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■春三(14)
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刻一刻と時間が過ぎていく。春貴も「ここまでか」と思った。
この時、舞花がハッと何かに気付いたような顔をした。
分家さんがドリブルしているところに猛然と突進してボールを奪おうとする。接触が起きる。笛が吹かれる。舞花は手を挙げてファウルを認める。これで舞花は5ファウルで退場となる。代わりに梨央が入る。
普通なら高岡C高校のスローインで再開される。
しかし審判はフリースローの指示をした。
その瞬間、分家さんは「しまった」という顔をした。矢作先生は「気付いたか」という顔をした。春貴はまだ分かってない!なんでフリースロー?と首をひねっている。
このクォーターは、中まで進入してのシュートが多く、またお互いに相手のボールを奪おうとしてファウルがかさんでいた。H南高校が4つ、高岡C高校が3つファウルをしていた。
今の舞花のファウルはチームにとってもこのクォーターで5つ目のファウルだった。
この場合、防御側のファウルに対しては攻撃側にはスローインではなくフリースローが与えられるのである。しかし分家さんはポイントガードで実はシュートが苦手である。特にフリースローは大の苦手である。
しかしファウルされた選手以外の人がフリースローを代わることはできない。(負傷したり退場になったりしてプレイできない場合を除く)
分家さんがフリースローラインに就く。審判からボールをもらう。気持ちを落ち着かせるため数回ボールをドリブルする。そしてゴールを狙って撃つ。
入らない!
審判からボールが再度渡される。
分家さんから見て左側には、河世(H.165)・鳩川(C.165)、右側には梨央(H.163)・寺下(C.170)・秋奈(H.162) と並んでいる。(他の4人はフリースローラインより後ろに居る)
分家さんはここで“わざと”シュートを外した。
つまり舞花がファウルしたのは、攻撃権をこちらにもらうためである。相手にフリースローを与えてしまうが、フリースローが一番苦手っぽい分家さんを狙った。ポイントガードはそもそもあまりシュートに慣れてない。フリースローが苦手な選手を狙ってファウルするのは常套手段である。そして基本的に負けている側のファウル戦術というのは正当な作戦として認められている。審判もそういうケースでは微妙なのも積極的にファウルを取れと言われている。
さてここで分家さんが“万一”2投目のフリースローを入れてしまうと、試合はH南高校のスローインから再開される。舞花の狙い通りである。確実に攻撃権をH南高校に渡してしまう。
ところが2投目が入らなかった場合(*28)、ボールが外れた瞬間からリバウンド争いになる。すると高岡C高校(味方)の寺下がリバウンドを獲ってくれる可能性がある。
(*28) リングには当てなければならない。リングにも当たらなかったら(例えば直接バックボードに当たって下に落ちたような場合は)H南高校のスローインから試合は再開される。
なお時計は、リバウンドの場合は誰かがボールに触れた瞬間から計時再開される。スローインの場合はスローインされたボールが誰かに触れた瞬間から計時再開される。
ボールがリングの端で跳ね返った瞬間リバウンド争いになるが、H南高校の梨央がボールを確保した。(寺下さんの居る側に投げたが梨央の方が近くに居る)
梨央がパスを出そうとするが、高岡C高校は美奈子に2人付いている。
向こうとしてはこんな場面で絶対に美奈子にボールを渡せない。それで仕方無いので梨央は「ビナ!」と言いながら(フェイント)、夏生にロングパスを出した。夏生は美奈子に比べると精度が落ちる。ここはスリーを狙わずに確実に2ポイントシュートを撃とうと思う。ゴールにできるだけ近い位置まで行く。それで3mほどの位置からシュートを撃った。
ゴールして115-116.
