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■春三(17)

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それで帰ることにする。
 
「みんなちょっと待ってて。車をUターンさせる」
と千里が言う。
 
「誘導します」
と明恵が言ったが
 
「いや大丈夫だよ。危ないからみんな離れてて」
と千里は言い、車に乗るとほんの2〜3回の前進・後退で車の向きを反転させる。
 
こんな真っ暗闇な山中で細い道なのに脱輪させずに車を転回させられるって凄いと思って明恵は見ていた。
 
(“この”千里は元々目が悪いので、明るくても暗くてもあまり関係無い!実は目を瞑っても運転できる)
 
「いいよ。みんな乗って」
と言うので全員乗車する。
 

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それで山を降りるが、車は山中でエンジンが変な音を立てて止まってしまう。
 
「オーバーヒートだね。ちょっと待って」
 
千里はボンネットを開け、車内にあるペットボトルの空き瓶に水を入れたものを持っていってクーラントの所に注いだようである。(*38)
 
それでエンジンを始動してスタートさせる。また止まる。また給水する。また始動して発進する。明恵や青葉は平気だが日和は不安そうにしている。
 
最後は国道が見えるところで、とうとうエンジンが始動しなくなった。
 
「ああ、寿命か」
と千里。
 
「この後は?」
「たぶんこうなるだろうと思ったから呼んである」
と千里は言った。それで車の中で10分ほど待つ。
 
九重は日和に
「これ膝に掛けてろ」
と言って自分のウィンドブレーカーをあげた。
 
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やがて清川の運転するキャリアカーとコリンの運転するCX-5が到着する。実は近くに待機させておいたのである。
 
それで千里たち4人の女子はCX-5に移り、九重・清川に
 
「後はよろしく」
と言って引き上げた。(コリンが運転し、千里が助手席、青葉・日和・明恵は後部座席)
 
(この後、九重たちはヴィッツをキャリアカーの荷台に、ぽーんと放り投げて載せて、車両工場に運び完全廃車の手続きをした)
 
(*38) 水は緊急の際、ウォッシャー液代わりにもクーラント代わりにもなるので、ペットボトルの空き瓶に水を入れて車に積んでる人は多い。何?そもそもウォッシャー液など使わず水を入れてるって?かびても知らないよー。
 

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伏木の青葉邸に辿り着いた5人はまずトイレに行く。
 
「山の中は結構冷え込みましたね−」
「コリンちゃんも寒い中待機ご苦労さん」
 
この家は本館1階だけでもトイレは5つあるので一斉に行ける。ちなみにトイレは2階にも3つあるし、他にスタジオ・地下室・B1の体育館・B2のプールにもある。(←トイレ掃除人を雇わなくていい?)
 
(再掲)


 
日和は出掛ける前と同じトイレ(サンルーム近くのトイレ)に行った。
 
股間の形は同じである。やはりぼく女の子になっちゃったみたい。
 
ぼくここ何ヶ月か、男女の境界地帯を迷走していたみたい。でもこれからは女でいいのかも。ぼくずっと男にはなりたくないと思ってたし。男にならないなら女にならないといけないよね?これからは女として頑張ろう。
 
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日和が居間に戻ると
「打ち上げするよー」
と言われる。
 
朋子がシチューを作っておいてくれた。また千里が小楢に指示してパンを焼かせておいたので、暖かいシューを焼きたてのパンと一緒に頂く。
 
日和がシチューを3杯もお代わりし、パンも2きれ食べたので青葉と明恵は驚いた。
 
「たくさん食べられるじゃん」
「なんか入る気がして」
「きっと日和ちゃん自身が迷路から脱出できたんだよ」
「村山さん、ぼく§§ミュージックから誘われて少し悩んでたけど、自分の行く道を決めました」
「多分ひよちゃん、自分の人生の方向性も決めたでしょ」
「はい。なんか迷いがすーっと消えたみたいで」
 
“あれ”も消えちゃったし、と日和は思った。
 
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「日和ちゃん、このあと背丈も伸びるし、おっぱいも大きくなるよ」
「そうかもですー」
 
「今何センチだっけ?」
「(公称)148cmです」
「もっと低い気が」
「このあと170cmまで伸びたりして」
「それはさすがに高すぎですー」
 
このあと、千里とコリンがCX-5で日和を自宅に送っていってあげた。
 

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なお、千里は日和のお母さんに電話を入れ!住所を教えてもらい、それをカーナビに設定して自宅まで行った。その場で日和に道案内させると、要領が悪すぎてきっと辿り着けない!
 
