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■春三(1)

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「え?元三(げんさん)って元旦のことなんですか?」
 
とその日『ちょっとかくまって下さい』と言ってあまりの忙しさに逃げて来た龍虎Fは千里に訊いた。
 
「年月日の3つの元だから元三(がんざん)と言う。“げんさん”はよくある誤読」
「“がんざん”だったのか。読み方が難しいですね。だったらおみくじの“元三大師”って1月1日の生まれですか?」
 
「元三大師は9月3日生まれ」
「あれ〜?」
「でも1月3日に亡くなった」(*1)
「ああ、じゃ1月3日の意味でも使うんですね」
「うん。三ヶ日の意味でも使う」
「へー」
 
「まあ今日はゆっくりと休んでいくといいよ」
と言って千里は夕食のトレイを渡す。
 
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「ありがとうございます。そうします。みちおは可哀想だけど」
「忙しさが限度を超えてるよね」
「全く。これじゃぼく妊娠とかもできないです」
「ああ。ふじえちゃんが妊娠すると、みちおちゃんが過労死するかもね」
「御香典は奮発して3000円くらいあげよう」
 
(*1) 元三大師(がんざんだいし)こと良源(りょうげん)は延喜12年(912)9月3日生まれ、永観3年(985)1月3日没。第18代天台座主。天台宗中興の祖。慈恵(じえ)大師、角(つの)大師・豆大師などとも呼ばれる。角大師というのは大師には角が有ったという伝説があるため。今でも多くの寺社にある元三大師おみくじの作者が大師に仮託されている。
 

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彪志が会社でお弁当(大抵千里さんが『青葉の代理』と言って作ってくれる)を食べていたら、女性の同僚・吉沢さんが来て言った。
 
「鈴江さん、もし性転換して女の子になったら名前は何にするんですか?」
「何それ〜?」
「もしですよ」
「月子かな。月の子供。moonchild」
「ああ、なるほど。イニシャルはTSで変わらないんですね」
「あ、そういえばそうだね」
「TSってtrans sexualだったりして」
「あはは」
 

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女子社員たちの裏の会話
 
「即答したね」
「きっと女性名を普段から使ってるんだよ」
「個人的な手紙の宛名とか、ソフトの登録とかに」
 
「こないだ鈴江さんが生理用ナプキン買ってるの見たよ(←しっかり見られてる)」
「こないだから鈴江さん、なんか生理中みたいな臭いがすると思ってた」
「じゃ生理があるわけ?」
「やはり性転換したんだろうね」
「胸があるような気がしてた」
「一度抱き付いて確認してみようか」
 
まあ、なんて大胆な!
 
「最近凄く女っぽくなってる。男の服着てるから今は一応男にも見えないことないけど、女の服着れば女にしか見えないと思う」
 
「元々女っぽかったよね」
「うん。普通に私たちの会話に付いて来てたし」
「コロナ以前はよく女子たちと一緒にお弁当食べてたし」
 
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(↑お弁当持ってくるのが女子に多いだけ)
 
「そのお弁当が手作りっぽいけど、奧さんと離れて暮らしてるからあれ自分で作ってるんだよね」
「いや料理うまいみたいというのは、コロナ以前の花見の宴会でも思った」
 
(↑ずっと1人暮らししてたから料理もできる)
 
「男の子アイドルの名前よく知ってるし」
「女子のアクセサリーとかの種類もよく知ってるし」
 
「化粧品の新製品とかもよく知ってたし」
「きっと自分で普段はお化粧してるんだよ」
「いや、彼女から微かな香料のような香りを感じたことある」
 
(↑もう“彼女”と言われてる)
 
「うちの会社はお化粧禁止だけど日曜とかはしてるんだろうね」
 

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「だったら川上青葉さんとはレスビアン婚?」
「だったらどうして女同士で赤ちゃんできたの?」
「きっと月子ちゃんのお兄さんの精子を借りたんだよ」
 
(↑当たらずとも遠からず)
 
「だったら妊娠は計画的か」
「多分少し休みが欲しかったんだよ。川上青葉さん忙しすぎたもん」
「なるほどー。ゴールドメダリストだと勝手な引退も許されないしね」
「東京五輪を花道に引退しようと思ってたのに水連会長から説得されて翻意したって」
「それでまた世界水泳で金メダルだもんね」
「でも何度もは休めないから、2人目は月子ちゃんが産むのかも」
「ああ、レスビアンのカップルって交替で産んだりするみたいね」
 
(やはりそうなるのかも)
 
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「これからは“つきちゃん”と呼んであげよう」
「名刺も作ってあげようよ」
 