この試合で初めてH南高校がリードを奪った。残りは6秒である。向こうは速攻を掛ける。パスの連携でスモールフォワードの府中さんがボールを持った。シューティングガードの鷹野さんには美奈子、加茂さんにも梨央が付いている。
少し遠いがもう時間は無い。
府中さんはスリーポイントラインの少し外7.5m(*29) ほどの位置からシュートする。腰を落とし膝のバネを使って慎重に狙った。
河世がブロックしようとするが及ばない。
そして府中さんがシュートしてすぐ試合終了のブザーが鳴る。
ボールは美しい放物線を描き・・・
ゴールに直接飛び込んだ。
(*29) スリーポイントラインは6.75m。それから1m近く離れている。
高岡C高校は歓喜となる、H南高校は河世と美奈子以外、ガックリと座り込んでしまった。
整列が促される。
「118-116で高岡C高校の勝ち」
「ありがとうございました」
両軍感激して泣く。負けたH南高校だけでなく勝った高岡C高校も涙があふれていた。もはや悲しくて泣いてるのか嬉しくて泣いているのか分からなかった。お互いハグしあって健闘を称える。
しかし高岡C高校の逃げ切り勝ちかと思われたところから、舞花のプレイを起点に物凄い展開があった、
春貴も晃も泣いていた。矢作先生も泣いていた。
ロビーに出てから、矢作先生が寄ってきて春貴に言った。まだ涙が乾いてない。
「そちらの高田妹、そして3年生もまだ入っているチームと本戦前に練習試合させてよ」
「こちらはもっと強くなってるよ。今度こそそちらに勝つかも知れないよ」
「うん。それでもいい。手加減無しで。フルパワーのH南高校と再度対戦したい。こちらももっと強くなってる」
「愛佳ちゃんと舞花ちゃんもいい?」
「やります、やります」
それで両者の練習試合が12月に行われることが決まり、3年生の引退は延期されたのである。
日和は言った。
「ぼく§§ミュージックへの返事はその練習試合の後にする」
「おお、日和ちゃんがやる気を出している」
「日和ちゃん、E級コーチの資格取る?」
「あ、頑張ります」
「よしよし」
それで彼女もコーチの講座を受けることになった。
「それとぼくも練習後のモップ掛けします」
「うん。頑張ってね」
彼女は6月頃は100m走るのに1分掛かっていたのが、8月下旬には40秒くらい、今は25秒くらいで走れるようになってきた。(筋肉も付いて胸も大きくなってきたのでは?)
なおこの日は試合後「やけ食い」と称して津幡のアクアゾーンの焼肉屋さん(物凄く換気が強く安全度が高い)で焼肉をたくさん食べた。お肉もそのまま外気にはさらされてなくて、全てフードパック(紙製!時間を置くと漏れるから持ち帰り不能!)に入れて提供される。タッチパネルで頼むと、配膳ロボットが持って来てくれる仕組みである。むろん食べ放題で、性別によらず1人120分で3600円(税込み)。
春貴は部員たちの食べっぷりを見ていて、男女共通料金というのは正しいなと実感した。(春貴の負担は64,800円:あっという間に宝くじの賞金を食い尽くしたりして)
11月7日(月)朝。
彪志(月子)は朝食にはスウェットの上下で出たのだが、そのあと自分の部屋で会社に出掛ける準備をしていたら、千里さん(出産した千里さんではない)が入ってきて言った。
「私、グレースに叱られちゃった。あのビジネススーツはさすがに安物すぎって。だからもう少しいいの買ってきたから」
それで青山の袋に入ったレディススーツを手渡した。
「グレースって?」
「よく分からないけど、“千里たち”の調整をしていた2Aが妊娠出産であまりお仕事できないから、代わって“千里たち”全体の調整をしている千里みたいなのよね」
「はあ」
やはり千里さんって3〜4人いるのかな?などと思う(←3周ほど周回遅れ)。
「今日からはこれ着て会社に行くといいよ」
「いや、会社には男物のスーツで行きますよ」
「あり得ない!せっかく性転換手術まで受けて女の子になったのに(←グレースから教えられた(*30))、男装して会社に行くなんて」
と“この”千里さんは言っていた。
(*30) グレースは単に「彪志君、性転換しちゃってる」と言っただけだが、1番(ブレンダ)は「性転換手術を受けた」と思った。グレースやロビンはなぜ彪志が性転換させられたのか、だいたいの理由を想像している。
なお、フランスのLFBも日本のWリーグも新しいシーズンが始まっているが、LFBには昨年のシーズンに参加した2B、Wリーグには千里1が参戦している。この日の朝、青山のレディススーツを月子に渡したのもこの千里1.千里2Aはまだ出産後の休養中。千里3は地下のラウンジで、ひたすら楽曲を書いている。(グラナダの青葉Rもたくさん書いている)
今期Wリーグに1番が参戦することにしたのは、1番がかなり復調してきているのを、2Bも3も感じたからである。もう2017年に事故に遭う前くらいのレベルまで戻っていると思った。しかも千里1は小学4年生の時に体細胞を採取してIPS化し、それを育てて作った卵巣を持っており、千里2や3より実は卵巣年齢が11歳若いというのもあったのである。
実際レッドインパルスに出て行った千里は
「キャプテンの動きが凄く若返ってる。まるで別人みたい。これは20歳くらいの選手の動きだ」
とみんなに驚かれていた。
でも若い選手みたいな失敗もするので(*_*)\バキッ☆
「あの〜、千里さんの妹さんとかではないよね?」
などと言われていた!
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春三(14)