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■春拳(15)
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青葉は運転手の足下に出てくる手について瞬法さんに相談してみた。
「それは妖怪アジモドだな」
「そんな妖怪がいるんですか!?」
「若い頃、瞬角が遭遇したことがあると言っていた」
「瞬角さんって運転なさってたんですか?」
「スピード狂だったよ」
「わっ」
「あいつの車にだけは乗りたくないとみんな言ってた」
「あはは」
瞬角はもう5年ほど前に亡くなっている。しかし瞬角さんの若い頃っていつ頃の話だろうか。戦時中?戦後間もない頃??
「でもあいつ勘がいいから取り締まりやってる所は事前に察知して安全運転に切り替えるんだよ。だからSDカードのゴールド持ってたよ」
「なるほどー」
「その瞬角が、どこかの高速を200km/h近い速度で走っている時に、いきなり足首をつかまれたと言ってた」
「きゃー」
「心の中で九字を切ってぶつけたら退散したらしい」
「ふつうの人にはできない対処ですね。瞬角さんの九字は効きそうだし。でもそれって東京じゃないですよね?」
首都高とかで200km/h出したらさすがにつかまるのではと青葉は思ったのだが、青葉はルーレット族とか環状族という言葉を知らない。
「どこだろうな。場所までは聞いてない」
ということは、今回芝付近で3件出現したのは、単なる偶然にすぎないと考えるべきか。しかし、それでは対処のしようも無いのだろうか。
「200km/hというのは別世界らしいぞ。人間の神経が異様に研ぎ澄まされて、前方に車が居ても超反応で避けて走れるらしい」
「レーサーもそういう精神状態でサーキットを走るんでしょうね」
「そうかも知れない」
「でもそんな妖怪なら、封じ込んだり、出現しないようにするってのは無理ですかね?」
「瞬角はそのあとで古い文献を調べたらしい。それでその怪異は妖怪アジモドとして、室町時代の文献に記されていることが分かったらしい」
「そんな古くに!?」
「昔は馬で駆けている最中とかに出現していたんだよ」
「馬ですか!」
「でも足下に現れるのならアシモトという気がするんですけど、アジモドと濁るのは?」
「命名した人が東北出身か何かだったのでは」
「うーん・・・」
「なんか出現する条件とか、対処法とかも書いてあったらしい。その時は聞いたんだけど、すまん、忘れてしまった」
「どういう文献かは分かりませんよね?」
「分からん。あそこの寺の文献を全部読めば、どこかには書いてあるんだろうけど」
「それ、一生掛けても無理な気がします」
瞬角さんが住職をしていた寺は平安時代に創建されたもので、そこの書庫には1000年にわたって蓄積された膨大な文献が所蔵されている。その書庫自体が広いお屋敷程度のサイズある。
「ちょっと瞬行にも聞いてみよう」
と言って瞬法さんは、瞬角の弟子でそのお寺の住職を継いだ瞬行さんに電話してくれた。
しかし瞬行さんとか瞬環さんとか、長谷川一門も瞬嶽の孫弟子の世代になっていくのかなあと青葉は考えた。
「ああ、その話、私も聞いたことあります」
と瞬行さんは言った。
「出現条件とか、対処法とか覚えてない?」
「うーん・・・・どうだったかなあ・・・」
と彼も不確かなようである。
「何か記録を取ってないか調べてみます」
と言って、いったん電話を切って調べてくれた。
瞬行さんからの返事は1時間後にあった。
「10年ほど前のノートに記録していたのを見つけました。対処法までは書いてないんですけどね。眠くなったりして意識が朦朧となりかけた時に出現すると書いてあります」
「なるほど!」
「ですから、いちばんの対策は居眠り運転をしないことですよ。そんなことを言われたのを思い出しました」
「ありがとう」
確かに青葉が関わった3件は全て、そういう眠ってしまいかねない状況であった。
「それと師匠が言ってたのを思い出したのですが」
「うん」
「自分は九字で退散させたけど、それは一時しのぎにしかならない。きちんと対処すればその付近ではその後12年くらい出なくなるんだそうです」
「ほほお!」
「でもその対処法が何だったか覚えてないんですよ。なんか単純なことだった気がするんですけどね」
「単純なことか・・・・」
もし思い出したら連絡してと言って瞬法さんは瞬行さんとの電話を終えた。
