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■春銅(7)

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真珠と明恵が、学食でお昼を食べながらおしゃべりしていたら、近くの席で、何とか茄子というのを話してる学生たちがいた。切れ切れに聞こえてくる言葉を拾うと「地茄子」とか「ドーナツ」とか「コーヒーカップ」とか言っている。
 
その中に真珠の高校時代のクラスメイト・智香がいたので、声を掛けてみた。
 
「茄子のおやつか何か?」
 
すると智香は一瞬キョトンとしたものの、次の瞬間大笑いした。
 
「いや、ごめんごめん。トポロジー(位相幾何学)取ってない人にはチンプンカンプンだよね」
と言って、
 
「ジーナス(genus)の話をしてたんだよ。日本語ではえっと何だっけ?」
とそばに居る友人たちに振る。
 
「位相数だっけ?」
「いや、種数(しゅすう)だよ。たねのかず」
「あ、そうか」
 
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「これ図形の位相的な性質の話なんだよ。しばしば、トポロジストはドーナツとコーヒーカップの区別がつかないと言われる」
 
「はあ?」
 
「ドーナツって、穴が1つ空いてるでしょ?コーヒーカップも持ち手の所が穴になってる。だからどちらもジーナスは1」
 
↓種数1のもの


 
「コーヒーを入れる所にも穴があるじゃん」
「貫通していないから、トポロジー的には穴ではない」
「通ってないとダメなのか!」
 
「人間もジーナス1だよね。口の所から肛門までが一続きの穴になっているから」
「それ穴なんだ!」
「だから、食べ物って、人間の体内に入っているのではなく、口から肛門に至る細い部分の人間の体表を転がっていくだけとか言われる」
 
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「胃とか腸とかも、あれは身体の外部?」
「そうそう」
 
「これに対して、アンパンとか湯飲みはジーナスが0(ゼロ)」
「ほほぉ」
 
↓種数0のもの


 
「ジーナス2ってのもあるの?」
「穴が2つ空いてればいい」
と言って、彼女は買物バッグの中から食パンの袋を取り出すと1枚取り出してから2つ穴を空けてみせた。
 
「これがジーナス2」


 
「あとスープカップとかで、取手が2つ付いているのもシーナス2」
「なるほどぉ」
 
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「穴をたくさん空ければジーナスは増えるんだ?」
「うん。時計のベルトとか、輪切りにした蓮根はジーナスがたくさんになる」
「あぁ」
 
「それで由利江がふざけたこと言い出して」
「なあに?」
「ヴァギナはジーナスが1だって話でさ」
「1になるんだ?」
「子宮口と膣口がつながっているからね」
「ああ」
「子宮はジーナス2なんだよね。左右の卵管とつながってて、膣ともつながっているから」
 
「それも2になるの?」
 
「ジーナスの正確な定義はね。閉曲面を、その切断によって生じる多様体が連結のままとなるような単純な閉曲線に沿った切断の最大数、ということなんだけど」
 
「分からん」
 
「子宮の場合は切断するのに3個の閉曲線が必要になるから、ジーナスは2になる」
「やはり分からん」
 
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「まあそれはいいとして、由利江が言うには、天然の膣はジーナス1だけど、性転換手術で作った人工的な膣はジーナスが0だよねという話で」
 
「へ?」
「あれはペニスを入れる機能だけしかないから、子宮とつながってない。結局、穴が貫通してないから、湯飲みやコップと同じ形ということになる。するとジーナスは確かにゼロなんだよね」
 
「へー!」
 
「だから、天然女性と人工女性は、膣のジーナスが異なると」
 
「分かったような分からないような話だ」
 
と言いながら、真珠は、自分は性転換したけど、ヴァギナのジーナスは1だよなあと考えていた。
 

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「まあただの押し入れと、ウォークスルー・クローゼットの違いかな」
「ほほぉ」
 
「天然の膣はウォークスルー・クローゼットだけど、人工の膣はウォークイン・クローゼット」
「面白いたとえかも知れない」
 
「鍾乳洞の多くは1だよね。あれってたいてい、どこかのドリーネとつながってるから」
「へー!」
「複数のドリーネとつながっていれば2以上の場合もある」
「ふむふむ」
 
「海食洞の場合は、貫通していれば1だけど、してなければ0」
「ああ、そういうのもあるよも」
 
「トンネル工事は、ジーナスを0から1に進化させるのが目的」
「まあ通り抜けられないトンネルは困るね」
「防空壕はゼロのものが多い」
「通り抜けられるのは目的が違うだろうね」
 
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今から2年前の2018年3月、千里2と千里3は同じ夜に同じ夢を見た。
 
山道を歩いていたらトンネルが2つあった。どちらを行けばいいのかなと一瞬迷ったものの、まあどちらでもいいやと思い、ふたりとも右側のトンネルに入る。すると途中細くなっている所もあったものの、やがて外に出ることができた。
 
