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■春三(2)
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女子社員たち(吉沢・田原・井村)は楽しそうな顔で彪志の所に来て言った。
「月子ちゃん、名刺を作ってあげたよ」
「え?」
見ると
《D製薬株式会社東京本店QAP本部配薬課主任/鈴江月子》
と印刷されている(何だかデジャヴ)
「女の子になってる時はその名刺を使うといいよ」
「あ、ありがとう」
「何だい?性転換ごっこ?」
と課長が言う。
「課長も女の子になっちゃった時の名刺を作りましょうか?」
「え?そうなの?」
「幹部の女性比率をもっとあげるため、40歳以上の男性幹部は女になってねなんてことになるかも知れませんよ」
「40歳以上なの?」
「その年齢ならもう子作り終わってるから奧さんから苦情来ませんよ」
「すると役員会は全員女になるな」
「素敵な会社ですね」
「しかし僕の女房、僕が女になったら面白がるかも」
「奧さんが欲しいという女性は多いですよ」
「ああ、分かる」
「その時のために、課長は女の子になった時の下の名前は何ですか?」
「えっと何だろう?」
「英子とか英代とか」
課長の下の名前は“英俊”である。
「じゃ英子にしようかな」
「ではそれで名刺作りますね〜」
ということでは30分後には彼女たちは課長の女性モードの名刺を作ってきた。(君たち暇なの?)
《D製薬株式会社東京本店QAP本部配薬課課長/佐原英子》
と書かれていた。
「あははこれ、間違ってお客さんに出しちゃったらどうしよう」
「朝起きたら女の子になってたんですと言えばいいですよ」
「それショックだろうね!」
俺、起きたら女になってたからショックだったよー、と彪志は思った。
今外出から戻ったばかりの水川係長(女性)が呆れたような顔で
「あんたたち暇なのなら、薬の配送に行ってきて」
と言って伝票を数枚渡していた。
〒〒テレビ『北陸霊界探訪』編集部。
幸花はテーブルに上半身を投げ出して、またうなっていた。
「ネダはね〜が〜?」
「ツイッターを見てるんですが、なかなかいい感じなのが無いですね〜」
と明恵が言う。
「“小さなおじさん”を見たという報告が、松任(まっとう)と羽咋(はくい)で」
と初海。
「ありふれた話だなあ」
「“小さなおじさん”も目的のよく分からない現象だ」
「あ、こちらには“小さなおばさん”という報告も。これ石動(いするぎ)ですね」
「ああ、性転換したか」
「特に害も無いようだし放置でいいと思う」
「小さなおじさんを見たら運が開けるという説もありますね」
「ターボ婆さんとかも害は無いですね」
「見た人がびっくりするだけだよね」
「愉快犯だな」
「いや、妖怪には愉快犯がとても多い」
「首無しライダーとかも同様ですよね」
「うん。あれも見た人はギョッとするけど害は無い」
「ムジナの類いの悪戯だな」
と幸花。
「鞠撞き少女の目撃報告も」
「ほんとに女の子が鞠を撞いてたのだったりして」
「あれはフェデリコ・フェリーニ監督の怪奇映画『悪魔の首飾り』(*3) のラストが都市伝説化したものだと思う」
と神谷内さんが言う。
「あれはぞっとしましたね」
と久しぶりにこちらに顔を出した城山さん。彼は現在ほかの番組の担当なのだが、この編集部には出入り自由である。
「なんか想像できて怖い」
と初海が言っている。
(*3) "Toby Dammit ou Ne pariez jamais votre tete avec le Diable". (直訳:トビー・ダムニ又は、悪魔と自分の首を賭けてはダメ)。 他の監督の作品と合わせて『世にも怪奇な物語』(Histoires extraordinaires) として1968年に公開された。3本の短編の中のラスト。そのラストシーンに妖しく化粧した少女が登場する。トビー・ダムニは主人公の男の名前。
