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■春銅(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-11-13
その日、聖子(西湖F)は、化学の授業を受けていて、金属元素の原子記号の付近を学んでいた。
「周期律表を見ていくと、だいたい縦に似たような性質の元素が並んでいる。いちばん右端はヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)、といった希ガス類がある。これを覚えるのに『変(He)な姉(Ne)ちゃん、ある(Ar)日くる(Kr)ってキス(Xe)の連(Rn)続』というのがある」と先生が言うと、教室内は騒然とする。
「だいたい周期津表の第2周期13族のホウ素(B)から第6周期17属のアスタチン(At)を結ぶ斜めの線より右側は気体などの非金属元素でそれより左側は金属元素になる」
「金属元素の中でも第4周期の8-10族、つまり鉄(Fe)・コパルト(Co)・ニッケル(Ni)は性質が似ているため、まとめて「鉄族」と呼ばれる。この3つは電子軌道の一番外側がいづれも 4s2 で外側の電子数が同じなので似た性質になる」
多くの生徒が頷いているが、聖子はいちばん外側の電子数が同じなら似た性質になるというのは分かるが、なぜ同じ数になるのかが分からないと思った。質問しようかとも思ったが、みんなが分かっているようなので、あとで調べようと思い、ノートの上欄にメモしておいた。
「第5-6周期の8-10族は白金族と呼ばれる。つまりルテニウム(Ru), ロジウム(Rd), パラジウム(Pd), オスミウム(Os), イリジウム(Ir), プラチナ(Pt)だ。これは、みんなが将来、彼氏が出来て結婚しようという時に、ある程度財力のある男なら金(きん)又は、こういうので出来た指輪をプレゼントしてくれるだろう」
と先生が言うと
「先生はどんな指輪を奥さんにプレゼントしたんですか?」
という質問がある。
「俺はホワイトゴールドの指輪を贈った」
と先生は答える。
「ホワイトゴールドって、プラチナとは違うんですか?」
という質問がある。
「ホワイトゴールドというのは、金の合金で白っぽいものを言うが、実は日本とヨーロッパでは中身が違う。日本では、金に銀とパラジウムを混ぜる。でもヨーロッパではニッケルを混ぜる。実は日本式の銀・パラジウム割りのホワイトゴールドはあまり金属アレルギーを起こさないのだけど、ヨーロッパ式のニッケル割りは、アレルギーを起こしやすい。新婚旅行でヨーロッパに行って、向こうでホワイトゴールドの指輪を新婚旅行の記念に買ったりしたら危ないから気をつけるように」
と先生は言っている。
「それから11属の元素は“貨幣金属”(coinage metals)と呼ばれる。具体的には、銅(Cu)・銀(Ag)・金(Au)だ。レントゲニウム(Rg)も定義からすれば貨幣金属なんだけど、これは発見されたのが1994年なので、いまだにこれで貨幣を造った国は無い。実際問題として加速器の中でしか作れないし、半減期が26秒しかないから、貨幣を鋳造する前に放射性崩壊してしまうのでかなり難しいと思う」
↓再掲
みんな笑っている。
「貨幣は高いものから順に、金貨、銀貨、銅貨だな。オリンピックのメダルもこれに合わせて、金メダル、銀メダル、銅メダルになっている」
「なぜ、金銀銅が貨幣やメダルの材料として選ばれたんですか?化学的な性質が似ていたからですか?」
「それが大きいと思うよ。それにギリシャ神話で、人類の年代を金の時代、銀の時代、銅の時代に分ける考え方があって、そこから来たという説もあるが、逆に金銀銅というランキングがあって、そういう時代区分の考え方が生まれたのではという説もある」
「金の時代って、神話時代か何かですか?」
「そうそう。金の時代はクロノスが支配していた時代で、人間は神様の元で暮らしていて何も争いごとも無かった。クロノスというのは、父ちゃんのペニスをちょん切って自分が王様になった奴だな」
と先生が言うと、教室がざわめく。聖子も何それ〜?と思った。
「この話知らなかったか?元々は地球はガイアとウラノスが支配していたが、ウラノスがワガママなので、ガイアは息子のクロノスを唆して、ウラノスが昼寝している所に忍び寄り、ペニスを切り落とさせた。それでウラノスは力を失い、どこかに去って行く。この切断したペニスは海に落ちて、その時にできた泡から生まれたのが美の女神・アフロディーテ、ローマ式に言うとヴィーナスだな」
