[携帯Top] [文字サイズ]
■春変(6)
[*
前p 0
目次 #
次p]
ところがである。
牟岐線に乗って徳島まで来てから、そのまま霊山寺に行くのに板東方面に乗り継ごうとしたら急にお腹が痛くなった。やはり無理しすぎて体調崩したかと思い、結局その日は板東(霊山寺)には行かず、徳島駅近くの旅館に入り、食事にもお風呂にも行かずにひたすら寝た(夕食は結局部屋に持って来てくれた)。
早百合は真夜中過ぎに目を覚ました。
お腹の痛みはもう消えている。
うん。たくさん寝たから治ったのかなと思う。トイレに行ってくる。この時、何か違和感があったのだが、何だろうと思い、あまり深くは考えなかった。それでお茶でも飲んでから、もってきてもらっていた食事を食べる。食べながらスマホで友人の書き込みなど見ていたら、お風呂に入っていないことに気づいた。
確かここはお風呂は24時間入れますよということだったはずである。
お風呂行ってからまた寝ようかなと思う。
お風呂に行く前にタックを補修しておこうかなと思った。早百合は高校時代にタックを覚え、もう5年以上、常時タックしている。それでお遍路ではいつも女湯に入っていて、もう既に女湯に入るのが普通になっている。
しかしお湯につかると、どうしても接着剤で留めた部分が弛みやすい。入浴中にタックが外れたら、下手すると通報される危険もあるので、入浴前にタックの確認と補修をするのが常になっている。だから早百合は瞬間接着剤を常に携行している。実は生理用品入れにナプキンやパンティライナーと一緒に入れている。
それで壁に背中をもたれてからパンティを脱ぎ、お股を開いてそこを確認する。
あれ?
なんかタックの状況が変なのである。
「これまるで本物の女の子みたい」
などと呟く。
接着剤で留めた“人工割れ目”が左右分離している。
やばいやばい。分離したら“中身”が出て来ちゃう、と思い、PVC製(*1)の使い捨て手袋をし、接着剤を少し出してそこに塗ろうとした。
(*1)タックをする場合、どうしても接着剤が手に付着しやすいので、使い捨て手袋を使うのは必須である。この時、安いポリエチレン製の手袋だと、手に密着しないので、接着剤がつくと手から外れてしまい、むしろ股間にくつついてしまって、うまく作業ができない。それでちゃんと密着してくれるPVC製を使用する。使い捨て手袋のお値段は一般に NBR > NR > PVC >>> PE で、PVC製は手にちゃんと密着するタイプの使い捨て手袋の中では最も安い。筆者の近くのお店では(2020年1月頃までは)100枚入り400円くらいで買えていた。
PE = poly-ethylene ポリエチレン
PVC = poly-vinyl chloride ポリ塩化ビニル(しばしばプラスチック製と書かれている)
NR = Natural Rubber 天然ゴム
NBR = Nitrile butadiene rubber ニトリルゴム
それで早百合はタックを補修しようとしたのだが、手が止まる。
え?
早百合は接着剤のフタをし、使い捨て手袋を外した。そして素手で直接その“人工割れ目”を触った。これは皮膚を接着して強引に割目に見えるようにしているものなので、くっついていて、本来分離できないはずのものである。
ところが分離できるのである。
早百合はそこを指で開いてみた。“人工割れ目”の中には本来はペニスが隠れているはずである。
ところがどうもペニスらしきものが見当たらない。
なんで無いんだろう?
