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■春変(14)
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お風呂の中では、あらためてお互いの旅のことなどを話したが、千里さんは歩いて四国88ヶ所を回っているというので驚く。
「何kmあるんですか?」
「約1200kmだね」
「ひぇー」
「普通の人は50-60日かかるみたい」
「千里さんは普通じゃないんですか?」
「まあ私は元日本代表のバスケット選手だし。だから30日くらいで歩くつもり」
「元日本代表ですか!凄い」
そういえば、千里さんの腕とか足とか凄く太いと思った。男性でもこんなに太い人は、そうそう居ない。
「どうした?」
「いえ、千里さん凄い筋肉だよなと思って。あ、ごめんなさい」
「日本は天照大神(あまてらすおおみかみ)が主宰する女神の国だよ。日本の男ってだいたい優しすぎるから、女が強くならないとね」
「あ、それは思ったことあります」
「セーラちゃん、筋肉付かないようにって、あまり運動してないでしょ?」
「室はそうです」
「でも男と女は身体を鍛えても筋肉の付き方は違うんだよ。私の身体を見て男にみえる?」
「いえ、凄い女らしいです」
おっぱいも大きいし、などと思う。渚さんと、どちらが大きいだろう?
「だから、セーラちゃんも安心して運動するといいよ。別に男っぽくはならないから」
「考えてみます」
それはやはり女性ホルモンを摂っている前提での話だろうな、と良は思った。
40分ほどであがる。浴室を出る時、ふと振り返ったら、湯釜に2つの神像が立っているのに気づく。あれ?もしかして、あれが、恵比寿・大黒?とも思ったが、「どうしたの?」と言われて、千里さんの方を向き
「いえ」と言って再度浴室を見ると、湯釜に像は見当たらなかった。
見間違いかな?と思った。
受付の人に会釈して外に出た。
「タックは、すごくきれいにできてるから、しばらくこのままにしておこうかな」
と良は言う。
「まあ1週間くらいはもつと思う。剥がす時は、接着剤の剥がし液より、ほぼ同じ成分のエナメルリムーバーのほうが肌に優しいよ」
と千里さん。
「ああ、同じ成分なんですか」
「剥がし液を使うと、皮膚が熱くなる場合もある」
「それちょっと恐いですね」
「あと長時間タックしていると、睾丸の機能が失われることあるけど」
「失いたいです」
「じゃまあいいか。でもそれ以外にも血行障害とかが起きる可能性あるから異常を感じたら、すぐ外してね」
「分かりました」
それで千里さんとは握手して別れた。力強い腕だった。
別れ際にお遍路の納め札を頂いたが、三つ巴のような紋の“透かし”が入った和紙に、自分で押したっぽい三色のカラーバスケットボールのスタンプが押してあり(三色インクを付けるのは大変な気がした)“千葉県・川島千里”と署名されていた。
「かっこいいですね」
「私はバスケット命だからね」
「そういう打ち込めるものがあるのはいいですね」
長野龍虎(アクア)は、(2019年)11月にロマンティック街道で写真集の撮影をするから、その前にパスポートを更新しておいてと言われていたのだが、その日たまたま時間が取れた龍虎Fが更新手続きに行くことにした。
自粛して男子制服を着て、写真屋さんに行き、パスポート用の写真を撮ってもらう。例によって
「最近は、男の子になりたい女の子は堂々と男装して写真撮るようになったよね」
などと言われて、Fは悩んだ。
その写真と申請書に現在のパスポートを添えて、新宿のパスポートセンター窓口に提出した。
「代理の方が申請なさる場合は申請書のここ、委任申出書の欄に御本人の署名が必要なのですが」
「私、本人です」
「え?でもこの申請書は男性のものですよ」
「私、男です」
窓口の人はしばらく考えていたものの
「分かりました」
と言って受けとってくれた。
まあ最近は性別が微妙な人多いし、係の人も慣れてきているかもね、とFは思った。
Fは《こうちゃんさん》に言った。
「ボクのパスポートさ、性別が男になってるから、毎回何かとトラブるじゃん。いっそパスポートの性別は女にしておけない?」
「まあそれは本人が女に性転換すればパスポートも女にできるな。今から手術してやろうか?3〜4時間もあれば、可愛い女の子に生まれ変われるぞ。お前自身のIPS細胞から育てた、女の生殖器セットもあるから、ちゃんと子供も産めるようになるぞ」
と言って、Mを見る。
「嫌だ。女にはなりたくない。性転換反対!」
とMは強く抗議した。
Fはその女性生殖器セットって、以前まだ3分裂する前に、ボクの身体に埋め込んだのと同様にして作ったものだよね?と考えていた。きっと、また同様の方法で“2セット”作ったのだろう。
