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■春曙(24)

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早百合が4〜5月に勤めたバス会社について、新聞やテレビは事実上倒産したという報道をしていた。支払われなかった5月分の給与については、労組が経営陣と交渉していたものの、原資が全く無いということで支給のメドは立たないようであった。どうも会社のビルや土地、バス車両などについても全て借金の担保になっていて、どうにもならないようである。会社はかなり酷い債務超過の状態だったようだ。連鎖倒産も出そうな感じである。
 
早百合はさすがに疲れた気がして、少し精神的に休んでから次の仕事を探そうと思った。幸いにも学生時代の貯金があるし、ファミレスを辞めた時にたくさん退職金をもらっているので、多少の期間は無職でも何とかやっていける。
 
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春に買ったパッソに乗り、別府の鉄輪(かんなわ)温泉まで往復して来たら、わりと気が晴れた。向こうには1泊したが、宿泊者数を制限して本来の半分の定員で運用しているようだったし、お風呂に入る時間も指定されていて、どうも入浴者数も人数制限をしているようだった。
 
四輪なので、実は車中泊が可能である。実際早百合は行く時は由布岳PAで、帰りは大刀洗PAで車中泊し、6/01-04の、4日がかりの、のんびりとした旅となった。
 

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早百合はコンビニのバイト募集に応募してみようかと思い、募集広告の掲示されていた、博多区内のコンビニに行ってみることにした。なぜ博多区かというと、まだ6月いっぱいまで残っている定期券が使えるから!というのが理由だった。
 
それで6月8日(月)、地下鉄を博多駅で降りて、そのコンビニまで歩いて行く。
 
わりと歩く!
 
雨の日は大変そうだなという気はする。
 
そして中に入ろうとした所で、中から出て来た男性とぶつかりそうになる。
 
「ごめんなさい」
「すみません」
 
と言ってからお互い顔を見て驚く。
 
「芳野さん!」
「高橋君!」
 
それは3月まで勤めていたファミレスの後輩、高橋慶生だった。
 
「久しぶりですね。お仕事先、この辺でしたっけ?」
「いやあ、それが色々あって」
と早百合がどう説明すればいいのか分からずに悩むような顔をすると
 
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「良かったら少し話しません?」
と彼が言うので、早百合はお店に入るのをやめて、コンビニの駐車場で!少し立ち話をした。
 
今のご時世、換気問題を考えると屋外で話すのが良い。むろん2人ともマスクをつけている。
 

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「いやさ、3月31日でお店を辞めて、4月1日に入社予定の会社に行ってみたら、そこ倒産していたのよ」
 
「ありゃ」
 
「それでハローワークに行ったら、**観光を紹介されてさ」
「ありゃあ」
 
「先月の給料が出なくて、翌日にはもう福岡支店のビルは中に入れないようになってて。私物置いてた人が困ってた」
 
「それは困りますね!」
 
「まあそれで、無職になっちゃったから、コンビニのバイトにでも応募しようかなと思ってきてみたんだけどね」
と早百合が言うと、高橋君は言った。
 
「芳野さん、うちに復帰しません?」
「え〜〜〜!?」
 
「コロナの影響で大学が休みになって、実家に帰る学生が相次いで」
「移動するなと政府とかは言ってたのに」
「ね?」
と彼も言う。
 
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「あと、子供が家に居るから、母親が出勤できなくて」
「ああ」
 
「それで大量に人がやめて、今どこの店もスタッフが全然足りないんですよ」
「なるほどー」
 
「ね、ちょっとうちに来てみません?芳野さんみたいな経験者は好待遇で歓迎ですよ」
 
「でもたくさん退職金もらったのに」
「それはこれまでの功績に対する報酬ですもん。復帰しても返せなんて言われませんから」
「返せと言われたら困る」
 

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それで高橋君が強く勧めるので、早百合は彼と一緒に地下鉄で3月まで勤めていたロイヤルホストのM店まで行ったのである。店長の有木さんは嬉しそうな顔で
 
「いらっしゃい」
 
と言い、事情を聞くと
 
「今からでも即復帰して欲しい」
と言った。
 
「今からですか!?」
「明日からでもいいけど」
 
そして有木さんは言った。
 
「実はどこの店も人手が足りなくてさ。僕は7月からはS店の店長に異動することになってる。店長・夜間店長クラスでも退職者が多くて、閉鎖した店舗もあるけど、それより退職者が多いから人事部も頭を痛めている」
 
「あぁ」
 
「それで後任のM店の店長を誰か推薦してくれと言われて、君の後任で副店長になった島野君や、夜間店長の佐鳥君をはじめ、何人かに声を掛けてみたんだけど、みんなから断られてさ」
 
