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(C) Eriko Kawaguchi 2022-06-12
「性転換手術するよ!」
と姉の亜蘭は宣言した。
「ちょっと待って。まだ心の準備が」
と言ってセナは焦る。
「お部屋の性転換手術だよ」
「へ?」
それで結局セナ自身も手伝って、まずは机や本棚を移動する。これだけで2時間かかる。現在の壁紙をよく拭いた上でその上に重ね張りで新しい壁紙を貼った。ライトピンク系オフホワイトの地に、薄いピンクとグリーンの花が多数描かれたものである。これまでのブルー系統の無地の壁紙とは大きく雰囲気が変わった。
家具を戻すが、机を交換する。今までセナが使っていた机を、物置状態になっていた2畳ほどの部屋に移動する。ここを片付けて、今まで部屋が無かった慧瑠(さとる)の部屋とする予定である(翌日作業)。姉が使っていた赤系統の学習机をセナの部屋に移動する。姉の部屋には、大人っぽい木製のワーキングデスクを入れた。
セナの部屋にはマイメロ!のカーテンを付け、姉の部屋にあるような大きな姿見も1個置いた。また布団カバーを交換し、手鞠・御所車などが描かれた敷き布団カバー、そしてフリル!付きのイチゴ模様の掛け布団カバー、ひまわり柄の枕カバーを取り付けた。
部屋の模様替えは母・姉・本人・弟の4人掛かり(父は出勤している)で、丸一日かかったのだが、物凄く女の子っぽい部屋に変化・・・というより本当に性転換しちゃった!
「ぼく、ここで寝るの?」
とセナは少し不安になって言う。
「可愛い女の子になってね」
と姉は言っていた。
ところで、河洛邑で富嶽光辞の解読をしていた千里(千里Y)だが、1月15日で切りのいい所まで進んだので、「続きはまた夏休みに」ということになり解放してもらった。
「帰りはたまにはのんびりと汽車の旅で」
と言われて、千里は翌日1月16日(金)、真理さんの車で大阪駅まで送ってもらい、トワイライト・エクスプレスに乗車したのである。
「何このオリエント急行みたいな重厚な雰囲気の列車は?」
「まあオリエント急行みたいな列車だと思うよ。ボン・ボワヤージュ!」
ということで、千里はこの列車に乗り、チケットに指定された“個室”まで行ったが「なんか凄ーい。高そう」などと思った。
(トワイライト・エクスプレスは料金の問題より“競争率”の高さが厳しい。真理は旅行代理店の人に頼み、1ヶ月前の予約開始日10時に予約を入れて、確保してもらっていた:真理は実は千里に命を助けてもらっているので、このくらいの便宜を図ってもいいと思う)
千里がもらったチケットは“シングルツイン”というもので、1人でも2人でも利用できる部屋(2人で使う場合は追加チケットが必要)。サンライズのものと同様のシステムである。
オリエント急行、もとい、トワイライト・エクスプレスは、この当時は次のようなダイヤで運行されていた(下記は主な停車駅)。これにわざわざ大阪から乗ったのである(むろん三重からは京都駅の方が近いが、“ゆったりした旅”を味わってもらおうという真理さんの親切心)。
大阪1200 京都1238 福井1426 金沢1531 富山1635 長岡1901 東室蘭719 苫小牧805 907札幌
(新津を1940に出た後は643洞爺までは乗降できる停車は無い。途中数ヶ所で乗員交替や機関車交換のための“運転停車”がある)
なおトワイライト・エクスプレスは、下り列車が月・水・金・土、上り列車は火・木・土・日の運行である(但し年末年始は毎日運行)。16日は金曜日で札幌行きの運行日であった。
部屋は狭い!けど向かい合うわりとゆったり目の椅子が進行方向およびその逆向きに置かれている。これが夜間はベッドになるようである。つまりベッドの向きは進行方向に対して平行である。上に固定された吊りベッドがあり、2人で乗車する場合は、1人はそこに寝ることになる。
椅子はきつね色というか明るい茶系統の色で、ほんとに落ち着いた雰囲気である。
なお千里が“きつね色”と言ったら、小春が「ん?」と声を出していた。
(玖美子やRの前に翌日現れた小春はエイリアスであり、本体はいつもYと一緒)
取り敢えず進行方向を向く座席に座り、ぼんやりと窓から見える景色を眺める。音楽が聴けるようになっているのでスイッチを入れて、洋楽のチャンネルを流した。イヤホンではなくスピーカーで聴けるようになっているので、リラックスして聴くことができる。
そして真理さんに買ってもらったステーキ弁当をのんびりと食べる。私、あまりお肉食べ慣れてないから、お腹壊さないかなあ、などと思っていたが、そもそも食べてる最中に寝ちゃった!
