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■春社(6)
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その日の夜、青葉が自分の部屋で勉強をしていたら朋子が
「青葉、来て来て」
と言う。
何事だろうと思って出て行くと『スター発掘し隊』というテレビ番組をやっている。
「波歌(しれん)ちゃんが出ているのよ」
「え!?」
先日の高知での葬儀の時に会った、北海道に住む従姪の波歌(しれん)が、テレビに出ている。どうもあの葬儀の直後の4月10日に札幌で行われたビデオオーディシヨンで地区優勝し、翌週4月17日に東京で行われたステージオーディシヨンで決勝進出12人の中のひとりに選ばれていたらしい。
「すごーい。決勝まで来たんだ」
「そうみたい。よく頑張ったね」
4月10日は青葉も美滝に付き添って金沢で行われたビデオオーディシヨンに行っている。美滝は落ちている。
「あ、あの子も出てる」
と青葉が言う。
「7番の番号をつけてる子」
「あ、なんか可愛い子だね」
「その子とこないだ金沢のオーディシヨン会場で会ったんだよ」
「へー!」
「金沢ではあの子が優勝したのか」
番号は地域順に付けられているようで、北海道で優勝した波歌が1番、東京の優勝者が4番を付けていて、金沢の優勝者・八島が7番、沖縄の優勝者が12番である。
ステージオーディションの時の各々の子の歌唱映像がプレイバックされていたが、波歌はその中でもひときわ上手いと青葉は思った。
まあ、そもそもの全体的レベルが低い気もするが!
しかしアイドルのオーディシヨンなんて、歌唱力はこんなものかもね〜と思って見ている。
青葉が見た感じ、波歌、八島のほか、松本の優勝者・広夢ちゃん、福岡の優勝者・春都ちゃんが上手いなと思った。
司会者のデンチュー昼村が歌い終わった春都と少し話しをした後
「ところでハルトちゃんって、音で聞いたら男の子みたいな名前だよね」
と言うと、彼女は
「すみませーん。私、戸籍上は男なんで」
と答えるので、会場から「え〜!?」という声が起こる。
「女の子になりたい男の子?」
「女の子になりたいですー」
「学校には男子制服で通ってるの?」
「そうなんですよー。女子制服で通いたいんだけど、世間体がとか父から言われて」
「あんた、全国放送でこういう格好さらしたら、もうそれ今更だよ」
「そうですね。再度お父ちゃんと話し合ってみます」
青葉は、テレビでこんな会話を流す以上、恐らく既にお父さんは折れているのではと想像した。
「青葉、男の子だって分かった?」
と朋子が訊く。
「いや、分からなかった。最近の男の娘は完璧すぎる子が多いよ」
「ほんとにねー」
「この子、こっそり女性ホルモン飲んでたんじゃないかなあ。男性的な発達が全然見られないもん」
「でもゴールデンウィーク中に合宿やってたんだ?」
「凄いね」
番組はその合宿の様子も映していた。早朝から集合して挨拶をして近くの公園や神社の清掃活動、午前中は音楽理論やダンスの技術解説などのお勉強、お昼前に1時間座禅をし、午後は歌唱レッスン、ダンスレッスンの実技。夕食は自分たちで手分けして調理し、夕食後は有名歌手のステージビデオの鑑賞と朝から晩まで鍛えられている。途中、中学生の八島がスマホを持ち込んでいるのが見つかり、取り上げられるシーンなども映されていた。
そして番組開始から20分ほど経ったところで
「合格者はありません。全員落選です」
と言われている。
「あらあら」
番組はこの女性歌手オーディションの方はこれでいったん打ち切って、もうひとつの企画である街角で女の子をスカウトするコーナーに行くのかと思ったら、CM明けにカメラが落選した子の中で最初に波歌を追った。
「なんだろう?」
と朋子。
「どうもさっき全員不合格と言ったのが演出だったみたいね」
と青葉。
番組にはテロップで「北海道代表・花山波歌(はなやま・しれん)」と表示されている。
「苗字の読みが間違っている」
と朋子。
彼女の苗字は「かやま」と読むのである。
「きっと、下の名前がふつうに読めないのに気を取られすぎて苗字の読み方の確認をし忘れたんだよ」
と青葉。
結局波歌はスタジオに戻ってくださいということになる。
