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■春社(19)

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そうこうしている内に、春吉社長からの電話が掛かってきた。
 
「確かに長浜は五洋社のポータブルカーナビを使っていたようです。それで今それがどこにあるのか、社員全員に一斉メールして確認したのですが、立山みるくが自分の車に乗せて使っているのが、ひょっとしてそれではなかろうかと言う社員があって、緊急に立山に連絡しました。立山はまさにそのカーナビを使って運転中だったらしく、すぐ電源を落とすように言いました。そしてそのままの状態で至急事務所に持ってくるよう言いました。表面に書いてあるブランド名を見てもらったら、GOYOU ANACONDA と確かに書いてあるそうです」
 
「私、明日そちらに行きます。それまで絶対に電源を入れないでください」
「分かりました」
 
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今日東京まで往復してきたのに、また明日は東京か!
 

「そうだ。幡山さんとの交渉がまとまったんですよ」
とお父さんは言った。
 
木倒ワサオが幡山ジャネを突き落とし、そのあとジャネは16ヶ月に渡って病院で植物状態になって入院していた。その間に掛かった医療費は、高額医療費制度から払われているものもあるが、保険外治療なども受けさせているためかなりの額に及ぶ。またその間、水泳のコーチをしていたお母さんは、そこのスイミングクラブを退職してずっと娘に付いていた。その逸失利益や、毎日の病院までの交通費などもある。
 
「いくらで妥結しましたか?」
「4000万円払うことで同意しました」
 
「それってほぼ損害実費で、慰謝料が入っていないのでは?」
「だと思います。向こうのお母さんが、ワサオはジャネさんに同情して一緒に死のうとしたのだから。悪意で殺そうとしたのではないからといって、実費を負担してもらうだけでいい、そちらもお孫さんを失って辛かったでしょうとおっしゃってくださいまして」
 
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「じゃ、ΘΘプロから5000万円もらったら、その内の4000万円がそのまま幡山さんに行く感じですか」
 
「そうなります」
 
「お店の借金はどうします?」
 
「実はワサオの死に関して建設会社から300万円のお見舞い金を頂きました」
 
見舞金の額としては異例である。
 
「それから、実はあの後、弁護士さん入れて過払い金の返還をさせたら1600万円に圧縮できたのですよ。それで金利の高い所優先で1300万円を返済しようと思います。残り300万円くらいなら何とか少しずつ返して行けるので」
 
「なるほどですね」
 

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青葉はサトギの霊が水泳部の男子を3人取り殺し、更にあと1人未遂で終わったことについては、お父さんには言う必要は無いと考えていた。
 
幽霊のしたことについては、誰にも責任は無い。人間の法律は生きている人間を裁くものである。あの世の人間は、あの世の法で裁けば良い。サトギは美鳳さんによって禁固300年に処せられている。
 
そもそも圭織さんから聞いた話では、一酸化炭素中毒で死んだ人と白血病で死んだ人は生命保険が下りているし、高電圧線で感電死した人はその電線を管理していた会社からつい先日慰謝料が支払われて遺族と和解している。この3件の死因を蒸し返すのは、遺族の利益にもならない。
 

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青葉たちとお父さんの話し合いは結局夜の12時すぎまで続いた。そして12時半ころ、マラ(サトギ)の妻であったクミコがお店の仕事を終えて戻って来た。
 
お父さんから事情を聞いたクミコは泣いた。
 
「あの人、マラを名乗るサトギが生きていた頃も、私のことは大事にしてくれるんだけど、頻繁に浮気もしていたんですよ」
 
「えっと・・・浮気って、相手は男性ですか?女性ですか?」
「男性です。あの人、結婚する時、おまえ以外の女とは決して寝ないからと言ってたのに、だからといって男と寝るって、ひどくないですか?」
 