振り返ると出口はここ1つだけで、どうやらこちらのトンネルを通って正解だったようだと思う。
 
目の前に池があり、噴水があった。その噴水の所に鏡が1枚掲げられていた。千里はその鏡を手に取った。
 
そこで目が覚めた。
 
そして枕元に1枚鏡が置いてあった。
 

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千里2も千里3もこれは京平が生まれる前に見た夢と同じパターンだと思った。あの時は鏡が2枚あったが今回は1枚てある。しかし《きーちゃん》に尋ねてみると、千里2と千里3の双方に1枚ずつ鏡が出現していることが分かる。彼女の仲介で、千里2の所にあるのが、白っぽい鏡(くーちゃんによると白銅製、ただし京平の白銅鏡のような銅+錫ではなく、銅+ニッケル)、千里3の所にあるのが黄色い鏡(くーちゃんによると黄銅製)であった。
 
また《きーちゃん》に確認してもらったが、千里1の所にはこのようなことは起きていないことが分かる。
 
それで千里2と千里3は《きーちゃん》経由で話し合って、これは多分環菜(仮名)の依代であろうということで意見が一致する。そして各々桐の箱を作ってこの鏡を収め、どこか別の場所に保管しようと決める。
 
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「直接電話でもして話し合えばいいのに」
と《きーちゃん》は言うが、千里2も千里3も
「まだその時ではない」
と言った。
 
千里が分裂したのは2017年4月で、千里2も千里3も自分が3人に別れたことをすぐ知ったが、千里3は当初自分が気付いていないかのように振るまい、千里3も知っていることに千里2が気付いたのは2017年9月である。ふたりは千里1の暴走について話し合うため、2019年5月に直接会って“手打ち”をした。この時期はまだお互いに会うのは避けていた時期である。
 

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それでふたりは《きーちゃん》に桐の箱を作ってくれるように頼む。彼女は同じ工房に“同じ木から切り出した板”を使って箱を2つ作ってくれるように頼み、それでできたものを千里2と3に1個ずつ渡した。
 
(京平の依代の鏡を入れた2つの箱も同様にひとつの桐の木から切り出した板で作られたものを使用している)
 
そして千里2はこの白銅(ニッケル銅)製の鏡を、同年5月に借りることにした尾久の、筒石が住むことになったマンションに置き、千里3は取り敢えず川崎の自分のマンションに保管しておいた。同年7月に川島信次が亡くなり、千里1がしばらく千葉の信次の実家に身を寄せることになった時、こちらの鏡を、千葉の川島家に置かせてもらった。千里1と康子を守る目的も兼ねている。それは千里1が経堂のアパートに移動した後も、千里の和服類(これも康子さんを守るために置いているもの)と一緒に、川島家にそのまま置かせてもらっている。これは千里の和服と一緒に2階の部屋に置かれていたので、2019年の水害の時も無事であった。
 
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話を2020年に戻す。
 
6月9日(火)の午後、千里・桃香・優子は、一緒に昼食を食べた後、3人でアテンザに乗って出かける。
 
「うん、どこもぶつけてないみたいね」
と千里は車のまわりを見てまわってから言った。
 
「もちろんだよ!」
と桃香は言ったが、若干後ろめたい。
 
ともかくも千里の運転で江戸川区の織絵たちのマンション近くまで行き、Timesの駐車場があったのでそこに駐めた。
 
「少し手前にスーパーがあったから、あそこに駐めればタダなのに」
と桃香は言うが
「それってほとんど無断駐車」
と千里は言った。
 

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織絵のマンションのエントランス前で織絵のスマホを鳴らし、中に入れてもらう。
 
「検疫をするぞ」
と玄関を開けてくれた織絵が言う。
 
「体温チェック?」
「ちんちんチェックだ。この中でちんちん付いてる奴はいないか?」
 
「ついてませーん」
「ついてませーん」
「ついてませーん」
 
と3人とも答えたので
 
「よし、入室を許可する」
 
と言って中に入れてもらった。
 
「ちんちん付いてたらどうするの?」
「ここは女子専用だから、万が一ちんちんが付いてたら切り落とす」
「男の娘だと切り落としてほしいかも」
 

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などと言っていたら、その“男の娘”が来たのである。
 
「おはようございまーす」
と言って入ってきたのは、千里たちと同年代の女性である。
 
「あ。広実、お久〜」
と桃香は言ったが、千里は
 
「おはようございます、夏美ちゃん」
と言った。
 
「きゃー、醍醐先生!ご無沙汰しております。お早ようございます」
と広実は言っている。
 
「あれ?知り合い?」
と桃香が尋ねる。
 
「先生にはものすごくお世話になったんですよ」
などと広実。
 
「広実、今日は全員芸名無し・先生も無しで」
と織絵が言うので
「じゃ、千里さんということで」
と広実。
 
「じゃこちらも広実ちゃんで。でも同年代だし呼び捨てでもいいけどね」
と千里。
「それは恐れ多いです」
と広実は言っている。
 
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そういう訳で、千里がデビューに尽力してあげたシンガーソングライターの三田夏美こと加治広実であった。話を聞いてみると、織絵や桃香と同じ高校の出身だったらしい。
 
