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■春三(10)
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ロビーに出てから最後に美奈子とボールを取り合った向こうのポイントガード・波並さん(2年)が夏生に声を掛けた。
「H南高校さん、物凄く動きが進化してた。北信越大会で見た時とはまるで別のチームだった。凄く動きがスピーディーになってた。最後も綾野(美奈子)さんの動きに気が付いて追いかけたけど追いつけなかった。一瞬指は触れたけど、こちらの体勢が不安定でボール奪えなかった。無理してファウルすれば綾野さんならフリースローで確実に逆転されるし(←この辺の一瞬の判断がさすが)」
「富山B高校さん、物凄く強い。実力では完全に負けていた。でも何とか勝てた。でも確かに北信越大会からは進化したかも」
と夏生は答える。
「やはり夏休み合宿とかしてたの?」
「ううん。今回の進化はブラジャーのお陰」
「はぁ?」
「いや、私たちコーチも含めて素人集団だったから、ブラジャーのこと何も考えてなくて普通のブラで試合に出てたから。たまたま練習を見に来てくれたプロの女子バスケット選手に指摘されて夏にみんなスポーツブラを買ったら動きが見違えた。瞬発力が画期的によくなったし、走る速度もみんな1割は上がった」
「なるほどー。噂に聞いたけど、そちらの奥村先生ってバスケットは今年の春から始めたんだって?」
「そそ。それまでは国体にも出た水泳選手だったんだよ」
波並さんは言った。
「違うジャンルでもその道を極めた人の指導は違うかもね。H南高校さんは来年が怖い」
「そう期待されるように頑張る。そちらも頑張ってね」
「うん」
波並さんと夏生は再度握手した。(多分この2人が来季のキャプテン)
控え室に帰るとみんな再度歓喜の渦である。日和と弘絵(今日の試合では出場機会が無かった)(*17)に買ってきてもらったコーラで祝杯をあげる。
「何とか。勝てたぁ」
「向こうはほんとに強かったね」
「うん。実力では完全に負けてた」
「まあよく勝てたね」
「たぶん5回試合したら1回くらい勝てるレベルだけど、その1回だった感じ」
「次やる時までには、5回の内2回勝てるレベルになろうよ。そしたらその2回目でまた勝てるかも」
「そのくらいの進化なら何とかなるかも」
「取り敢えず明日も頑張ろう。東京のもんじゃ焼きも美味しいらしいよ」
「あ、いいですね。スカイツリーもまだ見てないから行ってみたいなあ」
「横浜の中華街もいいですね」
「今日は取り敢えずピザでいいです」
「はいはい」
ということで富山市内でピザを10枚!買い、選手14人、マイクロバスを運転してくれた松夜のお父さん、春貴の合計16人で食べた。春貴は6枚くらいでいいかなあと思ったのだが「先生10枚にしましょう」と河世が言ったので10枚買ったら、きれいに無くなった。高校生の食欲は、なかなか凄い。
(*17) 弘絵は元々「マネージャーでも良ければ」と言って入ったほぼ“頭数合わせ”のメンバーである。しかし彼女よりずっと運動能力の低い日和が居るので一応選手として出ている。しかし下位の試合以外ではほとんど出番が無い。春貴は現在彼女にE級コーチの講座(オンライン)を受けさせているところである。
伏木の青葉邸。
11月5日(土)の早朝、千里姉が「通り掛かり」といってやってきた。青葉は今回の事件が山場に入ったのを感じた。取り敢えず千里姉は自分の部屋で休んでいるが乗ってきた車がオレンジ色のオーリスなので3番さんかなと思った(←青葉は全く進化してない)
(オーリスは本来2番の車だが2番は出産直後でまだ動けないから、きっと3番が使ったのだろうと思った。1番はこういう大きな車を好まない)
またこの日は10時頃、初海がやってきた。編集部には双葉がお留守番しているらしい。初海は
「また2件、詳細の分かった報告があった」
と言ってレポートを持って来てくれた。千里姉も呼んで一緒に聞く。
