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■春拳(8)

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6月15日。この日は夕方から合宿所に入ることになる。
 
それでその日の朝、千里は桃香に
「またしばらく合宿行ってくるけど、浮気したらダメだよ」
と言う。
 
桃香も
「この一週間、千里とたっぷりしたから、しばらくは我慢できると思う」
と答えた。
 
「テンガいるなら買っておくけど」
「いや、さすがの私でもテンガは使えん」
「桃香、ちんちんあるかと思ってた」
「あってもいいけど、残念ながら現時点では装備してない」
 
「テンガの女の子版もあればいいのにね」
「女子はあそこに異物を入れるのに抵抗感があると思うぞ。処女だと使えないし」
「まあテンガに処女は捧げたくないよね。あれ?桃香って処女は誰に捧げたんだっけ?」
「いや、その話は勘弁して。千里は貴司君に処女をあげたんだっけ?」
 
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「そうだけど」
「後ろも前も?」
「私、貴司に後ろは許したことないよ」
「じゃ貴司君にちんちんいじってもらったりしたことないの?」
「貴司にそんなもの見せたことないし」
 
「やはり千里ってその頃既に女の子だったんだよね?」
「私がちんちんを触らせたのは、物心ついて以降では、桃香と性転換手術をしてくれたお医者さんだけだよ」
 
「私が触ってたのは作り物だよね?」
「まさか。本物に決まってる。だいたい桃香が精子を出してくれたじゃん。射精なんてしたくなかったけど。桃香と精子・卵子を交換する約束したし」
 
桃香が子供を欲しくなった時に千里の精子を使う代わりに、千里が子供を欲しくなったら、桃香の卵子を使うという約束なのである。
 
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「じゃあの精子は本当に千里の精子?」
「私の身体から出したでしょ?」
「なんかそのあたりがどうも自信が無くて。でも本当に千里の精子なんだったら、あの精子使おうかなあ」
 
「誰か女の子を妊娠させるの?」
「いや自分で妊娠しちゃおうかなと」
「仕事は?」
「出産の前後だけ休む」
「休ませてもらえるの?まだ2年目でほとんど新人なのに」
「何とかなるだろう」
「まあ桃香が私の精子で妊娠したら認知するよ。他の女の子を妊娠させるのに使った場合は認知は勘弁して。責任持てないから」
 
「千里女なのに認知できるの?」
「うーん・・・どうなんだろう?」
「私も他の女の子を妊娠させたら、私が認知しないといけないのだろうか」
「桃香、既に隠し子が3〜4人居そう」
「千里、隠し子居る?」
「2人いるよ」
「誰が産んだの?」
「産んだのは私に決まってる」
 
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「やはり千里の言葉は分からん」
 

「でもこないだはフランスとベラルーシと言ってたけど、今度はどこ行くの?」
と桃香は話題を変えて訊く。
 
「今回はチェコに行ってくる。プラハ・オープンという大会があるのよね」
「ふーん。聞いたことないけど、こんなに休んで大丈夫なの?」
 
「何度も退職願い出してるんだけど、受け取ってくれないんだよね〜」
「うーん。給料は?」
「有休はとっくに使い切ってるから給料無し。でも社会保険料は払わないといけないからマイナス」
 
「じゃ今、お金無いのでは?」
「4月11日から25日までは有休で処理してもらったから、4月分はまともに給料が出たんだよね。それで5月頭に青葉に2月に貸しておいた200万円が戻って来たから、8月までそれで暮らせる。休むのは8月22日までだし」
 
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「青葉もうまいタイミングでお金返してくれたね」
「うん、助かった」
 
それでキスして別れた。
 

千里はその日日中は川崎のレッドインパルスの練習場に行って汗を流し、15時頃あがって、広川主将、江美子をアテンザに乗せて北区の合宿所に入った。
 
「この車に乗るのは初めてだ」
と江美子から言われる。
 
「前乗ってたインプが限界だったんで買い換えたんだよ。江美子は今何に乗ってるんだっけ?」
 
「ランエボだよ」
「大学1年の時に買ったやつ?」
「そうそう」
「頑張ってるね」
「まあ年間1万kmくらいしか走ってないから。だからまだ走行距離が5万kmくらい」
 
「ほとんど新車に近いね」
「そうか?」
 
「私のインプは買った時に5万kmで、昨年廃車にした時点で30万kmを越えていた」
「よく走るなあ。それだけ走ったら限界だろうね」
 
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「妙子キャプテンは車に乗るんですか?」
「私はペーパードライバーに近いなあ。一応モコを持ってるんだけど、めったにエンジンを回さない」
 
「おお、モコなんて女らしい!」
と千里と江美子が言うと
「そ、そうか?」
と言って何だか照れていた。
 

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合宿所で各自荷物を部屋に置いてから江美子を誘って食事に行く。まだ全員集まっている訳ではないが、これまで22人だったのが15人に減っているので、ちょっと寂しい感じである。
 
既に玲央美と彰恵が居たので寄っていって同じテーブルに就いた。
 
「千里は4年前は最終予選で補欠になったから、補欠の辛さが分かるだろ?」
と玲央美が言う。
 
「うん。自分のほうがロースターに選ばれるべきだと思ってたからね。凄く悔しい思いをしながら試合を見てたよ」
 
「あの後、しばらく沈没してたのも、その影響あるだろ?」
「かもねー」
 
千里は2012年6月の世界最終予選で大会前日に代表落ちを通告され、そのあと2013年10月に40 minutesを結成するまで、全く公的なバスケ活動をしていない。それどころか2013年度はバスケ協会からも籍が外れていた。そのことを話すと彰恵が尋ねる。
 
