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■春拳(13)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-08-19
 
表彰式の後、解散する。青葉は打ち上げを兼ねた夕食に出てから東京に戻ることにした。打ち上げでは筒石さんが他の男子部員を誘って、鯱拳で負けた方がお酒を空ける、などというのをやっていた。女子にも参加しないかと言っていたものの、全員拒否していた。
 
一応圭織さんが目を光らせていて未成年部員にはさせないようにしていたが、筒石さんと海津さんがひたすら負けて、大量にお酒を飲んで最後はふらふらになっていた。
 
「筒石、酔いつぶれたら置いて帰るぞ」
などと他の4年生部員に言われていた。
 
女子の方はカラオケをリレー方式でやっていたが、青葉はジャネさんが物凄く歌が上手いのに驚いた。
 
「ジャネさん、歌手になれる」
と青葉が言うと
 
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「うん。水泳選手にならなかったら歌手になってたかも」
と彼女も言っていた。
 

名古屋駅で、他のみんなは名鉄バスセンターから高速バス(20:10発)に乗り、青葉は新幹線に乗るので別れるが、圭織さん、杏梨・蒼生恵が
 
「バスの時刻にはまだ時間あるから見送ってあげるよ」
と言って、駅の入口まで一緒に来てくれた。
 
「ジャネさん、足首から先の無い人とは思えない凄いスピードですね」
と杏梨が言った。
 
「まだ練習再開して間もないから、全国公までには相当スピードアップしていると思う」
と圭織。
 
「でもジャネさん、歌も凄くうまいですね」
と蒼生恵が言うと、圭織さんは首をひねっている。
 
「どうかしました?」
 
「いや、昔ジャネさんの歌を聴いたことあるけど、あんなにうまくなかった気がするんだよね」
と圭織。
 
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「へー。何かで開眼したんでしょうかね」
と蒼生恵は言ったが、青葉はその言葉を少し考えた。
 
青葉がジャネの「正体」に気付くのはもう少し先である。
 

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青葉が東海道新幹線を降りて東京駅構内を歩いていたら、たくさん荷物を抱えた奈々美とバッタリ遭遇した。
 
「お久〜」
「お久〜」
と声を掛け合う。
 
奈々美はW大学に進学し、バスケット部に入っている。荷物もどうもユニフォームとかタオルとかの類のようだ。
 
「凄い荷物だね。どこの番線に行くの?」
「山手線4番ホームかな」
「そこまで手伝うよ」
「青葉は?」
「私手ぶらだから、そのあと7番ホームに移動しようかな」
「わ、ありがとう」
 

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「どこか大会行ってきたの?」
と青葉は歩きながら訊く。
 
「うん。新潟で日本女子学生選抜って大会があって」
「わあ、大会に出てたんだ」
「出てない、出てない。私はただの荷物持ち。この大会は関東の大学全体から強い人を15人選んでチーム編成するんだよ。だから選抜というんだけど」
「選抜ってチームを選抜するんじゃなくて、選手を選抜するんだ!?」
 
「そうそう。青葉も水泳の大会で東京に出てきたの?」
 
と奈々美が訊く。水着入れを持っているから訊かれたのだろう。
 
「インカレの中部地区予選」
「中部地区?」
「そうそう。メンツ足りないから出てと言われて。私、本当は別件の仕事で東京に出てきてたのに、今日は名古屋まで新幹線で往復」
「大変だね!」
 
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「でも私今回荷物持ちと雑用係で行ってきたんだけど、行って良かったぁ。強い人たちのプレイを間近で見られて、控え室でその人たちの会話を聞いているだけでも、物凄く刺激されるんだよ」
と奈々美は言う。
 
「強いチームにいる最大の利点だよね。いわば秘伝伝授だよ」
「なるほどー」
「特にバスケは強い人たちの中で揉まれることで伸びるから。1on1なんて強い人と練習することで強くなる」
「それは思った。ふだんの練習の時でも高校までとはまるで雰囲気が違うから」
 
