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■春社(22)
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青葉は、人の命に関わることなのでと言って、結局圭織さんと2人で筒石さんのアパートまで押しかけていった。ジャネさんの方は同じ4年女子の寛子さんがフォローしてくれるということだった。
「あ、これだ」
と言って筒石が取り出したのは、およそDMという雰囲気ではない。
「差出人が水渓十二六って書いてある」
と圭織さん。
「誰か知ってる人?」
と筒石。
「それマソさんの名前ですよ」
と青葉。
「嘘!? それでマソと読むの?」
と筒石さん。圭織も驚いている。
「筒石さんも知らなかったんですか?」
「でもこれ女の字じゃないよ」
と横から圭織が言う。
「たぶん、サトギさんがマソさんの名前を騙って直接郵便受けに投函したんですよ。だってこれ切手は貼ってあるけど、消印がないですよ」
「あ、ほんとだ」
手紙も入っている。宛名書きと同じ字で《私が作ったアプリですの。毎日お休み前に音楽が鳴りますから、スマホにコピーして使ってくださらないこと?》と書いてある。
「マソさんがこんな女言葉を使うとは思えません。あの人は良い意味で漢らしいさばさばした人ですよ」
「あ、だったらジャネさんに似てる?」
「ええ、凄く似てますよ」
「やはり男が女を装って書いたんだろうね。だいたい今の時代にこんな言葉を使うのって、あったとしてもお嬢様学校の中くらいだと思うよ。それか勘違いしたオカマさんか」
SDカードの中身をあらためて見てみると、20100601-121421 というファイルから最後の20100722-001342まで21個のmp3ファイルがあり、それとDSPlayのほか、JPEGファイルが20個ほどある。これは新しい日付なので、筒石さんが撮影したものだろう。
青葉はこれは木倒真良(マラ)が持っていたボイスレコーダーに入っていた21個の演奏データだと思った。カーナビのフォルダの中にコピーされたものでもある。
青葉は千里に電話した。
「忙しい所申し訳ないんだけど、分析して欲しいアプリがある」
といって事情を話した。
「了解〜。誰かに分析してもらうね。こちらにメールして」
というのでアプリと、ファイルのDirリストを送信した。
ふっと息をついた時、圭織さんが「きゃっ」と声をあげた。
「どうしました?」
「いや、何でもない。ゴキブリが足に乗ってきたから払っただけ」
「ああ、このアパート、ゴキブリ多いんだよね〜」
と筒石さんが言っている。
「台所のシンクに食器が積み上げられてるし、カップ麺のからが放置されてるし、ゴキブリを飼育しているようなものですよ」
と圭織さん。
「マソちゃんが何度か掃除してくれたんだけどね〜」
「あの騒動の後は放置ですか?」
「そうかも。そうそう。木倒さんが生きてた頃は、度々ゴキブリ・ネズミ退治してくれたんだけど。このアパート全体まとめて」
「バルサンか何かですか?」
「何か超音波使った退治だと言ってた。ただし人が居てはいけないからって、アパートの住人全員待避して。ほんの10分くらいで見事に完全退治。それをしてもらうと、しばらくはゴキブリ出なかったんだよね〜。料金5000円」
青葉は腕を組んだ。
木倒ワサオはしばしば「死の曲」の録音媒体を持ち出していたという。まさかそれでゴキブリ・ネズミ退治をしていたのか? それで小遣い稼ぎをしていた!?しかしあれって、人間だけじゃなくてゴキブリにも効くのか!!
そうこうしている内に千里から連絡があった。
「お友達に検査してもらった。Javaで書いてあったんで、比較的簡単に動作が分析できた。フォルダが作成された日を基準に毎日1回、そのフォルダにあるmp3ファイルを順番に鳴らす。21日目以降には問題の《死の曲》が演奏される」
「分かった。ありがとう」
「どういうこと?」
と圭織さんが訊く。
「つまりですね。この犯人は巧妙なんです。マソさんと会って21日目にはサトギ自身がマソと付き合っている男の子を殺そうとするけど、それで殺しきれなかった場合も、このアプリが本人を殺すんです」
「アプリで死ぬの?」
「聞くと死ぬ音楽が流れるんですよ」
「そんな曲があるのか!」
「ここに入ってるこの曲がそうです」
と言って青葉はSDカードの該当の曲を指さす」
「じゃ、筒石さんが助かったのは、機械音痴でそもそもスマホに放り込めなかったからかな」
と圭織さん。
「へー。機械音痴って役に立つんだな」
と言って、筒石さんは大笑いしていた。
彼はどうも事態の深刻さを認識していないようだ。
「でもそれなら、亡くなった多縞さんたち3人の家にもそのSDカードとか、アプリをインストールしたスマホが残っていたりしない?」
と圭織さんは心配した。
