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■春拳(21)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-08-23
 
青葉はその日和実と一緒に赤ちゃんを何度か見に行ったりしてから16時頃、病院を出て、フリードスパイクを運転して東京に戻った。21時に東京駅前で彪志を拾う。
 
「ごめんねー。オドメーター、800km越しちゃった。まだ彪志もそんなに沢山運転してなかったのに」
「青葉が使ったんだからいいんだよ」
 
「じゃ今夜も妖怪探し行こう」
「でも大丈夫?青葉ひとりで仙台から走ってきたんだろ?」
「うん。だから彪志が運転して」
「OK」
「ルートは例の港区巡回ルートで」
「了解」
「彪志が運転するならこの車のままでいいね」
 

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それで彪志がフリードスパイクの運転席、青葉が助手席に乗ってスタートする。彪志がお弁当を買っておいてくれたのでそれを食べたら、仙台からほぼノンストップで走ってきたのもあり、眠くなってくる。しかしそれをガムを噛んだり、コーヒーを飲んだり、さらにはほっぺを叩いたりして我慢する。
 
車が狭い一方通行路を低速で走っていた時のことであった。
 
青葉は左足に何か触ったような気がして、手を伸ばした。
 
すると誰かの手に当たった。
 
青葉は自分を覚醒させないように気を付けながらその相手に尋ねた。
 
『何がしたいの?』
『深川じゃんけん(*3)しようよ』
『いいよ。じゃ、深川じゃんけん、負けるが勝ちよ、じゃんけんポン!』
 
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青葉はパーを出した。
『僕はチョキだ。勝ちで負けたぁ。じゃ消えるね』
 
と言って何者かは消えた。
 

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(*3)通常のじゃんけんの勝ち負けを逆転させたものは、深川じゃんけん、大阪じゃんけん、アメリカじゃんけんなどの名前で結構全国的に存在する。
 

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「彪志」
と青葉は声を掛けた。
 
「あ、うん。疲れた?もう今夜は帰ろうか?」
と彪志。
 
「いや。終わった。たぶん封印できた」
と言って青葉はチラッと自分の背後にいる《姫様》を見る。《姫様》は頷いている。やはり成功したのだろう。《姫様》は自分を助けてくれたりはしないものの、評価はしてくれる。
 
「出現したの!?」
と彪志が驚いて言う。
 
「した」
「青葉全然そんな気配も見せなかった」
「驚いたりすると覚醒して消えちゃうんだよ」
「なるほどー」
 
「政子さんがうまくやったのは、眠り掛けたまま運転していたからだと思う」
「危ないなあ。でも握手じゃ封印できなかったんだよね?」
「じゃんけんなんだよ」
「じゃんけん!?」
 
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「それでこちらが勝てば封印できる」
「負けたら?」
「死んでたかもね」
「え〜〜〜〜!?」
「あるいは10年くらい眠り続けるとか」
「それにしても」
 
「大丈夫だよ。私、じゃんけんで負けることはないから」
「そうなの!?」
 
青葉が「勝てない」のは千里姉と菊枝さんくらいだ。もっとも千里姉の場合は、実際には「こちらの意図を読んでこちらの思惑通りの手をわざと出す」ので、向こうが上手(うわて)をいっていることが分かりにくい。
 

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青葉は翌7月8日(金)はひたすら寝ていた。
 
ここ数日の疲れが出たようで、夕方瞬法から電話が掛かってくるまで8時間くらいトイレにも起きずに眠っていた。
 
「色々お手数掛けました。実は何とか封印できたみたいです」
と青葉は言う。
 
「そうか!良かった。実は瞬行が問題の文献を見つけたんだよ」
と瞬法。
 
「ほんとですか!」
 
「昨夜は徹夜の行をしていて、それで今日の午前中は仮眠していたらしいんだよ。ところが途中寝ぼけたのか、トイレに行ったあと間違って書庫に入ってしまって。それであれ?なんでここに来たんだ?と思って帰ろうとした時に、棚にぶつかって。慌てて片付けていたら、妙に気になる本があったらしい。それで自分の部屋に持って来て読んでみたら、封印の仕方とか、それに逢わないようにする護符とかが載っていたそうだ」
 
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「その護符が欲しいです! でもそれってきっと瞬角さんが教えてくださったんでしょうね」
 
