広告:ここはグリーン・ウッド (第2巻) (白泉社文庫)
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■春社(23)

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数虎の経営はここしばらくうまく行っておらず借金が増えていたのだが、折江は自分で数虎の権利をオーナーである木倒カタリ(サトギの父)から300万円で買い取った。父親はそのお金で数虎の借金を返済した上で運営会社カマカマを清算した。
 
そして折江が新たな運営会社タマタマを設立して、数虎の店名をスートラとカタカナ書きに改名し、やや老朽化していた店内も500万掛けて改装した上で自分がママとなり運営することにしたのである。また東京時代の友人歌手でこの時点ではほぼ引退状態になっていた女声で歌えるニューハーフ歌手・新田安芸那を呼び寄せて、サクラ・アキナの名前で、5年前から不在だったスートラ・バンドのメインボーカルに据えた(彼女は出生名が桜田安芸男だが、性転換手術も終えているので戸籍上も桜田安芸那・性別女になっていた。後のバラエティタレント・桜クララである。彼女のお笑いセンスはこの金沢時代に鍛えられることになる)。
 
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このお店には結局、クミコもキトウ・クリコあらためタマナシ・クリコの名前で、料理担当として参加することになった。従業員も数虎のホステスさんたちをほぼ全員再雇用した(数人この機会に「オカマを引退」して「普通の男の娘に戻りたい」と言った人が離脱した)。
 
またお店は夕方からの営業なのだが、昼間の時間帯をこの店に以前ホステスとして勤めていた元オカマさんで、その後和食の料理人に転じていた人が借りてランチ専門店として営業することになった。いわゆる「二毛作店」である。場所柄ビジネスマン・OLの利用が結構あり、お店は繁盛した。
 

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「私、本当に自分が元男で性転換して女になったような気がしてきた。去勢や性転換手術の様子とかも、他のホステスさんの話聞いている内に、自分もそんな感じの手術受けたような気になってきたし」
などとクミコは言っていた。
 
数虎のホステスにはポストオペ(手術済み)の美人さんが多い。しかも10代の内に去勢している人が多い。
 
「お母ちゃんが元男だったら、私たちは誰から生まれたのよ?」
「そりゃ、マラ父ちゃんが産んだんだよ」
「そうだったのか?」
「衝撃の事実を知ってしまった」
 
「あんたたちも就職先見つからなかったらうちの店に勤めてもいいよ」
「オカマでなくてもいいの?」
「あんたたちは生まれてすぐ、お医者さんにおちんちん取ってもらって女の子に性転換したんだよ。だから実は2人ともオカマなんだよ」
「うっそー!?」
「凄い出生の秘密だ」
 
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娘たちと冗談を言い合うクミコは心底幸せそうな顔をしていた。
 

青葉は7月、ΘΘプロから「新経営体制のお知らせ」というハガキを受け取ったが、内容に少なからず驚いた。
 
春吉高也(シアター春吉)社長に次ぐNo.2の副社長に、前副社長・大堀清河(ピュア大堀)さんの長女でまだ大学生の大堀浮見子さんが就任したというのである。通称はフロート大堀らしい。記念写真では、旅芸人の扮装の春吉社長の隣にムスカ大佐のコスプレをした浮見子さんが立っており、それにサニー春吉常務とターモン舞鶴取締役が、各々自動車の整備工、黒田武士のコスプレで並んでいる。写真だけ見ると楽しい会社だ。
 
でも浮見子さん、男装が好きなのかもね〜、と青葉は思った。
 
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インカレ予選の後も水泳部は様々な大会に出場していた。青葉は一応5月いっぱいで退部届けを出したはずだったのだが
 