(なお千里Yに付いてきているカノ子は、大阪駅で買った八角弁当(はちかくべんとう)(*4)を食べた)
(*4) 八角弁当は長らく大阪駅の駅弁として親しまれていたが製造販売していた水了軒は2010年4月に破産した。しかし大垣市のデリカスイトという会社が同年7月ここの工場を買収、商号の権利も取得。工場の従業員の多くも再雇用して、八角弁当の生産・販売を再開した。再開後はむしろ新大阪駅の駅弁として親しまれているようである。なおこの物語は2004年なので、破産前の時代。
目が覚めた時は少し日が低くなり、海の近くを列車は走っていた。
「今どこ?」
「あと20分くらいで金沢だよ」
「金沢って金沢文庫のある所だっけ?」
「それは横浜の金沢!」
取り敢えずお弁当の残りを食べたが
「お腹空いた!」
と声を挙げた!!
「今ならまだ食堂車やってるよ、食堂車行く?」
「そだね」
それでカードキーで部屋をロックして3号車に設定されている食堂車に行った。カレーライスを頼んだが
「ステーキとかより、こういうメニューの方が落ち着く〜」
と千里は思いながら食べていた。
食べている内に金沢駅に到着する。
ここは2分間停車なので、カノ子に頼んで駅構内で非常食を買ってきてもらった。カノ子は発車時刻に間に合わなかった!が列車の速度がまだあまり上がらない内に、頑張って追いついて戻って来た。
「お疲れ様!」
「焦ったけどなんとか追いついた」
「置いてけぼりになったら大変だったね」
と言ってから
「あれ?置いてけぼり?置いてきぼり?」
「置いてけぼりが正しいです」
とカノ子は答える。
まだ息が荒い!!
「あ、そちらなんだ?」
「昔江戸のお堀に妖怪が出て『置いてけ』『置いてけ』と声を掛けられたことから“置いてけ堀(ぼり)”という言葉が生まれた。でも複合語の中で動詞を使う場合は“座り大将”とか“さわり心地”とか連用形を使うのが基本。だから“置いてきぼり”が正しいのではと思う人たちが出て、戦後一時期“置いてきぼり”という言葉が使われた時期もある。でもその後この言葉の語源が思い出されて“置いてけぼり”の方が主役を取り戻した」
「なんか言葉ひとつでも歴史があるんだね〜」
「『まんが日本昔ばなし』でこの怪談を放送したのを多くの人が見た影響もあると思う」
「へー。あれ面白かったよね」
「終了したのが残念だよね」
(この番組は局にもよるが2000-2003年で再放送が終了した。しかし2005年にまた再放送が再開される)
「だけど、金沢では、あまり乗り降りする人居なかった」
「移動のための列車じゃないからね〜」
「確かに。暇だけど、こういう旅もいいと思うよ」
「現代人は忙しすぎるよね」
食堂車からの帰り際、夕食ルームサービスで「プレヤデス弁当」というのがあるようだったので、(2個)予約した。
途中4号車に自販機があったので、お茶とポテトスティックを買って部屋に戻った。(千里は5号車)
取り敢えず、花絵さんから渡されている算数ドリルをしながら、窓の景色を見ているが、富山を出て少し経ったところ(魚津付近)で日没となった。
やがて「プレヤデス弁当」が配達されてくる。
「プレヤデスってお星様の形とかになってるのかなあ」
などと言いながら、ふたを開けてみたが、
普通の幕の内だった!
