広告:オトコの娘コミックアンソロジー- ~強制編~ (ミリオンコミックス75)
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■春社(17)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-08-06
 
青葉はスナックのオーナー、木倒マラのお父さん、木倒カタリに再度話を聞く必要を感じた。あの人の話は、他の人の話とあまりにも違いすぎるのである。それで青葉はカタリに電話を掛けて会見を申し込んだ。
 
「大変申し訳ないのですが、先日お聞きしたマソさんとサトギさんのことで再度お話を聞きたいのですが」
「どういうことでしょう?」
「あのサトギさんって、カタリさんの息子さんですよね?」
 
しばらく沈黙があった後でお父さんは
「申し訳ありませんでした」
と青葉に謝った。
 
「あまりに辛い事件だったので、自分なりに都合のいいように解釈してしまった部分があったかも知れません。でも冷静に考えると確かに事実と多少異なることを話してしまったかも知れません」
 
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確かに30年前にサトギが無理心中に近い形で死に、6年前にはマラが悪魔の歌で死亡。息子2人が異常な死に方をしたとあっては父親は辛かったであろう。
 
木倒カタリは、今夜なら詳しい話をしてもいいと言う。青葉が今富山県内に居て、金沢に出て行くと21時すぎになるのだがと言ったのだが、夜間の方が、マラの奥さんがお店に出ており、またワサオの2人の妹がうまい具合に今週末は水泳部の合宿に行っているらしい(妹さんたちはK大学ではなくH大学に通っているとのこと)。
 
青葉はジャネさんたちと一緒にいた千里を呼び寄せると簡単に事情を話し、
 
「ちー姉、ちょっと付き合ってもらえない?」
と頼んだ。
 
「いいよ。私は明日の朝までに合宿所に入ればいいから」
「入れる?」
「夜中この車を運転して岐阜に戻って、朝1番の新幹線に乗れば問題無い。東京で借りた車はだれか友達に言って返却に行ってもらうよ」
 
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「ごめんねー」
「こういう性質の訪問に青葉ひとりで行かせる訳にはいかないから」
「うん。ひとりではさすがに怖い」
 
万一向こうが開き直って青葉に危害を加えようとした場合、青葉ひとりでは男性の攻撃を食い止める自信が無い。《海坊主》を使う手はあるものの、あまり人間相手に眷属の力は使いたくないのである。
 

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ジャネたちを病院で、圭織を自宅近くで降ろした後、千里の提案で途中のコンビニで、お酒とお菓子を買ってから、木倒家を訪問した。千里が清酒『鬼ころし』を勧めるとお父さんはホッとしたような表情をして
 
「いただきます」
と言って、1杯飲んでから、話を始めた。お酒を飲んだことで、かなり落ち着くことができたように見えた。
 
「息子、木倒マラの元の名前はサトギです」
と最初にお父さんは言った。
 
これにはさすがの青葉もびっくりした。サトギとマラは兄弟かと思っていたのである。
 
「サトギさんってマソさんの事件のあと亡くなったのではなかったのですか?息をしていなかったとおっしゃいませんでした?」
 
「息も心臓も本当に止まっていたんです。でも車に乗せて、病院の救急に連れ込んだら蘇生したんですよ」
 
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「あぁ!!!」
 

「大量に薬を飲んでいたらしいですが、それでショックのような感じで心臓が停まってしまったため、薬は実際大半が胃の中にあったそうです。それで胃の中を洗浄した上で電気ショックを与えて心臓マッサージと人工呼吸をしたら心臓が動き出したんです」
 
「それは運が良い」
「ところが蘇生するにはしたのですが、サトギは全ての記憶を失っていたのです」
 
「記憶喪失ですか?」
「いや、それがもっと酷い状態で」
とお父さんは辛そうな顔をして言う。
 
「そもそも人間として基本的なこともできない状態で。咀嚼もできないし、排尿もできないし、日本語さえ話せなかったんですよ」
 
「そこまで・・・・」
 
「やはり脳に長時間血液が行ってなかった影響だろうとお医者さんはおっしゃいました」
「それ30分近く心臓が停まってません?」
 
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「そのくらいかも知れません。蘇生したこと自体が奇跡だと、お医者さんはおっしゃいました。それで病院でずっとリハビリして。咀嚼は数日で、排尿は1〜2ヶ月で、言葉についても1年ほどで話せるようになりました。つっかかり、つっかかりですが」
 
