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■春銅(13)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-11-20
恵馬がその日、フルートのクリーニングペーパーを買おうと街に出て、道を歩いていたら、突然30代の女性に呼び止められた。
「君、可愛いね。女の子にならない?」
「は?」
千里は、6月16日(火)の午後、青葉に能登空港まで送ってもらい、そこに迎えに来た《こうちゃん》が操縦するGulfstream G450で羽田に帰還した。
「自家用飛行機で移動とか、ちー姉もたいがいなVIPだなあ」
と青葉は離陸する飛行機を見送って呟いた。
今回、千里は早月(3)・由美(1)、それに優子の娘・奏音(3)の3人を連れて埼玉に戻った。来月の信次の三回忌に3人を出席させるためである。
(早月と由美は青葉が運転するマーチに同乗。奏音は優子が自分のムラーノで連れてきた)
ここで奏音は早月と同じ3歳だが、まだ誕生日が来ていないためであり、学年は早月より1つ上である。なお、奏音と由美は異母姉妹、早月と由美は(遺伝子的には)異父姉妹で、奏音と早月には血縁関係は無い。ただし、後日早月の父を川島信次だったことにしてしまうので、結果的に3人とも法的には信次の娘ということになってしまう。それでこの3人を連れて行くことにした。
早月も奏音も飛行機の旅は初めてで、とても楽しそうであった。由美は機内に搭載しているベビーベッドに寝せておいた。むろんしっかり身体が固定できるタイプである。
千里は操縦席の《こうちゃん》に言った。
「こうちゃんさ、今月末、たぶん6月29-30日になると思うんだけど、福岡の金田(かなだ)町でアクアのヌード写真を撮影するから、私と写真家さんを羽田から北九州空港までこれで運んで。帰りも」
「OKOK。ついでに世界一周してもいいけど」
「こないだケイを連れて世界一周したばかりじゃん」
「あれはむしろ地球一周だったんだけど。アクアも一緒だよな?」
「撮影前にアクアを写真家さんに会わせたくないから、アクアは転送で」
「ああ、なんとなく分かる」
「それに撮影前に移動で疲れさせたくないしさ」
「それはあるなあ」
浦和のマンションに帰宅すると、早月が京平に「おにいちゃーん」と言って抱きついていた。京平も久しぶりに妹たちと会って、楽しそうだった。
6/16-28の時期の浦和のマンションの部屋割はこんな感じである。
Room1 彪志+京平
Room2 千里+由美
Room3 早月・奏音
京平はお母ちゃんを早月たちに取られた感じで、少し嫉妬していた!
でもよく遊び相手になって、絵本を読んであげたりしていたし、由美のおむつ交換などもしてくれた。ついでに女の子のお股に興味津々の様子だったが、まいっかと思った。(京平は肉体的には幼稚園児でも中身は高校生程度)
なお、千里が不在な時の早月たちのお世話は主として《てんちゃん》と《すーちゃん》が交替でしてくれた。奏音は毎日お母さんの優子と電話していた。奏音自身は、他の家に泊まるのが楽しいようだったし、早月と2人で結構“悪いこと”もして、千里に叱られることになる。むろん千里は他人の子でも、しっかり叱る。
(2020年)6月20日(土).
