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■春拳(4)

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「車種はどういうのにするか、見当とかは付けておられますか?」
と店長さんは訊く。
 
「一応フリードスパイクにしようかと」
「フリードではなくてスパイクの方?」
「ええ。車中泊とかも結構しそうなので、フルフラット化できるのが魅力だなと思って」
 
「ああ、そこまでスペックを見ておられるのなら、あまり問題無いですね」
 
それで席を立って実際の車の置いてある所に連れて行ってもらう。
 
「今ここに展示しているのはフリードスパイク・ハイブリッドなんですよ」
「ハイブリッドじゃない方がいいかなと思っているのですが」
「それは何か理由があります?」
 
「ハイブリッドはCVTになってしまうので。Gの方だとATが選べるから。だから4WDで。わりと遠出で使うことが多いので坂道やワインディングロードでこちらの意図通りに制御できる車が欲しいんですよ」
 
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「なるほど、なるほど。GのFFはCVT, 4WDはATなんですよね」
「ええ、そのあたりまでは事前に調べておいたんです」
 
「ではちょっとハイブリッドでCVTでご希望のとは少し感覚は違うとは思いますが、試乗してみられます?」
「はい」
 

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それでスタッフの人に同乗してもらい、展示車に乗って1kmほど離れたスーパーまで彪志が運転していく。青葉が助手席、後部座席に桃香とスタッフさんが乗る。スーパーの駐車場で運転交代して青葉が運転してお店に戻った。
 
「いかがでしたか?」
「いい感じです。好きです」
 
座席を倒してフルフラット化するのも実際にやってみる。
 
「これだけの空間が使えるのは嬉しいなあ」
と彪志。
「これならゆっくり寝られるよね」
と青葉。
「これいいなお。恋人を連れ込みたい」
などと桃香まで言っている。
 
それで店内の席に戻り、詳細を打ち合わせる。
 
「Gの4WD-ATを選択する場合、グレードが4種類あるのですが」
 
フリードスパイクの中核になっているのはGジャストセレクションである。ここから種々の装備を省いた廉価版がG、走り重視の装備を追加したエアロ、あるいはクルコンなどを追加したプレミアムエディションがある。
 
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「現時点ではジャストセレクションを選ぶ意味はないですよね?」
「はい、そうです。プレミアムエディシヨンと価格が同じですから」
 
「じゃ3種類の中で考えて、値段がどのくらいになるかかな」
 
「じゃちょっと見積もりをしてみましょう」
と言って、店長さんがノートパソコンを取り出し、見積もりを作ってみる。
 

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「遠距離走られることが多いのでしたら、取り敢えずGエアロで行ってみません?」
「そうですね。高そうだったらそれを変更するということで」
 
本体価格はGが195万円、プレミアムが218万、エアロが235万である。
 
そこから青葉たちは車体の色を選択し、様々なオプションを選択していった。
 
「見積価格は2,888,574円になりますね。頭金22万1850円でボーナス併用36ヶ月払いの場合、毎月44,800円、ボーナス月20万円という計算になります」
と店長さん。
 
「そこでここからが本題ですが、店長さん」
と桃香が身を乗り出して言う。
 
「どのくらい値引きできます?」
 
桃香の目を見て、店長さんはどうもこいつは手強いぞと感じ取ったようである。
 
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「そうですね、お父さんとお友達だし10万円くらいなら値引いてもいいですよ」
と店長さん。
「そこを知り合いのよしみでジャスト200万まで値引きしましょう」
と桃香。
 
店長さんはある程度こちらが大きな金額を言ってくるのではと覚悟はしていた雰囲気だが、これは予想外の数字だったようで
 
「え〜〜〜!?それはさすがに無茶ですよ。車の本体価格自体で赤ですよぉ!」
と言う。
 
「じゃ利益が出るギリギリくらいで210万円で」
「それも無茶すぎます!! フリードスパイクは元々利幅が小さいんですよ。フィットとかなら結構お引きできるんですが、フリードスパイクは普通5万くらいまでしか引けないんですよ」
 
「ねね、フリードの方がさ、そろそろ新型が出るって噂があるじゃん。フリードが新型出るのなら、フリードスパイクもきっと新型が出るよね?だったら、今のは旧型になる訳だから、大きく引けない?」
などと桃香は少し小さい声で言う。
 
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「フリードは確かに新型が出る予定はありますが、まだ時期未定です。フリードスパイクに関しては、新型が出るかどうかについては、社内でも情報が無いんですよ」
と店長さんも困ったような顔で言う。
 
そして、ここからふたりの激しい鍔迫り合いが続いた。店長もかなり頑張ったのだが桃香の押しに気合い負けしてしまった感じである。
 
「じゃ保険もうちで契約して頂くということで35万値引きで。これ以上は無理です」
と店長さん。
「そこをあと1声。38万8574円引いて250万円ジャストで」
「勘弁してください」
と本当に店長さんは参ったぁという顔をしている。
 
