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■春拳(12)
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7月3日(日)は朝5時に起きて(調理器具がまだ荷物から出てきてないので)コンビニでお弁当を買ってきて朝御飯にした。
「ねえ、もしかして今までコンビニとか外食とかばかり?」
「ほも弁もローテーションしてる」
「ああ」
それで今日は事故の起きた現場を検証しようなどと言っていたのだが、朝御飯を食べた後、なりゆきで少しいちゃいちゃしていた時に電話が入る。
水泳部の圭織さんである。
「青葉〜。悪いけど、名古屋まで来て」
「私、出ないと言ったのに」
「寛子が肉離れ起こしちゃったんだよぉ」
「あらぁ・・・」
「だから今日の400mリレーと800mリレーにだけでいいから出て」
「間に合います?」
「400mリレーは10:00くらいからになると思う。水着は用意しておくからさ」
「10時ですか?間に合うかな・・・・」
彪志がパソコンで大急ぎで連絡を調べてくれた。9:30に最寄り駅の笠寺に着く連絡があることが分かる。
「笠寺に9:30が最速みたいです」
「じゃそこから1分で来れるね」
「そんなに近いんですか!? 分かりました!駆けつけます」
「じゃエントリー表に書いておくから。遅れたら性転換してもらうからね」
「なんでそういう話になるんです!?」
「ちんちんは筒石から取り上げてくっつけてあげるから」
「いりません!」
それで青葉は大宮駅まで彪志に送ってもらい、6:38の東北新幹線!《なすの252号》に飛び乗る。東京駅に7:04に到着。東海道新幹線の乗り場まで全力疾走して7:10の《のぞみ9号》に乗り継ぐ。この時点で実は彪志が調べてくれたのの1つ前の便に間に合ってしまったようだ。
これが8:49に名古屋に到着。在来線の東京方面の乗り場まで移動して9:02の豊橋行きに乗る。これが9:13に笠寺駅に着く。ここからインカレ予選が行われている日本ガイシアリーナまでは約500mの距離がある。青葉はこれを2分ほどで走りきった。
しかし青葉は「これ1分じゃ無理だよ!」と内心文句を言った。
会場の入口の所で杏梨が水着を持って待っていたので、一緒に更衣室に行き、その水着に着替えた。
「良かった。ピッタリだね」
「少しきつい気がする。それと表面の加工が何か・・・」
「最新の水着だからね。良い水着は概して締め付けが強いんだよ」
「太ったら着られなくなるね」
「太ったらその分、水の抵抗が大きくなるよ。ちなみにその水着はジャネさんからのプレゼント」
「わぉ」
「この会場内のショップで売ってたもので15000円くらいだった。普通の上級水着だから、トップスイマー用と違って繰り返し着られるし」
「トップスイマー用って、異様に値段高いのに耐久性が無いよね」
「スピード優先で耐久性は度外視してるからね。はい、スイムキャップとゴーグル」
「サンキュ、サンキュ」
「でもかなり汗かいてたみたいね」
「乗り換えで走ったし、笠寺駅から走ってきたし」
「ウォーミングアップ代わりだね」
「うん。でも実は帰りの着替えがない」
「ああ。あとで私が適当な服を買ってきてあげるよ。服のサイズ教えて」
「助かる」
と言って青葉は自分の服のサイズをメモして杏梨に渡す。ついでにお金も1万円札を念のため2枚渡す。
「じゃ預かるね。でも今日青葉が着てきた服だとまあ21-22歳程度には見えるね」
まだそのくらいか!