「奈々美、何かの大会とか出られそう?」
「6月の新人戦には出たよ」
「おお。凄い!」
「私は最初頭数に入ってなかったんだけどねー。新人戦は1-2年生に出場資格があるんだけど、その1-2年生の部員が20人以上いるし。インハイでBEST4とか経験している人がごろごろいるから。でも遅刻した選手が出て、私はたまたま撮影係で行っていたんだけど急遽ベンチ入り」
 
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「そういうのは控えがアピールできるビッグチャンスだよね」
「うん。そう思って思いっきりプレイした。そしたらその試合で8点取れて」
「凄い、凄い」
「その内の6点がスリーでさ。だから私はとりあえずシューターとして認識されたっぽい」
「いいと思うよー。背の低い選手の生きる道だもん」
 
「個人的にはスモールフォワードの性格かなあと思っているんだけど、それはもっと信頼を確保しないとさせてもらえないから、とりあえずシュート係で頑張る」
 
「うん。頑張ってね」
「今、8月末からのリーグ戦にも出すよと言われてるんだよ」
「凄い凄い。このまま頑張ってユニバーシアードを目指そう」
「うーん。。。そこまでは。でも頑張る。青葉も水泳頑張ってね」
 
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「私は水泳は頑張らない!」
「そうなの!?」
「勉強と霊能者のお仕事と、作曲活動で手一杯だよ」
 
「なるほどー!」
 

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青葉が大宮に帰着したのはもう夜11時過ぎである。
 
「遅くなってごめんねー」
と彪志に言ってキスをする。
 
彪志はカップ麺を食べていたようだ。カップ麺のからが2個転がっているのでお昼も晩もカップ麺だったようだ。
 
「大会どうだった?」
と彪志が笑顔で言う。
 
「うん。1位で標準記録も突破」
「凄い凄い。だったら全国大会も行くの?」
 
「行かないといけないみたーい」
と青葉は困ったような顔をして言った。
 

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7月2日、千里は日本代表第五次合宿の1日目であった。練習は一応夕方終わるのだが、夕食後少ししたら、また有志だけ集まって練習を続ける。この自主練習にはいつも補欠になっている彰恵と留実子が出ていて、
 
「補欠に負ける奴は入れ替えるからな」
と同席してくれる高田コーチがロースター枠内の選手に声を掛けていた。百合絵や江美子も、王子や誠美も、彰恵や留実子に負けないように必死であった。
 
その自主練習の最中の21時頃、少し休憩した千里は携帯にメールが着信しているのに気付く。見ると毛利五郎さんからだ。電話してみる。
 
「どうかしました?」
「あ、よかった。醍醐君。困っちゃってさ」
 
と言って、毛利さんが状況を説明する。山森水絵のデビューアルバムを今夜工場に持ち込んでプレス始める予定だったのに、寸前でタイアップしている企業から修正依頼が入ったということであった。
 
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「この曲の2番で彼氏に会えない寂しさから、ドラッグスターに乗って、全速力でバイパス走って白バイに見つかっても逃げ切って、なんて下りがあるじゃん」
 
「ああ、はい、あったかな」
と千里もよくは覚えてない。
 
「このドラッグスターって、俺も知らなかったんだけど、ヤマハのバイクの名前なんだって?」
 
「さあ、私もバイクの名前はよく分からないです」
 
「ところがタイアップしているのがホンダでさ」
「ありゃりゃ」
「実はタイアップの商談まとめてくれた営業の人も車種の名前とか分かってなくてバイクで走るシーンがあるからバイク屋さんにいいんじゃないかと話をまとめたみたいで。それでホンダの営業さんも1番の歌詞だけ見てて2番まで見ていなかったらしくて」
 
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「だったら、それ適当なホンダのバイクの名前に変更していいですよ。葵照子もその程度文句言いませんから」
 
「いや、それがそもそも全速力で走るってスピード違反でしょ?警察から逃げるというのもバイクメーカーがタイアップする曲で、まじいよと」
 
「ああ・・・」
「これ全面的にこの部分を書き換えざるを得ないと思うんだ。それで醍醐君も捕まらないし、葵(照子)君に何とか連絡を取ろうとしたんだけど、電源落としているみたいで」
 