桃香もこのあたりで限界かなと思っていた雰囲気であったが、ここで青葉が発言する。
 
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「今すぐ現金で払いますから250万円ジャストになりませんか?」
「今すぐ現金でですか?」
「保険料も一緒に年一括で払いますよ。近くのATMまで行ってすぐ降ろしてきてお支払いします」
「青葉、そんなに現金持ってるの?」
「偶然今口座にあるんだよねぇ」
「使っちゃって平気?」
「大丈夫。夏のボーナスで返してもらうから」
 
当の彪志は不安そうな顔をしている。実際問題としてどのくらいボーナスをもらえるのかが全く見当が付かない。
 
しかし桃香は調子がいい。
 
「よし、では店長さん、それで250万円ジャストで行きましょう」
 
店長さんはもう降参という顔である。
 
「分かりました。250万円でお売りします。でもこんなに値引いたというの、誰にも言わないで下さいよ。ネットにも書かないで下さい」
「おお、すばらしい。もちろん黙ってますよ」
 
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と言って、桃香は笑顔で店長さんと握手した。
 
「でもお姉さん、うちのセールスになりません?」
「失業したら考えようかな」
 

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それで青葉はスタッフさんの車に乗せてもらい、近くの###銀行支店まで行って車の代金250万円、保険料1年分60万円、それに少し予備費を見て念のため350万円降ろして戻って来た。
 
現金で310万円渡す。
 
店長さんが慎重にお札を数え、副店長さんにも数えてもらって確認する。
 
「確かに頂きました」
と店長さんも笑顔である。すぐに領収証を書いてくれる。
 
それで色々アメニティ・グッズなどももらってお店を出た。
 

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「でも青葉ごめん。ボーナスでどの程度返せるか分からない」
と彪志は言うが
 
「まあお互い生きている内に精算できればいいと思うよー。私の方は大丈夫だから、あまり無理しないでね」
と青葉は言っておいた。
 
青葉が運転するミラでそこから千葉のアパートまで行く。これがここに行く最後になるかなと思うと感慨深い。途中ほっともっとに寄ってお弁当を買ったので、アパートに着いてから食べながら、待機する。
 
移動し忘れたものがないか確認して行く。冷蔵庫の中身は運送屋さんが来てから出すので、箱だけ準備しておく。
 
12時半頃、そろそろだろうということで冷蔵庫の電源を抜き、中身を段ボールに詰めて冷却剤を上に置く。なお冷凍食品・冷凍ストックの類は昨日までに使い切っているし、お酒の類も移動済みなので、今日運ぶのは、マーガリンやジャムを含む調味料の類や梅干し、使い掛けの小麦粉などの類である。
 
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運送屋さんは13時ジャストに来た。
 
エアコンを取り外し、タンス・冷蔵庫・洗濯機など大型の荷物を手際よく2tトラックに積んでいく。冷蔵庫は最後にしてもらって冷凍室の霜の融けたのを青葉と桃香で協力して処置した上で乗せてもらった。
 

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荷物を全て搬出した後で、キッチンのシンク下とか棚、また部屋の天袋などに忘れ物がないかを確認する。それでOKということで、トラックには出発してもらう。桃香と彪志も最後まで置いていたティッシュやゴミ箱などを積んでミラで移動。青葉だけが残り、15時頃来てくれることになっている不動産屋さんを待つ。ここで青葉が残ったのは彪志には現地に行っておいてもらいたかったからである。
 
不動産屋さんは15時を少し過ぎてから来た。
 
鍵オリジナル3本を返却する。不動産屋さんが室内を点検する。
 
「障子紙や襖紙、畳表などはこちらで交換しますが、それ以外特に傷んでいる所は無いようですね」
 
ということで、その分の費用を引いて敷金は6万円入れていた内の5万円返還しますということであった。書類を書き、振込先口座も書く。
 
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青葉が「鈴江彪志」と署名し、鈴江の印鑑も押すので、不動産屋さんから聞かれた。
 
「お姉さんですか?」
 
う・・・妹さんですかとは聞かれないのか!?
 
「いえ、本人です」
と青葉は少し悪戯心を出して答える。
 
「え?でもあなた女性ですよね?」
「性転換したので」
「あ、そうでしたか。失礼しました」
 
それでまた機会がありましたらよろしくなどと言って青葉は彪志が4年間すごしたアパートを出た。
 
そして出ると同時に4年間掛けておいたこのアパートの結界を解除した。
 
まるで水門を開けた途端、下流に水が落ちていくかのように、雑多なものがアパートに寄ってくるのを感じた。しかし、元々そんなに悪くはない場所だったから、桃姉たちの前のアパートみたいに酷いことにはならないんじゃないかなあ、と青葉は思って、駅の方に歩いて行った。
 
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電車を乗り継いで大宮駅まで行き、バスで最寄りバス停まで10分ほど走り、バス停から(青葉の足で)徒歩3分ほどで新しいアパートに到達する。青葉が行った時は、彪志も桃香も座り込んでいた。
 
「お疲れ様〜」
「片付けようとしたんだけど、早々にめげた」
「まあ急がないし、ゆっくりと片付けていけばいいよ」
 
それでその日は桃香の希望で回転寿司に行き、引越祝いとした。青葉はその日の最終《かがやき》で高岡に帰還した。
 
しかし・・・・4月頭に会った時も今回も結局セックスできなかった!!
 
 
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春拳(4)

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