若林はその日21時頃まで残業し、そのあと一緒に残業した男性3人と一緒に居酒屋に行った。去年・一昨年(2020-2021)はコロナで飲みに行くのも控えていたのだが、もうそろそろ大丈夫かなという気持ちがあった。
 
23時頃まで飲んで、4人の内2人が「終電があるから」と言うので一緒に出ることにする。お会計をして2人は駅に行く。1人は「もうバスが無くなった」と言ってタクシーに乗った。若林は自宅まで2kmほどなので酔い覚ましに歩いて帰ろうと思った。
 
駅前の大通を南下していく。実はまだバスはあるが、深夜のバスは混むので感染対策からもこの程度は歩きたい。朝も6時台のバスで出て来て時差出勤をしている。最初は酔いで感覚が少し遠い感じだったが、1kmも歩くと結構酔いが覚めてきた。とともにトイレに行きたくなる。
 
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環状線と交わるところでまだ開いている珈琲館があったので、そこに入り、カフェオレを注文してからトイレを借りる。男子トイレに入ろうとしたら掃除中である。
「あ、すみません。今掃除中なので女子トイレを使ってください」
「あ、はい」
 
それで女子トイレに入るがちょっとドキドキ。でもこちらに入ってと言われたんだから入っていいんだよね?若林はそう自分に言い訳すると女子トイレの個室に入り、備え付けのアルコールで便座を拭いてから、ズボンと“ショーツ”を下げて座る。かなり大量におしっこは出た。アルコール臭い。
 
流した後、タマタマを体内に格納し、ペニスは後ろ向きにしてショーツで押さえる。それからズボンを上げた。
 
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女子トイレを出るとちょうど男子トイレの掃除が終わったようで、掃除をしていたスタッフはこちらに入ってきた。
 

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しかしトイレに、しかも女子トイレに入ったので、かなり意識が明瞭になった。珈琲を飲んでから少しボーっとしていたが帰ることにする。
 
その時突然彼は“したい”気分になった。
 
それでスーツの上を脱いでネクタイも外し“ブラウス”姿になる。上衣とネクタイはバッグに入れる、ブラウスの下には実はブラジャーとキャミソールを着ている。ブラ線も目立つし、ブラジャーを着けていることで胸もあるように見える。彼は再度トイレ(今度は最初から女子トイレ)に入ると、ズボンも脱いでこれもバッグに入れる。靴下を脱いでタイツを履きガードルも穿くが完全に上まではあげない。ショーツをいったん少し下げて、玉を再度体内に収納し棒は後向きにしてショーツを上にあげて押さえる。タイツをあげ、ガードルでしっかり押さえる。ガードルはタイツのずれ落ちと、余計な物が重力で降りて来ないようにするのとを兼ねる。
 
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ロングスカートを穿く。
 
ブラのカップの中にシリコンパッドを入れる。これでかなり胸があるように見えるのでドキドキする。防寒にフリースを一枚着る。フリースを着ても胸はわりと目立つ。
 
髪型を整えて女っぽくする。顔を化粧水で拭き、口紅だけ塗った。
 
それでトイレを出た。
 

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時刻を確認しようと思ってスマホを見るとバッテリーが切れてるのに気付く。ありゃあと思う。お店の中にも時計が無い。スタッフに時刻を訊こうかと思ったが、“声バレ”するのが怖かったので、声を掛けずにお店を出た。どうせ12-13分で自宅に戻れるはずだ。
 
それで歩いて行く。スカートを穿いているので歩幅が小さくなり、腰でバランスを取る感じになって、歩き方も内股っぽくなる。この歩き方を変えるだけで実は凄く女っぽく見える。
 

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そうして歩いているうちに、あれ?ここはどこだ?と思う。スマホで地図を見ようとしたらバッテリー切れであったことを思い出す。
 
一気に酔いが覚める。
 
住居表示があったので見る。ガーン。自分は通りをまっすぐ南下しなければならなかったのに、環状線にそって西に歩いてるじゃんと気付く。折り返して反対側に向かって歩く。なかなかさっきの交差点に到達しない。おかしいなと思って通り掛かりの住居表示を見ると交差点を通り過ぎている!嘘!?あそこの交差点を見落とすなんてあり得ない。
 
若林はまた戻ると再度あの交差点を見落とす気がした。彼はそこから南へ向かって歩き始めた。
 

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若林はくたくたになってアパートの階段を登り自分の部屋に入った。家の時計を見たらもう(朝の)6時である。つまり珈琲館で30分ほど?休んだのを除けば6-7時間歩き回っていたことになる。明け方通りがかりのパトカーに声を掛けられるまでなぜか自宅の1km程度以内をひたすら歩き回っていた。
 