そういえばさっきおしっこをした時、妙におしっこが“ストレートに”出てくる感じであったことを思いだした。
「おちんちん無くなったんだったりして」
と自分で言ってからしばらく考えていたが、早百合は大きな事実に気づいた。
「おちんちん無くなってる!」
あらためて自分のお股の状態を確認する。
股間には縦のスリットがあり、その中を指の感触と見える範囲は目で確認する。スリットのいちばん手前にはコリコリした部分があり、触ると気持ち良い。まるで女の子のクリちゃんみたい。その少し向こう側にどうも小さな穴のようなものがある。女の子なら多分この付近に尿道口があるよねと思う。更に指を向こう側に進めていくと、直接目では見えないのだが、わりと大きな穴があることに気づく。むろんお尻の穴より手前である。女の子ならたぶんこの付近にヴァギナがあるんじゃないかなあ。
スリット自体が二層構造になっている。これってまるで女の子の大陰唇と小陰唇みたい、などと思う。内側のスリット、女の子なら小陰唇に相当する部分は触ると気持ちいいような気もする。
早百合はそのスリットの中をあちこち触っていたが、やがて重大な結論に到達する。
「これはまるで女の子の形だ」
更に早百合はたぶん10分くらい考えていたが、やがてもっと大きな結論に到達した。
「私、女の子になってる!」
そしてその3秒後、早百合は決めた。
「女湯に入ってこよう」
わざわざ「女湯に」と言わなくても、早百合はもう10年くらい前から男湯には入れない身体になっている。女湯にはもう慣れっこだが、若干の後ろめたさも持っていた。しかしこの夜初めて早百合は、何のうしろめたさも無い状態で女湯に入ることができたのである。
タオルと着替えを持ち、食事のお盆も持って1階に降りる。厨房の前にお盆を置いた上で、案内に従い浴場へ行く。男湯・女湯の暖簾がある。何の迷いもなく女湯の暖簾をくぐる。
どちらに入るべきか悩んでいたのは小学生の時までだよなと早百合は思った。小学校の修学旅行の時は、裸を友人たちに見られたくないので、本来の入浴時間をずらして男湯に入った。当時はちんちんを隠す方法とかも知らなかったし。それでも「あんた女の子なんじゃないの?男湯に入ってはダメだよ」と言われ、やむを得ず男性器を見せたが、凄く恥ずかしかった。それで男湯に入れてもらったものの、周囲から凄い視線が来るし、本人としてもここは自分の居場所ではないという気持ちが強かった。少し膨らみかけの胸を曝すのも恥ずかしかった。
中学の修学旅行は泊まったのがホテルで部屋にバスが付いていた。男子のクラスメイトと同じ部屋だったので着替える時は他の子が後ろを向いていてくれたが、入浴自体には問題は無かった。(でも男子と同じ部屋で、襲われたりしないよね?という不安から熟睡できなかった)
高校の修学旅行は小学校の時とは別の理由で裸を友人に見られたくなかったので、時間帯をずらして女湯に入ったが、何の問題もなく入浴できた。ただ当時は自分は本当に女湯に入っていいのかという物凄い葛藤があった。
でも大学に入って、お遍路を始めたら、何の躊躇もなく女湯に入るようになった。実際女湯に入らないということはお風呂に入らないということで、それではとても身体がもたない。早百合は女にならざるを得なかったのである。これってお遍路をしたいちばん大きな進歩(?)かもしれない気がした。
都会ってわりと曖昧な性別のまま暮らすことができる。でもお遍路はいわば数百年前の世界に身を委ねるようなもの。そこでは男と女が厳密に分離されて中間あるいは曖昧な状態は許されない。それなら自分は女だと思った。だから女としてずっと行動してきた。それで早百合は自分が女であることに自信、やがて確信を持つようになった。
そんなことを考えながら、早百合は服を脱いで浴室に移動し、洗い場で髪を洗い、顔を洗い、胸を洗い、腕を洗い、やがてお股を洗う。
これいいなあ。なんで私、女の子になっちゃったんだろう?
足を洗ってまた身体全体にお湯を掛けてから浴槽に浸かる。そしてまた考えた。
八十八箇所を始める前に見た夢のことを思い出す。あの時、八十八箇所を踏破したら「あなたは88万8888人目の満願者です。お祝いに性転換手術をプレゼントします」と言われて、そのまま病院に運ばれ、手術室に運び込まれて手術されちゃうなんてのを妄想した。
でも本当に八十八箇所を満願したら女の子になっちゃった!
本当に、なんで女の子になっちゃったんだろう?
眠っている内に性転換手術されちゃった?それにしては痛みとか無いけど。
明日霊山寺に行ったら、満願之証と一緒に成女之証とかもらえたりして?
あれこれ妄想しながら結局1時間近く浴槽につかっていた気もする。
それであがって身体を拭き、洗濯済みの下着をつけ浴衣を着て部屋に戻る。さすがに眠いので寝ることにする。女の子になった記念にオナニーしてみたかったが、毎回お遍路の最中はHなことはしないことにしているので、東寺にお参りするまでは我慢しようと思った。でもオナニーしなくても流石に疲れが物凄いので、深く眠ることができた。
翌朝(9/21)、早百合は今回のお遍路の最中の着替えた服とかを宿の人にもらった段ボール箱に詰め、自宅宛に配達日時指定して宅急便で送った(結局使わなかったビバークの装備などは途中の宿から送っている)。
それから霊山寺まで行き、無事満願之証を頂いた。ちなみに成女之証!?はもらえなかったが!自分の身体が女の証(あかし)だもんと思う。
だけどわざわざタイまで行って性転換手術受ける必要なくなったなと思う。150万くらい儲けた、などと思いながら、もし性転換手術代の請求書が後で送られて来たらどうしよう?などと思った。
払えないなら風俗で働いてもらうぞ、とか言われたりして?