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「その1年ちょっとって何してたの?」
 
彰恵が今回は4年前の千里の立場である。
 
「あの年は散々だったんだよ。12月に結婚する予定だったのを、世界最終予選が終わって帰国したら、いきなり婚約破棄されるんだもん」
 
「あれはひどいよなあ」
と当時のことを知る数少ない友人である玲央美も言う。
 
「やはりそのショックから立ち直るのに時間が掛かった面もあるよ」
「その間、バスケは全然してなかったの?」
「してないに等しいと思う。だから2014年春に渚紗が私のプレイを見て、がっかりしたと言っていたからね」
 
「ああ、少しはしてたんだ?」
「週平均で20時間程度しかしてないと思う」
 
「それどうかしたプロより練習時間長い気がする」
 
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「あの年、冬山修行には来たっけ?」
と江美子が訊く。
 
「行ったよ。やはり出羽の冬山を歩いたので精神的に落ち着いた面もある」
と千里。
「あれやってると、頭が空っぽになるからなあ」
と江美子。
 
「何?冬山で特訓すんの?」
と彰恵が尋ねる。
 
「冬山をひたすら歩く。1日50-60kmかな」
と千里。
「うん、そんなもん」
と江美子。
「死者が出るのはふつうという過酷な修行」
「そんな恐ろしい修行やってる所があるんだ?」
「あの参加者は死を恐れてないもんね」
「うん。既に死んでいる人も混じっているし」
「私は死んでも200年くらい修行を続けないといけないらしい」
 
「うーん。。。どうも私には無理っぽい」
と彰恵。
「ふつうにバスケの練習してたほうがいいと思うよー」
「そうしよう。こないだの内定選手発表の時は帰ってから泣き寝入りしたけどだいぶ気持ちを切り替えられた」
 
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「まあ補欠でも選手名簿には載るし、何かあったら本当に出場することになるかもしれない訳だし、頑張ろうよ」
 
「うん。みんなありがとう」
 

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「ところで男子さんは幸先良いスタートだね」
と玲央美が言う。
 
現在男子代表は中国に行っており、Atlas Challengeという大会に出ている。昨日はその初戦で中国に1点差勝ちしたのである。
 
「うん。勝った勝った勝ったって凄い嬉しそうなメール来てた」
と千里が言うと
 
「誰から〜?」
と3人の声。
 
「あ、えっと・・・男子代表の関係者」
と千里は焦って答える。
 
「関係者ね〜」
 
3人とも千里と貴司のことは知っている。
 
「千里、週刊誌に報道されるようなことはするなよ」
「あははは」
 

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夕食の後は、この時点で来ていた8人で自主練習を始めたが、練習している内にメンバーが少しずつ到着して増えていった。
 
21時からミーティングが行われる。王子がこのミーティングに遅刻してきて、山野監督から「次遅刻したら代表から降ろすぞ」とマジに叱られていた。
 

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千里が合宿所に入った15日(水)の夜遅く。
 
彪志が青葉に電話を掛けた。
 
「ハロー、マイハニー、愛してるよ」
と青葉は電話を取るなり言ったのだが
 
「あ、えっと。夜遅くごめん」
と彪志が言うので、ありゃ〜、近くに誰か人がいたかなと思う。
 
「ちょっと青葉の意見が聞きたくて電話したんだ」
「うん。何?」
 
「こないだ引越の時に会った芳野さん、覚えてる?」
「うん。マジメそうな感じの人だったよね」
 
「すごくマジメな人。曲がったことが大嫌いな人。それで芳野さん、18歳で免許取ってから今年まで10年間、無事故無違反だったんだよ。実際あの人の運転する車に何度か乗ったけど、絶対に制限速度を遵守するし、横断歩道に人が立ってたら絶対停まるし」
 
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「それ本来あたり前のことなんだけどね」
「でもその芳野さんが今日事故起こして」
「ありゃ」
 
「その事故を起こした原因なんだけどね」
「うん」
「足首を誰かに捕まれたと言うんだよ」
 

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青葉は緊張した。
 
それはあの焼き肉屋さんで聞いた、別の先輩・・・確か・・・
 
「それ左藤さんのケースと同じだよね」
「そうなんだよ。芳野さんが言ってることと、左藤さんの言ってたことが凄く似ている。これ何だと思う?」
 
青葉は似たようなことをこないだ政子さんも言っていたことを思い出した。政子さんはその足首の付近に出現した手と平気で握手してあげた。そういう対応って、政子さんだからできた気もする。普通の人なら肝を潰して、運転をミスることは充分あり得る。
 
「それちょっと調査してみたい。近い内に一度そちらに行くよ。その事故の場所、それから左藤さんが事故を起こした場所を、地図上で確認しておいてくれない?」
 
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「分かった」
 
青葉の東京行きは、水泳部の圭織さんが勝手に青葉を大会にエントリーしていて、そちらとの日程調整が必要だったため、7月の初旬ということにした。
 

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「ところで車はどのくらい運転した?」
と青葉は訊いた。
 
「月曜日に受け取ったんだけど、その日の夜、10kmくらい慣らし運転しただけ。昨日は運転しなかったし、今日は先輩たちに誘われて飲み会に出てた所で事故の連絡があって、一緒に病院に駆けつけたんだよ」
 
「ああ、飲んじゃうと運転できないよね」
「飲み会に行く時は、最初にじゃんけんして、負けた人がドライバー役。でもどちらかというとその最初のじゃんけんに負けたい気分」
「あはは」
 
 
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