千里はこの子、ローズ+リリーのマリと同じタイプだと思った。政子の道案内も酷い。タクシーを15分くらい迷走させて、運転手に「お客さんどこに行きたいんです?」と訊かれたこともある。政子に何か説明させてもまず訳が分からない。頭の構造が散文ではなく韻文でできている。日和ちゃん詩は書かないのかなあ。
 
春貴はこの子にマネージャーをさせようとしてるみたいだけど、この子がマネージャーをすると、ユニフォームを忘れてきたり、用具庫の鍵を紛失したりやらかしそうだ。春貴には再考を促したほうがいい気がする。
 
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日和は“男の仕事”も体力的にできないけど“女の仕事”も性格的にできないと思う。お金を扱わせたら頻繁に過不足が発生しそう。彼女に向いた仕事はきっとアーティスト系の仕事だ。画家とか、音楽家とか、パフォーマーよりクリエイター。あるいは宗教家とか。この子霊感が凄いから、巫女さんとか尼さんもできる気がする。
 

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11月9日(水).
 
この日、日和は制服のボトムをスカートにして登校した。ただし母が(寒くないか)心配したのでこれに厚手のタイツを穿いた。
 
「日和ちゃんスカートにしたんだ」
「うん。やはりぼく、女の子になろうと思って。そしたらスカートかなと思った」
 
これまで日和は上は女子制服だがボトムにはスラックスを穿いていたのである。
 
「日和ちゃんのことは、みんな女の子だと思ってたよ」
「そう?」
「男の子だと言ってたのは日和ちゃん本人だけだし」
「うーん・・・」
 
「でも女の子になるんだったら,自分のこと“わたし”って言おうよ」
「そうだね。ぼく頑張る・・・あ。えっと・・・“わたし”頑張る」
「うん。頑張れ、頑張れ」
 
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「自称を変えるのは大変なんだよねー」
と元ボク少女の河世が言っていた。
 

この日の日和のお弁当箱を見たクラスメイトたちが驚く。
 
「日和ちゃんのお弁当箱が大きくなってる」
「うん。ぼく・・・じゃなくて、わたし、いっぱい食べなきゃ身体も大きくならないと思って頑張って食べることにした」
「おお、よいことだ」
「それでも私のお弁当箱より小さい」
「あ、そうかな」
 

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この日、日和は§§ミュージックの川内部長(花ちゃん)に電話して、信濃町ガールズに無試験で入れるという話を辞退すると伝えた。
 
「やはり高校在学中はバスケットのマネージャーで頑張りたいんです」
「いいよ。そちら頑張ってね。でもレギュラーでなくてもいいから、大会とかとぶつかってなかったら、萌花ちゃんとセットでドラマや映画に出演してくれないかなあ」
 
「そのくらいはいいですよ。ぜひやらせてください。こないだの時代劇も楽しかったです」
「よしよし、ではぜひ出てほしい。だったら君の身分は“トラフィック”のメンバーということにしようか」
「ぼく男役はできませんけど」
「うん。トラフィック初の“女役メンバー”だな」
「はい!」
 
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「それでトラフィックのお給料を毎月払うから」
「お給料とかもらってもいいんですか?」
「コロナの感染対策をしっかりやってもらう。その報酬だね」
「分かりました!」
 
「あと冬休みの間はこちらに来てよ。飛行機手配するから」
「はい、行きます!」
 

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日和はこの日、バスケット部の練習では、ジョギングでも頑張り、いつも一緒に走ってあげている晃が
「ひよちゃん、頑張るね」
と感心していた。
 
練習でも積極的にトリブル練習やシュート練習をして、他の子も
「ひよちゃんが頑張ってるから私たちも頑張らなきゃ」
と言って練習に熱が入っていた。
 
練習後のモップ掛けも積極的に頑張り、他の子には大きく後れるものの、しっかりモップ掛けをしていた。
 

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その日の夜、日和はお風呂でだいぶ大きくなってきたバストを洗い、また茂みの中の敏感な谷間を泡を付けた手で優しく洗った。
 
「なんかこの身体を素直に自分の身体として受け入れられる気持ちになってきたなあ。ちんちんも無くなっちゃったし」
 
学校を出る前にトイレに行った時は、ちんちんがあったのに、青葉さんの家に着いた時にトイレを借りたらもう無くなっていた。きっと迷路を抜け出すとともに男女の迷い道からも抜け出して、迷いの元のペニスは消滅したのだろう。ちんちんって人を迷わせる存在だよね。無くなって良かった!
 
