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■春変(3)

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バイク好きということで話がはずんでしまった。渚さんはアップダウンの激しい英彦山とか、カーブが連続している宮崎の日南海岸とか、九十九折りで有名な福岡の八木山峠とかも走ったことあるよと言っていた。良も八木山峠は彼のバイクに同乗してだが通ったことがあるので、懐かしい気分だった。
 
もっとも良は女ではないとバレないか、かなりヒヤヒヤだったのだが、そのようなこともないまま、渚と結局20分くらいおしゃべりしてしまった。この人と私、何か似ている気がするなあなどと思った。
 
しかし話している内にあくびが出る。
 
「あ、ごめんごめん。引き留めちゃって。もう寝たほうがいいよ」
「はい、そうします」
と答えたものの、あがる時に見られちゃったりしないかな?と不安になる。
 
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その時、渚が振り返るようにして、
「今どき温泉の注ぎ口に像が立ってるって珍しいね」
などと言っている。
 
今だ!と思って、良は浴槽からあがった。あがったら股間の余計なものは前に持って行き、後ろ姿を見られても大丈夫なようにする。
 
「あがりますね」
「うん」
「でもそれ弁天様の像ですか?」
「そうそう。ここは弁天の湯だから。旦那によると、川向こうの大黒の湯には大国様(だいこくさま)の像が立っとるらしい」
 
「へー。大黒様って、因幡の白兎のですか?」
「それな。でも道後温泉には、女湯にえびす・だいこくの像が立っとるよ」
「へー!どうご温泉って、松山の?」
「そうそう。行ったことある?」
「いえ。でも高校時代の英語劇で『ぼっちゃん』をしたんです」
 
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良は後ろを向いたまま話している。
 
「マドンナ役?」
「いえ。下宿のおばあちゃんの役で」
「マドンナすれは良かったのに!君可愛いのに」
「希望者が多かったので」
「なるほどねー。機会があったら一度行ってみるといいよ」
「そうですね。またバイト代貯めてから」
「うんうん。頑張ってね」
「はい。では失礼します」
 
それで良は脱衣室に移動したが、ドッと疲れが出た。
 
よく女ではないとバレなかったなあと思って身体を拭き、新しい下着をつけ、浴衣を着て部屋に戻った。そして朝までぐっすりと眠った。
 

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一方、星良が出ていった跡、浴槽に浸かったままの渚はつぶやいた。
 
「可愛い男の娘だったなあ。あの雰囲気は女湯は初めてと見た。自分が初めて女湯に入った時のこと思い出しちゃったよ。でも次までに最低タックは覚えたほうがいいね。ちんちん付いてることバレバレだったぞ。最後の方は何も無い胸を隠すのも忘れてたし」
 

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坂口理都は(2019年)8月19日(月)、着替えなどを入れたスポーツバッグを持ち、朝7時八王子駅前に集合した。この時刻に来るのに、出勤する父の車に同乗して最寄り駅まで送ってもらい5:40の電車に乗っている。乗換駅までの電車本数が少ないので、到着したのが6:30であった。まだ誰も来ていなかったが、結果的に次々と到着した、“強そうな女子たち”みんなと挨拶を交わすことになる。
 
Z中の米崎ソラは7:00ギリギリに到着して「すみませーん」と謝っていた。彼女の所から始発で出て来たらしいが、電車が遅れたということだった。
 
参加者は30人ということだった。米崎さんを始めとして大半が2年生で、1年生は5人ということで、身が引き締まる思いだ。
 
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駅前から貸し切りのバスに乗って30分くらい走り、かなり山奥っぽい感じの所まできた。陸上競技場。テニスコート、体育館、屋内プールなどが建っている。理都たちは陸上競技場の内部に設けられたサッカーフィールドで練習することになる。
 
と思ったら、到着するなり、その外側の陸上競技のトラックを20週!走らされる。これだけで8kmである。理都は毎日ジョギングしていたから、ちゃんと走れたが、息があがってかなり遅れてしまった子たちもいた。
 