「ああ、へりくつですね」
と千里が言ってるが、ちー姉、自分のことは棚に上げてるなと青葉は思った。
 
しかし、今回の事件で、ある意味最も可哀相なのがこの人だ。
 
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「どうもあの人の浮気相手は、あの人のこと、完全に性転換した女だと思っていたみたいです。だから相手はストレートの男性がほとんどだったんですよ。ああいうのって、まるで付いてないかのように装うことできるもんなんですかね?」
とクミコは言う。
 
「それは可能ではありますけど・・・・いわゆるスマタの達人ですね。まるでヴァギナに入れているかのように、スマタで男を逝かせる名人さんって、時々いるんですよ。ただ、あまり性体験の無い男性に限ると思います。ある程度女性との経験がある人を誤魔化すのは難しいです」
 
と千里が解説する。
 
「御主人、性転換はしてなかったんですよね?」
と青葉。
 
「ええ。だって、私との夜の生活ではちゃんと男としてしてましたよ」
 
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「逆に、性転換済みでもデ**ドーを使えば、ふつうに女性とセックスできますけど」
と千里が言う。
 
「え〜!?」
と言ってから
 
「でもちゃんと出てましたよ」
と彼女が言うと
「液が出るデ**ドーもあるんですよね〜」
と千里は言う。
 
「嘘!?」
 
「そういう道具も使わずに、指だけで、まるでおちんちんを入れているかのように相手の女性に感じさせる、レスビアンの達人もいますよ。バイの人に聞いたことありますけど、マジで男性としている時と同程度に気持ちいいらしいです」
と千里。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
それって桃姉のことでは?そのバイの人って自分のことでは?と青葉は思った。
 
「明るい所で御主人の男性器を確認したことは?」
「そんなの見せるもんじゃないとか言って・・・・え〜?私自信無くなってきた」
 
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「今となっては確かめようが無いですね」
と青葉は微笑みながら言った。
 
奥さんは何だか悩んでいた。
 

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「でも御主人が亡くなって、息子さんが亡くなって、辛いかも知れないけど、お嬢さんが2人いるんでしょう?」
 
と千里はクミコに言った。
 
「はい。取り敢えず娘ということでもいいかな」
とクミコ。
 
取り敢えずって何だ??
 
「そのお嬢さんたちのためにも、ここは頑張らなきゃいけませんよ」
と千里。
「ほんとですね」
 
「だから、早まったことはしないでくださいよ。辛いことがあったらご連絡ください。かえって事情を知る私たちの方が話しやすいでしょう?」
 
と千里は言って、自分の《F神社副巫女長・村山千里》の名刺を渡した。青葉も《心霊相談師・川上瞬葉》の名刺をクミコにも渡した。
 
「ありがとうございます。何とか頑張ります」
と言って、また彼女は疲れたような顔をしていた。
 
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結局、青葉と千里が木倒家を辞したのは夜中の3時である。
 
「ちー姉。福祉車両の返却はうちのお母ちゃんに頼もうと思う。だから、ちー姉は私と一緒に朝一番の新幹線で、東京に出ない?」
 
「それがいいかもね」
 
それで千里と青葉はその日は金沢市内のホテルに泊まり、翌朝1番の新幹線で東京に向かった。途中、富山駅の新幹線ホームで福祉車両の鍵を朋子に渡すことに成功した(ついでにガソリン代と帰りの電車賃で2万円渡した)。千里と青葉は8:32に東京駅に到着。千里はそのまま北区の合宿所に行き、青葉はΘΘプロに向かった。
 

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千里は昨日、青葉に木倒家への同行を頼まれた時点で千葉にいる《すーちゃん》に連絡し、夕方自分の振りをして合宿所に入ってくれるよう頼んだ。中に入るためのIDカードは千里が持っているのだが、千里は合宿所の常連なので、たいていは提示しなくても顔パスで入れてしまう。もし警備員さんが千里を知らない人であったとしても、忘れたといえば何とかなるはずである。
 