そこで、圭織さんは亡くなった多縞さんたち3人の遺族に連絡し、遺品の中にハートマークの印刷されたSDカードが無いか、あるいは故人が使っていたスマホが残っていないか調べてもらった。なおスマホは電源を入れると理科の実験で作った高周波の含まれるmp3ファイルが自動再生されるおそれがあり、耳を痛める危険があるので電源を入れないようにしてくれと伝えた。
その結果、3人ともスマホはまだ取ってあり、それらしきSDカードもあることが分かった。危険なので回収させて欲しいと言うと3家族とも同意してくれた。青葉と圭織はすぐに車で3軒をまわり、その日の内に回収を終えた。中に入っている写真などのデータはその場で青葉がコピーしてUSBメモリーで家族に渡した。クラウドにはコピーされていないことも確認する(正直クラウドにも問題の曲がコピーされていたらどうしようと思っていた。多分消去する方法が存在しないし、へたするとおびただしい数の犠牲者が出る)。また、青葉がスマホを回収させてもらう代償として1万円のQUOカードを渡したら、みんな喜んでいた。
「あのUSBメモリとQUOカードは自腹?」
と圭織に訊かれる。
「USBメモリはしばしば必要になるので大量に買っていつも用意しているんですよ。QUOカードも色々協力してもらった人に渡すためのストックがあります。でもジャネさんのお母さんから祈祷御礼で80万円もらったし」
と青葉。
「いや、あれは多分1000万くらい払ってもいいくらいの治療だと思う」
青葉は微笑んだ。
「でも私、またこれを処分しに高野山まで行って来なくちゃ」
「大変そうね」
「私はまあいいんですけどね〜。その間に死ぬ!死ぬ!と泣き叫ぶ子が若干1名いそうで」
「は?」
幡山ジャネはその後、入院中の身ではあっても、毎日のようにK大医学部構内にあるプールを借りて水泳の練習を重ね、6月頭に退院した後はスイミング・クラブに行って毎日4時間くらい泳ぐとともに、ジョギングもして体力を付けた。ジャネは「走れるっていいね!」と嬉しそうにしていた。
ホシとナミはその後、毎週一度自分たちで高岡まで出てきて、市内のホテルで青葉のセッションを受けた。ホシは急速に元気になっていった。例の事件の細かい展開については青葉と春吉社長の他は各々部分的にしか知らない。むろんホシたちには何も言っていない。
ホシは7月には生理が再開した。ホシはその出血を見て涙を流した。
「停まってたほうが楽だったんじゃない?」
とナミは言ったが、
「私、また女になれて良かったなあと、今日はつくづく思った」
などとホシは言った。
「女になれてって、今まで男だったの?」
「今日は性転換記念日かも」
「ほほお」
「私、スカート穿こうかなあ」
「それもいいんじゃない?結構気分が変わると思うよ」
7月頭のインカレ予選。見事に標準記録を突破して本戦出場を決めたジャネは1位で入ったH大学4年生の月見里公子と、ゴールした後、抱き合って喜んだ。
レース後、更衣室で着替えながら、公子はジャネの義足に興味を持ち、
「すごいね〜、これ」
などと言って触ったりしていた。
「でもジャネさん、うちの兄貴の件では本当にごめんね」
と公子はあらためて謝った。
「ううん。お兄さんはお兄さん。公子ちゃんは公子ちゃん。関係無いよ。もし良かったら、これからも仲良くしようよ」
「そうだね。ありがとう」
と言ってふたりはまた握手した。
「元々私公子ちゃんのことも、夢子ちゃんのことも好きだし」
「なんか熱い視線を感じることがあるんだけどぉ」
「うん。結婚してもいいくらい」
「ごめーん。私、レズじゃないから」
と公子は少し焦って答えた。
月見里公子はジャネを窓から突き落としたあと自分も死んだ木倒ワサオの実妹である。公子と妹の夢子は母親のクミコが、6月下旬、数虎のチーママをしていた玉梨乙子(たまなし・おとこ)こと、本名・月見里折江(やまなし・おりえ)と再婚したため、月見里の苗字になった。
玉梨乙子は、出生名は月見里折人(やまなし・おりと)だったのだが、数年前に法的に改名して折江(おりえ)になっていた。
しかし彼女は、おっぱいは大きくしているものの性転換手術は受けていないので、戸籍上は男性であり、名前も女性名にしているものの、クミコと法的に結婚することが可能であった。実は折江は前々から、数虎のママとして慣れない水商売で頑張っていたクミコのことが好きだったという。しかしプロポーズしようと思っていた時に息子のワサオ君が死んでしまったので、一周忌が過ぎて少し経つまで待っていたらしい。
「おっぱいのある男の人との結婚生活はもう私慣れてるし」
などとクミコは苦笑いしながら言っていた。
「私、ひょっとしたら元々バイなのかなあ」
とも彼女は言っていた。
娘2人もクミコの新しい夫が女装男と聞き、半ば呆れたものの、折江とは元々これまでも親しくしていて人柄もよく知っていたので、母親の再婚を祝福した。
「でも両親の名前がクミコとオリエだと、どちらが父でどちらが母かって、聞いた人が悩むよね」
と姉妹は言い合った。
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