瞬法さんは、一方で、長谷川一門の主だった人に電話を掛けて妖怪アジモドのことを知らないか尋ねてくれた。先日のお焚き上げ失敗の件のお詫びというのもあって尽力してくれた感じでもある。
すると瞬大さんも聞いたことがあると言った。
「あれはね。瞬角が自分が遭遇したあと独自にかなり調べたみたいでさ。あいつの調査記録があると思うけど」
「それ記録があったとしても、あいつのノート自体が膨大だし、あいつの字は誰も読めんし」
瞬角さんは元々が悪筆な上に独自の崩し文字を多用していた。例えば「題」という文字は「大」の字の右はらいを長く伸ばし、その上に縦棒を書いている。シンニョウは単にLみたいな形、サンズイは細い乙みたいな形。中国の簡体字を使用したりもしているが、正確な「仕様」は誰も習ってないらしく、あのノートを読むには暗号解読の技術が必要かも知れないといつか瞬醒さんが言っていた。
「俺が覚えているのでは、その付近で大きな事故が起きると、起動するらしいんだよ」
「へー!」
「その事故には傾向があって。大きな事故なのに死者が出なかったケースだというんだ」
「ほほぉ」
「事故が起きて死者が出るかと思ったのに出なかったんで、あちらの御方が不満に感じて事故を起こすんだな」
「じゃ死者を欲しがっている訳?」
「瞬角も最初はそう思ったらしい。しかしどうも小鬼の類が悪戯しているだけのようだと。だから瞬角が調べた範囲ではそのあと死亡事故が起きないまま納まっているケースのほうが多いようだと」
「なるほど。でもその納め方があるんだな?」
「それなんだけど、瞬角のやつ笑ってたよ」
「笑う?」
「あまりにもアホらしくてお話にならないと言ってたけど、アホらしいというので、俺は内容を聞きそびれた」
青葉は帰宅してから東京都区内の最近の交通事故のニュースを検索してみた。死者が出ていなくても大規模な事故ならきっと報道されているはずだ。
「これか・・・・」
青葉が見つけたのは2月に起きた事故で、芝の**寺の裏手付近で、車が8台も絡む追突事故が起きている。しかし幸いにも軽傷者が1人出ただけで、死者は出ていないのである。
「政子さんの車を停めた鹿鹿鹿ラーメンって、まさに**寺の裏手じゃん」
と青葉は独り言をいう。
左藤さんの事故が3月、政子とのドライブが5月、芳野さんの事故が6月。芝の「死者の出ない」多重衝突事故の後で、その付近で怪異が発生しているんだ。だから自分がしなければならないのは、敢えて寝不足状態になってその妖怪アジモドに逢い、正しい対処をして封印することである。
その日の夜、青葉は今夜は1人で行ってきたいと彪志に言った。
「これって、眠り掛けた時に出現するらしいんだよ。だから今日は私、昼間仮眠を取らなかった。その状態で運転するから、マジで事故起こす可能性もあると思う。それに彪志を巻き込みたくないから、今日は留守番しててくれる?」
しかし彪志は言った。
「そういうことなら、よけい俺がついていく。青葉が運転を誤りそうだったら横から俺がハンドル操作だけでもする。俺と青葉は『死なばもろとも』だぞ」
「分かった。だったら危ないと思ったらお願い」
それでその日はまず彪志がミラの運転席に座って都心まで行くが、青葉は眠たいのをひたすら我慢して仮眠を取らないようにした。クールミントガムを噛んだりスタバのタンブラーに入れてきたブラックコーヒーを飲んだりして、ぎりぎり覚醒状態を保つ。そのあと青葉が運転席に座り、昨日と同じ港区内絨毯爆撃コースを回った。
しかし2時間ほど走ったものの怪異は出ない。その内青葉が何度か瞬眠を起こしたので
「青葉、これはもう危険だ。妖怪に逢わなくても事故る」
と彪志が言い、引き上げることにした。
帰りも彪志が運転したが、青葉は助手席ですやすやと眠っていた。
7月6日(水)。
彪志を送り出した後、少し仮眠していたら政子から電話がある。こんな時刻に政子が電話してくるなんて、天変地異の前触れではなどと思ったりしたものの取り敢えず取ってみる。
「おはようございます、政子さん」
「おっはよー。青葉。アクアを女の子に改造する件なんだけど」
と言って、いきなり《秘密の計画》を話し始める。
「それ誰も協力しないと思います。それ犯罪だもん」
「そっかー。残念」
と言ってから思い出したように。
「そうだ。用事忘れていた。例の足下(あしもと)くちゅくちゅのことなんだけど」
政子さんは《足下くちゅくちゅ》と命名したのか!