それで《すーちゃん》は用賀のアパートまで電車で行き、千里が持っていくはずだった荷物を持ち、15日夕方合宿所に入った。実際門の所は顔パスで通過できた。
 
夕食後の自主練習にも千里の代理で出ていたのだが、
「スリーの精度が悪い」
と言われる。
 
「すみませーん。ちょっと疲れがピークで。でも明日までには回復させます」
「そうしてもらわなくちゃね」
 
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コート脇で休憩している時に佐藤玲央美から肩をとんとんされる。
 
「なあに?レオちゃん」
と《すーちゃん》は千里の振りして訊くのだが、玲央美はニヤニヤして
 
「あんた、きーちゃんだっけ?こうちゃんだっけ?」
などと言う。
 
《すーちゃん》も身代わりがバレていることに焦ったものの
「あ、えっと、すーちゃんとでも呼んでもらえたら」
と答えた。
 
「こないだの紅白戦後半も出てたよね?」
「すみませーん」
「まあ、代表合宿はレベル高いし、楽しんでね。千里はいつ来るの?」
「今夜中に交代する予定なんですけど」
 
と言ったものの、千里の予定が変わったため、結局交代は翌日の朝、練習が始まった直後になった。
 
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16日の朝はいきなり紅白戦をしたが、玲央美はドリブルで相手コートに侵攻し、行く手を日吉紀美鹿に阻まれた所で、センターラインを越えて少し来た所であった千里に擬態した《すーちゃん》にパスする。《すーちゃん》はそのままドリブルでスリーポイントラインの所まで来る。そして立ち止まった瞬間、《きーちゃん》と交代。更に次の瞬間、千里本人と交代した。千里は自分がボールを持ってスリーポイントラインの所にいるので驚いたものの、そこから美しくスリーを決めた。
 
「おお、さすがさすが。でも今、撃つまで少し時間が掛かったのはどうした?」
と高田コーチから声を掛けられた。
 
実際問題として、他の選手は千里がフリーの状態でスリーポイントラインの所に立ったので、もう入るものと思って、その後の攻撃/守備体制につこうとしており、誰も千里にチェックに行こうともしなかったのである。それで千里が2秒近く停まったままでいたのに「ん?」と思った。
 
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「すみませーん。今一瞬寝てました」
「そりゃいかん。後で敷地内5周。目が覚めるぞ」
「分かりました。紅白戦終わったら行ってきます」
 
ついでに千里とお互いのマーカーになっていた湧見絵津子まで「ムダだと思ってもちゃんと邪魔しに行け。突進するだけでも相手は心理的に圧迫されて手元が狂うことだってあるんだから」と叱られていた。
 
玲央美は腕を組んで千里を見つめていた。
 

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なお、この時は、ローズ+リリーのツアーに参加中で愛知県のホテルに居た《きーちゃん》がまず試合中の《すーちゃん》と入れ替わり、その後東京駅にいた千里と入れ替わったので、《きーちゃん》は東京駅、《すーちゃん》は愛知に残った。
 
その後、《すーちゃん》は愛知のホテルをチェックアウトして新幹線で東京に帰還し、《きーちゃん》は東京駅から用賀のアパートに戻ってライブツアーの疲れを休めた。《きーちゃん》は来週もローズ+リリーのツアーで秘密の作戦を実行する。
 
また昨日の内に東京に戻ってレンタカーを返却した後待機していた《こうちゃん》は、一晩一緒に過ごした奥多摩のメスの龍に『またね〜』と言って別れてから合宿中の千里の所に戻って千里に吸収された。
 
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なお富山駅で福祉車両の鍵を受け取った朋子は、そのまま新幹線で金沢に行ったあと、岐阜まで走って車両を返却、舞耶さんに色々便宜を図ってもらった御礼を言い、お土産に富山のお菓子「月世界」を渡してから《ワイドビューひだ》で富山に戻った。
 

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