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■夏の日の想い出・無茶言うなよ(22)
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記者会見は都内のホテル会議室から生中継(##放送独占)されたが、そこに並んだ人物を見て、驚きの声が上がった。
「すみません。左座浪さん、生きておられたんですね」
「それなんだけど、酷いなあ。日本では俺死んだことになってて。ウィペキデア(本人の発音ママ)では俺の死亡日と死因まで書いてあるってんで、仰天したよ」
と左座浪本人は言う。
「俺の死因は、酒に酔って女湯に侵入して女キックボクサーに金玉蹴られて悶絶死したんだって。何かいかにも俺の最期っぽいじゃん」
と左座浪が言うと、記者たちが大笑いする。
しかしこれで随分場が明るくなった。
「もしかして外国にでも行っておられました?」
「ワンティスが活動停止して、若杉千代さんも亡くなって、社長は呆けてしまうし。それで俺はアメリカに渡って、UFCに参加したんだよ。なんならUFCのサイト見てくれ。俺のリングネーム、Ripple Nipponiaが載ってるから」
多くの人がサイトを確認したが、みんなRipple Nipponiaで検索された写真が確かに左座浪源太郎本人なので、みんな頷いていた。
記者会見に並んでいたのは、コスモス、上島、雨宮、左座浪、そして50代の女性が2人である。上島が2人を
「ユングツェダーの元社員で義浜裕恵さんと、その奧さんのハイジさん」
と紹介した。
2人とも女性に見えるが(*68) 夫婦らしいことに記者たちは突っ込みたかったが、本題から逸れそうなので控えた。
(*68) かつて“できそこないのオカマ”とか“痴漢にしか見えない”と言われた裕恵も20年の時を経て、“普通の中年女性”に進化した!
「まず俺が説明します」
と左座浪は言った。
「高岡さんたちの車の事故については結局全貌は不明なままになったことと実際に事故を起こしたと思われる人物が死亡してしまい起訴できなかったことから、警察からも明確な発表がされていません。そのため、あの事故を高岡猛獅または夕香が起こしたと誤解している人も多いようなので、ここで明確にさせてもらいたいと思い、この場を設けさせていただきました」
「高岡猛獅さんまたは夕香さんが起こしたのではないのですか?」
と自ら質問者に立っている風海報道局長が尋ねる。
「あの時はアルバム『ワンザナドゥ』を完成させるために3日くらい全員徹夜していました。だから12月26日の晩は2人とも熟睡していて運転なんかできる状態ではなかったんですよ」
と左座浪は言う。
「あの当時、俺は事務所の事実上の責任者として1年以上にわたり、警察から何度も何度も事情を訊かれました。それで俺は警察の捜査官の口ぶりから事件の概要を想像できました」
「ここで重要な事件があって、事故の半月ほど前12月14日、ワンティスがテレビ局に出演して帰ろうとしていた時、高岡さんを殺そうとして包丁を持って突進してきた女がいたんです。俺がその女を取り押さえて警察に引き渡しました。この女は厳重注意の上処分保留で釈放されましたが、事故の4日後12月31日に死亡しています。女は全身に物凄い打撲を受けていたそうです」
記者たちがざわめく。
多くの記者が、その女が車を運転していたというのを想像した。
「この女が12月26日の晩、高岡が住んでいたマンションのエントランス付近に居たのがマンションの監視カメラに映っていたそうです」
記者たちのざわめきが凄い。
「だから警察が最初考えたストーリーは、この女が高岡と夕香を乗せて中央道を走り事故を起こした。それで高岡と夕香は即死し、運転していた本人も強い打撲を受けて4日後に亡くなったというものだったようです」
実際記者たちもそれを想像した。
「ところがこのストーリーには重大な欠陥があるんです」
と左座浪は言った。
「この女は高岡が愛して子供まで作っておきながら自分たちを捨てたと思いこみ逆恨みしていました。実は生前何度も事務所まで押しかけてきて高岡に会わせろと要求していたのを追い返しています。女のアパートには子供の遺体がありました。死因は病死ということで事件性はありません。警察がDNA鑑定して高岡の子供ではないことが明確になっています。だから高岡と付き合っていたというのは女の妄想であったと推察されます」