筆者は月曜ロードショーで見たが荻昌弘さんが「最後に出て来た少女が悪魔ですね」とわざわざコメントしていた。あれを見た後、随分悪夢にうなされた。
「こんなのはどうですか?夜遅く帰宅していて自宅の近くまでは辿り着いたものの、自宅に帰るのに朝まで掛かった」
「酔っぱらってたのでは」
すると初海がハッとしたように言う。
「私もこないだ放送局の中で迷子になったんです」
「こんな狭いテレビ局の中で?」
「ちなみにお酒は飲んでませんでしたよ。20分くらい、この編集部に辿り着けなくて、ひたすら局内を歩き回ったんですが、途中で遙佳ちゃんに遭遇してそれでやっと編集部に到達できたんですよ」
「うーん・・・」
「どうやったらこんな狭い建物の中を20分も歩けるのか、それを逆に訊きたい」
「あまりの狭い狭い言わないでぇ」
などと神谷内さんが言っているが、ここは金沢の大手民放局に比べて1/3くらいの規模だし、スタッフの数も半分くらいしかいない。だから逆に20分も歩き回るなんて不可能に近い。
「少し調べて見ようか」
編集部ではツイッターの書き込みから書いた人にDMを送ってみて「まだネタとして取り上げるかどうかは不明だが、詳しいことを教えて欲しい」と連絡してみた。それでわりと状況が分かった返信が5件あった。
・(26男)自宅から500mほどのスーパーの前を通過した。しかしその後なかなか自宅に辿り着けなかった。その日はスマホを自宅に忘れててナビが使えなかった。会社から帰る時、友人と一緒に食事し生ビールをグラス1杯飲んでいるが酔う程では無かったと思う。明け方、新聞配達の人と遭遇した後、3分で帰れた。
・(27女)自宅から800mほどの病院の前を通過した後、どこをどう歩いていたのか分からない。どうしても自宅に辿り着けなかった。お酒は飲んでいない。早朝ウォーキングの人に「お疲れ様」と声を掛けられた後は10分ほどで帰れた。ナビ?スマホにそんな機能があるんですか?今度使い方調べとこう。
・(32女)自宅から1kmほどのカフェで休憩した。しかしそこから家にどうしても辿り着けなかった。スマホはバッテリー切れでナビが使えなかった。なぜか自宅に近づけるはずの道を見落としてしまう。気付いたら通り過ぎている。酔ってはいたけど、歩いている内に完全に酔いは覚めた。でも酔いが覚めてもどうしても自宅に近づけなかった。くたくたになったところで巡回中のパトカーの警官に声を掛けられ、自宅近くまで送ってもらって帰宅できた。パトカーに乗ってたのはほんの12-13秒ほど。だからひたすら近所を彷徨っていたようだ。
・(25女)自宅から400mほどのコンビニでおやつを買った。そのあと家に辿りつけなかった。ナビに頼って帰ろうとするが、なぜか近づけない。疲れたのでコンビニで買ったおやつを食べまた頑張ったがどうしても自宅近くに行けない。ナビを見てると近づいているような所から唐突に遠くに行く。明け方、パン屋さんのおばさんが「早朝ウォーキングですか」と声を掛けてくれた後は、5分で帰れた。
・(23女)自宅から300mほどのATMの前を通過した。しかしその後、どうしても自宅に辿り着けなかった。歩けば歩くほど訳の分からない所に出た。お酒は飲んでいない。早朝タクシーが通り掛かり「乗りませんか」と声を掛けられたので乗ってやっと帰宅できた。タクシーの料金は2100円くらいだった。え?ナビって私車持ってないんですけど。
「最後のはただの方向音痴という気がする」
「同感。2100円払ったというのは4kmくらい離れてますよ。元の場所から遠ざかってる」
「夜中は昼間と雰囲気が違うから迷ったのだと思う」
「ほかの4つはほんとに近くを彷徨ってたみたいですね」
「今明恵ちゃんが言った“夜中は昼間と雰囲気が違う”というの大きな要素と言う気がする」
「この手の事件は前からあるのかなあ」
「少し探してみよう」
それでスタッフでこの手の書き込みをツイッターで探してみたところ、この手の報告は毎月2〜3件見られるものの、今年の夏くらいから増えていることが分かる。9月が6件、10月はこれまで(現在は10月21日)10件あった。