「うーん。デート中だったから最高に可愛い服を着てきたつもりだったのに」
大会の進行は少し早めになっていて、青葉が出場する400mリレーは9:50くらいになりそうということであった。シャワーを浴びた上で屈伸運動やストレッチなどをする。控え室に行くと圭織さんやジャネさんたちが手を振っている。
「青葉ちゃん、やったよ。私800mの標準記録突破した」
とジャネさん。
「おめでとうございます!これでインカレに行けますね」
「うん。それとパラリンピックにも行くことになる」
「そちらはどういう選考方式になってるんですか?」
「実は日本の選手枠は既に3月の時点で決まっていたらしい」
「あら」
「ところがそれと別に国際招待枠があるんだよ。1年間意識不明で眠っていて意識回復して競技に復帰したというのに、招待委員会が注目してくれたみたいで」
「へー」
「それでインカレに出場できたら、パラリンピックにも招待すると言われていた」
「凄い。あれ?でも日程は大丈夫ですか?」
「インカレは9月1-4日、そのあとブラジルに飛んで、9月8-17日がパラリンピック」
「忙しいですね!」
やがて400mリレーが始まる。
泳ぐ順序は、圭織−香奈恵−ジャネ−青葉である。
「私がアンカーなんですかぁ!」
と言って青葉はびっくりする。
「私、短い距離ではどうしてもタイム出せないんだよ」
とジャネが言っている。
「だから青葉よろしくね」
と圭織。
「分かりました。頑張ります」
「昨日のメドレーリレーでは標準記録突破できなかったからさあ。リレーではインカレに行きたいよ。頑張ろう」
400mリレーはプール往復の100mずつを4人で泳ぐ。
第一泳者の圭織がスタート台に立つ。ブザーが鳴ってスタートする。次の泳者の香奈恵がスタート台でスタンバイする。圭織は6人中3位で戻って来た。壁タッチで香奈恵が飛び込む。
そして第3泳者のジャネがスタート台に立ち、義足を外した所で観客席にざわめきが起きるのを青葉は見た。義足は圭織が受け取って持っておく。
香奈恵は最初は調子良かったものの、折り返した後の後半ペースが落ちて5位まで落ちてしまう。しかしジャネはそこから挽回する。力強い泳ぎでみるみるうちに前方の泳者を抜いていく。青葉の所に来た時、ジャネは2位とほとんど差のない3位で壁にタッチした。青葉が飛び込む。
必死で泳ぐ。全然練習していないので必ずしも身体が思うように動かないのだが、体力だけは来る時の新幹線でも寝てきて回復しているし、昨夜彪志と久しぶりに愛の確認をした充足感が青葉の心を励ましていた。
壁にタッチ。
見るとトップでゴールしていた。2位との時間差は0.01秒であったが。
「ジャネさんも青葉も凄い」
と香奈恵が言う。
「でもこの競技タイム決勝だからね〜」
「だけどこれ標準記録突破したよ」
と圭織。
「ということはインカレに行けるんですか?」
「うん。400mリレーと800mリレーに行ける」
「800mもですか!?」
「女子の800mリレーは400mリレーの標準記録を突破したチームが行けるという不思議なシステムなんだよ。だから800mリレーには標準記録が無い」
「不思議ですね!」
続いて400mリレーの2組目が行われる。こちらの1位は1組目の2位にも1秒及ばず3位となった。それでこの種目は青葉たちK大学の優勝となった。
「すごーい!優勝しちゃったよ」
「インカレ本戦でも優勝しようよ」
とジャネは言っていた。
「青葉当然出るよね?」
「仕方無いですね。行きがかり上。でもそのインカレで引退させて下さい」
「了解了解。今年はそれで引退してまた来年加入ね」
「そんなぁ!」
杏梨が着替えの下着と服を買ってきてくれたので、青葉はいったんその服に着替えてきた。
11時半頃、今回の大会にはマネージャーとして帯同している紗優美がお弁当とお茶を運び込んできた。
「みんな自分の出る種目の時間見て食事してくださいね〜」
と言っている。
「おっ、鯱(しゃちほこ)マークのお弁当だ」
と部長の筒石さんが言っている。
「こないだ短水路大会で来た時に、地元の大学の人から教えてもらったんですよ」
と香奈恵が言う。
「安くて量が多くて、それで美味しいから名古屋では人気らしいです」
「確かにこれ量が多いね」
と蒼生恵。
「あ、残しそうな人は口を付ける前に誰かに少し分けてあげるといいと思うよ」