ここで左座浪は言葉をいったん切った。
「そういう訳で高岡を恨んでいて何度も事務所を訪れていて、しかも半月前には高岡を殺そうとしたような女に、高岡が運転を任せるわけが無いんです」
「ああ・・・」
という声が多数、記者たちの間から漏れる。
「数ヶ月にわたる警察の捜査の結果、このようなストーリーが浮かびました。それは高岡は信頼できる誰かに車の運転を頼んだ。それでその人物がふたりを乗せて、中央道を走った。そして駒ヶ岳SAでトイレ休憩した。ところが運転者が休憩のため車を離れた隙に別の人物が勝手に車を運転して出発してしまった。その人物が事故を起こした」
記者たちの間でざわめきがある。
「実は自分が駒ヶ岳SAで凄いポルシェを見掛けて、誰も乗ってない気がしたからその車を勝手に運転し、事故を起こしたと名乗り出た人物が居たらしいのです」
記者たちは騒然とする。
「ただその人物は名乗り出てすぐに亡くなっています。全身に物凄い打撲を負って」
「なぜ警察はそのことを発表しなかったのでしょう?」
と風海報道局長は尋ねる。
「警察が発表しなかったのはですね」
と左座浪は答える。
「そう名乗り出た人物が7人も居たからのようなんです」
「え〜〜〜〜〜!?」
「全員が酷い打撲を負っていて告白してすぐ亡くなっています。警察としてはそういう自白がひとつあったら、それが事実だろうと推測するでしょうし、2人くらいなら、片方は別の車で当時偶然ポルシェが2台サービスエリアに居たのではとも考えるでしょう。でも7人も同じ告白をされては、7台もポルシェが居たというのは考えられないし、全員亡くなっているだけに再聴取できず、どれが本当なのか決め手が無いので、結局どれも採用できないことになります」
記者たちはかなりざわめいている。
「まあ石を投げたら当たるといわれるプリウスとか、あるいはクラウンくらいなら7台くらい居ても不思議ではないですが、ポルシェですからね」
と左座浪が言うと、記者たちから失笑が漏れる。
風海報道局長は尋ねた。
「実際に事故を起こしたのがその告白した内の誰か、あるいは半月前に高岡さんを殺そうとした女だったとしてですね、高岡さんの自宅から駒ヶ岳SAまで運転した人が居たわけですよね。猛スピードで」
「その猛スピードというのが誤解だったというのはハイジさん、説明できるよね」
と左座浪は振った。
「はい。説明できます」
と義浜ハイジは答えた。
「まず君のポジションを説明しなさい」
「はい。私は高岡さんの付き人をしていました」
とハイジが言うと、記者たちはまたざわめく。
「高岡さんたちが書いた『疾走』の歌詞は 2003/12/27 3:15 に高岡さんの自宅から上島さんの自宅へFAXされていました。それで高岡さんたちはその後出発し、4:51に事故を起こしたというので250kmを1時間36分で行ったことになり、時速160km以上出していたのではないかと言われたのですが、あれは高岡さんが送ったのではないのです」
とハイジは説明する。
「私は何とかアルバムが完成して私も雑用とかで徹夜作業していたので疲れていて、完成後いったん自宅に戻って仮眠しました。でも夜中に自分よりよほど疲れているはずの高岡さんが運転するのは無茶だ。絶対に本人に運転させてはいけないと気付き、高岡さんの自宅に駆け付けたのです。それが午前3時頃でした」
「私はマンションの鍵を預かっていましたので自分の鍵で開けて中に入りました。でも高岡さんたちは居なかったので、もう出てしまったのか。事故を起こさなきゃいいけどと思いました。その時、送られていないFAXがあるのに気付き、上島さん宛の通信文が付いていたので上島さん宛かと判断し送信しました。それがタイムスタンプとして残ったようなのです」
「それはちゃんと警察に言ったよね」
「はい。事件後は動転していたのできちんと報告しなかったのですが、後日警察に出頭してちゃんと調書を作りました」
「そういう訳で、少なくとも高岡さんたちは3時の時点では出発済みでした」
とハイジは言ったが、左座浪は補足して
「警察は、高速の通行券の燃えかすをX線とかでも撮影して数ヶ月掛けて分析した結果、高岡たちの車が八王子ICを通ったのは 1:X4 つまり、1:04 1:14 1:241:34 1:44 1:54 のどれかと推定したようです。だからこの車のドライバーはスピード違反はしていません」