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「ああ。店長なんて激務だもん」
 
「だから、芳野さん、復帰して7月からここの店長してくれない?」
 
「ちょっと待って下さい。そうだ、この高橋君は?」
と早百合は焦って言う。
 
「こんなドジに店長なんてやらせられん」
と有木店長。
 
「ああ。それは言えてますけど、無茶苦茶言われてますね」
と早百合は笑って言った。
 
「おやじ、全く遠慮が無いんだから」
と高橋君も笑っている。
 

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早百合は彼のことばに疑問を感じた。
 
「おやじ?」
 
「あれ?知らなかったっけ?店長は僕のお父さんだよ」
「嘘!?苗字が違うのに」
 
「いやあ、それが僕があまりにも忙しくて家庭を顧みなかったもんで、女房に離婚されちゃってさ」
「え?」
「だから、こいつは女房の元の苗字を名乗ってるんだよ」
 
「え〜〜〜!?そうだったんですか」
 
「本当は芳野さんみたいなしっかりした女性に、こいつと結婚してもらえたら、こいつも何とかなるかと思っていたんだけどね」
と有木店長。
 
「待ってください。店長自身が、私を“僕の嫁さんにしたかった”とか言ってたのに」
 
「うん。“嫁さん”という言葉は、時々誤用してる人がいるけど、息子の妻のことだからね。だから、僕は最初から、こんなしっかりした人が、こいつの奥さんになってくれないかなあ、と思ってたんだよ」
 
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「ちょっと待って下さい」
 
「僕は芳野さんこと好きですよ」
などと高橋君は言っている。
 
「店長じゃなければ、こいつと結婚してもらってもいいけど」
 
待てぇ!!!
 

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「あのぉ、今まで言ってなかったけど、私、実は元は男で性別を変更しているんですけど」
と早百合はとっておきの秘密を告白した。
 
ところが有木店長は
「知ってたけど気にしないよ。君は間違い無く女性だよ」
と言うし、高橋君も
 
「僕も過去のこととか全然気にしません。芳野さんは素敵な女性だもん。もしそれで子供ができなかったとしても僕は構いませんよ」
と言った。
 
そういう訳で早百合の“最終防波堤”はあっけなく崩れたのであった。
 

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それで早百合は言ったのである。
 
「結婚のお話は辞退させて頂きたいですが、店長はやってもいいです」
「助かる!」
 
それで早百合は翌日6月9日(火)からこのお店に“店長代理”として復帰し、7月以降はここの店長になることになったのであった。
 
副店長を務めていた島野さんや夜間店長の佐鳥さんも
 
「芳野さんが戻ってきてくれるなら安心!」
と喜んでいた。
 
でも結局、定期券代、1ヶ月分損した!
 

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それを言っていたら、高橋君が言った。
 
「僕の通勤定期、実は今週いっぱいで切れるんですけど、その芳野さんの定期使わせてもらったらダメかなあ」
 
彼の自宅は堅粕らしい。それであそこのコンビニで遭遇したのである。あれはちょうど出勤途中だったらしい。
 
「22歳女って書いてあるけど?」
「5歳くらい違ってもバレませんよ」
「自動改札通る時に、女性を示す赤いランプが点くけど」
「女装して通勤しようかな」
「だったら、女性クルーの制服着て勤務してね」
 
彼は身長が165cmくらいなので、女の服を着せたら、ひょっとすると女に見えるかも知れない。わりと優しい顔立ちでもあるし、男性にしては、わりと撫で肩である。彼は腕力も無いし(早百合でも持てた20kgの段ボールを彼は持てなかった)、きっと男性ホルモンが弱いのだろう。
 
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まあ捕まらないようにしてね、と言って早百合は彼に定期券を渡した。
 
そして翌週、性別曖昧な感じの服装(ライトイエローの女物ポロシャツに水色のスリムジーンズ。眉を細く削り、喉仏が目立たないようスカーフまで巻いていた)で出勤してきた彼に、早百合は女性クルーの制服(もちろん下はスカート)のLLを渡したのであった!
 
「これ本当に着ないといけないですか?」
「もちろん」
と言うと、彼はマジで悩んでいた!
 

