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■春変(10)
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お寺で結局2時間近く過ごしてしまったようで、もう14時すぎである。次の札所32.禅師峰寺に行く。ここで納経した後、次の札所に行こうとしたら、また急にお腹が痛くなった。
座り込んでいると、お坊さんが寄ってきて、少し休んでいきなさいと言う。
「すみませーん」
それで案内してもらって、お寺の部屋の中でしばらく寝せてもらった。15分くらいで収まった感じなので、お礼を言って、お寺の建物を出る。
あ、トイレに行ってこようと思い、境内のトイレに入る。むろん女子トイレに入るのだが、夏樹は楽しみだった。なぜか知らないけど、女の子の身体になっちゃったから、その女の子のお股からおしっこができると思うと、かなり不純な動機で楽しみだったのである。
それで個室に入り、ライダースーツのズボンを脱ぎ、パンティを下げて便器に座ろうとしたのだが、パンティを下げた時、夏樹の視界にとんでもないものが飛び込んで来た。
嘘!?
なんでこんなものが付いてるの?
嫌だよぉ、こんなの要らないのに!
夏樹は物凄く悲しくなった。
せっかく女の子になれたと思ったら、また男に戻っちゃった。それとも女の子になったような気がしたのは夢だったのだろうか?
夏樹は自分のバストまで消失していることに気づいた。
やだあ。長年の女性ホルモン服用でせっかく育ててきていたのに。
まさか、へんじょうなんし、とかのお経を聞いたから、男になっちゃった??
これどうしたらいいんだろう?
取り敢えず、長年見慣れた排尿器官から排尿したものの、夏樹は物凄く落ち込んだ。
夏樹は今日はここで打ち切ろうと思った。
おっぱいまで無くなってしまうというのは困った事態だ。これからのことを再度考えなければならない気がした。それで高知市内のホテルを楽天トラベルで予約し、そちらに向かって、チェックインした。バイクは駐車場に駐めるスペースがあった。
それで鍵をもらって部屋に入るが、部屋に入った途端、三度(みたび)お腹が痛くなった。ライダースーツを脱ぎ、ベッドに潜り込む。そして目を瞑ってお腹に手を当て、しばらくじっとしていたら、15分くらいで落ち着いた感じである。
夏樹はもう3度目なので、ちよっとある種の予感、というより期待を持って自分のお股に手をやる。
無くなっている!
ちゃんと女の子になれた。良かったぁ。男になっちゃった時はどうしようかと思ったよ。
バストも戻っている。
というより以前より大きくなっている!
これまでの夏樹のバストはBカップ程度だったのが、今はCカップくらいあるのである。
嬉しい!でもブラジャー買い直さなくちゃと思った。
しかし夏樹は不安になった。突然女の子になり、また突然男に戻り、更にまた突然女の子になった。また男に戻ったりしないだろうか?
取り敢えず今日は行程を32.禅師峰寺で打ち切ってしまったので、このあとの計画を組み直すことにする。そして有休の延長をお願いしようと思った。
パソコンを持って来ていないので、スマホにメモした内容を元に手書きで日程の組み替えをする。
最初の計画では札所と札所の移動は60km/hのつもりだったのだが、やはり道が悪いので、こんなに速度が出せない。移動の記録を分析してみると、まともな道でも45km/h, 山道では平均25km/hくらいまで落ちていることを認識する。また各札所の滞在時間もだいたい30分くらいは掛かっている。それでこの後の日程を計算してみたら、やはり思っていたように、10/1まで掛かりそうだという計算になった。
「ボクの身体、このまま女の子のままでいられたら、性転換手術受けに行く手間が省けて12月の有休取らなくて済むんだけどなあ」
などと考えていたら、突然お腹が痛くなった。
「嫌だ。男なんかになりたくない」
と思うが、痛みは止めようも無い。苦しいので夏樹はベッドに潜り込む。
15分ほどで痛みは治まったが、おそるおそるお股に手をやると、
男に戻っていた。
嫌だ、嫌だ、男の身体なんて嫌だ。女の子になりたいよぉ。
夏樹がこれほどまで女になりたいという気持ちを強く持ったのは初めてだったかも知れない。これまでは自分の性別にずっと不安があった。正直、男になるのか女になるのか、ちゃんと決めきれないところがあって、それでも、あまり男として生きていく気にはなれなかったし、周囲の友人から唆されたりしたのもあり、夏樹はやはり自分は女として生きていきたいという方向に、やや消極的に振れていたのでる。
夏樹はまた男に戻ってしまった自分の股間を見て、今すぐカミソリか何かで切り落としたい気分になった。
例によって、胸も平らになってしまっている。
夏樹は考えた。
女になって、男になって、女になって、また男になった。
もう1回女になったりしないかな?
