広告:ここはグリーン・ウッド (第4巻) (白泉社文庫)
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■春変(24)

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神崎光恵は小学生の娘から言われた。
 
「お父ちゃん、最近いつもスカート穿いてるね」
「うん。実はお父ちゃん、女になったんだよ」
「ああ、それで。でもお父ちゃん、これまでも時々スカート穿いてたもんね」
 
父親がずっと男性の格好をしていたのが、突然女装を始めたら子供たちにも抵抗があるかも知れないが、光恵は子供たちが物心つくまえから普通に家庭内でスカートを穿いたりお化粧をしたりもしていた。それを見慣れているから、本当に女になってしまっても、きっと抵抗がないのだろうと光恵は思った。
 
「まあね。お父ちゃんは、スカート穿いてても男だったけど、女になっちゃったから、いつもスカート穿くことになったんだよ」
 
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「それでもいいかもね」
と言ってから娘は訊いた。
 
「女になったのなら、お父ちゃんじゃなくてお母ちゃんと呼ばないといけない?」
「お父ちゃんでいいよ。お母ちゃんはお母ちゃんがいるじゃん」
「そうだよね!ちょっと悩んじゃった」
などと言う娘が可愛い。
 
「でもどうやって女の人になったの?」
「なぜか分からないけど、突然女になっちゃったんだよ」
「そんなこともあるんだ!私、突然男になったりしないかな」
「涼美は男になりたい?」
「ちんちんあったら便利そうだけど、私は女でいいや。弓希は女の子になったりしないのかなあ。あの子、よく女の子と間違われているけど」
「本人が女の子になりたいと言ったら、なってもいいんじゃない?」
「私、妹が欲しいのよね〜」
 
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その日会社に出ていったら、社長から呼ばれた。
 
「君の新しい名刺ができたから」
と言われて名刺入れを渡される。
 
取り出してみると「○○観光・観光運転手・神崎光恵」という印刷内容はこれまでと同じなのだが、女性らしい、角がまるい紙を使用している。また文字が今まで使用していた名刺は明朝体だったが、新しい名刺は丸ゴシックだ。なんか可愛いじゃんと思った。
 
「それから、こちらは君の新しい健康保険証ね」
「はい?」
「性別を訂正しといたから」
「あ・・・」
 
渡された保険証には「神崎光恵・女」と記載されている。
 
「古い健康保険証は回収するから出して」
「はい」
 
それで神崎は運転免許証のケースに入れている保険証を出して社長に返却した。そうか、これで自分は完全に女になったんだなと思うと少し感慨深いものがあった。自分の机の引出しにあった元の名刺入れも社長に返却したが、社長はそれはポイとゴミ箱に放り込んでしまった。
 
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“男の自分”はもう無いんだ。だからゴミ箱に捨てられちゃうんだと神崎は思った。これからは女として生きていかなければならない。
 
「それから年金手帳も性別女に変更しておいたから」
「変更できるんですか?」
「男と記載していたのは間違いだと主張して訂正してもらった。事務局の人も名前が光恵で男はないですよね、とか言ってたよ」
「あはは」
 
年金受けとる時点でトラブル起きないよね?と神崎は一抹の不安を感じた。
 

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ローズクォーツのツアーに参加していたケイナとマリナは10月14日(体育の日)は大阪公演をしたのだが、公演会場のある公園ではこの日《ボーイズフェア大阪2019》というイベントが行われていて、公園に入る人は全員男装して下さいということで、この日のローズクォーツ公演の来場者も全員男装していた。
 
「君たち男装しても女の子にしか見えない」
とタカが女子大生の管楽器奏者3人に言っていたが、彼女たちからは
「タカさんも男装していても、充分女に見えますよ」
などと言われていた。
 
3人がタカにおやつをおごってやると言われて(開場前の)ロビーに行った後、サトがローザ+リリンの2人に言った。
 
「君たちもやはり男装しても女にしか見えないね」
 
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「私たちは2008年に契約した時、どんな時も女の服を着ていること、という契約をしたので、それ以来男物の服は着たことないから」
とマリナ。
 
「しかしとんでもない契約だな」
「本来は公序良俗違反で無効な契約という気もします」
「ああ、するする」
「でもそれでマリナちゃんは性転換手術も受けて完全な女の子になってケイナちゃんのお嫁さんになっちゃったし、結果的には良かったのでは」
 
