準中型が創設されるまでは取れない」
「よく分からんな」
「桃香お姉さん、運送は運送屋さん頼んでますから大丈夫ですよ」
「もったいなーい」
「でも3万円ですから」
「結構安いね」
「ただし梱包は自分たちでして、小物は全部自分たちで運ぶという方式で」
 
「それで私たちが前日に来た訳か!」
 

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そういう訳で、彪志・青葉・桃香の3人で手分けして、運送屋さんからもらった段ボール箱に詰めていく。ある程度詰めたら、冬子から借りてきたエルグランドに乗せて行く。そしてある程度詰まったら、新居に運ぶ。
 
「青葉が運んでいくといい。私と彪志君で梱包作業を続ける」
「うん。じゃ、そちらはよろしく」
 
ということで青葉ひとりでエルグランドを運転していき、さいたま市内の新居に運ぶ。新居では誰も見ていないのをいいことに、海坊主に荷降ろしを頼んだ。今日の時点ではとりあえず段ボールを置いておくだけである。棚やラックなどが来ないと、この梱包は開けられない。
 
それでまた千葉市に戻るが、その間に荷物ができているので、それを積み込み、またさいたま市まで走る。向こうで荷物を降ろして千葉市に戻る。結局段ボール類は3回で運び終えることができた。3回目は3人でエルグランドに乗っていき向こうで一緒に荷降ろしをした。
 
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「お疲れ様〜」
「ありがとうございました」
「彪志のおごりで焼肉でも食べよう」
「了解了解」
 

それでさいたま市内の焼肉店に行った。今日はこのあと、桃香はエルグランドを冬子のマンションに返却して経堂のアパートに戻り、青葉と彪志は新居に泊まる予定である。もう布団も今日のうちに運んでしまっている。
 
焼肉屋さんで「さすがに疲れたね〜」と言いながらお肉をつついていたら、近くに座った男性3人のグループが
 
「お、鈴江君じゃん」
と声を掛けてくる。
 
「土師さん、こんにちは。お疲れ様です」
と彪志も挨拶する。
 
「あ、こちらは私のフィアンセの青葉とお姉さんの桃香さんです」
 
「すげー!婚約者がいるんだ!」
と土師さん。
「フィアンセというより既に結婚しているようなもんだよな」
と桃香が言うと、彪志も青葉も赤くなる。
 
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「あ、こちらは会社の先輩の土師さん、芳野さん、宮沢さん」
と彪志は男性3人を青葉たちに紹介した。
 
3人は大宮の友人宅の新築祝いに行った後、ここに流れて来たらしい。
 

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「先輩方もご一緒しませんか?」
と桃香が言うので、結局6人でグリルを囲むことになる。
 
「そちらお酒飲まないの?」
と土師さん。そちらの男性3人は生ビールの中ジョッキをオーダーしている。
 
「このあと運転しないといけないので。本当は飲みたいのだが」
と桃香。
 
「彪志は飲んでもいいんじゃない?」
と青葉。
 
「そうだなあ。じゃ、僕は注文しちゃおうかな」
と言って彪志も中ジョッキを頼んだ。
 

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「ちなみにお姉さんは独身?」
「既婚でーす」
「それは残念!」
「あれ?お姉さんだよね?お兄さんじゃないよね?」
「ああ、性転換したの?とよく聞かれるんですけどね〜。残念ながら性転換手術なるものは受けたことないです」
「なんか微妙な表現だ」
「酔いつぶしてアパートに連れ込んで男か女か確認してみたい」
などとセクハラ発言しているが、桃香は全く気にしない。
 
「万一男だったとしても、裸にした以上はきっちりやってくださいよ」
などと言ってから
 
「お酒は大好きなんで、飲みたくてたまらないのだけど、飲酒運転する訳にはいかないし」
などと桃香はほんとに名残惜しそうである。
 
「桃姉、エルグランドは私が返しに行こうか?」
「そうか?」
「あそこ行くと、捕まってすぐには帰られない気はするけど、桃姉はまっすぐアパートに帰るといいよ」
「じゃ、私も頼んじゃおう」
 
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と言って結局桃香も中ジョッキを頼む。
 
「お姉さん、お酒けっこう行けるの?」
「わりと強いですよ」
「お姉さんの一気飲みが見たいなあ」
「よし。行っちゃおう」
 
と言って桃香は中ジョッキをまるで水でも飲むかのように一気に空けてしまった。
 
「おお、すごい!」
と彪志の先輩3人が拍手をする。
 
「今夜はどんどん行きましょう」
「よし、行こう行こう。おい、宮沢、おまえも一気行け」
「え〜〜〜!?」
 
そういう訳で、この後は、桃香と先輩3人の《飲み比べ》の様相となる。
 

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