「メンツが足りん。ちょっと出て」
と言われていくつかの大会に出場するハメになった。
 
「在籍してない学生が出てもいいんですか〜?」
「大丈夫。青葉の退部届けは私が預かったままだから」
と圭織。
「そんなぁ」
 
青葉は実際問題として、現在の水泳部女子の中で、ジャネさんに次いで自由形が速いのである。
 
金沢市の水泳大会のメドレーリレーでは、背泳=圭織/平泳ぎ=寛子/バタフライ=青葉/自由形=ジャネと泳いで1位で入った。
 
「ジャネさん、毎日速くなっている気がする」
とそばで見ていた蒼生恵が言っていた。
 
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「ジャネさん、プールに居ると活き活きした顔してますね」
とちょっと椅子に座って休んでいたジャネに青葉は話しかけた。
 
「うん。私は水泳命だから。水泳してたら彼氏なんか要らないよ。プールと結婚したいくらい」
とジャネ。
 
「ああ、それもいいんじゃないですか。2次元キャラと結婚式あげる人もいますしね」
 
青葉は次のことばをとってもさりげなく言った。
 
「歌の方はあまり練習しなくてもいいんですか?マソさん」
 

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「うん。夏の間は水泳100%.取り敢えずパラリンピックが終わるまでは水泳だけで行くよ。その後、また歌の練習もする」
 
と彼女は答えてから
 
「あ・・・・」
と言った。
 

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「やはりあなたマソさんだったんですね?」
 
マソが筒石とのデート中にサトギに襲われ、そこに青葉たちが介入して筒石たちを守った。そのあとマソは青葉や筒石と一緒にプールに行き、たっぷり泳いで「成仏」したはずだった。
 
そして、その翌日、ジャネが「意識回復」した。
 
ジャネ(マソ?)は微笑んでいたが言った。
 
「私は最初からマソなんだよ」
「どういうことです?」
 
「28年前に、私、サトギに突き落とされて死んだんだけど、そのあと、ジャネとして生まれ変わったんだよ。でも私、小さい頃からマソとしての前世の記憶を持っていた。だから、マソ以上に水泳の練習をした」
 
とジャネは語る。
 
「じゃサトギさんが一度死んだ後、生き返った後、マソを名乗ったのは妄想だったんでしょうか」
 
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「あれも私だよ。マソは元々2人いたのさ」
「え?」
 
「私はマソとして生きていた頃、いつも自分の中に2つの人格がいるのを意識していた。水泳が大好きなマソと、歌が大好きなマソ。一度死んだあと、水泳が好きなマソがジャネとして転生し、歌が好きなマソが死んだサトギの身体に転移してマラになったんだと思う。ちなみにマラがサトギの身体に入った時、そのあたりにサトギの魂は見あたらなかったよ。とっくにあの世に旅立ってたんだと思う」
 
「じゃその後は2人の人間を生きて来たんですか?」
「そうそう。だから1人は若い水泳選手、ひとりは中年のオカマ歌手として生きていても、私たちは常に意識を共有していた」
 
「もしかして浮気性なのは歌が好きなマソさんの方ですか」
「そうなんだよね〜。あの子はボーイフレンドが5〜6人はいないと気が済まないんだよ。私は男と遊んでる暇があったら泳ぎたかった」
 
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マラが死んだ後、恐らく「幽霊のマソ」が水泳部の男たちを誘うようになったのだろう。その間「生きているマソ」の方は、水泳選手として実績をあげてきた。
 
「あ、ちなみにクミコちゃんのことは好きだったよ。今でも好きだよ。だから月見里公子は私の娘なんだよ。もう可愛くて可愛くてセックスしたいくらい」
 
「近親相姦ですよぉ」
と青葉は苦笑して言う。
 

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「しかし新しい身体に転生したのに、また事故に遭って、また突き落とされたんですね」
と青葉は笑いを停めてしんみりと言った。
 
「たぶん古い呪いなのだと思う。七代先まで呪っちゃるという感じの。マソの母ちゃんの妹も交通事故で死んでいるし、お祖母ちゃんの姉は戦時中の女子挺身隊で工場労働している時に事故死している。マソは交通事故に遭った上で結局サトギに殺された。その後、マラが悪魔の歌を演奏して死んで、ジャネも交通事故に遭って落とされて。これで7回殺されて終了。つまり私は1人で5回殺されたんだけどね」
 