「これ結婚祝い」
と言って広実が織絵に御祝儀袋を渡す。
 
「ありがとう!これがいちばん嬉しい」
と織絵。
 
「あ、御祝儀出すの忘れてた」
と言って桃香は自分の分と、鈴子から託されていた分の御祝儀袋を渡す。
 
「私も忘れてた」
と言って優子も御祝儀袋を渡す。
 
「おぉ!豊作、豊作」
と言って、織絵は4枚の御祝儀袋を抱えて嬉しそうである。
 
(千里は織絵と美来の結婚式で巫女を務めているので、その時に御祝儀は渡している)
 

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それで色々話していた時、
 
「しまった。検疫忘れてた」
と織絵が言い出す。
 
「体温チェック?」
と広実が尋ねる。
 
「ちんちんチェックだ」
と織絵。
 
「何それ〜?」
 
「このマンションは女子専用だから、女の子しか入れない。君はちんちんは付いているかね?」
と織絵が言うと
 
「知ってるくせに」
と広実は言う。
 
「質問に答えなさい。ちんちんは付いてるか?」
「おっぱいありまーす。ちんちんありまーす。タマタマありまーす」
「このマンションはちんちんは立入禁止だ」
「だったらどうするの?」
「君のちんちんは切り落とさせてもらう」
 
「切り落とされたーい。切って切って」
と広実は言っている。
 

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「広実ちゃん、まだ手術してなかったんだっけ?」
と千里が訊いている。
 
「おっぱいはシリコン入れて大きくしたけど、ちんちんもタマタマもまだ取ってませんよ」
 
「あれ?シリコン入れたんだ?」
 
「また精子はあるの?」
美来が訊く。
「ある。女性ホルモン飲みたいけど勇気がなくて」
「それはまだ飲まないほうがいい。飲んでしまったら、もう後戻りできないから」
と優子。
「うん。男をやめる決断ができるまで飲まない方がいい」
と光帆が言い、
 
「私もそう思う。それ飲んだらもう後戻りできなくなるから」
と桃香も言っている。しかし織絵は
 
「既に後戻りはできない気がするけどね」
と言う。
 
「物理的には胸のシリコン抜けば、男の身体には戻れるけど、男に戻る気はない。でもまだ女になる勇気がない」
と広実は言っている。
 
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「それは無理することないよ」
と光帆は言ったのだが、織絵は
 
「でもちんちん無くてもいいんだろ?」
と尋ねる。
 
「むしろ無くしたい」
「つまり切る勇気が無いだけなんだ?」
「まあそうかも」
 

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「ではやはり私が切り落としてあげよう」
と織絵が言う。
 
「え〜〜!?」
「でも切り落とす前に、精液を採取しておきなさい」
「えっと」
「何か適当な容器無い?」
「これでいいんじゃない?」
と美来がその辺に乗ってた小皿を取る。
 
「これに出すんですかぁ?」
「精液採取セットあるよ」
と千里が言って、アンプルの先にゴム製のチューブが付いているものを出す。
 
「君は何でも持ってるな」
「使い方は分かる?」
「分かる気がします」
 
「じゃ、これ取り付けて出してみて」
「えっとどこで?」
「ここですればいいんじゃない?みんな見ててあげるよ」
「トイレ行ってこようかな」
 
「隣の部屋でする?」
「貸して下さい」
と言って、広実は精液採取セットを持って隣の部屋に行く。
 
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20分ほどして出てくる。
 
疲れた顔をしている。時間も掛かっていたし、なかなか出なかったのだろう。
 
「ほほお。これが精液か」
「よし。人工授精しよう」
と美来が言い出す。
 
「は?」
 
「この精液もらっていいよね?」
「ちょっと待って下さい」
と広実は言うものの、千里が
 
「これをアンプルの先につければスポイトになるから」
などと言って、プラスチック製の細い円錐状のものを渡す。
 
「待って。それ使うの〜〜?」
「子供できても養育費は請求しないから」
 
と言って、光帆はパンティを下げると、アンプルを手に持ち横になって入れようとしたが、ひとりではうまくできない。
 
「私がしてあげるよ」
と織絵。
 
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「よろしく」
「半分は私がもらっていい?」
「いいよー」
 
それで織絵が精液を半分、美来の膣内に注入した。
 
「交替」
 
今度は織絵がパンティを脱いで横になり、美来が残りの精液を織絵の膣内に注入した。
 
「赤ちゃんできるといいなあ」
などと織絵は言っている(織絵はこのあたりのことを翌日全然覚えていなかった)。
 

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