しかしNはドキドキしたような顔をしていた。
Fは、ボクたち今は男2人と女1人だけど、男1人と女2人になるのは時間の問題かな、と思っていた。Nが女の子になりたいと言えば、こうちゃんさんは速攻で手術してあげるだろう。
古庄夏樹は、突然性転換してしまった後、翌日を無事女の身体のまま過ごしてから、その更に翌日(9月26日)、早朝に足摺岬近くの旅館を出て愛車 YZF-R3 に乗って道を進んだ。
まずは月山神社に向かう。一応スマホの地図で場所は確認しているのだが、地図を見た夏樹は
「この近くだなんて嘘だ!40kmもあるじゃん」
と思った。
これだから田舎の人の「近く」は当てにならない、などと文句を言いながら、R321を走ったが、山中を突っ切る県道21号(県道土佐清水宿毛線)よりも良かったかもと思った。何と言っても景色が素晴らしい。
月山神社の場所は、あらかじめ確認しておかなかったらいくらナビがあるとはいえ、不安になったかもと思った。小さな神社だが、趣きのある所だった。三日月型の石があり、これがここのご神体にもなっているようである。これにお参りしたら“月からの使者”が来たりして、などと不純なことを考えた。
月山の後は、海岸沿いに進むことも考えたが、かなり道が細そうなので、無理せず素直に国道との分岐点まで戻ってから、R321を延光寺方面へ走った。この日は39.延光寺(土佐路最後の札所)から44.大寶寺までを打ったが、41.龍光寺から43.明石寺に至る道(県道31号・歯長峠越え)もとっても“素敵”だった。正直300ccでは、やや辛く感じるほどだった。
この日最後に打った大寶寺には宿坊があるので、訊いてみたら本当は予約が必要なのだが、空きがあるので泊まれるということだった。それで夏樹は宿坊初体験をすることになる。
部屋に案内してもらうが、女性のみ(男女混じってたら大変だ!)7人が中におり、夏樹が8人目だったようである。夏樹は
「よろしくお願いします」
と挨拶をして中に入る。
「貴重品はこちらの金庫に入れておいてね」
と金庫を示される。ここはお勤めなどで無人になる時だけ施錠するということらしい。夏樹は財布などはずっと身につけておくつもりなので特に中にはいれない。
「どちらの方ですか?」
と50歳くらいの女性から尋ねられる。
「千葉県から来ました」
「ライダースーツが格好いい!バイクでお遍路ですか?」
と27-28歳くらいの女性。
「ええ。300ccなんですけどね」
「いいなあ。私はスクーターにしか乗ったこと無い」
「二輪免許取ればいいですよ。若い内に取っておいた方がいいですよ」
「再婚するあてもないし、取っちゃおうかなあ」
「もしかして、旦那さん、亡くなられたとか?」
「どうして分かるの!?」
「大変でしたね。でも悲しみをお遍路道に捨てて、再出発しましょうよ」
「ありがとうございます。何人かの方から、そう言われました」
「まあ、ここは死と再生の道だよね」
と60歳くらいの女性が言う。彼女は夫と2人で自動車で回っているらしいが、宿坊なので、夫とは別々の部屋である。
しかしあれこれ声を交わす間に夏樹はすっかり女部屋に馴染んでしまった。
(元々夏樹は男性たちと話すより女性たちと話す方が好きで、会社でもしばしば女性の同僚と一緒に食事をしたりスイーツを食べに行ったりしている)
18時頃、宿坊宿泊者全員で本堂に行き、お坊さんたちのお経?を唱えるのを合掌して聞いていた。しかし大勢だ。後から聞いたのでは、この日は男部屋は満員で、女部屋は残り5人だったらしい。夏樹が男だったら断られていた所だ。
その後、部屋に戻って夕食となる。夕方のお勤めをしている間に、職員の手で各部屋に食事が運び込まれていたようである。合掌して頂く。精進料理ではあるが、味付けが良いので、物足りないような感じもなく、美味しく頂いた。
食べ終わった食器は廊下に出し、写経をする。お手本が配られ、墨汁と筆が用意されていて、それで書く。筆で書けるかなと不安だったが、筆も紙も良いもののようで、にじまないし筆の腰もしっかりしていて書きやすかった。いい筆なんだろうなと思う。しかし、ここに泊まっている人たちは少なくとも夏樹の部屋は全員お遍路なので、般若心経はもう何十枚と書いている人ばかりである。静かに写経の時間は過ぎていく。
そしてこの時間に、順番にお風呂に案内されているようだった。女部屋は3つしかないので、夏樹たちは20時頃にはお風呂に案内された。
洗い場が12個しかない。狭い浴室だが、特に問題はない。男性は30分サイクルで入るように言われたらしいが、女性たちは余裕があるので、だいたい40-50分以内にあがればよいようで、のんびりと入浴できた。しかしこれで女湯体験は2度目である!