「リトちゃん、さすが体力あるね」
とソラさんは言うが
「いえ、これ結構きついです」
と答える。
 
実際8月8日にトレーニングを開始した時の体力なら、自分も周回遅れ組だったろうなと理都は思った。この11日間で、けっこう変わった気がする。
 
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20週走った後は、準備運動の後、2人ずつ組んで柔軟体操をする。理都はソラと組んだ。
 
「理都ちゃん、けっこう身体柔らかい。わりと筋肉質かなと思ったのに」
「夏休みの間に脂肪がついちゃったかも」
「ああ、長い休みって危険だよね」
 
男の子だった頃は今よりかなり筋肉質だったからなあと思う。理都は性転換前は男の子にしては筋肉が少なく脂肪が多い身体だったが、やはり一般的な女子と比べると脂肪が少なかった。、
 

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その日は紅白戦をした後、お昼を食べてから午後はシュート練習、パス練習、ドリブル練習などの基礎的な練習をした。夕方4時頃練習を終えて宿舎に引き上げる。「疲れたねぇ」などと言葉を交わしながら夕食のカレーを食べる。みんなたくさんお代わりしている。理都も5皿食べた!
 
「リトちゃん、シュートの精度がいいね。みんなちゃんと枠に飛ぶんだもん」
と今日1日で仲良くなった、G中学の森あゆみが言う。
 
「え〜だってキーパーに止められるのはしかたないけど、そもそも枠内に蹴らないと話にならないじゃん」
 
「いや、それが日本代表レベルでもちゃんと枠に飛ばない人が多い」
「枠内に飛ばないって問題外だと思うなあ」
「ごめん、私問題外」
とK中の山下ミホ。
 
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「でも私、ドリブルしててじゃんじゃんボールを奪われた」
と理都が言うと
 
「ああ。今日は少し調子悪いみたいだなと思った」
とソラ。
 
実は性転換前に比べて反射神経がかなり落ちているようでボールを奪いに来た相手からうまく逃げ切れなかったのである。やはりこういう筋力は、男の子時代より落ちてるなと理都は思っていた。
 
全体的には“男の子時代の身体的記憶”で動けるのだが、やはりどうしても全体的なパワーは落ちている感じだ。
 

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食事の後はお風呂だが、人数が多いので、2組に分けられていた。ソラなどは17時からの組で、理都やミホなどが18時からの組である。
 
お風呂は・・・・私、女の子になってよかったなあと思った。男の子の身体ではここで問題が生じる所だった。ミホたちと食堂でそのままおしゃべりしていたが、時間になったので着替えを持ってお風呂に行く。みんなパッパと服を脱いで裸になり浴室に入る。洗い場が16個しかない。それで2組に分けたようである。
 
髪を洗い、顔を洗い、胸を洗う。この大きくなった胸を洗うのもだいぶ慣れたが女の子になりたての頃はこれもかなりドキドキしたものだ。お腹を洗い、お股を洗う。突起物が無くなり、逆に凹みができているお股を洗うと、女になった喜びがこみあげてきた。
 
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お股を特に隠したりもせずに浴槽に行きお湯に浸かる。
 
「あんたちんちん付いてないのね。男かと思ったのに」
「あんたこそ、ちんちんはロッカーに預けてきたの?」
などと言い合っている子がいるが、理都は冷や汗である。ちんちん付いてたら大変だった!
 