うーん。。。まず何から訂正すればいいのやら。
 
「マリナちゃんは、早く本当の女の子になればいいのにと僕もずっと思ってたよ」
とヤスまで言っていた。
 
どうも業界内部では自分の性転換とケイナとの結婚は、既成事実と思われているようだぞとマリナは想った。
 
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大阪公演の後は次の公演地・徳島に移動した。実際には大阪公演の翌日、15日に徳島に移動しており、その日は徳島市内のホテルに泊まっている。そして16日の朝、ホテルを出てから会場入りする。午前中リハートルをしてから、お昼前に休憩する。このあと公演開始の2時間前・17:00までは自由時間だが、会場から1km以上は離れないことと言われている。マリナとケイナは、まだお客さんが集まってくる前に、公園を散歩しようと言って、甲斐窓香に声を掛けておらホールの外に出た。
 
「俺たちずっと女の身体のままなのかなあ」
とケイナが不安そうに言う。
 
「まあ万一の時は性転換手術を受けて男に戻る手もある」
「それって、完全に男に戻れるの?」
「形はほぼ完全に男だよ。さすがに生殖機能は戻せないし、チンコも
小便には使えても、立たないけどな」
「嫌だ。そんなの嫌だ。本物の男に戻りたいよぉ」
とケイナは涙まで浮かべている。
 
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ああ、この子はもう限界っぽい。今夜はまた“入れてやって”不安心のガス抜きをしてあげようかなとマリナは思った。彼にもこれ付けて自分に入れてもいいよと言ってみたのだが、そんなの付けても自分のチンコじゃなきゃ楽しくないと言ってケイナは1度も“男役”はしていない。
 

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それで歩いていた時、近くを大きな水槽を乗せた軽トラが通り掛かる。公園内を走っているということは許可を得た車だろう。マリナは、施設内の飲食店にでも持っていくのかなと思った。
 
ところがその軽トラがスリップしたのである。
 
「わっ」
 
マリナはとっさにケイナの手を握って一緒に飛び退いた。トラックは横転して、今マリナたちが居た付近に倒れた。自分がケイナの手を引いていなかったら、と思うとゾッとする。
 
マリナは運転席に駆け寄る。20歳前後の男性が運転席にいる。
 
「大丈夫ですか?」
「大丈夫・・・かな?」
と自分でも不確かなのか疑問文だ。マリナはケイナと2人で彼を運転席から引き出してあげた。
 
「あ、怪我してる。ケイナ、救急車」
「分かった。救急車って110番だったっけ?」
「119!」
 
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ケイナもかなり動転してるなとマリナは思った。だからこそ彼にやらせているのだが。
 

騒ぎになっていたので、様子を見ようとイベンターの人と甲斐窓香が出て来た。
 
「どうしたの?」
「軽トラが事故って」
とマリナは答える。
 
「今救急車を呼んだ所だけど、なかなか来ないな」
「あれって割と時間がかかるのよねぇ」
と窓香は言ってから
 
「でもあなたたちずぶ濡れ」
と言った。
 
「軽トラの積み荷の水槽が割れたからね」
とマリナ。
「まだ時間があるから、どこかでお風呂にでも入ってきなさいよ」
と窓香が言ったら、イベンターの人が
「だったら、この公園の裏手に天然温泉がありますよ。日帰り入浴できるから、そこに行ってくるといいです」
と言った。
 
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窓香が何かの時のために用意している替えの女物の下着と服を楽屋から取ってきてくれて、それを持って、マリナとケイナは天然温泉に行ったのである。
 
「お泊まりですか?」
「いえ。入浴だけです」
「あんたらずぶ濡れね」
「そこで水槽つんだ軽トラが横転して、その水をかぶっちゃったんですよ」
「ああ、救急車のサイレンが聞こえたと思ったらそれか」
 
それでマリナたちは料金を払って中に入った。
 
受付のおばちゃんに言われた通り、右手奥に廊下を歩いて行くと“湯”という暖簾がある。中で男女に分かれているのかな?と思ったのだが、暖簾をくぐった時は既に脱衣場で、多数の女性が服を脱いでいた。
 
女性の裸を見てもマリナは平気だが、ケイナはうつむいてしまった。
 
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「ここ、きっと男湯と女湯が離れた場所にあるんだろうね」
とマリナは言った、むろん現時点ではマリナもケイナも男湯には入れない身体である。
 

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それで服を脱ぐが、濡れた服は「これに入れなさい」と受付のおぱちゃんからもらったビニール袋に入れた。そして裸になって浴室に移動する。中は裸の女性ばかりである(女湯だから当然である)。
 
「取り敢えず身体を洗って、湯船で温まろうよ」
「そうだな」
 
ケイナも少しは落ち着いてきたようである。マリナは普通に頭を洗い、顔を洗い、10日前に唐突にできたバストを洗い、更にその時から女の形になってしまったお股を洗い、足を洗ってから、身体全体に掛け湯をする。そして浴槽に入った。ケイナも少し遅れて入って来た。
 
