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1月17日(土)、この日市民体育館では中学バスケットボール留萌地区新人戦、道路をはさんで隣接する勤労体育センターでは中学剣道留萌地区新人戦が行われる。
今回S中女子バスケット部は下記のメンツで出ることになった。
2年 PG久子(部長) SG友子 F友美鹿(助人) F博実(助人)
1年 SF数子 C留実子
千里が男子として登録されているため出場権が無いので部員は4人しか居ない。それでテニス部の2年2人に助っ人をお願いした。
一方S中女子剣道部は下記のメンツで出ることになった。
先鋒・宮沢香恵(2年)2級
次鋒・武智紅音(2年)2級
中堅・沢田玖美子(1年)1級
副将・村山千里(1年)1級
大将・原田沙苗(1年)初段
実はS中女子剣道部の全員である!
沙苗が女子として参加できたのは、この大会の参加規定は“留萌地区の中学に所属する生徒”というだけで、剣道協会に登録の無い人でも出場できる。それでダメ元で剣道協会に照会してみた。一度会いたいというので、顧問の岩永先生は本人を連れて剣道協会まで行った。
最初に沙苗を見た剣道協会の医学委員さん(女性)はびっくりした。
「君、本当に男の子なの?」
「自分では男だと思ったことはありません。ただ戸籍には男と記載されていて困っているのですが」
「原田さんは睾丸はあるんですか?」
と訊かれる。
「3月に除去して、その後ずっと女性ホルモンを摂取しています」
と本人は答える。
「ホルモン濃度を継続的に検査した結果とかがあったら出してもらえませんか」
それで沙苗のお母さんがS医大に照会して、4〜12月の毎月の性ホルモン検査結果表をもらい、剣道協会に提出した。すると
「この数値なら、今回の大会は自由参加大会ですので、原田さんの女子としての出場を認めます」
ということであった。
それで沙苗は初めて女子として大会に出場することができたのである。
どうも剣道協会は沙苗を半陰陽のケースと思い込んだようで、睾丸が除去済みで女性ホルモン優位の状態が半年も続いていれば女子選手として認められると判断したようである。誤解されている気もするが、せっかく出場してよいと言われたから出場させてもらった。
さて、剣道の竹刀・防具は学期中は学校の用具室に置いているのだが、冬休みで千里たちは毎日P神社で自主的な稽古をしていたので道具はP神社に置かれたいた。それで
「君たちの道具は私がまとめて車で運んでいくよ」
と花絵さんが言ってくれたので、言葉に甘えることにした。
つまりこの日、千里・玖美子・沙苗は、道着・袴とお弁当だけ持って行けば良い。
8:00 村山家では、体操服の上にウィンドブレイカーを着た千里が自分で作ったお弁当と着替えを青いスポーツバッグに入れると
「お母ちゃん、昨日言ってたけど、今日市民体育館で大会があるんだよ。送ってってくれない?」
と頼んだ。
「市民体育館だっけ?勤労体育センターじゃなかった?」
「ううん。市民体育館だよ」
「まあいいや。どうせ隣だし」
「そだねー」
それで母は玲羅に留守番を頼むと青いスポーツバッグを持った千里を乗せ、ヴィヴィオを発進させて、市街地へ向かった。
ちなみに父は昨日帰港して寝ている。
千里と母が家を出た10分後、トレーナーにジャージのズボンを穿いた千里が台所で自分のお弁当を作っていた。玲羅は額に手をやって少し考えたが、よくあることなので、気にしないことにした!