と述べた。
「またこの夜、中央道を猛スピードで走るスポーツカーが目撃されていますが、この暴走車のドライバーは逮捕されています。高岡とは無関係でした」
と左座浪は更に補足した。
「そして義浜裕恵さん、あなたのポジションと知っていることを言いなさい」
と左座浪は言った。
裕恵は泣き出した。
「みなさんごめんなさい。そしてアクアさんごめんなさい。私がいちばん悪いんです」
と裕恵は言った。
「泣くより先に事実の開示を」
と左座浪。
「はい」
と言って裕恵は涙声に述べる。
「私は当時ユングツェダーで雑用係をしていました。特に私は運転の腕を買われてトランポートやタレントさんの送迎などもしていました。私もあの日は疲れていたので、いったん自宅に帰って休んでいたのですが、ハイジ同様に、自分よりずっと疲れている高岡さんに運転させてはいけないと思い、高岡さんのマンションに行きました。それが1時頃のことです」
と裕恵は言う。
「それで高岡さんは私が運転するなら俺はアルバム完成の祝杯をあげるとおっしゃって、お酒を飲み始めて」
と裕恵。
「つまり高岡は君が行っていなかったらお酒は飲んでいなかったんだね?」
と左座浪は確認する。
「はい。上島さんから厳しく言われてたのを守っていたようです」
と裕恵は言った。上島が涙ぐんでいる。
「そして、君が2人を乗せて車を出したんだね?」
「はい、そうです。ポルシェの後部座席におふたりで乗って頂いて、私が運転して八王子を出ました。おふたりはクタクタにお疲れだったようで熟睡しておられました。そして駒ヶ岳SAでトイレ休憩して、おふたりにも声を掛けたのですが、反応はありませんでした。それで私だけトイレに行きました。ところがトイレから戻ると車が無かったのです」
記者たちがざわめく。
「駐めた場所を勘違いしてないかと思い随分探しましたがどうしても見付かりませんでした」
「その後どうしたか話して」
「はい。偶然大阪方面に行くという人に乗せてもらって大阪まで行きました。大阪に着いてから左座浪さんから高岡さんたちの所在が分からないと聞いて青くなりました」
「なぜそのことをあの時言わなかったの?」
「責任を追及されそうで怖かったからです。しかも高岡さんたちが事故死していたことを知って、今度は私が事故を起こしたのではと疑われそうな気がして、駒ヶ岳SAまで運転したことは誰にも言いませんでした」
「でも警察に言ったよね?」
「はい。事件後1年以上経ってからになりましたが、弁護士さんに付き添ってもらって警視庁に行き、特捜科の警部さんに全てをお話ししました。かなり搾られましたが、警部さんは事故の時には私が運転していたのではないことを理解してくれたようでした」
と裕恵は言う。
左座浪が補足する。
「それで警察は運転手交替仮説がほぼ検証されたものの、肝心の事故を起こしたドライバーが特定できないので、結局この事故の全貌を発表することができなかったようです」
「あの時自分が運転したと言って名乗り出た人の中に事務所と何らかの関わりがあった人が居ないかというので全員の顔写真を見させていただきましたが、私が知る人物は居ませんでした。警察は各々の人物の周囲の人にもかなり聞き取りをしたようですが、ワンティスあるいは事務所との関わりなどは出なかったようです。だから結局誰が事故を起こしたのか、警察は特定できなかったみたいですね」
と左座浪は語った(*69).
風海報道局長は裕恵に尋ねた。
「結局車を乗り逃げされたということのようですが、車はロックしてなかったんですか?」
「申し訳ありません、申し訳ありません」
と裕恵は泣き崩れる。
左座浪がフォローする(*71).
「彼女はずっとイベントの仕事をしていて、そういう現場では車はロックせず鍵も付けたままにしておく習慣があったんです。誰でも車を動かせないと困るので」
「でもそれ以降、必ずロックするようにしたよね?」
「はい。車を離れる時はたとえ車のすぐそばに居る時でも必ずキーは抜いてドアもロックするようにしています」
左座浪はもうひとつ補足した。
「当日、義浜さんを大阪まで乗せてくれたドライバーも当時の警察の捜査で分かり、確かにこの人を乗せたと証言してくれています。それで彼女が駒ヶ岳SAまで行っていたことが裏付けられています」
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