番組はその後、青葉たちの知らない女の子・月嶋優羽(つきしま・ことり)を追いかけ、彼女もスタジオに戻される。青葉はこの子が声を掛けられたのを意外に思った。あまり目立った感じがなかったのである。
そして最後に雪丘八島(ゆきおか・やまと)を追いかけたが、ここでカメラマンが痴漢に間違われるハプニングが起きる。
「この子の名前も読めないね」
と朋子。
「ついでに苗字の読みが間違ってる。この子は『すすぎ・やまと』なんだよ」
と青葉。
「すずき?」
「すすぎ。すすいだら洗濯物は白くなるでしょ?雪も白いからだって」
「日本語って難しいね!」
結局この3人でユニットを組んでデビューを目指すということになり、仮のユニット名として『ドライ』という名前が与えられた。
「でも波歌ちゃんとそのヤマトちゃんの苗字の読みが間違ってたから、コトリちゃんの苗字も読み間違ってたりして」
と朋子が言うと青葉は少し考えて言った。
「あの子の苗字は『ツジマ』だと思う」
「へー!」
「でもまだ名前を出せない大先生がプロデュースするって言ってたけど、確かこの番組始まった時に、元ラララグーンのソウ∽(「そうじ」と読む)がプロデュースすると言ってなかったっけ?」
と朋子が言う。ミーハーな朋子はラララグーンのファンでもあったようで、ラララグーンのCDは全部持っているらしい。
「そういえばそんな話を聞いた気もする。何でだろう?」
などと言っていた時、千里から電話が入った。
「青葉、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん?」
「こんな夜分に申し訳無いんだけど、ジャネちゃんのお母さんに連絡してさ」
「うん」
「この週末、東京に出てきて欲しいんだよ」
「へ?何しに?」
「詳しいことは今言えない。でも必ずジャネさんの力になることだから。青葉も可能なら付き添いで付いてきて」
「分かった。私は動ける。じゃお母さんに連絡してみる」
それで青葉が電話を掛けてみると、青葉の「治療」でジャネが急速に回復してきつつあったこともあり、すぐに病院に外出許可を取ると言っていた。どうもまだ病院でジャネさんに付いていたようであった。
翌13日(金)の朝。この日は雨であった。まずはいつものように伏木駅で美由紀・明日香・世梨奈の3人を拾い、金沢方面に向かう。
伏木を出てすぐ美由紀が言った。
「明日うちの大学、東京芸大の教授を招いて特別講義があるのよ。もしよかったら、連れて行ってくれないかな」
と言う。
「あ、美由紀が移動するなら、私も朝だけ頼めない?」
と世梨奈が言う。
「世梨奈はローズ+リリーの伴奏だよね?」
「そうなんだよ。明日は神戸公演だから、金沢からサンダーバードに乗る。青葉に乗せてもらえたら乗り換えとかしなくて楽だし」
「あ、私も明日金沢でコンサートがあるのに行くつもりだった」
と明日香。
「何のコンサート?」
「金沢室内楽団の演奏会なんだよ。チケットは実はもらっちゃったんだけどね。昼の1時から3時まで。金沢森林ホール」
「私は明日は昼から金沢に出るつもりだったんだけど、3人ともついでがあるなら、朝から出てもいいよ」
と青葉。
「じゃ、よろしく」
「でも私、そのまま東京に出るから帰りは運転できないんだよね。帰りは明日香が運転する?」
「え〜〜〜〜!?」
と言ったのは美由紀である。
「私まだ死にたくないよ」
「こないだは死ななかったじゃん」
と世梨奈。
「いや明日こそは死ぬ」
「美由紀が死んだら、シャリアピンステーキでもお供えしてあげるから」
と青葉。
「うーん。。。鰤の活き作りの方がいいな」
「じゃそれで」
「私、一昨日も昨日もお父ちゃんの車を借りて運転練習してたんだよ。お母ちゃんに助手席に乗ってもらって。こないだよりは少しはうまくなってると思う。私頑張るね。今日も帰ったら練習するから」
と明日香は言っている。
「でも明日の帰りは私も世梨奈も居ないから明日香と美由紀だけか」
その組み合わせは微妙に不安がある。
この日は雨だったので、津幡でいったん8号線から降りて少し走り、星衣良の下宿先に行く。
「サンキュ、サンキュ」
と言って星衣良が乗ってくる。南中条ICに戻る。
「ねえ、星衣良は明日金沢に行く用事無いよね?」
「明日?土曜日?」
それで話を聞いた星衣良は
「じゃ金沢まて行って竪町界隈を散策するよ。帰りは私が助手席に乗ってあげる」
と言った。
「おお、星衣良が乗ってくれるだけで私の明日の生存確率が上がった気がする」