日和はお風呂を出た後、部屋に入って“ちいかわ”のパジャマに着替え、布団を敷いて中に潜り込む(ちゃんと布団を畳んでるのは偉い)。そして目を瞑ってぐっすりと眠った。
 
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夢の中に5ヶ月前に会った貴婦人が出て来て
「お前、美しい娘になったようだな。お前の戸籍はちゃんと私が女に直しておいたから」
と言った。
「ありがとうございます。せめてお名前を」
「私か?私はLady Ottawa だ」
「オタワ妃・・・」
「12年くらい後にいい男と結婚させてやるから」
「それもありがとうございます」
「今中学1年だったっけ?」
「済みません。高校1年です」
「高校生に見えん!じゃ12年後じゃなくて10年後くらいに」
「はい!」
 
その夜、日和は九重と手を繋いでバージンロードを進む夢を見ていた(←九重はやめといたほうがいいと思うけど)。
 
日和の部屋の椅子にはあの夜九重から渡されて返しそこない、何となくそのまま持って帰ってしまったウィンドブレーカーが掛かっていた。日和の宝物である。
 
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11月9日(水)夕方。
 
初海と明恵が青葉邸にやってくる。
 
「ちょっと面白いことが起きてるんですよ」
と2人は報告した。なお真珠は卒論の修正を仕上げて、今日はひたすら寝ているらしい。
 
「幼稚園の先生と対立していた人ですけど、先週の火曜日に園長先生も交えて腹を割ってよくよく話しあった結果、園側も折れてくれて、ついに和解したそうです。それで水曜日からは楽しく通園できるようになったということなんですよ」
 
「良かったねー!」
 
「それから仕事で大きな失敗をした男性ですが、金曜日に会長から呼ばれて首かな転勤かなと思ったものの『若い内は失敗もよくある。若い頃たくさん失敗した人が大きく成長する』と言われて、ほぼお咎め無し。ただし12月のボーナスは半分、ということで軽い処分で済んだらしいです」
 
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「ああ、ボーナス半分はきついけど、まあ良かった」
「逆に何の処分も無かったら同僚が納得しないでしょうしね」
「うん。だからわざと処分したんだろうね」
 

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「それから最近恋人とうまく行ってなかった女性。この人実は彼氏から結構暴力を振るわれていたらしいんですけど、金曜日にきれいに別れることができて、スッキリしたそうです」
 
「うーん。それは良かったというか、まあ良かったんだろうね」
 
「逆に何度も恋人に振られていた女性は、高校の同級生から『ずっと好きだった』と言われてプロポーズされて結婚したらしいです」
「いきなり結婚なの〜?」
「11月3日に結婚式もあげて仲良く暮らしているそうですよ」
「すごいね!」
 
「彼女の連れ子も懐いてくれて可愛いし幸せだそうです」
「彼女?」
 
「男に“されて”いても今一気持ち良くなかったのが女性に“されて”いると物凄く気持ち良くて、そうか、これが私の生きる道だったんだと思ったそうです」
 
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「まあ幸せならそれでいいよね」
 

「それから女装が会社にバレないかと不安だった人ですが、思いきって女装で会社に出ていったら『ああ、とうとう決断したか』と言われて、そのまま女子社員として会社に受け入れられちゃったらしいです」
 
「へー」
 
「ロッカーも男子更衣室から女子更衣室に移動されて、トイレも女子トイレを使うように言われたそうてす。名刺も女名前で作り直してもらったと」
 
「良かったじゃん。でも随分スムースに受け入れられたね」
 
「女性の声が出せるし、睾丸が無いなら女子扱いでいいよと女性の常務さんが言ってくれたそうです。他の女子社員たちも『若林ちゃんは心が女の子だし。男性能力も無いなら全く問題無い』と言っくれたらしくて」
 
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「ああ、睾丸はもう取ってたんだ?」
「あれ?女の声が出せないからカフェで時刻を聞けなかったのでは?」
 
「それが迷路に迷い込んだ翌日、気付いたら睾丸が無くなってて、声も女の声になってたらしいんですよ。逆に男の声は出なくなってたそうです。それで男の服では出社できないと思って女の服で会社に出ていったらしいんですよね」
 
「うーむ・・・」
 
それヴァギナもできてて生理が始まったりしてないよね?と青葉はチラッと思ったものの、気にしないことにした!
 
他の件もいろいろ起きてるのではないかという気がした。
 

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「この人再現ドラマを作ってもいいと言ってるので作ることになりました」
「へー!」
「当事者役は邦生さんです」
「ああ、適任者かもね」
「まだ本人には言ってませんがやらせますから」
「まあ、やってくれるだろね」
 
邦生が文句言いながらも演じくれるところが目に浮かぶ。でも彼は男の声が出ないぞと思う。まあ誰か男性にアテレコしてもらえばいいかな。
 
「その他の再現ドラマは墓場劇団・死国巡礼のみなさんが協力してくれるそうです」
「凄い。本職がやってくれるんだ!」
 

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