と思った次の瞬間、風俗で女として働くのもそう悪くない気がしてしまった(ほとんど不純な動機)。
ぐっすり眠って元気なので、再度予定を変更し、フェリーで和歌山に行くことにした。これで四国8ルート踏破になる。まだ使ってないのは、神戸→新居浜、大阪南港→東予港、東京→徳島、北九州→徳島くらいだろうか。
(東京(川崎)→高知→宮崎の航路は現在は運行されていない)
そういうわけで、早百合の帰りのルートは次のようになったのである。
9/20 日和佐12:38-14:11徳島
9/21 徳島7:06-7:38板東(霊山寺で満願之証をもらう)板東9:46-10:07徳島/徳島駅10:15-10:32南海フェリー前/徳島港11:00-13:05和歌山港13:22-13:43和歌山駅(泊)
9/22 和歌山5:35-6:46橋本6:50-7:34極楽橋7:38-7:43高野山/
高野山駅前7:48-8:09奥の院(89番目の納経印)/
奥の院10:05-10:26高野山駅前/高野山10:37-10:42極楽橋10:47-12:25南海難波/なんば12:34-12:43梅田/大阪13:00-13:29京都(東寺で成満証をもらう)/京都16:49-19:33博多
これで四国の出入り8ルート踏破である。
2016 しまなみ海道/瀬戸大橋
2017 佐賀関三崎国道フェリー/大三島忠海フェリー
2018 神戸高松フェリー/宇高フェリー
2019 明石海峡大橋・大鳴門橋/徳島和歌山フェリー
タイに行っての性転換手術というのがキャンセルになったので、早百合はもう大学院には行かずに、4年で大学を出ようと思った。
だったら就活しなきゃ!
帰りの新幹線で幸福感に満ちてスヤスヤと眠る早百合は、まだ10月上旬に起きてその後28日おきに来る事象について、何も考えていない。
古庄夏樹(モニカ)は、9/24-26に有休を取り、土日・祝日・会社の創立記念日も合わせて、9/21-29の9連休にして、その間にお遍路に行ってくる予定を立てていた。
9/21-22 土日
9/23 敬老の日
9/24-26 有休
9/27 創立記念日
9.28-29 土日
9/20(金)に仕事が終わった後、バイクに飛び乗り夜通し走って徳島に至り、9/21朝霊山寺を出発して順打ちで88ヶ所を回って、9/29の夕方霊山寺に戻ってきたら、また夜通しバイクで走って千葉に戻り、9/30(月)はちゃんと会社に出社するという計画である。
ところがである。
9月9日の月曜日、夏樹は課長に呼ばれた。
「古庄君、ちょっとパイプオルガンの調子がおかしいと言っているクライアントがあるんだよ。君、技術者と一緒にちょっと行ってきてくれない?」
「技術者だけじゃダメなんですか?」
「営業的な話もあるからさ。こんなに簡単に壊れるなら残金は払わない、って先方がゴネてるんだよ」
「ああ。分かりました。技術は誰が行くんです?」
「坂本君に行ってもらう」
「坂本課長が行かれるんですか!」
「何があっても対処できるのは彼くらいだから。でも彼は営業的な交渉はできないし、中国語もできないから」
「ちょっと待ってください。中国語って、クライアントはどこなんです?」
「じゅうけいとかいう所なんだけどね」
「えっと済みません。漢字で書いてください」
それで課長は“重慶”と書いてみせた。
「ああ。Chongqing (チョンチン)ですね。大丈夫です。あそこは北京語が通じます」
「通じるってことは、北京語の地域ではないの?」
「あそこは西南官話(Xinan guanhua)の地域ですが、この西南官話自体が北京語と同じ北方語に属していて、元々近いですし、ビジネスとかに関わるような人であれば、北京語も学んでいるから、普通に会話できるはずです」
「じゃ、やはり君が適任みたいだね。よろしく」
[*
前p 0
目次 #
次p]
春変(6)