そして千里は道着・袴と着替えに、今作ったお弁当を赤いスポーツバッグに入れるとキョロキョロと誰か探しているふう。
「玲羅、お母ちゃん知らない?」
「・・・・・さっき出掛けたけど」
「うっそー!?車で送ってって頼んでたのに」
「何時からなの?」
「大会は9:00だけど、8:30までには行きたい」
「バスで行ったら?走れば8:20のバスに間に合うかも」(*2)
「よし。行こう。行ってきまーす」
それで千里は走って出て行った。
(*2)当時の留萌市内のバス時刻表が入手できなかったので、時刻は適当に設定しています。
赤いスポーツバッグを持った千里は家からバス停まで小走りに行ったが、バス停が見える所まで来た所でバスが発車して行った。
「あぁぁ!!」
と言いながら、バス停まで辿り着く。
「どうしよう?」
と思った時、ちょうど留萌駅前行きが来たので千里はそれに飛び乗った。
『留萌駅前行きなら、錦町で降りたら走って5分かな。ここから駅まで15分だから、錦町までは9分くらい?そしたらそこから5分で13分かな(←計算が間違っていることに気付いていない)。じゃ8:37くらいまでには着けるから、何とかなるかな』
などと考えていた。
ところがこのバスは留萌橋を“渡らなかった”!
「え!?」
と思わず声を出す。
「これ留萌駅前行きじゃなかったんだっけ?」
と千里が独り言のように言うと、運転手さんが
「お客さん、このバスは市民病院経由留萌駅前行き」
「あぁぁぁ!!」
実は留萌駅前行きは多くが市民病院経由であり、市民病院行きの多くが留萌駅前経由である。つまり千里は留萌駅前行きではなく市民病院行きに乗る必要があった。その市民病院行きが、さっき千里の目の前で発車していったバスである!!
むろん市民病院前経由でも、最終的には留萌駅前まで行く。でも錦町を通らないから、留萌駅前から勤労体育センターまで1.1kmの道を走る必要がある。
結局千里が留萌駅前に辿り着いたのは、8:55である。料金も高い!えーん。これならタクシー呼べば良かった、と今更思っても遅い。
「遅刻だ遅刻だ!」
と言いながら千里はパンをくわえて、ではなくて!赤いスポーツバッグを肩に掛け、必死で勤労体育センターに向かって走った。
さて、母に車で送ってもらった千里(千里B)は、8:15頃に市民体育館前で降ろしてもらった。それで体育館に入ろうとしたら
「おお、来たか」
と言って、玖美子に抱きつかれる。ついでに、おっぱいを揉まれる!
「くみちゃんは何でここに来てるんだっけ?」
「何って剣道大会新人戦に決まってる」
「へー。剣道も今日新人戦があるんだ?」
玖美子は首をひねる。
「君はどうもまだ寝ぼけているようだね。ほらさっさと来なさい」
「え、ちょっと待って。私市民体育館に行かなきゃ」
と言いながら、千里Bは剣道新人戦のある勤労体育センターに連行されてしまったのであった。
「おお、来たか。良かった良かった」
と2年生の武智部長が言っている。
「じゃ私、オーダー表出してきます」
と言って、沙苗が本部のほうに走って行った。
「千里すぐ道着に着替えて」
「道着!??」
玖美子が頭を抱えている。
「じゃこれ私の予備の道着貸してあげるから着換えて来て」
「えっと更衣室どこだったっけ?」
「ここ何度も来てるのに今更何を言っている?」
「千里、もういいからここで着替えなさい」
と玖美子が言った。
「え〜〜!?たくさん人がいるのに」
「半分は女だから構わん」
「あと半分は〜?」
「性転換すれば女になるから構わん」
「無茶な」
「ほらほら、体操服脱いで」
「ちょっとぉ」
「おお、ちゃんとスポーツブラは着けてるな。やる気満々じゃん」
それで千里は女子も男子もたくさん居る中で、下着姿になって道着と袴を着けてしまったのであった。
『私ひょっとしたら、くみちゃんに剣道の助っ人するって約束してたのかなあ。私って自分が言ったこと、きれいに忘れてたりするから』