「お前、女の裸見ても平気なの?」
「だって、私たちも女だし」
「それはそうなんだけど」
 

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それで10分くらい湯船に浸かっていて、結構身体が温まったのでそろそろあがってホールに戻ろうかと言っていた時、浴室内の一角で何か声があがる。どうもひとりの女性と多数の入浴客が握手しているのである。
 
「あれ、醍醐春海じゃん」
「どうしたんだろう?」
と言っていたら、近くにいたお婆ちゃんが言った。
 
「あの人、霊山寺から大窪寺、そしてまた霊山寺まで歩いて四国一周お遍路してきたばかりなんだって。そんなの生き神様みたいなものだから、みんな握手したら、きっと御利益(ごりやく)があると言って、握手してもらっているんですよ」
 
「へー!歩いて四国一周って凄いですね」
それでマリナたちは醍醐春海がたくさんの女性と握手しているのを見ていたのだが、やがて落ち着くと、醍醐は湯船に入ってきた。
 
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「醍醐先生、おはようございます」
とマリナとケイナは挨拶した。
 
「マリとケイがなぜここにいる?と思ったら、君たちはマリナとケイナか」
「どうもお世話になっておりまして」
「でも君たちほんとによく似てるね。だけど女湯に入っているということは、実は君たち、性転換してたんだ?」
「すみません。あまり広めないでもらえませんか?」
「いいよ、いいよ。内緒にしておいてあげる。君たちは営業?」
「ローズクォーツの公演なんですよ」
「そうか。代理ボーカルってやつだ」
「そーなんですよ」
「そこは『そぅぉなんですよ』と発音しなきゃ」
「先生、さすがにネタが古いです」
「でも君たちの通常営業では、こういうネタを喜ぶ年齢層が多いでしょ?」
「“な↓んでそうな↑るの?”とか“あんたあの娘の何なのさ?”とかも頻発してます」
「ああ、やはり」
 
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それで醍醐先生と10分くらい話したものの、そろそろ公演の集合時間なのでと言い、先にあがらせてもらうことにした。
 
「じゃ頑張ってね。ローズクォーツの代理ボーカルした女性デュオは、みんなその後売れてるし」
「そうそう。女性デュオは売れているんですよね」
 
実はこれまで代理ボーカルをした中で、男性デュオのアンミルだけが、あまり売れてないのである。
 
「君たちも折角性転換手術までして女性になったんだから、きっと売れるよ」
「あはは」
 
それでふたりは醍醐春海と“握手して”湯船からあがった。
 

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その後、ふたりは無難にローズクォーツの公演で代理ボーカルをこなした。ライブは21:20頃終わり、2人はホテルに戻って、打ち上げに参加。30分ほどで女子大生たちと一緒に引き上げて部屋に戻った。ここはホテルなので女子大生たちは各々シングルに泊まっているが、ケイナとマリナはツインの部屋に同室である。
 
「さて、寝る前に再度シャワー浴びようか」
「うん。ライブで汗掻いたし」
「慶太、先にシャワー浴びる?」
「俺、後からにする。学、先にシャワーしろよ」
「じゃ先にもらうね」
 
それでマリナは15分ほどでシャワーを浴びて汗を流した後、ホテルの浴衣を着て出てきた。
 
「じゃもう先に寝てるからゆっくりシャワーしておいでよ」
「そうする」
と言って、ケイナはシャワールームに入った。その5分後、シャワールームから
 
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「嘘ぉ!?嬉しい!!!」
 
という大きな慶太の声が聞こえた。マリナは微笑みながら、眠りに落ちていった。
 

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武石満彦は最近ずっと体調が良くないなと思ったので、岡山市内の内科医院に行ってみた。尿と血を取られて、X線検査をしますと言われてレントゲン室の前で待っていたのだが、そこに看護婦さんが血相を変えて飛んできた。
 
「患者さん、もうレントゲンした?」
と訊く。
「いえまだですけど」
「良かった。こちらに来て」
と言われて、結局診察室に入る。老齢の医師が
「取り敢えず座って」
と言うので、患者用の椅子に座る。
 
「あなたはうちの病院の患者ではないね」
と医師は言った。満彦は何か大きな病気なのだろうかと青くなった。紗希もいるのにまだ死ねないと思う。
 
「先生、私は何の病気なのでしょうか?」
と覚悟を決めて訊く。
「病気ではないよ」
「え?だったらなぜ」
「そっち方面の病院に行かなきゃ」
「そっちというと・・・」
 
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「病院の心当たりが無いなら、うちの娘がやってる病院を紹介しようか?」
「はい、お願いします」
 
それで医師から紹介状代わりの名刺と一緒に渡された病院のパンフレットを見て、満彦はクラクラっと来た。
 
 
 
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春変(24)

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