と圭織。
「くれるのはみんな歓迎」
と筒石さん。
「そうだ。鯱なら、鯱拳(しゃちけん)をしようぜ」
と筒石さんが言い出す。
「何ですか?それ」
「鯱(しゃち)は、こう」
と言って、両手を軽く丸めた状態で上下に重ねて、鯱の口の形にする。
鯱というのはその字のごとく、虎の牙を持つ魚である。
「鯛(たい)は、こう」
と言って両手の甲を合わせて横向きにする。魚の尾びれの形らしい。
「人はこう」
と言って、両手の人差し指を立ててくっつける。
「それで鯱は鯛に勝ち、鯛は人に勝ち、人は鯱に勝つ」
「へー!」
「鯱は鯛を食べるし、鯛は人からスルリと逃げて、人は鯱を銛で仕留める」
「銛を使えば鯛でも仕留められそうな気がする」
「いいじゃん、そういうお約束なんだから」
「勝ったら何かもらえるんですか?」
「ここにいるメンツでやって最終的に負けた奴が、全員分のジュース買ってくる」
「あのぉ、それお金は?」
「むろん買い出し・手出し」
「自腹ですか!?」
筒石さんが勝手に対戦表を作ってしまう。青葉は最初杏梨とやって負け、続いて蒼生恵とやって負け、最後にジャネとやって負けて女子最下位になる。
「青葉、けっこうジャンケン弱いね」
などと蒼生恵から言われる。
男子の最下位になったのは3年生の海津さんだ。
「じゃ、せーの」
とお互いにポーズを取る。青葉は鯱、海津さんは人であった。
「青葉の負け〜」
「じゃ青葉20人分のジュースよろしく〜」
「誰か持つの手伝って」
「じゃ私が行くよ」
と杏梨が付き合ってくれた。
会場の売店に行って缶ジュースを適当に取り混ぜて20本買い、杏梨と手分けして持った。
「でもさ、青葉、高校の時、けっこうジャンケンでは勝ってなかった?」
と杏梨が言う。
「それ内緒で」
「あーー!!わざと負けたのか!」
「私遅れてきたからさ。このくらいしてもいいかなと思って」
「わざと負ける方法があるんだ?」
「勝とうと思えば勝てるよ。杏梨、じゃんけんしてみようか?」
「うん」
それで青葉は杏梨と5回ジャンケンしたものの、5回とも青葉が勝った。
「強ぇ〜!」
「これが通じない相手は今まで会った人の中では2人だけ」
「へー!青葉より上手(うわて)もいるんだ」
「うん。上手だと思う」
800mリレーはその日の最後の方にあった。女子の800mリレーの後、男子の800mリレーをやって終了である。男子の800mリレーは3組もやってタイム決勝だが女子の800リレーは参加校が少ないので1組のみ。10チームで争った。
K大は今度は圭織−杏梨−ジャネ−青葉というオーダーで臨む。
香奈恵は元々短距離型なので、50mでは必ずしも上に行けないものの長距離に強い杏梨が代わりに入った。
1人200mずつ、2往復ずつ泳ぐ。最初の泳者の圭織がスタート台に立った。
圭織は最初はトップ争いをしていたものの、100mを過ぎてから少しペースを落とす。結局10組中4位で引き継ぐ。杏梨は逆に前半をわりとセーブ気味に泳ぎ後半ペースを上げた。それで一時は5位まで落ちていたものの、最終的には3位でつないだ。義足を圭織に預けてスタート台に立ったジャネが勢いよく飛び込み、力強い泳ぎでぐいぐい先行する泳者を追いかけて行く。最初の往復で2位の子と並び、折り返しで抜いて更に1位の子に迫っていく。ジャネは最後1位の子とほぼ同時に壁にタッチした。
青葉が飛び込む。
最初は水中をバタ足だけで進み、違反にならないギリギリ(15m以内)で浮上してその後、全力で泳ぐ。
青葉にしてもジャネにしても長距離型だ。50mに出るような人たちのスピードにはかなわないものの、長く泳いでもスピードが落ちない。青葉は後半勝負だと思っていた。
1往復してきてから残り100m。青葉は次第に速度を上げていく。そして向こうの壁にタッチしてからラストスパート! 全力で手足を動かす。水を後方に押し出した手を水上で全速力でリカバリーする。その手が水面にぶつかる時に手が痛い。しかしめげずにまた水を掻いていく。
ゴール。
青葉は時計を見た。
1着!!
やった!!
青葉は手を伸ばして、プールの上にいる圭織・杏梨・ジャネと笑顔で握手した。
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春拳(12)