可愛いじゃん。
「昨夜、山村星歌ちゃんと電話で話していたらさ、星歌ちゃんも、くちゅくちゅに逢ったことあるんだって」
「ほんとですか!?」
「以前、マキちゃんと深夜ドライブデートしてた時に遭遇したんだって」
山村星歌の夫は本騨真樹で真樹は「まさき」と読むのだが、最近何度もバラエティ番組で女装させられて「まきちゃん」と呼ばれたりしている。
「場所は分かりますか?」
「うん。アキタのオジカ半島の県道を走っていた時に逢ったらしいよ」
「ちょっと待って下さい、秋田なら男鹿(おが)半島ですし、牡鹿(おじか)半島なら宮城ですけど」
「あれ?なんか似た名前があるんだ?」
青葉はこういうのを政子に質問しても無駄だったなと後悔した。
「ネブタか何か見に行ったと言ってたよ」
「ねぶたは青森ですけど?]
「あれ〜?昨夜聞いたばかりなのに分からなくなった。詳しいことは星歌ちゃんに直接訊いてみて。電話番号教えるね」
「はい」
それで青葉は政子から電話番号を聞き、電話してみた。
「はい」
とだけ女性の声で返答がある。
「おはようございます。私、作曲家の大宮万葉と申します」
「ああ、川上青葉さんですね。マリちゃんから話は聞いてますよ」
「ありがとうございます」
「凄腕の霊能者さんなんだそうですね」
「そこまで凄ければいいのですが。それで運転中に足下に手が出てくるお化けに遭遇したことがあるとお聞きしたのですが」
「うん。その話でマリちゃんと結構盛り上がって。マリちゃん、そのお化けと腕相撲して勝ったんだって?」
なんか話が変化してるぞ〜!?と思う。あの時、現場では握手したと言っていたのに。
「それでちょっと今東京都内で何度か似た現象が起きているので重大事故とかになる前に何とか封じたいと思っていまして。少しその時のことをお聞かせいただければと思いまして」
「うん。あれは2年前の冬なんだけど、私が秋田でライブあって、Wooden Fourは盛岡であって、向こうのライブが終わった後、新幹線で秋田に来てくれて、それでうちのマネージャーさんがあらかじめ借りておいてくれたレンタカーで深夜デートしたのよ」
「なるほど」
やはり秋田の男鹿半島のほうであったか。秋田市内から男鹿半島まではたぶん1時間半くらいである。深夜のデートには悪くない距離だ。
あれ!?
「2年前ですか?」
「うん」
「じゃ免許取ってすぐくらいですかね?」
山村星歌は公称では1996年5月1日生れである。2年前の冬というのを青葉は2014年の1-2月頃と解釈したのだが、それならまだ17歳のはずだ。だったら2014年の11-12月頃だったのだろうかと考えた。
「ああ。私は免許は持ってないのよ。だから運転したのは真樹で」
「ああ、なるほど」
「彼、車が好きで、自分でもベンツのSLS AMGに乗っているのよね」
「凄いですね」
と言いつつ、青葉は実はよく分かっていない。しかし何だか高そうな車だなと思った(SLS AMGは新車で2500万円以上する)。
「でしたらお化けに出会ったのは?」
「出会ったのは私、運転してたのは真樹」
あれって運転している人でなくても出るのか!?
「実際、あとで言ったんですよ。運転している真樹の方に出なくて良かったって。運転中にいきなり足首掴まれたら、運転ミスるよって。特に雪道は怖いもん」
「危ないですよね。でも事故が起きなくて良かったです。どういう状況だったんですか?」
「あれは男鹿半島の先の何と言ったかな。なまはげ発祥の地とか言ってたんだけど。大っきな、なまはげの像があって」
「門前でしょうか?」
「あ、そんな感じ。そこのなまはげ像の所で記念写真撮って。夜中だから写るかなあとか私は言ったんだけど、彼、写真もうまいみたいで『任せて任せて』と言って、なんかキャノンの大きなカメラ使って、三脚立てて、私だけの写真とセルフタイマーでふたり並んだ写真を撮ったのよね。フラッシュも使わなかったのに、すごくきれいに撮れてた」
「それ、かなりの腕ですね」
フラッシュを使わない選択ができるのが腕のいい所だと青葉は思った。桃香姉も似たようなシチュエーションで富士フイルムのコンデジを使ってノーフラッシュできれいな写真を撮ってみせたことがある。千里姉なら・・・・・と考えてから「ああ、ちー姉はそもそも問題外だった」と思い直す。
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