「それは良かったですね」
と青葉が言うとお父さんは少しだけ気持ちが楽になるような表情をした。
 
「恋人だったクミコさんが物凄く献身的なお世話をしてくれました。彼女は息子のことが好きだったものの、息子はマソさんに入れあげていて辛い思いをしていたようでしたが、『今は私だけのサトちゃんだから、これでもいい』と言ってました。それでお恥ずかしいことに、その内クミコさんが妊娠してしまいまして」
 
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「それは別にいいと思いますよ」
と青葉も千里も言う。
 
「それで、クミコさんは息子のことが好きだし、息子もまだきちんとした意志表示はできない状態ではあったのですが、クミコさんのことを気に入っていたようだったので、向こうのご両親とも話した上で、婚姻届けを出したんですよ。生まれてくる子供を非嫡出子にはしたくないというのが、双方の親にはありました」
 
「取り敢えず婚姻届け後に出産すればいいですよね」
 
「ですです。それで無事ワサオが生まれて。ところが結婚して1年くらい経った頃、ワサオが生まれてから半年した頃に、サトギが突然言い出したんです」
 
「はい」
 

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「自分はサトギではなくマソだと」
「え!?」
 
青葉は基本的に霊的な相談事で人と話をする時には何を聞いても驚かないように訓練している。しかしさすがの青葉もこの展開には驚いてしまった。チラッと千里姉に視線をやったが、千里姉はポーカーフェイスである。くっそー、負けたと青葉は思った。
 
「マソさんのご両親を呼んで話してみました。息子はマソさんしか知らないはずのことをたくさん知っていました」
 
サトギが自殺した。そして魂が肉体を離れてしまった後に、まだその付近で迷っていたマソの魂が入り込んでしまったのだろうか。あるいはふたりは現世への執着心に差があったのかも知れない。
 
「そしてマソを名乗るサトギは自分はサトギに突き落とされて窓から落ちたと言いました」
 
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やはり・・・・。
 
「私たちは1年くらい掛けて話し合いました。それで基本的にはサトギがマソを名乗るのは妄想とみなすことにしようと決めました」
 
「その方が平和だと思います」
 
「私は自宅を担保に銀行からお金を借りたり、会社から退職金の前借りをしたりして、マソさんの両親に慰謝料として3000万円払いました。銀行から借りた分は後日家を売却して返済しました」
「大変でしたね」
 
「クミコさんとの結婚については、息子はクミコさんの献身的なお世話に深く感謝しているし、クミコさんのことは好きだから、結婚していてもいいと言い、それで結婚は維持することになりました。実際ふたりは結構仲良くやっているようでした」
 
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「それも良かったです」
 
「そして・・・・」
とお父さんは少し言いにくそうにしてから
 
「息子は自分はマソで、女だから女の服を着たいと言って」
「ああ」
「クミコさんがそれに理解を示してくれて、それで息子はそれ以降、女の服を着て暮らしていたのですよ」
 
「そういう経緯があったんですか」
 
「ヒゲとか足の毛とかはきれいに脱毛したようです。なんか電気針で1本ずつ焼いていくとかで結構痛いらしいですね」
 
レーザー脱毛が普及する以前はそういう脱毛法が一般的であった。
 
「のど仏も削ったし、おっぱいも大きくしたのですが、チンポコはクミコさんが取らないでと懇願したので、そのままにしたようです。それでワサオを筆頭に子供も3人できたんですよ」
 
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「なるほど」
 
「名前もマソを名乗りたいと言ったものの、マソさんのご両親がそれはやめてくれと言いまして、それで元々マソというのがマラソンの略だったということで、代わりにあの子はマラを名乗ったんです」
 
「そういう経緯でマラになったんですか」
 
「でも当時は、マラに変な意味があることに、誰も気付かなかったんです」
 
「まあ元々は仏教用語ですしね」
 
青葉はそう言いながら、魔羅って、悪魔の別訳だよなと思っていた。元々はサンスクリットのMaraであるが、漢訳の時点で、意訳した悪魔と音訳した魔羅というふたつの訳語が並立してしまった。
 
しかし今回の事件はどうにも悪魔絡みだ。
 

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「しかし女装している男なんて、どこ行っても仕事が無いでしょう。それであの子はオカマバーに勤め始めたんですよ」
 