(24男)自宅から700mほどの郵便局でお金を下ろそうと思ったらカードを忘れてきていることに気付き、結局降ろせなかった。自宅に帰ろうとして迷子になった。どうしても自宅に近づけない。1時間ほどひたすら歩いていたが疲れたので道路傍の石柱のようなもののそばに座り込んでしまった。スマホを膝の上に置いてしばらくボーッとしてたらスマホのエモパー(*18)が「お帰り!今日は7654歩歩きましたよ。今日の目標歩数を達成しましたね。やったー」などと話し掛けて来た。それでハッとしたら、よく見ると自宅マンションの近くなので1分で帰宅した。
「エモパー!」
「そうかスマホのAIが話しかけて来ても迷路から抜け出せるのか」
「これはうまい手ですね。積極的に推奨しましょう」
とみんなの意見が出る。
青葉や真珠はこれで解決策が見付かったと思ったのである。
しかし初海は「そういう訳でもないみたいなんだよ」と言って次の報告を読む。
(19女) 大学で指導教官の部屋に行ったが、お留守だった。しかたないので帰ろうと思ったが、大学構内で迷子になった。あちこち歩くがどうしても校門まで到達できない。それで疲れていったん座り込みスマホに「ヘイ、シリ。ファミリーマートXX店までナビ」と呼びかけた。それでSiri(*18)は「はい。ファミリーマートXX店までナビします」と答えたものの、Siriの案内通り歩いててもどうしても校内から出られない。疲れて渡り廊下で座り込んでいたら、友人に声を掛けられた。学内で迷子になったと言うと笑われたが、彼女が正門前バス停まで連れてってくれた。それで帰れた。
「シリではだめなの〜?」
「エモパーはよくてシリはだめって外国製はNGとか」
「まさか」
(*18) エモパーはシャープのスマホに搭載されたAIアシスタント、Siriはアップルのスマホに搭載されたAIアシスタント。この類いのものには他に、Google Assistant, Yahoo!音声アシスト、AmazonのAlexa、docomoのmy daiz、などがある。
「うーん。違いが分からん」
と言っていたら、千里が分かったようである。
「エモパーはスマホに搭載されているAIアシスタントの中で唯一、向こうから話しかけてくるんだよ。シリにしてもGoogle Assistantにしてもこちらから話しかけなければしゃべらない」
「あ・・・」
「他にもいくつかおしゃべりするアプリはあるけど、みんなこちらから話さないと何もしない。どうもこの妖怪の迷路解除条件は、誰かに向こうから話しかけられるということみたいただね」
「そういうことか」
「じゃ117とか177じゃだめですかね」
「やってみる価値はあるけど、駄目な気がする」
「だったらシャープのスマホ推奨ですか」
「いやエモパーも話しかけてくるのは自宅のみ。自宅以外の職場とかでは話しかけてこない」
「確かに職場で話しかけられたら迷惑だ」(*19)
「今回の事例ではたまたま自宅の近くに居て自宅のwi-fiがそこまで届いていたのだと思う。だからエモパーは自宅に戻って来たと誤認した」
「ああ」
「じゃたまたま自宅近くまで来ていたということですか」
「家庭用のwi-fiは自宅から20mくらいは届くからね。その範囲ならいける可能性がある」
「なるほどー」
「偶然の産物か」
「でもこの人、守護霊が凄く強いと思うよ。だから“偶然”近くまで行けた」
「私も思いました!」
と明恵も言った。青葉も頷いていた、
「でも今日の二人はどちらもずっと歩き回らずに座って待ってるね」
「やはりそれがいいみたいですね」
「7-8時間歩き続けたら普通の人は倒れますよ」
「最初の5例は全員体力があったんだな」
あとで確認したらコンビニに寄った女性は、結構座っててコンビニで買ったおやつを食べてたと言っていた。他の4人は全員スポーツ経験者だった。
(*19) エモパーは自宅以外にも1ヶ所おしゃべりを許可する場所を設定できるので旅行先で自分の居るホテルなどを設定することも可能、
「だけど今回のような迷子のなりかたって登山してて山で迷子になった状況と似ている気がするのだけど、あきちゃん白山・立山・富士山と登ってるよね?」
「おっ、凄い。日本3名山制覇」
明恵はVサインをしているが答えた。
「山で道に迷った時の基本は引き返すことです」
「あぁ!」