と千里は考えた。
バスケットの方が気になるが、自分はどっちみち選手としては出られないし、後で謝っておこう。(千里Bは携帯を持っていない)
「でも私、竹刀とか防具持って来てないよ」
「それは花絵さんに頼んで運んでもらったから来てるよ」
「来てるんだ!」
と千里は驚いた、
剣道は小学校だけでやめちゃったけど、まあ久しぶりにやってみるのもいいかも、と思う。
それで対戦予定表を見る。
9:00 男子1回戦
9:20 女子1回戦
9:40 男子2回戦(12)
10:00 男子2回戦(34)
10:20 女子準決勝
10:40 男子準決勝
11:00 女子決勝・3決
11:20 男子決勝・3決
「今回は女子6校、男子10校なんだよ。うちの女子はシードされてて1回戦には出ない。準決勝から。だから最初の試合は10:20」
「なるほどー」
10:20なら、その前にバスケットの方は敗退してそうだな、と千里は思った。
「オーダー表はこれね」
と言って見せてもらった表を見て
「私副将なの!?」
と千里は声をあげた。
先鋒・宮沢香恵/次鋒・武智紅音/中堅・沢田玖美子/
副将・村山千里/大将・原田沙苗
「まあ、くみちゃんが全員を倒せば“座り副将”できる」
と宮沢さん。
「ああ、勝ち抜き戦なんだ?」
「そそ。よろしくねー」
「じゃ竹刀握るの10ヶ月ぶりだから、くみちゃん少し手合わせしてくんない?」
「どうも君は言っていることがおかしいが、ウォーミングアップに少し基礎練習しようか?」
「うん」
それで千里と玖美子、ついでに沙苗も付いてきて、そばの公園で軽く練習する。
(ここで“この千里”は体育館から離れていたのがポイント!)
まずはラジオ体操・柔軟体操をしてから、素振り30回、切り返しを玖美子と5本、沙苗と5本やった。千里は10ヶ月ぶりに竹刀を持ったのに、まるでいつも竹刀を使っていたかのように身体が動くのが不思議な気分だった。
これをやっている最中に玖美子に電話が掛かって来たので「ちょっとごめん」と言って離脱して電話を取る。玖美子は最初「へ?」と声を挙げて千里を見たが、やがて「大丈夫だよ」とか「ごゆっくり」と言っていた。誰か見学にでも来るのかなと千里は思った。
その後、試合形式で玖美子・沙苗を相手に2回ずつやったら、千里が全勝したので、玖美子から
「今日は絶好調じゃん」
と言われる。
「あれ〜。なんで私こんなに勝てるんだろう?」
などと本人は言っている。
「君はいつもと動きが違うから全く太刀筋が読めん」
と玖美子が言うので
「いつもと言われても私10ヶ月ぶりなんだけど」
と千里は言う。
「ああ“君は”そうかもね」
と玖美子は言っていたが、沙苗は首をひねっていた。
それで会場に戻ったのが10時少し前である。
会場では第一試合場・第二試合場ともに男子の試合が行われていた。連続して試合をするのは辛いので、男子と女子交互に試合を実施するようになっている。
やがてS中女子の試合になる。対戦相手は一回戦に勝って勝ち上がってきたM中である。吉田さんのいる所だ。吉田さんは物凄く強いのに、1年生ということもあり先鋒であった。オーダーはS中やR中のように実力主義の学校とM中のように、学年順の所がある。
先にも述べたようにこの大会は勝ち抜き方式である。
吉田さんはこちらの先鋒・宮沢、次鋒・武智に勝ったが、中堅の玖美子に負けた。そして玖美子が向こうの次鋒・中堅・副将も倒し、更には大将の崎村さんも倒してS中は決勝に進出した(つまり玖美子1人で5人倒した!!)。
「私出番が無かったぁ」
と沙苗。
「座り大将だね。私も出番が無かった」
「座り副将だね」
千里は10ヶ月ぶりであまり実戦の自信が無かったので良かったぁと思った。
(ここで千里の試合を“誰も見なかった”のが決勝で効いてくる)