音羽と光帆(織絵と美来)の結婚祝賀会が、あけぼのテレビで2時間にわたり生放送された。千里や青葉もこの祝賀会にネットで参加した(千里はあけぼのテレビの小スタジオ、青葉は〒〒テレビの小放送室から)。
6月20日(土)、岡山市内の病院で“武石紗希”が帝王切開で元気な女の子を出産した。
高園咲子の5人目の玄孫であった(安子の子供が3人、芳彦の子供が1人)。山彦の曾孫としても5人目である。
出産で激しく消耗している“紗希”を、“夫の満彦”は
「頑張ったね」
と言って、優しくいたわった。
「もう死ぬかと思ったよ」
「経膣じゃないから、比較的楽だったはずなんだけどね」
「骨盤が狭いから経膣は無理だと言われたし」
「まあ男の子の骨盤は狭いからね。でも赤ちゃん産んだから、これでみっちゃんも立派な女性だよ」
「ボク、このまま女として生きていかないといけないのかなあ」
「女の子になりたがってた癖に」
「まだ女になる覚悟ができなくて」
「今更だと思うけど。性転換手術でもして男に戻る?」
「ちんちんは無くてもいいんだけど」
「じゃ女でいいんでしょ?私はレスビアンでいいよ」
「どうしよう?」
「性転換するなら授乳が終わってからにしてね」
妊娠が発覚して以来、満彦は“紗希”として女装して産科を受診し、紗希は男装でその夫を装い、出産の日まで来た。大きなお腹を抱えて男性として仕事はできないし、産休も取れないので、やむを得ず会社は退職している。その後はずっと女装で生活し、女装で病院を受診していた。
紗希の方は普通に女性会社員として仕事をしながら、満彦が受診する時は男装して夫のふりをする、二重生活を送っていた。少なくとも病院では、2人の本当の(?)性別に気付いた人は皆無であった。
6月20日(土)は須佐ミナミの自己隔離最終日であった。佐和さんからはそのまま常総ラボに居てください。明日お伺いしますという連絡が入っていた。
6月21日(日)、ミナミが朝御飯を食べて一休みし、体育館でウォーミングアップしていたら「こんにちわぁ」と言って、大勢の人が入ってくるので驚く。
村山千里オーナーが全員を紹介した。
「こちら立川社長。以前舞通でコンピュータの部品の調達関係のお仕事をしていて、レッドインパルスの顧問をしていました。こちら下田ヘッドコーチ。以前、旭川L女子高校のコーチをしていました。こちらは矢峰コーチ。以前TS大学でコーチをしていました。こちらは総務部長の石矢浩子。千葉のローキューツというチームで長年キャプテンを務めて、ローキューツをオールジャパンに連れていきました」
なんか凄い人ばかり、とミナミは思った。
「こちらがうちのチームのキャプテン、竹宮星乃、スモールフォワード。コートネームはステラ。東京T高校、神奈川J大学出身。こちらはヴァイス・キャプテンの河合麻依子、ポジションはパワーフォワード。コートネームはメル。旭川L女子高校出身」
「それから後はポジションと名前だけ紹介するけど、PG森田雪子・スノー、SG秋山渚紗・リト、、PF中嶋橘花・キー坊、PF呉服桂華・ダイ、PF若生暢子・チーター、C森下誠美・マチ、C松崎由実・ユミ、SF広丘聡美・オイル、C松山聖子・セイコ、GF島田司紗・ツン、SF佐和国香・クリ、SF後藤真知・ミコ、SG水嶋ソフィア・ソフィア、 PF志村美月・ミツ」
(C:センター PF:パワーフォワード SF:スモールフォワード GF:ガードフォワード SG:シューティングガード PG:ポイントガード)
ミナミは呆気にとられている。
「日本代表がゴロゴロ居る」
「元日本代表ね」
とキャプテンの星乃が言う。
「現役もいるけど」
と松崎由実。
「うちは他のチームをリストラされたり、結婚して一時期引退していた選手が多いんだよ。1人若い子がいるけど、大学を出た後、どこにも相手してもらえなくて、仕方なくうちに来た」
と麻依子が言っている。
「その言い方は酷い」
と 志村美月。
彼女は青葉と同い年で、(若生)暢子の天敵である(むしろ暢子が美月の天敵というべきか)。失言癖があるので、ほぼ決まっていた会社の幹部さんを怒らせて内定辞退するハメになった。暢子に「だったらボール拾いで雇ってやる」などと言われて40 minutesに入団した。25歳以上のメンバーが多い中で異色の(?)22歳のロースターである。プロ契約しているが、年俸は最低額の240万円。予定通りの会社に入っていれば月給30万円(年俸換算500万円)と言われていた。ただ向こうは社員選手なので、午前中仕事をして午後から練習のような形になる予定だったらしい。
こちらでは寮に入れてもらったので、節約すれば何とかやっていけるので、バイトなどはせずに1日中バスケをしている。しかし結果的には先にWリーグに行けることになった。
「取り敢えず紅白戦をして、うちのレベルを確認してもらおう」
と千里が言い、16人のロースターをだいたい戦力が釣り合うように分けて紅白戦をした。下田・矢峰コーチが各々のチームの指揮を執る。審判は千里と浩子が務めた。
ミナミは紅白戦を見てそのレベルに圧倒された。
そして思った。
これ、Wリーグでも優勝争いに絡めるチームじゃないの〜?なんでこんなチームが地域リーグなんかに居るのよ?