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「アクアさんは、男子制服・女子制服作って、Mさんが男子制服、Fさんが女子制服で通学していたらしいけど、僕たちはふたりとも女子制服だね」
 
と言って、西湖Mと西湖F(聖子)は、お揃いのS学園女子制服を着て並び、和城理紗(千里の眷属で§§ミュージック社員)に記念写真を撮ってもらった。
 
「まあ女子高には男子制服は無いから」
「今考えたら最初の3ヶ月くらい、よく男の身体のまま女子校に通ってたよね」
「あれはバレなかったのが奇跡だと思う」
 
西湖は1月に2人に分裂し、片方が男、片方が女だったので、男の西湖は1年半ぶりに男性器が復活したのだが、彼はその男性器をいつもタックしているし、ブレストフォームも着けている。お仕事では“女優”あるいは“女性アイドル”として扱われているので、女体偽装しておく必要があるからであるが、女子高に通学している西湖Fのようにクラスメイトの女子生徒たちと“濃厚接触”したりすることはないので何とかバレずに済んでいる。
 
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でも結局、Mちゃん、オナニーとかしてないみたいねとFは思っていた。タックした状態ではオナニーのしようがないが、それで西湖は小学6年の時以来、もう6年間オナニーをしていない(精液の採取をした時だけ)。既に男性として不能になってないか?とFは疑っている。
 
体型も高校1年の春までは中性的だったが、秋以降女の身体になってから、随分女性的な体型に変化してきた。骨盤なども発達してきているのを自分で認識している。1月に分裂した時は、2人ともそのボディラインを引き継いでいるので、西湖Mの体型は今既に女性的になっている。でも本人は男として生きて行くにしても別に男らしくなりたい気持ちはないから女性的な体型で構わないと言っている。
 
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「おっぱいくらい、あってもいいよね?」
「それは悩むなあ」
「ちんちんくらい、無くてもいいよね?」
「それは無いと困る」
「使ってないくせに」
 
西湖はもう6年間、立っておしっこしていないので、いざタックを外して立ってしようとしても、おしっこの出し方が分からないかもとFは想像する。
 

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ちなみにMも服は女物しか着ないし、そもそもこのアパートには男物の服が存在しない。ドラマでアクアMのボディダブルをする時は男物の衣装を着るが、それはあくまで衣装に過ぎないし、それを着る場合も下着は女物のままである(下着の線が透けて見えるのは構わないと言われている−アクアが男物の下着を着けるなんて許せないというファンが多いらしい)。
 
「でもようやく学校が再開されるね」
と和城理紗は言った。
 
「ええ。長かったですね。でも当面は週に3日の登校なんですよ」
 
生徒を出席番号で奇数・偶数に分け、月水金に登校する組と火木土に登校する組に分割した。ただし芸能人の子は、土曜日が忙しいので全員月水金の組に入れられ、そのあおりで一部の一般の生徒で奇数番号なのだけど、火木土の組に入れられた子もある。
 
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休みになる日は動画サイトに掲載される授業の動画を見て勉強し、レポートを書かなければならない。これがかえって毎日登校しているより大変だ。
 
西湖は、これって2人いなきゃ無理だったよなと思っていた。
 
3月中旬から仕事が減っていたのが、番組の収録が再開されて仕事がまた増え始める傾向にある。これからまた忙しくなるかな、と西湖は思っていた。
 
なおアクアのボディダブルやリハーサル役は2月までは、葉月(西湖)、姫路スピカ、佐藤ゆかの3人で分担していたのだが、3月中旬以降は仕事量が減ったので、スピカが抜けて、葉月・ゆかの2人だけで回していた。しかし6月以降また仕事が増えそうということで、(スピカも忙しくなってきたので)南田容子が加わることになっている。ちなみに南田容子は、スピカとわりと雰囲気が似ており、ケイさんが一度間違えたこともある。
 
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また最近花ちゃん(山下ルンバ 8月で22歳)の仕事量が増えてきているので、リハーサル役として、信濃町ミューズ最年長の悠木恵美(今年20歳)が起用されることになった。
 
花ちゃんはCDとかをあまり出していないので、売上としては、高崎ひろか・品川ありさより少ないものの、忙しさでは、あけぼのテレビの帯番組を担当することになったこともあり、アクアさんに次ぐ忙しさかも。それに花ちゃんって、§§ミュージックのタレントさん全員のお姉さんみたいな感じでみんなが頼りにしてるし、と西湖は思った。
 
(アクアと高崎ひろかが選出された第1回ロックギャルコンテストに上位入賞して研修生になったので、実は§§ミュージックの最古参)
 
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その日、マリナとケイナは午前中新宿のスタジオでローズクォーツの音源制作をした後、午後1番にテレビの情報番組に自宅からリモート出演した。この日は仕事はこれで終わりなので、この後はオフになる。
 
「ちょっと出かけてきていい?」
とケイナが言うので
 
「お土産はミスドがいいな」
とマリナは言った。
 
「OKOK。何か適当に買ってくるね」
「うん」
 
それでケイナは出かける準備をするのだが、女物の服を着ている!ローラ・アシュレイのシックなドレスだ。マリナが眺めていると、ケイナはちゃんとメイクもした上で
 
「じゃね」
と言ってドレス姿で出かけて行ってしまった。
 
なぜ男装ではなく女装なのだろう?と疑問は感じたものの、ローラ・アシュレイの服を着たケイナに、マリナは親近感を覚えた。
 
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