お風呂の後は部屋に戻り、22時消灯ということだったが、疲れているので、夏樹は「お先に失礼します」と言って寝ることにする。
「あんたはここに寝なさい」
と、どうもこの日の仕切り役になったっぽい40代の女性に言われて、夏樹は窓際の端の布団に寝た。どうも若い女性を窓側にしてくれた感じもある。夏樹は37歳なのだが、まだ30前後に見られることが多いようである。
9月27日は朝6時起床である。そして6時半からまた本堂でお勤めがあった。その後、各自の部屋で朝御飯を頂く。その後は希望者はお寺の中を案内してもらえるということだったが、夏樹は次の岩屋寺がわりと大変そうだったので早めに出させてもらうことにして、7時半には同室の人たちに挨拶して出発させてもらった。
20分ほどでその岩屋寺の駐車場に着くが、ここは駐車場からお寺まで30分かかった!朝からなかなかハードだと思ったが、昨夜ぐっくり寝ているので元気に歩くことができた。結局ここは往復の時間がかかり、出発するのが10時頃になってしまう。しかしその後は、順調に打って行き、15時頃、今日最後の予定であった51番・石手寺を打ち終える。
道後温泉に行く。
道後温泉本館は現在工事中でもあり、休憩室も閉鎖されているので、純粋に入浴だけしかできない。それは下調べで分かっていたので、近くの他の旅館に泊まって、温泉だけ入りに行くのである。
昨夜も一昨夜も女湯に入っているので、この日夏樹はもう余裕だった。お風呂セットを持ち、本館に行く。北側の入口から入ると、右側の女湯への入口を入る。中は女性客ばかりである!(当然)
それで服を脱いで裸になり、浴室に移動する。身体をよく洗って入浴した。1時間以内に出ればいいということなので、夏樹は1度入って、いったんあがって休憩し、再度浴槽に入ってから出ようと思った。
この日は年齢の高い客が多く、夏樹はあまり他の客とは言葉を交わさないまま一度あがって脱衣場で休憩する。それで少し休んで飲み物なども飲んだので、また浴槽に浸かってこようかなと思った時だった。
急にお腹が痛くなった。胃腸系の痛みではなく、いわゆる生理系の痛みなのである。夏樹は青くなった。つまり3日前に5度も体験した、あの痛みに似ている。
昨日も一昨日も、そして今日もこれまで安定して女の身体のままだったので安心していた。しかしまさか、また性転換しちゃう?
女湯の中で男の身体になったら、警察に捕まるぞ。
夏樹がお腹を押さえて苦しそうにしていたら、30代の女性客が寄ってきた。
「あなたどうしたの?」
「いえ、よく分からないけど、急にお腹の痛みが」
「見せて。私は看護師です」
看護師さん!?物凄くやばい気がする。
しかし断る理由もない。それで夏樹はその看護師さんに身体を向けた。
彼女は夏樹の身体、特に下腹部をあれこれ触っていたが、やがて
「あら」
と言った。
「あなた、これ生理が来ただけじゃん」
「生理??」
「来る予定無かった?」
夏樹は首を振る。生理が来る?なんで私に生理とか来る訳??卵巣も子宮も無いはずなのに(無いと思うのに)。
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