そして急に不安になった。
私のレベルでここに入れてもらえるかしら?入団試験で落とされるのでは?
紅白試合が終わった後で、キャプテンの元日本代表・竹宮星乃が言った。
「ところでうちのチーム名の40 minutesって、由来は何だと思う?」
ミナミは一瞬考えてから言った。
「バスケットの試合時間の40分からですか?」
「ノンノン」
と、やはり元日本代表の呉服桂華(旧姓橋田)が言う。
「1日に40分練習すればいい、というポリシーだからだよ」
と、副主将の河合麻依子が言った。
「え〜〜〜!?」
「まあ、うちはメンバーも50-60人いるし、本当に1日40分だけ練習する人もあれば週に2〜3回、2時間程度ずつ練習する人もあるし、毎日朝から晩まで10時間くらい練習している人もある。みんな、各々自分のペースで好きな時間だけ練習すればいいというお気楽チーム。練習場は24時間365日使えるしね」
「へー!」
「主婦はわりと午前中とか昼食後午後一番に練習に来る」
「練習場にある牛丼屋さんでお昼食べてから練習する子もいるね」
「逆に牛丼屋さんでお昼食べてから帰る子もいる」
「学生さんは授業が終わってから夕方来る。会社勤めの人は夜7時とか8時にやってくる。みんな好きな時間帯に練習に来るから、毎日来てるのに、普段お互いにめったに顔を合わせない、なんて組合せもある」
「ああ」
「一応プロ契約する人は、週に最低20時間は練習して欲しいと言っている」
「プロ契約しているのはここにいるメンツ以外に、あと10人ほど」
「もっともこの中にも学校の先生とかしていて、副業禁止規定があるのでプロ契約してない人もある」
「まあプロ契約してないメンバーの中には、めったに顔を見ない幽霊部員もいるけどね」
「毎年春に意志を確認して、続ける気があれば登録して登録料はチームで払う」
「それでバスケ協会の会報メールは受信することになる」
「それが目的では?という子もいる」
「暇だったら、大会にチアとして徴用される場合もある」
「ああ」
「あれは旅費はチームから出るし、コート近くで試合を見られるから割とお得」
「へー」
「男の娘は公式戦には出さないから、もっぱらチア要員だな」
「男の娘もいるんですか?」
「心が女であれば肉体的に男であっても入団を認めている」
「なるほどー」
「背の高い子が多いから実は練習要員としては貴重」
「ですよね!」
「チア以外にTO(テーブル・オフィシャル)要員として連れていく場合もある」
「なるほど」
「こちらは選手より大変かも知れない」
「言えてますね〜。すっごい神経使うもん」
特に24秒オペレータは試合時間中、一瞬たりとも気を抜くことができない。24秒オペレータの感覚(ブザーとシュートのどちらが早かったかなど)が試合の行方を左右することもある。
「それから、今は地域リーグに居て、地域リーグの2番手なんだけど」
「地域リーグで、まだ強いチームがあるんですか!」
「深川アリーナを共用しているジョイフルゴールド。同じ東京都だから、どちらか片方しか全日本に出られなくて、片方が涙を呑んだりする」
「それもったいない」
「だから、さっさとWリーグに来てよと言われて、うちも向こうも来年度、2021-2022シーズンからWリーグに参加することになっている」
「わぁ」
「ということで、もし良かったらうちのチームに入りませんか?」
と星乃キャプテンが言った。
「入ります!」
と言ってからミナミは急に不安になって付け加える。
「入れてもらえたら」
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