「どこらへんがスバルなんだろう?」
「うーん・・・何か気の利いたこと言おうと思ったが思いつかん」
「あはは」
味はさすがに美味しかったし、結構満腹した(さっきカレーライス食べたばかりだし!)
(お弁当は2個予約して1個はカノ子が食べた:小春は実体が無いから食べられないし、また食べる必要も無い)
夜景になっても千里はしばらく音楽を聴きながら、ドリルをしながら!窓の外を見ていたが、やがて眠ってしまった。
カノ子がオーディオを停め、千里をいったん床に降ろし、ベッドメイクをする。そしてベッドに寝せてあげて、毛布を掛けてあげた。カノ子も上段ベッドで横にならせてもらった(無賃乗車かも!?)。
千里が目を覚ました時、空は明るくなり始めていたが、まだ地上は暗い。
「もう青函トンネルは通ったのかな?」
と千里が独り言のように言うと、小春が
「もうすぐ青函トンネルに入るよ。今津軽海峡線を走ってる」
と答えた。
「さんきゅ。小春っていつ寝てるの?」
「だいたい千里と一緒に寝てるよ」
「寝てるのによく場所が分かるね」
「駅を通過する時に何となく駅名を認識してるからね。一部分起きてる神経が」
「なるほどー。じゃ1%くらい起きてるんだ」
「千里もでしょ?」
「それはあるけど、駅名まで意識してなかった。なまはげ人形は記憶に残ったけど」
「やはり僅かに起きてるね〜」
なお、カノ子はどうも熟睡してるようなので、起こさないようにした。
やがてトンネルに入る。
「これが青函トンネルだよ」
「これ通過するのに何分かかるの?」
「50kmくらいあるからね。トワイライト・エクスプレスの速度を時速100kmとして30分くらいだね」
「あ、今の割り算は私も分かった」
「やはり花絵さんに渡された練習問題でだいぶ鍛えられてきたね」
「でも私まだ九九があやふや〜」
「たくさん問題解いてればしっかりしてくるよ」
「でもトンネルなかなか抜けないね」
「30分くらいかかるからね」
「寝てよ」
と言って千里は本当に眠ってしまった。
千里が起きたのは列車がどこかに停まった時である。
「良く寝た〜!」
どうもカノ子は少し前から起きていたようである。
「洞爺だよ。もう北海道に戻ってきたよ」
「だいぶ明るくなったね」
「あと20分くらいで日の出かな」
「お腹空いた」
「そろそろ予約時刻だし、食堂車行こう」
「うん」
それで食堂車に行き、予約していた朝食を食べる。和洋の選択があったが、千里は和朝食はなんとなく想像が付くからと思って洋朝食を予約していた。
これが結構ボリュームがあった。ハムエッグにサラダにフルーツにと、かなり食べがいがあった。
「こういうのもたまにはいいかな」
千里は「お腹空きそうだから」と言って2人分予約していたので、1食分はカノ子が食べた。カノ子も「美味しい美味しい」と言って食べていた。もっともカノ子の姿は、普通の人には見えない筈である(見えるようにすることもできる)。
朝食が終わって部屋に戻ると、千里はまた音楽を聴きながら、算数ドリルをしながら景色を眺めていた。
8:24に南千歳を出る。次は40分ほどで終点・札幌である。
「あぁぁぁ!」
と唐突に小春が声を挙げた。
「どうしたの?」
小春は少し考えていたが
「ちょっと対策を考える」
と言った。
1/17(Sat) 9:07、トワイライト・エクスプレスは予定通り札幌に到着した。留萌方面に乗り継ぐ。
札幌10:00 (スーパーホワイトアロー17) 11:02深川11:08-12:04留萌
札幌をもっと早く出る特急もあるが、どっちみち留萌本線は11:06しかないので、早く深川についてもどうしようもない。それなら札幌駅で待ったほうがマシである。
千里は札幌駅で吉野家の牛丼を食べて
「何か落ち着いた!」
と言った。小春は千里が牛丼を食べている間も
「やはりそうなったか」
などと呟いていたが、牛丼屋さんを出てから
「お昼にパンでも買っておくといいよ」
と言うので、リトルマーメイドでパンを4個買った。