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■春三(11)
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11月5日(土).
元紀はこの日の試験のために前日4日に§§ミュージックのホンダジェットで佐賀空港から熊谷市の郷愁飛行場に運んでもらい、SCCの車で浦安市に入って市内のホテルに泊まった。
性別訂正の書類を書いたことは取り敢えず気にしないことにする!
5日朝、ホテルの部屋でコンビニ弁当を食べた後、部屋で女性用のビジネススーツを着て、お化粧は特にせず(化粧水・乳液と口紅だけで)ホテルを出る。SCCの車で司法試験予備試験の口述試験がある、法務省浦安総合センターに出掛けた。元紀はトラフィックのメンバーなのでタクシーの使用は禁止されている。
試験は2日間で、今日が民事、明日が刑事である。
最初に受付をする。受験票の写真と本人の容貌には特に差は無い。が、性別を確認される!
「すみません。書類では男性となっているのですがお声を聞くと女性のお声に聞こえるのですが」
「ああ。なんかこういう声に変わっちゃったんですよ」
「ご病気か何かですか」
「よく分かりません。ついでに性別も変わってしまったので今裁判所に性別訂正を申請中です」
「ああ、そういうことですか。性転換手術を受けられたんではないんですね?」
「違います、自然に性別が変わったんです」
「なるほど」
多分“魔女っ子千里ちゃん”が自分を女性に変えてくれるだろうと思い、もう予定でそういうことにしておく。もう4ヶ月ほどフルタイムRLE(*21) していて、今更男として生きる気持ちは無くなっている。真和は女の子の身体になっちゃったみたいだけど、多分自分もその道だろう。“魔女っ子千里ちゃん”は骨格を少しずつ女性的にしてあげると言っていたけど確かに骨格が少しずつ変化しているのを感じる。
「裁判所の判断が出たら、訂正届けをすみやかに提出しますので」
「了解です」
それで受け付けられて、試験室番号と順番札をもらう。スマホは電源を落とし、渡された封筒に入れて封じる。会場を出るまで、この封筒は開けられない。
(*21) RLE Real Life Experience. 性別を変えたいと思っている人がその新しい性での実生活を経験すること。元紀は論文式試験の終わった7月中旬以降、ほぼ女の服を着て生活しており、既にそれが4ヶ月ほど続いている。
そして集合室(通称:体育館)に入る。
手を振ってる女性が居る。同級生の典実ちゃんである。彼女も女性用ビジネススーツである。もっとも彼女は紺色、こちらはグレイである。こちらも手を振って隣に座る。他の受験生の邪魔にならないよう、小声で話す。
「緊張しない?」
「平常心、平常心。口述試験は“通してくれる試験”だから」(*22)
「そうだよねー。ねぇ、もときちゃんの受験票見せて」
「いいよ」
と言って元紀は自分の受験票を見せる。
「女子にしか見えない!」
「そうかな」
「私のも見せてあげるね」
「可愛く撮れてる。写真屋さん?」
「そそ。元紀ちゃんのは証明写真機?」
「うん。私も写真屋さんに行くべきだったか」
「ただし写真機以下の写真屋さんも半数居るから注意」
「ありそう!」
(*22) 毎回口述試験は95%程度の合格率である。しかも受験生がたまたま詳しくない問題に当たっても、試験官は結構ヒントをくれる。予備試験で難しいのは口述試験に至るまでの、短答式と論文式。どちらも合格率が20%程度で両方通るのは 0.2×0.2=0.04 と 4%程度の合格率になる。
その後は各々参考書を読みながら待機する。やがて先に典実ちゃんが呼ばれる。その30分後に元紀も呼ばれて待機室(通称:発射台)に移動する。5分ほどで呼ばれて試験室に入る。
それで口頭試問を受けたが、問答は気持ち良い流れで進んだ。試験官も笑顔である。10分程度で終わる。
終了室に行くと典実ちゃんが居て手を振っているので隣に座る。
「どうだった?」
「一応スムーズに応答できたかな」
「こちらも何とかなった感じ」
「よかった」
やがて帰って良いですよという指示があるので(*23)会場を出る。彼女はタクシーを呼ぼうとしたが
「あ、待って」
と言って元紀はSCCの車を呼んで自分のホテル経由で彼女のホテルに送ってもらった。
「§§ミュージックとの契約で公共交通機関の利用が禁止なんだよ」
「へー!」
遊びに来ているなら一緒に食事でもしたい所だが2人とも明日も試験がある。
(*23) 口述試験は午前組と午後組に分かれる。元紀や典実は午前組であった。午前組は午後組が集合室に全員入るまで終了室に留め置かれる。携帯電話やパソコンも使用できない。午前組から試験問題が漏れないようにするための処置。午後組は終了室無しで口頭試問が終わるとそのまま帰ってよい。
(元紀と典実は多分同級生だからなおさら同じ組に入れられた)
元紀はコンビニに寄ってサンドイッチと飲み物を買ってホテルに戻った。そして遅めの昼食を食べると、とりあえず寝た。
夜8時頃目が覚め、コンビニで晩御飯と明日の朝御飯を買ってくる。そして御飯を食べてから少し勉強し、12時頃には寝た。ここまで来たら勉強に時間を使うより体調を整えておいたほうが良い。
11月6日(日). 元紀は再びまた浦安総合センターに出掛けて今度は刑事事案に関する口頭試問を受けた。終わった後、今日は典実ちゃんと一緒に“テラス席のある”ファミレスに移動して一緒に昼食を取った。
「外食も禁止だけど、屋外席とか、風通しの良い広いフードコートとかのあるところだけが例外」