それで夏樹は待つことにした。
最初女になったのが13時頃、男になったのは15時頃、女に戻ったのは16時過ぎ、再度男になったのは、18時頃。
また1〜2時間したら、女になったりして?
それで夏樹は心を静めるため、写経をすることにした。写経の用紙は予備を20枚ほど持って来ている。それでお手本を置き、マイネームを出して、夏樹は写経を始めた。写経は本来は毛筆で書くのだろうが、筆では紙ににじんでしまい、うまく行かない。筆ペンも使ってみたのだが、使い慣れてないせいか、柔らかすぎてまともな字にならない。ボールペンはしっかり書けるけど字が細すぎる。色々試行錯誤して辿り着いたのがマイネームである。邪道かもしれないが、夏樹としてはこれがいちばんきれいに書けた。
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時(観音様が般若波羅蜜多を深く考察なさった時)
照見五蘊皆空度一切苦厄。(全ての物は空であることにお気づきになられました。一切の苦厄も同じように空なのです)
舎利子、色不異空。空不異色、(舎利子よ、物は空と変わらず、また空は物と変わらないのです)
色即是空、空即是色(物はそのまま空であり、空かそのまま物なのです)
・・・・・
考えてみると、原子なんて真ん中に原子核(陽子と中性子)があり、その周囲を電子が回っているが、電子の最も内側の軌道(S)のサイズは100pm程度であるのに対して、原子核の大きさは、0.01pm程度である。太陽系にたとえて、原子核のサイズを太陽と思えば電子が回っている位置というのは、冥王星(39au)より更に遠い50au程度の軌道付近に相当する。
(pm = pico metre = 1兆分の1m)
つまり水素原子というのは、太陽と冥王星だけからなる惑星システムみたいなもので、中身はスカスカである。
物質の基本粒子である原子がこんなにスカスカということは、全ての物体はスカスカだと言ってよい。その原子核にしてもだいたいその10分の1スケールの陽子・中性子が集まってできており、その陽子や中性子を作るクォークは陽子や中性子の更に1000分の1スケールのだいたい0.000001pm程度と考えられている。つまり陽子や中性子も中身がスカスカの物体である。クォークの内部構造は現時点では不明だが、きっとそれもスカスカなのだろう。だから実はそもそも物体の中には空虚しか存在しないのかも知れない。
色不異空、色即是空は、現代物理学の結果を見通していたかのようである。
夏樹はそんな文字を書きながら、様々なことを考えていた。
この世が全て空であるのなら、男である状態も空であり、女である状態も空だろうから、男から女、女から男というのも、一旦“空”という状態を経由すれば、変化できるのではないか(不思議なメルモ的世界)、男も女も実は“空”の一形態に過ぎないのでは、などと考えた。
だから自分はきっともう一度女になれる。
夏樹は何枚も般若心経を書いている内に、そういう気持ちが固まってきた。
そして4枚目の般若心経を「羯諦羯諦波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提娑婆訶、般若心經、古庄モニカ筆」と書き終えた時、唐突にお腹に痛みが来た。
「やった、来た!」
と夏樹は嬉しい思いで、ベッドに潜り込んだ。この痛み自体は結構苦しい。夏樹はこの痛みを今日はもう5度も経験した。お腹に手を当て、目を瞑り、静かにしている。
痛みは15分ほどで終わった。
おそるおそるお股に手をやる。
やった!!! また女の子になれた!!!!!