どうも教室内で数人この話を知っていた子がいるようで頷いているが、多くの生徒は「へー」といった顔をしている。
「ところが父親を無力化して自分が王になったクロノスもわがままだった。それでガイアはクロノスの息子のゼウスを唆して、クロノスを倒し、彼を冥界に幽閉する。それでゼウスの時代になった訳だ」
「で、そのゼウスの時代になった当初が銀の時代で、人々は争うようになったし、神様のことを敬ったりもしなかった。それでゼウスはこの人間たちを滅ぼしてしまった。そしてゼウスはトネリコの木で新しい人類を創造した。この後が銅の時代だが、この時代も銀の時代以上に荒れた。しかし神話に出てくるような英雄たちが登場して、秩序を作って行くことになる。しかしその先に、やがては銅の時代も終わって鉄の時代になると言われている。すると人々は親子兄弟も大事にしないようになり、無法状態になって、神も人類を見捨ててしまうだろうということで、ギリシャ神話の語り手は今は鉄の時代に入りつつあるのかも知れないと語っている」
「そしたら、もしオリンピックで4位にもメダルをあげることにしたら、鉄メダルになるんでしょうか?」
「それは分からないが、オリンピックではないけど、錫メダルというのが作られたことはあったそうだ。それから金メダルの上にプラチナメダルを作ったこともあるらしい」
「金メダルって、金メッキですよね」
「うん。あれを純金で作ったらコストがかかりすぎるからな。現在オリンピックのメダルは、直径60mm以上、厚さ3mm以上と定められている。これは体積に直すとπr
2・h = 3×3×3.14×0.3 = 8.478cm
3これに金の比重 19.32 を掛けると163.8g。金の価格は今1グラム7000円くらいだから、これは 115万円ということになる。こんなのをあげてたら、とてもお金(かね)が足りない」
金メダルを純金で作ったら100万円か。すごっ!と聖子は思った。
「実はオリンピックの初期では金メダルは金メッキではなく中まで金だった。でも今よりかなり小さなものだったらしいよ」
「あぁ」
「現在、オリンピックのメダルは、金メダルは銀の金メッキ、銀メダルはスターリングシルバー(Ag925), 銅メダルは大会によっても違うけど、来年の東京オリンピック用のものは銅95 亜鉛5。英語では gold medal, silver medal, bronze medal と呼ばれる。銅メダルは初期の頃は青銅素材だったので bronze と言うんだけど、最近はかなり純銅に近くなっている。でも慣例で copper medal とは言わずに bronze medal と言うんだな」
「ブロンズというのが青銅ですか?」
「そうそう。ブラスは黄銅。ブラスバンドというのは黄銅で作られた楽器を使うからだな」
「他にも何とか銅という英語はありますか?」
「銅の合金には、様々な種類があるが、高校生レベルではこれだけ覚えておけばいい」
と言って、先生はホワイトボードに書きだした。
青銅(bronze) 銅+錫
黄銅(brass) 銅+亜鉛(20%以上) 別名真鍮(しんちゅう)
白銅(cupro-nickel) 銅+ニッケル
洋銀(nickel silver) 銅+亜鉛+ニッケル
赤銅 銅+金
「日本では白銅と洋銀を区別するが、ヨーロッパでは区別は曖昧だったりする。スペイン語ではどちらもアルパカと言う。これは“ドイツ金属” German Metal という意味で、ドイツが生産拠点だったことに由来する」
「赤銅は英語は無いんですか?」
「英語でも、日本語そのまま Shakudo と言う」
「へー!」
「5円玉が黄銅、10円玉が青銅、100円玉が白銅、500円玉が洋銀だな」
と先生が言うと
「ああ、それが覚えやすい」
という声があがった。
「あと、銅とニッケルの合金を白銅と呼ぶようになったのは、明治以降で、それ以前は銅と錫の合金を白銅と言っていた。だから昔の神社の白銅鏡は、だいたい銅と錫の合金で作られている」
と先生は補足した。
それで聖子は、ああ、うちの押し入れにある鏡は、きっと銅+錫なのかな、などと考えていた。
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