「なるほどー!」
「でも冬になると屋外席はきつい気もする」
「確かに!今の時期が限界かもね」
「しかし何とか口述試験も終わったねー」
「後はまな板の上の鯉の気分で結果発表を待つだけだね」
それで2人で暖かいチューハイとピザ・チキンで予備試験合格(を信じて)前祝いをした。
(11/5 12:00)
青葉たちが打ち合わせていたところに邦生(もちろん女装!)がお昼御飯のトレイをワゴンに積んで持ってくる。
「くにちゃんありがとう」
「それより青葉ちゃんさあ、せっかく彪志さんこちらに来てるのに放置してていいの?」
と邦生が心配して言う。本来プライバシーに突っ込みすぎだが同級生のよしみである。
「ああ大丈夫。放置プレイ中だから」
邦生が真珠を見る、すると真珠は言った。
「青葉さん、S市の旧人形美術館跡がきれいにポケットパークとして整備されたらしいんですよ。見に行きませんか」
「あ、それもいいかな」
それで、千里のオーリスを使い、千里・青葉・真珠・明恵、それに“女装の”彪志の5人で見に行くことにしたのである。
「なんで僕も行くの〜?」
「青葉さんのお守り役」
「ああ」
とそれで彪志は納得する。
「でも男物に着替えさせて」
「大丈夫ですよ。青葉さんの友人女性と紹介しますから」
「そんなあ」
「彪志さん、女名前があるんでしょ?教えてください。現地で男名前では呼びにくいから」
「えっと・・・月子かな?moon child」
「へー」
「こないだうちの会社の女子がこんな名刺作っちゃって」
と言って、鈴江月子の名刺を配る。
「すごーい!とうとう女性として勤務するようになったんですか」
「違うよ。あくまでジョークだよ。僕の他に課長にも女性モードの名刺を作っていた」
と彪志は言い訳する。
「あのぉ、月子さんの会社ってヒマということは?」
「ああ、それで係長に叱られてた」
青葉はニヤニヤしている。青葉も1枚名刺をもらい
「これからは月子ちゃんと呼んであげるね」
などと言っている。
(この時点で彪志はこの番組が全国に放送されることに思い至ってない)
なお彼は番組上の仮名は“金沢ムーン”にした。(まんま!)
それでそのメンツで、真珠と明恵が交替でオーリスを運転してS市に向かうことになった。真珠が撮影を担当する。
出掛ける前に着替えるが、青葉はあまりお腹が目立たないセラフィン(ブランド名)のドレスを着る。明恵と真珠は2階の部屋で取材用のスーツに着換えて来た。明恵はアニエスベー、真珠はコムサである。千里も自分の部屋でシャネルのビジネススーツに着替えてきた。
“月子”はスーツならと思い、研修で着たイオンのビジネススーツに着替えたのだが、千里に駄目出しされる。
「なあにぃ?月子ちゃん、そんなパートのおばちゃんが着るような安物はダメだよ」
と言う。
だってこれ千里さんがくれた服じゃん!と思う。
(浦和の家で彪志に女物の服を渡したのは安物好きの千里1、ここに居るのはそれとは別の千里である)
が千里は自分のサンローランのビジネススーツを貸してくれた。
「多分私の服なら入るだろうと思ったけど入ったね」
「青葉さんの服なら入らないの確実でしたね」
桃香の服だとウェストが大きすぎる。そもそも桃香は高い服を持っていない!
それで出掛ける。まずは県道32号に出て西行する。
「(妊娠中の青葉に負担がかからないよう)ゆっくり走りたいから七尾までは下道を通っていきましょうか」
と言って高岡北ICには行かず西海老坂交差点を直進せずに右折した。
この時“誰が”下道を行きましょうと言ったのか、誰も覚えていない。
┃ ┃
┃ ↑ ┃
┃R160┃
━━━━━┛ ┗━━━━
←高岡北IC ←伏木
━━━━━┓ ┏━━━━
┃ ↓ ┃
┃至R8┃
能越自動車道よりずっと立派な!国道160号を北上する。
氷見市街地を通過する。左手にマックスバリュー、右手に氷見漁港などを見ていく。稲積交差点(氷見北IC入口)を過ぎると道は細くなる。県道18号(石川県中能登町へのショートカット)のある阿尾の集落を過ぎる。右手に小さな港が見えた時、彪志(月子?)が
「あ」
という小さな声をあげる、
「どうしたの?」
「いや何か銅像が立ってるなあと思って」
「ああちょっと戻ってみましょうか」
と言って明恵は脇道を利用してバックし、その像が立っているところに就けた。
何か像が立っていて、左手に車を停められる所がある。どうも廃校になった小学校のようである。ポケットパークになっていて小学校のトイレが使えるようだ。
「トイレ行っておこう」
と言って青葉が行く。明恵と真珠も行く。千里さんが月子に
「青葉の付き添いでしょ?月子ちゃんも行かなきゃ」
などと言う。
「あ、はい」
それで結局全員トイレに行く。
青葉、明恵、真珠、千里が女子トイレに入るが、月子はモジモジしている。
「月子さん、入らないんですか?」
「いやちょっとその・・・」
「普段は女子トイレ使っておられるんでしょ?月子さんの容貌ならこちらに来ても咎められることないですよ」
「むしろ男子トイレに入ろうとしたら咎められるよね」
などと青葉が言っている。
「付き添いさん、頑張れ」
「あ、はい」
ということで月子も女子トイレに入った。しかし女子トイレ内の彪志を見て青葉は「かなり女子トイレ慣れしてる。女装外出の経験は長いとみた。実はかなり前から女性指向があったんだな」と思った。きっと結婚までは隠していたのだろう、と思う。
それで全員トイレを済ませてから銅像のところに行ってみる。
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