「俺もそう思う。その本のページ、こちらにFAXしてもらった。今どこに居るの?まだ東京?」
「はい。だったら、スキャンしてメールしてもらえませんか?ここのFAXは画質があまり良くないので」
 
「分かった。だったら瞬行にそれさせるよ。でもどうやって封印したの?」
「じゃんけんしたんですよ」
「じゃんけんか!」
 
「実は姉も同じ妖怪に遭遇して、じゃんけんで封印したらしいんです。それで私もそのつもりでいたら、向こうは深川じゃんけんしようと言ってきたんです」
 
「深川じゃんけん?」
「普通のじゃんけんの勝ち負け逆転パターンです」
「へー!そんなのがあるのか。でも封印できて良かった」
 
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「その本には何と書いてあったんですか?」
「虫拳で封印できると書かれていたそうだ」
「ムシケン!?」
 
「俺も調べてみたんだが、どうもじゃんけんの古い形らしい。指の形で、ヘビとカエルとナメクジを作って、それで勝敗を決める」
 
「そんなものがあったんですか!」
「じゃんけんが普及したんで、その虫拳は消えたらしい。しかしじゃんけんで封印できたのなら、妖怪も時代に合わせて変わっているんだな」
 
「虫拳しようよと言われても分かりませんからね、こちらが」
 

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虫拳は平安時代の文献にも見える古い遊びである。親指を立てたのがカエル、人差し指を立てたのがヘビ、小指を立てたのがナメクジで、「三すくみ」の順で勝負が決まる。ヘビ>カエル>ナメクジ>ヘビ、つまり人>親>小>人である。(蛇は蛙を食べる。蛙は蛞蝓を食べる。蛞蝓は蛇を溶かすとされる)
 
これと勝敗が逆になるものも奄美や沖縄に伝わっている。
 
同様の三すくみ型の遊びとしては、狐拳・虎拳というのもある。これは江戸時代に遊郭のお座敷で行われていた遊びである。明治時代頃も文化人たちの間で結構行われていたようで、狐拳を応用した藤八拳は家元まで出現した。
 
狐拳は「狐・猟師・庄屋」で、狐は猟師に撃たれる、猟師は庄屋に頭が上がらない。庄屋は狐に化かされるということになっている。
 
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虎拳は「虎・和藤内(または加藤清正)・老婆」で、虎は和藤内の鉄砲に撃たれる、あるいは加藤清正の槍で退治される。和藤内あるいは加藤清正は自分の母の老婆に頭が上がらない、そして老婆は虎に食べられるということになっている。
 
同様の三すくみ拳は全国各地に様々なものがあったようである。
 
一般に宴会の席ではこの手の拳では、負けた側はお酒を1杯飲まなければならない(罰盃方式)。また服を1枚脱がなければならない(脱衣方式)のパターンもあり、これがコント55号が広めた野球拳に採用されている(オリジナルの野球拳には脱衣ルールは無い)。
 
現在のじゃんけんは明治時代中期に九州地方で産まれたものとされ、それが全国的に流行した後、当時日本と親密であったイギリスを通じて世界に広まったようである。実際じゃんけんが知られている地域はイギリスの旧支配地域が主らしい。しかし明治時代の九州のどこで、どのような経緯で成立したのかについては全く不明である。
 
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熊本県には今も球磨拳というものが伝わっており、これがじゃんけんの形成に関わりがあるのではという説もある。
 
0:指を立てない(グーの形)
1:親指だけ立てる
2:親指と人差し指を立てる
3:2の逆。中指〜小指の3本を立てる
4:更に人差し指も立てる(親指以外の4本)
5:全部開く(パーの形)
 
これは相手より1多い数を出したら勝ちで、差が0,2,3の場合はあいこである。球磨拳と全く同じ遊びが関西にも伝わっており「大坂拳」と呼ばれる。
 

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「虫拳は実はその筋では稚児拳という名前でも伝わっている」
「なんですか〜?それ」
 