などと美由紀は言っていた。
その日、大学に着いてから教室に行こうとしていたら、バッタリと水泳部の圭織に会う。それで明日の夕方からジャネさんを連れて東京まで行くと言うと
「私も行きたい!」
と彼女は言った。
「車椅子押すのにも青葉ひとりでは大変だよ」
などと言うので千里に連絡した所、彼女の分までチケットを手配すると言っていた。
チケットはその日の夕方、高岡の旅行代理店の人が自宅まで届けてくれていた。
青葉が帰宅してから見ると金沢から東京までの新幹線切符でグリーン席であった。ジャネさんの体力にまだ不安があるので、少しでも楽な席をということで手配してくれたのだろう。
翌14日、朝は伏木駅で美由紀・世梨奈・明日香を拾い、津幡で星衣良を拾って、まず金沢駅に行き、神戸に向かう世梨奈を降ろした。
「演奏頑張ってね〜」
「お土産は神戸プリンでいいよ」
などと言って送り出した。このツアーには美津穂および合唱軽音部の後輩2名も参加しているが、美津穂は富山に下宿しているので富山から新幹線・サンダーバードの乗り継ぎで移動、後輩2名は新高岡から新幹線・サンダーバードの乗り継ぎにしたようである。
金沢駅の後は美由紀のG大学まで行き、彼女を降ろした。
「この後、どうする?」
今8時だが、明日香のコンサートは13時からだし、星衣良もお店が開く時間まではすることがない。
「明日香、運転席に乗って。合流の練習しようよ」
「おお」
「星衣良はどうする?どこかに置いて行ってもいいけど」
「いや、暇だし付き合うよ」
それで運転交代して、明日香が運転席、青葉が助手席に乗り、山環に戻ってこれをずっと白山方面に走っていく。するとこの道は四十万付近(正確にはもう少し先の国道157号との交点・安養寺北交差点)から先は加賀産業開発道路になる。この道をひたすら走り、八幡ICで小松バイパス(高架道路)に乗る。これを福井方面にひたすら走る。
「それでさ、ICがある度にいったん下に降りて、そのまままた上に乗って合流しよう。今日はたくさん合流の練習」
「なるほどー」
小松バイパスは短い間隔で多数のICがある。そこでそのひとつひとつでランプを降りてはまたランプを登って合流というのをやったのである。
最初の内はなかなかうまく合流できなかったものの、次第に要領を掴んでくる。
「ちゃんとキックダウンできてるじゃん」
と青葉。
「うん。途中で自動車学校で教えられたのを思い出した」
と飛鳥。
「今日は合流車線で1度しか停まらなかったね」
と星衣良が言う。
「うん。少し慣れてきた」
と明日香。
「大事なのは、もしかしたら無理かもと少しでも思ったらそこには入らないこと。強引に入ろうとして追突されたら、大怪我するから」
「分かった」
小松バイパスをいちばん西の箱宮ICまで走ると、地面の高さの道路になる。その少し先にあるコンビニで休憩した。
「ちょっと疲れた」
「休もう。30分くらい休んでから戻ろう」
「OKOK」
練習に付き合ってくれた御礼ということで明日香のおごりでスパゲティとか牛丼とかを買って食べ、車内でしばしおしゃべりする。ここで結局1時間ほど休んでいたので、再度コンビニに入り、トイレを借りた上でコーヒーとか肉マンとかを買って車に戻った。
帰りは産業道路・山環方面には行かず、小松バイパス・金沢西バイパスとひたすら走ったが、これもICがある度にいったん降りてはまた登って合流の練習を繰り返した。その後は明日香も少し疲れているようなので、朝日ICを過ぎて平面交差になったところで脇に寄せて停めて運転交代。青葉の運転で金沢まで戻る。車を市役所の南側にある民間駐車場に駐めた。
ここは星衣良が散策したい商店街のすぐ近くで、明日香が行きたいコンサートホールへは(明日香の足で)15分くらい、青葉が行くK大学病院へは(青葉の足で)やはり15分くらいである。帰りの待ち合わせも商店街の近くの方が便利なのでここに駐めた。
明日香に車のキーと駐車場代精算用の千円札を渡し「後はよろしく〜」とは言ったものの、星衣良は今日は特に目的も無いので、結局3人でコンサートホールの所まで一緒に歩いてから別れた。
青葉はそこから7分で病院到達したものの、別れた時、青葉の歩き方を見たふたりが「ジェット推進だ」などと言っていた。
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