理都は浴槽の中でミホやレイカたちに、おっぱいを触られたが、これも性転換前なら胸なんて無かったし、やばかったなと思った。
 
お風呂からあがった後は、割り当てられた部屋に行き、ルームメイトに「お休みなさい」と言って、そのままベッドに潜り込んで熟睡した。
 

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翌日(20日)も朝からやはり400mトラックの20周をしてから、準備運動・柔軟体操の後、午前中は紅白戦をしたのだが、お昼はお弁当だった。
 
「あれ?食堂に行かないんだ?」
 
昨日のお昼は食堂で唐揚げ(お代わり自由)と御飯・味噌汁(これも当然お代わり自由)を食べたのだが、今日はロビーでお弁当が配られたのである。お弁当は何個でもいいということだったので、みんな最低2個は食べる。理都も3個食べたが、ミホは4個食べていた。
 
午後は今日はシュート練習の後、1on1をかなりやった。今日の理都はこれにほぼ全敗で「ほんとに調子悪いみたい。生理中か何か?」とソラから言われた。昨日のドリブル練習でもそうだったが、やはり瞬発力がものすごく落ちているので相手がどちらから来ると判断できても、身体が思ったように反応してくれないのである。
 
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「生理はこないと思うけどなあ。頑張る」
などと言いながら、理都は頑張ったものの、この日は全くダメだった。
 
夕方4時で練習を終えるが、ここで衝撃の事実が発表される。
 
「実は宿泊施設の電源系統が故障してしまって、宿泊も食事もお風呂もできない。修理をお願いしていたのだけど、すぐには直せないというので、今回の合宿はこれで打ち切ることにする」
という、理事さんの発表であった。
 
「え〜〜!?」
という声があがるが、施設が使えないのでは仕方無い。でも理都はこのまま合宿を続けると、力が落ちていることが知れてしまうので、まずいかもと思っていたので、これで良かったかもという気がした。
 

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合宿は11月上旬の連休(11/2-4)に続きをするという話だった。今回のメンバーはそのまま招集され、他に秋の新人戦で目立つ選手がいたら追加されるかもという話だあった。理都はそれまでにまだまだ身体を鍛えなきゃと思った。
 
お弁当が配られてそれで夕食となる。理都はそれでお弁当を食べていたが、急にお腹の調子が悪くなった。
 
「どうしたの?」
とソラが心配そうに訊く。
 
「お腹が。トイレ行ってくる」
「お大事に」
 
それでお弁当はまだ食べかけだったのだが、理都はトイレに行った。むろん女子トイレに入る。個室に入ってジャージのパンツを下げ、パンティを下げようとした時、それに気づいてギョッとする。
 
パンティが血だらけなのである。
 
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何?何?これどうしたの?
 
取り敢えずパンティを下げて便器に座り、血がたくさん出ているのをトイレットペーバーで拭いた。パンティについている血もできるだけペーパーに吸わせる。
 
私、どこか怪我した?それとも“できたて”の女性器のどこかにトラブルが生じた?などと焦って考えながらしばらくじっとしていた。
 
お腹の調子がおかしいのは、しばらく座っている内に少し落ち着いてきた気がする。しかしどこから出血しているのだろう・・・・と考えている内に唐突にひらめいた。
 
これって、噂に聞く生理なのでは?
 
そうか。私、女の子になったから生理が来たんだ!
 

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そんなことを考えていたら、トイレに入ってくる足音がある。トントンとドアをノックされるので「入ってます」と言う。
 
「私」
とソラの声である。
 
「おなか大丈夫?」
「私、生理になったみたい」
「ああ。だから調子悪かったのね。私も生理前の数日ってなんか調子悪いもん。ナプキン持ってる?」
「スポーツバッグの中に」
「ヨネックスの青いのだっけ?」
「そうそう」
「じゃ持って来てあげるよ。パンティの替えとかは大丈夫?」
「あると助かる」
「じゃそれも持って来てあげるね」
「ありがとう!」
 
そういう訳で、ソラは理都のバッグからナプキン1個と替えのパンティを持ってきて個室の中に投げ入れてくれた。先日月季たちと一緒にドラッグストアに行った時に買ってしまった“しあわせ素肌”である。しかしおかげで、理都はこの日の窮地を脱することができたし、力が落ちているのも生理のせいにすることができ、また“女の証明”をすることにもなった。
 
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