「男が親指、稚児が人差し指、女が小指。それで男は女より強い、女は稚児より強い。しかし稚児のわがままには男は負ける。だから親指>小指>人差し指>親指の順に強い」
 
「その稚児って、あちらの意味がありますよね」
「当然。美少年の稚児は貴重だよ。昔は美少年の稚児には可愛い小袖とか着せてお化粧もさせて愛(め)でていたらしいぞ」
 
「はぁ」
 
どういう「愛で」かたなのか。まあ、女がいない環境じゃ、しょうがないよね〜。
 

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「それと、瞬角のノートも見つかったんだよ」
「それって、瞬角さん自身がいろいろやってくれてますね?」
「だと思う。もしかしたら、瞬葉ちゃんが封印に成功するまで草葉の陰で様子見していたのかもね」
 
お茶目な瞬角さんなら、あり得る話だ。きっと青葉のレベルなら封印できるだろうと踏んで眺めていたのだろう。
 
「幸いにもかなり読める字で書いてあってね。FAXしてもらったのを僕がずっと解読していたんだけど、彼の研究によると、この妖怪は妻財(さいざい)の年に現れるらしい」
 
「さいざい?」
「六親(りくしん)の妻財だよ」
「年の干支ですか?」
「そうそう。年の十干が、年の十二支を相剋(そうこく)する年」
 
「それって60年間に12回ありますよね?」
「うん。確認してみたんだが、2000年以降では、2002, 2008, 2010, 2011, 2013, 2015, 2016, 2017, 2019, 2024 が妻財の年。その後はしばらく無くて次は2045年」
 
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青葉は急いでメモを取る。
 
「今年2016年は丙申で、丙は火、申は金だから、火剋金で妻財になる。来年も丁酉でやはり火剋金。昨年は乙未で木剋土の妻財、2013年は癸巳で水剋火の妻財。でも2014年は甲午で木生火の子孫になる」
 
青葉は山村星歌がアジモドに出会った日時を確認した。彼女は2014年の2月2日と言っていた。それは節分前なので、節暦の上ではまだ2013年である。
 
「今の時期は当たり年が続いているんですね」
「そうなんだよ。どうも瞬角は1964年甲辰の妻財年に妖怪アジモドと出会ったらしい」
 
「1964年に200km/hで走れた車って凄くないですか?」
と青葉は訊く。
 
「ポルシェ356Cという車らしい」
と瞬法。
 
「ポルシェですか!」
「有名な911のひとつ前のモデルだよ。最高速度180km/hだって。でもそれはあくまで巡航速度だから、下り坂とかでひたすらアクセル踏んでいたら200km/hを越えたかも知れないね」
 
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「それパトカーが捕まえきれませんよね?」
「うん。絶対無理」
 
むろんまだORBISやNシステムなども無い時代である。
 
しかしとんでもない暴走坊さんだ!!
 
「ところで、この妖怪に出会ったローズ+リリーのマリさんが、妖怪『あしもとくちゅくちゅ』と命名していたんですが」
 
「それは可愛い名前だ。妖怪ファイルに書き加えておいてあげるよ」
と瞬法は楽しそうに言った。
 

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瞬法との電話を切ったら、すぐに今度は彪志から掛かってきた。
 
「ごめん。寝てたかな?」
「うん。寝てたけど、さっき起きた。でもごめーん。まだ晩ご飯の買物とかも行ってない」
 
「疲れたでしょ。何なら都心に出てこない?焼肉か何かでも食べよう」
「そうする!あ、そうそう。例の妖怪アジモドに遭遇しないようにする護符があるらしいんだよ」
 
「おお!それちょうだい。土師さんたちにも配りたい」
「うん。高岡に戻ってから、作ってそちらに送るよ。あとで必要な枚数を教えて」
「了解」
 
とにかくもまずは急いで着替える。焼肉の臭いがついても惜しくない範囲で出来るだけ可愛い服を着てから、自転車で大宮駅まで走る。自転車を駐輪場に駐めてから駅構内に入って湘南新宿ライン快速に飛び乗る。
 
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結局電話をもらってから1時間ほどかけて待ち合わせ場所のアルタ前に辿りついた。
 
「遅くなってごめーん」
「いや、この時間で出てこれたのは凄いと思う。もっと掛かるだろうと思ってた。大宮駅の周辺って渋滞がすごいから」
「うん。凄かった。でも大宮駅まで自転車で走ったから。あとで駐輪場から自転車を回収しなければ」
 
「それはお疲れ様!」
 

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春拳(21)

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