「コロナの影響では」
「これオミクロン株が蔓延してきた時期と一致してる」
「コロナの後遺症で道に迷いやすくなったとか?」
「それはあり得るなあ」
「太陽の黒点の影響とかは」
「ちょっと待って」
神谷内さんが調べてみると確かに黒点活動が活発化し始めていることが分かる。
「2025-2026年くらいにピークになりそうということ。磁気が乱れるから無線通信に混乱が起きて、携帯電話がつながりにくくなったりするって」
「磁気が乱れたら、絶対方向感覚くるいますよね」
「うん。元々方向感覚のいい人ほどおかしくなる」
「そのせいかなあ」
「原因のひとつという気はするね」
「コロナは?」
「たぶんそれも要因の一つ。オミクロン株がそのあたりに影響してる可能性ある」
「それ以前のは患者が死んでたから表面化してなかったとか」
「それもありそうで怖い。オミクロンは以前のに比べて遙かに弱くなったから生還率もひじょうに大きくなった」
「でも太陽黒点の活動による磁気の乱れとかコロナの影響とかでは『霊界探訪』の出る幕が無い」
「うむむ」
明恵たちはこれまでの調査内容をまとめて青葉の家に持ち込んでみた。
青葉は22-23日は“ミュージシャン・アルバム”の取材の仕事をしたが、その後暇を持てあましていたので興味深く聞いてくれた。
「磁気の影響は私も感じてる。おかしくなる人多いと思う。通り魔事件とかも増える可能性ある」
「やだなあ」
「コロナの後遺症で物事がよく思い出せなくなるというのもあるみたいだからその影響もあるだろうね」
「なるほど」
「でもそういう心の弱った所に付け込む妖怪がいるかもよ」
「やた!霊界探訪の仕事になった」
「この中で全員に共通するパターンがあるよね」
「ええ。誰かに声を掛けられたら家に帰れたというのですよね」
「うん。だから誰かが声を掛けると、その状態から抜け出せるんだろうね」
「それは解除方法みたいですよね」
「きっと心の弱ってる人がそういうのにやられやすいけど、正常な人が来るとその妖怪は『あ、やべ』と思って逃げ出すんだよ」
初海が言った。
「私が局内で迷子になった日、午前中は就職予定の企業に行って来て、霊界探訪のお仕事から離れるんだなあというのを改めて実感して、少し寂しい気持ちになってたんですよ。それが影響してるかも」
「それは大いにありえるね」
「でも人を迷子にする妖怪とか居たっけ?」
「そのあたり調べてみました」
と明恵たちは言う。
「たいていはタヌキか何かの仕業だとか言うんですけどね」
「“みちびき”という妖怪があるみたいです。山で迷った人を導いてあげるふりをして更に迷わせてしまう」
「奄美に住むケンムンって河童みたいな妖怪も同様のことをするようですね」
「でもその手の妖怪や精霊って逆に本当に導いてくれることもあるよね」
「そうなんですよね。遠野物語に狼が人を里まで送ってくれた話がありました」
「天狗火って概して怖い現象なんですけど、天狗火が道に迷った人を助けてくれたという話もあります」
「妖怪ウォッチではダイダラボッチが人を迷路に誘い込むとされてましたけど実際はダイダラボッチは人を助けてくれたという伝承が多いんです」
「きっと“みちびき”も機嫌のいい時はちゃんと導いてくれて、悪戯心を持つと迷わせるんだよ」
「ありそー」
「ほんとに助けが必要な人は助けてくれるのかも」
「でも一晩中歩いても大丈夫な奴は歩かせちゃう」
「ありそうありそう」
「でも今回のパターンは“みちびき”とは少し違うみたいだね」
「本人の前に姿を現したり、導いてあげようとしてませんからね」
「『陰陽師』でも一晩中歩かせる邪鬼の話が出て来ましたね」
「うん。あれは巧妙だよね」
「通りたいと言ったら金縛りに掛かって一晩中その場に押さえつけられている。通りたくないと行ったら一晩中切り株の周りを歩かされる」
「でも今回は特定の場所で起きるのではないから、あれとはまたタイプが異なるようですね」
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