「迷子になった時、いちばんやってはいけないのが新たな道に入ることですよ。それは更に迷うだけです。素人は、この道を行けば方角的に正しい方向に行けるのではとか考えるんですが、それは更に迷うことにしかなりません」
「素人はやりがちな気がする」
「女装っ子のC子さんも、正しい道に行けないからって、別の道を進んで、状況が悪化してますね」
「ああ」
「先輩が言ってたんですけどね。経験的にだいたい2つ前の分岐まで戻ると、たいていそこは正しい道だって」
「迷ったら2つ前まで戻れって、ちー姉も言ってたね」
「それは私が小さい頃に緩菜から教えられたこと」
「・・・ちー姉が小さい頃って緩菜ちゃんまだ生まれてないと思うけど」
「前世の緩菜ね」
「・・・いいことにしとこ」
千里姉の話って概して時系列がメチャクチャだと青葉は思った。
「ただ『2つ前まで戻れ』というのは、道を間違ってから分岐を2つ進んだところで道を間違ってることに気付くということだから、勘の悪い人はもう少し先まで行ってから気付く。そういう人は3つくらい戻った方が良いかも」
「ああ」
「とにかく戻って分岐まで来た所で地図などをよくよく確かめる。正しい道に来てたのに修正しようとしてわざわざ違う方向に行っちゃうとか、ありがちだし」
「勘の悪い人はそれもやりがちですね」
「戻ろうとしてうまく行かない場合は、できるだけ安全な場所、できれば雨風しのげる場所で動かないことですね、むやみに動き回るのは単に体力を浪費するだけです」
「やはり最後はそれですよねー」
「ただ自分が行方不明になっていることに気付いてもらう必要がある。そのためには登山届けは必ず出しておくこと。登山の場合は“ココヘリ”(*20)を持っていくことですね。今の時代、あれを持って行くのは必須だと思います」
「今回の事件の場合はとにかく6〜8時間程度経てば解除されるみたいですしねー」
「非常食、たとえばカロリーメイトみたいなのをカバンのポケットとかに入れてて常時持っておくといいですね」
「備えあれば憂い無しだな」
「バランスパワーでもいい?」
「私はソイジョイ派」
「お好きなのを」
「ウォーキングする人とかたいてい非常食にチョコ持ってるよね」
「そうそう。チョコは即効性があるしね」
(*20) ココヘリとはGPS発振器。行方不明になった時、これを使うと早く救難ヘリに見付けてもらえる。わりと安価にレンタルできる。こういうの無しで、山で遭難した場合
(1) 物凄い捜索費用が掛かり、それを遺族が負担することになる。ヘリの料金は2時間で100万円ほど掛かり、2週間捜索すると数千万円に及ぶ。
(2) 遺体が見付からないと失踪宣告まで7年かかり、それまで死亡保険金が出ないし、預金なども引き出せない。住宅ローンなど抱えているとそれも遺族の負担になる。
(2)の問題は見落としている人が多い。
11月5日(土).
墓場劇団の公演生中継が2ヶ月ぶりに行われたが、今回も死国巡礼との合同公演でやはり火牛アリーナからの中継となった。今回の脚本は地獄大佐と泣原戦死が共同執筆した『冥土喫茶の午後』である。
いつもながら、くだらないダジャレの連続だが、観ていた人たちはお腹の皮がよじれるほど笑い転げた。また歌音・アリアの姉妹の美少女ぶりが魅力的で男性ファンがずいぶん増えたようであった。
ベテラン・コメディアンの山田次郎さんが「墓場劇団に笑いの原点を見た」というコメントをtwitterで発信し、12月にはあけぼのTV系列で全国で視聴できることになった。また12月公演では.再度見たいという声の強かった『クラインの墓穴』を再演することになった。
(これまではホーライTV単独で中日本限定だった。ただしホーライTV・あけぼのTVなどの有料会員は全国から視聴できた)
境界迷子の性別について議論が起きていたが
「ぼく男の娘でーす」
と本人が明るーくtweetしていた。
「女の子みたいな声出すのうまいね」
「だいぶ練習しました(←嘘つけ)」
「迷子ちゃんなら男の娘でも結婚したい」
「ぼくバイだから男の人でも満足させてあげる自信あるよ」
「おーすごい!」
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