広告:まりあ†ほりっく 第2巻 [DVD]
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■春拳(17)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-08-21
 
千里はこれは自分が実際にスタジオに行かなければならなくなるかも知れないと考え、矢鳴さんに電話して、無駄足になるかも知れないけどと断った上で、アテンザを取って合宿所に来て欲しいと連絡した。アテンザはふだん江戸川区の駐車場に駐めている。彼女が自宅からそこまで行き、車を走らせて北区のNTC(ナショナル・トレーニング・センター)まで来るには、たぶん1時間半ほど掛かるだろう。
 
千里はそれまでにだいたいの構想をまとめようと思った。
 
部屋のカーテンを引いて部屋を暗くする。シャワーを浴びてきてから、テーブルの前に座る。
 
五線紙を取り出して、脳をアルファ状態にしよう・・・・
 
と思った所で、突然ドアが開く。
 
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「千里〜、晩ご飯食べた? ってあれ?寝てた?」
 
と声を掛けたのは玲央美である。
 
「ううん。いや、音楽の方で急な仕事が入って、18時くらいまでに曲を1つ書かないといけなくなって」
 
「大変だね〜。どんな曲書くの?」
「詳細は金曜日に発表するんだけどね。アクアを主演にした『時をかける少女』の映画」
 
「アクアが時をかける少女役なんだ?」
「そういう訳にもいかないから、時をかける少年ということで」
 
「でもあの子、既に性転換手術してるんでしょ?」
「うーん・・・・。世間ではそう思われているのか」
 

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「しかし時をかけるか・・・・。私たち1度時をかけたよね」
と玲央美が言う。
 
「ああ・・・・そういえば」
 
それは千里が大学1年の12月だった。
 
千里も玲央美も高校を卒業した翌年はあまりまともなバスケ活動をしないまま、過ごしていた。かろうじて千里は当時はほとんど趣味の範囲のチームであったローキューツで活動、玲央美は藍川真璃子と基礎トレーニングを半年続けたあと秋から廃部寸前だったミリオン・ゴールド(関東2部)に加入してバスケ活動を再開していた。
 
ところが12月になって、千里はウィンターカップで出てきた旭川N高校の後輩たちのお世話&指導役として彼女たちの宿舎に行っていて妙な話を聞いた。自分がその夏のU19世界選手権で「大活躍した」というのである。自分自身はそんな記憶無かったし、U19世界選手権の時期は自分は、雨宮先生と上島さんに付き合って奄美まで皆既日食を見に行き、その後は博多でアメリカのアイドルグループのステージの指導をしていたのに。
 
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何か変だと思い悩んでいた千里はコンビニでばったり玲央美と出会う。すると玲央美も自分は全く覚えが無いのに同様にウィンターカップに出てきた札幌P高校の後輩たちから「U19世界選手権は凄いご活躍でしたね」と言われたというのである。
 
ふたりは千里のインプレッサで宿舎に帰りながらその話をしていたのだが、「何か変だ」と言って、車を脇に停めて話し込んでいた。するとそこに鞠原江美子が自分のランエボを寄せてきて言った。
 
「日本代表の合宿が始まるよ」
と。
 
千里はハッとして時計を見ると2009-07-01 6:06であった。ついさっきN高校の宿舎に寄った時は2009-12-21 5:55だったのに。
 
そして千里たちはその後8月4日まで35日間、その「タイムシフトした」時間の中で過ごして、合宿をこなし、山形D銀行の練習に参加し、Wリーグのサマーキャンプにも特別参加して、タイに行きU19世界選手権を闘ってきたのである。そのあとふたりは元の12月21日の朝に戻された。
 
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あれは物凄く巧妙に仕組まれていて、2009年7月から12月に掛けて起きたできごとが、千里と玲央美には知らされないように情報がブロックされていた。
 

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「あれは今思い出せば、まるで夢でも見ていたかのような時間だったけど、私たちがタイムシフトをしていないと説明できないことがあるから、間違いなく、私たちは時を駆けたんだよね?」
と玲央美は言う。
 
「うん。7-8月の間、私はずっと九州で集団アイドルのステージを指導していたんだよ」
と千里。
 
「私はそのステージの電話予約のバイトしていたんだよね」
と玲央美。
 
「一度だけ大濠公園で出会ったよね」
「そうそう」
「あの時、千里の腕が異様に細かったのに驚いた」
 
「あれはまだインターハイに初出場するより前の私なんだよ」
「千里はそのあたりが複雑に時間が組み替えられている」
「そうそう」
 
「あの細い腕を持っていたのが、高校2年の時の千里、そしてインターハイやウィンターカップに出たのが高校3年の千里でしょ?」
 
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「うん。私は本来の時間の流れでいうと高校2年の秋に性転換手術を受けている。そしてその後1年ほど療養していた時間が、私の大学1年の時の時間なんだよ。だから私は性転換手術した後の身体を大学1年の時のローキューツの趣味的バスケ活動の中でリハビリして行って、その後、高校2年の時のインターハイに出た。だから大濠公園で会った時の私の身体はそのインターハイに出る前のリハビリ中の私だったんだよね」
 