「それは病院内で勤務に入っているんだと思います。夜間の時間帯ならおそらく救急の当番です」
 
葵照子こと琴尾蓮菜は研修医なので、救急の当番も多い。
 
「だったら、醍醐君、こちらに来て歌詞を修正してもらえないかな?それと実はこの曲、編曲が凝っててさ、歌詞の内容に合わせていろんな効果音とかも流しているし、ギターの伴奏パターンとかキーボードの音色とかも調整しているんで、歌詞を大規模に直すとその辺りまで変えることになる。そのあたりの編曲はトナカイ(北原春鹿)ちゃんがしていたんだけど、これを男の俺が調整したら1番とのフィーリングが合わなくなると思うんだ。できたら女の子の感覚で調整したい。ところがトナカイちゃんは今週コンクールに出るとかでポルトガルだかフィンランドだかに行っててさ」
 
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ポルトガルとフィンランドでは随分方角が違うぞと思いながらも、千里は困った。自分もまだ練習の途中である。
 
「取り敢えず毛利さん、性転換します?」
「俺は性転換しても女湯で悲鳴あげられそうだよ!」
 
確かに確かに。
 
「でも私もまだ練習中なんですよ。困ったな。誰か代わりに作業が出来そうな人を探してみます」
 

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それで千里は最初ゴールデンシックスの花野子に電話してみたのだが、マネージャーさんが電話に出て、今ライブの最中ということだった。それでは無理なので、多忙なのが分かっているので申し訳ないとは思ったが冬子に電話してみた。幸いにも対応してくれるということだったので、その旨毛利さんに連絡してやっと練習に戻った。
 
「サン、電話が長いぞ」
「すみませーん」
「サンは罰金で今夜は一升瓶の一気飲みだな」
「一升瓶入りの水でよければ」
 

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7月4日(月)。
 
青葉は「あなた、いってらっしゃーい」と言って彪志をキスで送り出した後、通勤時間帯が過ぎてから電車で都心に出て、事故の起きた2ヶ所、そして政子が怪異に遭遇した場所を歩いてみて回った。車で行きたかったのだが、交通量が多いので昼間はとても車を停められないのである。
 
この3ヶ所は全て港区内である。
 
青葉が見た範囲では特に怪しい感じの場所は無い。
 
「私もしかしたら、船に刻んで剣を求めるようなことしてるのかなあ」
と独り言を言う。
 
この時点ではどこに原因があるのかは全く分からない。怪異の雰囲気は土地っぽいのだが、車に原因がある場合、本人に原因がある場合、あるいは今の段階では未知の何かが絡んでいる場合なども考えられる。
 
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「それとも夜中に来ないとダメなのだろうか」
 
土地の雰囲気は昼と夜で空間がまるで別のものに変質してしまうことも多い。
 

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4日の午後はいったん彪志のアパートに戻り、ネットでこの手の怪異の噂が無いかを調べてみた。すると、似たような感じのできごとが数件あることが分かる。やはり交通事故に結びついた例もあるが、何とか無事に脇に寄せて停めたりして事故を回避した人もあるようである。さすがに政子のように全然平気だった人というのは見あたらない。
 
「でもこれどこで起きたものかが分からないよなあ」
と独り言を言う。
 
本人にメッセージ送っても、話を聞かせてくれるかどうか分からないし、嘘や勝手な想像で補ったことを言われてミスリードされるともっと困る。
 
心霊関係では、悪意のある嘘つきさんが結構いる(心霊現象を信じておらず馬鹿にしている人に多い)以外に、思い込みが激しすぎて自分が実際に遭った出来事と違う形で話す人もかなり多い。元々心霊的な素質のある人には精神的に不安定で、事実と想像の区別が曖昧な人も多いのである。
 
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「やはり実地にあの界隈を夜中走ってみるしかないかな」
 

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