「5回も殺されるって凄いですね!」
「私はたぶん巫女体質なんだよ。だから真っ先に人身御供にされる」
 
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「ああ。霊感があるのは気付いてました。ジャネさんって家系的にもマソさんと関係があるんですか?」
 
「ジャネの母ちゃんとマソは三従姉妹(みいとこ)」
「遠いですね!」
 
「両方完全女系でつながっていて男を経由してない。だから苗字もころころ変わっているし、その親族関係は私以外知らないと思う。でもこの家系は女子にスポーツ得意な子が出る家系でもあるっぽい。男はダメ。そして呪いが発動するのは18歳以上の女系未婚女子っぽい。マソの祖母さんは17歳で結婚、マソの母ちゃんも17歳で1度結婚している。そのあと離婚してマソの父ちゃんと結婚した。早い時期に結婚したんで、呪いを免れたんだろうね。それでマソが3回死んだ後は、マソの生まれ変わりでもあり、遠い親族でもあったジャネに飛んできたんだと思う」
 
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「先日池に落ちた時に会った紗早江さんですけど」
「うん。あれはマソの姪だよ」
「やはりそうでしたか」
 
「紗早江は自分の叔母のマソは若くして死んだと認識しているだろうね。マソがサトギに転移したなんて話は聞いてないはず。マラを名乗る人物の身体に元々宿っていた人物が自分の叔母を殺した犯人なんてのも知らなかったろうね。その話はマソの親とサトギの親との間だけで決着して警察沙汰にもしてないし」
 
「なるほど」
 
一瞬、それは仇討ち(かたきうち)だったのではという気もしたが、多分考えすぎだろうと青葉は思い直した。
 
「でも水泳が得意なのはさすがうちの家系の女子だよ。だけどあちらも魔絡みの事件に巻き込まれたみたいね」
 
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「あの曲は先に紗早江さんが自分で演奏して死んでいてもおかしくない事件でした」
「私はあの子を守りたいと思っていた。そう神様にもお願いしていた。マラが死んだのは、神様がその願いを聞き届けてくれて身代わりになったんだと思う。あるいは、あの娘は高校時代にボーイフレンドとセックスしているから、それでもう未婚ではなくなったから助かったのかも」
 
「そうでしたか。マラさんだけが年齢が高いのが気になってました」
「もっともサトギが死んで、マラになってからなら22年弱なんだよ」
「なるほど!」
「マラは実は処女だったしね」
「え!?」
 
青葉はその問題に突っ込みたかったが、マソは話を変える。
 
「LSDは引き金にすぎない。悪魔は自分が出現する機会を狙っていたのさ。でもマラが身代わりになった上に、あの子の守護霊が強いから、紗早江自身は死から逃(のが)れられたんだろうね」
 
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「今回の事件の死者が水泳部関係でワサオさんまで入れて4人、ステラジオのマネージャーが3人死んでますが」
「うん。そちらの犠牲者はその7人で終了だと思う」
「やはり両者は関連している訳ですか」
「でもその件、あまり首を突っ込まない方がいいよ」
 
「そうします。マラさんが死んだ時の記憶はありますか?」
「実況中継してもいいくらいに鮮明な記憶があるよ。かなり怖いよ。でもそれをしゃべると、聞いた青葉ちゃんも死んじゃうかもよ。聞いてみたい?」
 
「遠慮しておきます。想像もしない方がいいですよね」
「それがいいよ。あんたみたいに勘の良い子は想像するだけで本物にぶつかる危険がある」
「それは小さい頃から指導されていました。でも、自分が死ぬことが明確に意識できる何かがあったんですね」
 
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「うん。そういう感じ」
 
だから、長浜はカーナビを投げ捨てたし、大堀はSDカードを焼却したのだ。舞鶴もおそらく社長に楽譜やSDカードの処分を依頼しようとしたのだろうが文章を書く前に力尽きてしまった。
 

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