今でこそ社会的な理解が進み、ふつうの会社にふつうに勤めているMTF/FTMさんは増えた。しかし20-30年前は、そういう人の仕事先はほとんど無かったであろう。特に声が男性化してしまっているMTFは女の格好をしていても目立ってしまう。メラニー法(男性が女声を出す訓練法のひとつ)が日本で知られるようになったのも1996年頃からだ。
 
(逆にFTMは男性ホルモンの摂取で声を(不可逆的に)男性化できるので男社会に溶け込みやすい)
 
1990年代前半までのMTFで《心の性別》で会社などに勤めることができていたのは、物凄く完璧なごく一部の人のみで、それも運良く理解する会社に当たるか、あるいは身元をあまりきちんと確認しない会社に勤めた場合と思われる。今でも多いが昔は、男として会社に勤めつつ私生活は女という二重生活組が随分多かったであろう。"Sunday Night Remover"の世界だ(*1)。
 
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ただ30-40年前でも、会社勤めなどはできないものの主婦として女性の中に埋没していたMTFがわりと存在することを多くの関係者が語っている。
 

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(*1)Sunday Night Removerは前橋梨乃さんが1990年頃に女装雑誌「QUEEN」で発表した小説で、金曜日の晩に女装し、日曜日の晩に男に戻る二重生活者を描いたものです。日曜日の晩にリムーバーを使ってマニキュアを落とすことから、この名前があります。
 
小説の中で主人公の友人の女装者が、ビキニパンティを穿いた姿をさらした時、「この子は前のものをどうやって処理しているんだろう」と主人公が思うという場面があります。私はこの場面をリアルタイムにQUEEN誌で読んだのですが、それで私は恐らく、パンティの上から見ただけではまるで付いてないかのように見せるテクがあるのではと思いました。
 
タックが広く知られるようになるのはその10年後くらいではないかと思います。私が医療用ホチキスでタックしているアメリカの女装者の写真を見たのが1998年のことで、ニフティの某フォーラムのサーバーを使ってテープ・タックの方法が図解で公開されたのは2002年頃だと思います。
 
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「生き返った後のあの子はやはり性格的にマソさんだったと思います。サトギは、あまり人付き合いがうまく無かったのですが、マソさんは明るく社交的な性格でした。それであの子は人気ゲイボーイになったみたいで、やがて独立して自分のお店を持ったんですよ。当時は景気が良くて。この家も当時息子が新たに建てたものなんです」
 
「なるほどですね」
 
「それと元々のサトギは音痴だったんですが、マソさんは歌もうまかったんです。水泳選手で肺活量もあるから、物凄く長い音符をブレスもせずに歌うことができたんですよね。それとサトギは楽器なんてやったことなかったのにマソさんは小さい頃からエレクトーンを習っていたということで、マソさんのご両親から遺品のエレクトーンを譲り受けまして、それをよく弾くようになりました」
 
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「ほんとに中身はマソさんになっていたんですね」
 
「それでその内、お店にも楽器を置いて演奏するようになったんです。その演奏がプロ級だというので、それも評判になってお店は繁盛したようです。その頃になると息子もかなりしっかりと歌を歌えるようになって、女みたいな声も出せるようになって。会話は男声で結構つっかかるのに、歌は女声でスムーズに歌えるんです。それに刺激されて、歌や楽器の上手いオカマさんが随分お店に入ったみたいですよ。チーママの玉梨乙子(たまなし・おとこ)さんというのも、東京に歌手になるため出て行ったものの挫折して帰って来たという人で歌もギターも物凄く上手いです。ただあの人は女の声を出すのが苦手っぽいですが」
 
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「そういうお店はユニークだし、繁盛するでしょうね」
 
「その演奏が本格的なんで、スートラ・バンドと名前を付けて、お店を休んでライブハウスなどに出演することもあって、その内、チーママの乙子さんの東京時代のコネもあって、東京方面の歌手とかがツアーでやってきた時の伴奏を務めることもあったようです」
 
そういう経緯でステラジオの伴奏も務めたのだろう。
 

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「それでワサオのことなんですが」
と言って、お父さんは暗い顔をした。
 
「ワサオのほうがサトギだったと思います」
 
青葉は今度は驚きの声をあげるのをギリギリ抑えることができたものの、内心は驚愕していた。
 
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