「それでも3年生の時の様々な大会に出たのは高校生の千里だと言ってたね」
 
「そうそう。高校2年のインターハイは高校3年10月初めの私、ウィンターカップやオールジャパンはその下旬、U18第一次合宿からインハイの道大会頃が11月から1月くらい。インターハイ本番が2月頃、国体やアジア選手権が3月上旬でウィンターカップが3月下旬。ウィンターカップの決勝が私の身体の時間では2009年3月31日なんだよ。そしてその途中の時間は、大学1年生の時の私の時間が代わりに組み込まれている」
 
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「物凄いモザイクだね」
「うん。そのモザイクの切り替えを私は2012年の10月まで続けている」
 
「当時女子高生の千里と女子大生の千里がしばしば混じっていたよね」
「玲央美とか麻依子はそれに気付いていたね」
 
「例のタイムスリップして世界選手権に出たのは?」
「あれは大学3年の春頃の時間。私は元々毎年100日、歴史的な時間の外で修行しなければならないことになっている。私は毎年465日の時間を使っているんだよ。だから私は今歴史的には25歳だけど、実は肉体的には27歳なんだよね」
 
「千里は凄く若い。肉体的にはむしろまだ23歳くらいだと思う」
「それはあちらの人たちからも言われた。私は肉体的には60歳くらいで閉経するらしいし」
 
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「そのあたりってやはり神様のしわざな訳?」
 
「うん。『時をかける少女』や『ある日どこかで』の主人公は自分の意志で時を越えているし、ドラえもんはもっと安易にタイムマシンで時間移動しているけど、人が無秩序に時間移動していたら混乱の極致になる。本来はかなり精密な計画のもとでしか時間移動ってできないものだと思うし、人間の能力を越えているよね」
 
「たぶん私のタイムスリップも誰かさんが計画していたものだと思う」
と玲央美は言う。
 
「私は高校3年のウィンターカップ優勝で燃え尽きた気分だった。他に千里には少しもらしたけど、家庭的なごたごたもあって自分の人生を見失っていた。あの精神状態でU19世界選手権に行っても、よけい挫折感を感じて、そのまま引退していたと思う。藍川さんと出会って半年みっちり鍛え治して、弱小チームから再度這い上がっていったことで私は立ち直った。U19世界選手権は私にとって、リハビリの仕上げのようなものだった」
 
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と玲央美は語る。
 
「たぶん誰かさんの計画と誰かさんの計画が相乗りして、あのタイムスリップは実行されたんだろうね」
 
「うん。そうだと思うよ」
 

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玲央美は忙しいなら、食事を部屋まで持って来てあげるよと言い、千里の食券を持って食堂に行って自分が食事した上で千里の分を出してもらい、食堂の人たちと顔見知りのよしみで、トレイごと夕食を持ってきてくれた。ついでに「おごり」と言って、売店でサンドイッチ、コーヒー、おやつを買って持って来てくれた。
 
千里は玲央美が食堂に行っている間に自分自身のタイムトラベルのことを考えている間にメロディーが浮かんできたので、それを譜面に書き綴っていった。
 
そして食事を持って来てくれたまま、当時のことを懐かしそうに玲央美が語る中で(本当は静かにしておいて欲しいのだが)、千里は曲をまとめていった。
 
だいたい書き上げた頃、矢鳴さんからアテンザを持って来て今玄関そばに駐めていますという連絡が入る。
 
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「出かけるの?」
「うん。ちょっと出てくる」
 
千里は高田コーチに電話して外出の許可を取ると出かける準備をした。(そもそも今日は大半の子が温泉に行ったり、あるいは一時帰宅したりして休んでいる)
 
「じゃ、お見送りしてあげるよ」
「ありがとう」
 

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それで千里は食事のトレイを持って部屋を出て、それを食堂に返して食堂の人にも御礼を言った後、玄関で玲央美に手を振ってアテンザに乗り込んだ。
 
「帰りは今夜中?」
「うん。そのつもり」
「間に合わなかったら、また《すーちゃん》の身代わり?」
「あはは。そうなるかもー」
 
実はその場合に備えて、ふだん千葉市内のアパートに居る《すーちゃん》には既に東京に向かってもらっている。
 
「あのすーちゃんってさ、実は****でしょ?」
「さっすがー。そこまでバレてるか」
 
「じゃ頑張ってね〜」
「ありがとう」
 

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アテンザで北区の合宿所から品川区内のスタジオに移動している最中に蓮菜から「急患が入ったので作業できなくなった」というメールが入った。千里としては実は曲を書きながらけっこう歌詞も浮かんできていたので、矢鳴さんに
 
「ちょっと首都高を1周してから品川に行ってもらえませんか」
と頼み、車が道路を走っている間に、その浮かんできていた歌詞をまとめて行った。ついでに頭をアルファにしてメロディーも調整する。実際問題としてこの首都高周回中に新たなメロディーの発想があり、それをAメロにして再構成をおこなった。
 
結局19時頃にスタジオに入り、千里は待ちくたびれていた毛利さんに、車内で書き上げたギターコード入りのメロディ譜を渡した。
 
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「なんかハサミで切ってセロテープでくっつけてある!」
「カット&ペーストです」
 

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