バストも復活している。これ前より更に大きくなってる。これはDカップくらいありそう。お店でバストサイズ測ってもらって新しいブラジャーを買おうと夏樹は思った。
女の子になれた記念にトイレに行って、女の子のおしっこを再度体験してから、夏樹は急に不安になった。
また男になったりしない??
その時、唐突に夏樹は思った。
「きっと22時までに般若心経を5枚書いたら、もう男には戻らない」
それで夏樹はデスクの椅子に座ると、お手本を前にして、般若心経を
一心不乱に書き始めたのである。
スピードをあげても、字がおざなりになってはいけないので、ちゃんと丁寧に1字1字書いていく。さっき4枚書いた時は、結構あれこれ考えながら書いてたのだが、夏樹は今、何も考えず、ただ字を書くことだけに集中した。
20:24に1枚目完成。20:48に2枚目、21:12に3枚目、21:36に4枚目、どうもギリギリの感じだ。頑張る。そして21:59:57に5枚目の
「古庄モニカ筆」という所まで書き上げた。
やった!これできっともうボクは男の子には戻らない。
夏樹はなぜか不思議な確信があった。
実際、女に戻れたあと2時間ほど経っているけど、女の子のままじゃん。
それで夏樹はお風呂に入り、ゆっくりと女体を堪能しながら身体を洗い、そしてバスタブにゆっくり浸かった。
女の子になれたという幸福感でいっぱいである。きっと、また男に戻ることはない。だって2時間で般若心経5枚書いたもん、などと思っている。
夏樹は1時間ほど浴槽に浸かっていたが、やがてあがると身体を拭き、この夜は、裸でベッドに潜り込み、朝まで熟睡した。
9/25朝、夏樹は爽快に目を覚ました。少し不安な気持ちでお股を触り、そこが女の子の形のままであることに安心する。バストもちゃんとある。
嬉しい気持ちで浴室に行き、熱いシャワーを女体に掛けると、とても気持ちが良かった。これって、女湯にも入れるんじゃない?だったら、旅館とかに泊まってもお風呂に入れるじゃんと夏樹は思った。
この日は昨日の続きで高知市内の33.雪蹊寺から足摺岬そばの38.金剛福寺までを打ち、足摺岬そばの旅館に泊まった。
これまでは泊まる場合はできるだけホテルを選んでいたし、足摺岬付近には立派なホテルもあるのだが、この日はわざわざ旅館を選んだ。
そして張り切って大浴場に行き、少しドキドキしながら、女と描かれた暖簾をくぐる。脱衣所には60-70代の女性(女性じゃなかったら大変だ)が2人いる。心はドキドキしているのだが、夏樹は平静を装って服を脱ぎ、そのまま浴室に移動した。
中には50代から70代くらいまでの女性が、ざっと見た感じ10人くらい居た。夏樹は身体をよく洗う(お股を洗う時はドキドキする)と、浴槽に身体を鎮めた。
なんだ、女湯に入るなんて、大したことないじゃん、と思った。
でも若い人全然いないなあ、と思っていたら、
「おまさん、どこから来られた?」
と声を掛けてくる70代の女性が居る。
「千葉です」
と答える。
「こちらには観光?」
「いえ。お遍路をしているんですよ」
「歩いて?」
「歩いて回りたい所ですが、お休みが取れないから、バイクで一週間ちょっとかな」
「ああ。そがなのもええかもね。最近は観光バスでどーんと来る人たちが多うて」
「まあそれはお遍路ではなく、ただの観光でしかないですね」
何となくそのお婆さんと30分くらいおしゃべりしていいた。しかし
おかげで、夏樹は女湯にすっかり馴染んでしまい、この後は女湯に
入っても平気なようになったのであった。
お婆さんが、金剛福寺の次はどこに行くか?と訊かれたので、次の札所は土佐路最後の延光寺だから、大崎まで打ち戻ってから、(なかなか楽しそうな)県道21号・土佐清水宿毛線を通って、延光寺のある平田まで行くつもりだと言った。すると
「月山には寄らんのか?」
とお婆さんは訊く。
「月山って山形のですか?」
「いや、この近く、海沿いの道の途中に月山神社という所があるんやよ。お遍路さんは必ずそこにもお参りしていくことになっちゅる」
「へー。近くなら寄ってみようかな」
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