若林が警官に声を掛けられた時、その場で崩れるように倒れてしまったので警官は驚き、病院に連れて行きましょうかと言ったものの、自宅で休んでますと言うと、警官は親切にも自宅のアパート前まで送ってくれた。性別のことは特に訊かれなかった。むしろ明け方女性がひとりで歩いていてウォーキングとかでもないようなので声を掛けたという感じだった。性別曖昧な“無声音”で話したので、声バレした感じは無かった。警官は彼を女性と思い込んでいたようである。
 
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しかしクタクタである。出勤の時刻だが30分休もうと思った。
 
それで彼はスマホを充電ケーブルにつなぐとトイレに行った後でシャワーを浴びた。その後新しいショーツとキャミソールを着けてキティちゃんのパジャマを着ける。“元気づけ”にダイアン35(*2)を飲んで水で流し込んだ。布団に潜り込んで“大きなクリトリス”をいじっていたら、その内何も出ないものの逝った感覚があった。それでそのまま睡魔の中に引き込まれていく。
 
7:00にもスマホの予備アラームがセットしてあるからそれで目が覚めるはずと思った(←スマホがバッテリー切れで電源まで落ちていることを失念している)
 

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ドアが強くノックされるので目を覚ます。時刻を見たら12時!?
 
ドアの外で「若林君!」と呼ぶ声は課長!??
 
「課長済みません。今開けます」
 
女物のパジャマだけど仕方無い。
 
「いや、開けないで。君体調は?」
「えっえっと、済みません。完璧に寝過ごしたみたいで」
「熱とかは?」
「・・・特に無いようです」
「歩ける?」
「・・・えっと普通に歩けるようです」
「いや電話にも出ないから寝込んでいるんではないか思って訪ねて来た」
「わざわざ済みません!ドア開けますね」
「いや開けないでこのまま聞いてくれる?」
「あ、はい」
 
「実は鈴木君と田中君が朝から熱を出してね」
「はい」
「ふたりともPCR検査受けたら陽性だった。自宅隔離になる。君は熱とか出てないのね?」
「いえ特に」
「ちょっと体温測ってみてくれる?体温計持ってる?」
「持ってます」
 
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それで測ってみる。
 
「35度6分です」
「熱は出てないみたいだね。昨夜鈴木君・田中君・渡辺君と君の4人で飲んでたんだって」
「あ、はい」
 
「渡辺君は症状出てなかったけど病院で検査してもらったら陽性だったらしい。君もこのあと病院に連絡してすぐPCR検査してもらって」
「分かりました!」
 

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それで課長は帰っていった。若林はスマホの電源が落ちていたことに気付く。それでアラームも鳴らなければ、電話もつながらなかったのか!
 
若林は再度シャワーを浴びた。乳首が立っているのが嬉しい。このおっぱい自体大きくなるかなあ、などと期待している。(*2)
 
バスルームを出て、ショーツとブラジャーだけ着けて病院に電話した。すぐ来てよいということである。若林はブラジャーにパッドを入れ、キャミソール、Tシャツ、ロングTシャツ、黒タイツ、ガードルと着け、ロングスカートを穿いた。念のためフリースも着た。
 

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(*2) Dian35は女性ホルモン剤の一種。これを飲むと不可逆的に“男性を廃業する”ことになる。女性ホルモン剤は血糖値を上げる作用があるので確かに一時的に元気が出るような気がする。
 
Dian35だけではバストを大きくする効果は無い。
 

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それでパンプスを穿いて1kmほど離れた病院まで歩いて行く。体温を上げないようにゆっくりと歩いた。フリースを着てても結構胸の膨らみが目立つので気分が高揚する。それで病院の前でスマホで連絡し、病院の外でPCR検査してもらった。幸いにも陰性だった。
 
会社に連絡すると
「良かった。でも念のため3日間休んでてくれる?」
「分かりました。そうします。今朝は申し訳ありませんでした」
 
若林は濃厚接触者ということになるようである。彼は食料を沢山買い込んで自宅に戻った。(女装で近所のスーパーに入るのは平気。ここで女物の服や下着も買っている)
 
しかし3日休むとそのあと土日があるので結局5日間休むことになる。ということで若林は5日間思いがけず休みができ、その5日間は完全女装生活を送ることになった!
 
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5日間も女装生活してて、月曜日からも女装で会社に行きたくなったらどうしよう?などと若林はネイルを塗りながら思った(←行けばいいじゃん?どうせ既にバレてるって)
 

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