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■春曙(16)

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5月25日は、ローザ+リリンの給料日だった。ローザ+リリンの報酬は、UTPおよび§§ミュージックから毎月月末にザマーミロ鉄板に振り込まれ、その翌月25日にケイナとマリナの口座に振り込まれることになっていた。それが振り込まれていないのである。
 
ケイナは支払い関係があり困るので、事務所に電話してみた。
すると社長の奥さん(常務)が出て
「ごめんなさい」
と言った。
 
電話ではどうも要領を得ないので、ケイナとマリナは取り敢えず板橋区内の事務所に行ってみた。すると、出かけていた板付社長がちょうど戻って来た所のようである。
 
「すまない」
と社長が土下座する。強面の板付社長が土下座などすると、そのほうがよほど恐い!
 
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「どうしたんですか?」
「実は運転資金が尽きてしまって。今、MX信用組合と、国民生活金融公庫にも行ってきたんだけど、貸し出し残高が大きいから、これ以上貸せないと言われて」
 
「それで実は、今月、皆さんに払う報酬の原資がどうしてもなくて」
と常務。
 
「待って下さい、なんでそういうことになってるんです?UTPや§§ミュージックからは毎月、報酬が振り込まれていますよね?」
 

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それで社長の説明はこうだった。
 
昨年春以降、ローザ+リリンの仕事が物凄く増えて、収入も大きいが、仕事に必要な経費、主として交通費・宿泊費、衣装代、資料関係の購入費などはザマーミロ鉄板が仮払いしていた(最終的にはケイナ・マリナの負担)。また著作権使用料(これは事務所負担)とかも結構掛かっていた。交通費宿泊費は昨年の夏頃の段階で毎月50万くらい、12-1月頃は毎月200万円を越えていた。
 
交通費などは、放送局などがチケットの現物で支給してくれる場合もあるが、結構こちらで払っておいて、あとでその分のお金を払ってくれるというケースも多く、それをザマーミロ鉄板が立て替え払いしていたものの、その金額がかなりの金額となっていた。
 
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こういった金額がこれまでの会社の年間資金を軽く超える凄い額になったので、昨年夏頃いったん運転資金が不足し、一度は国民生活金融公庫から融資してもらって乗り切った。それが12月頃からまた更に仕事が拡大し、とても負担しきれなくなったが、MX信用組合が、ローザ+リリンが好調なことから融資してくれて、それで何とか乗り切った。しかしここで自転車操業状態に陥った。
 
多額の借り入れをしてしまったので、その返済に苦しむ。しかし、毎月凄い金額が§§ミュージックから振り込まれてくるので、その資金を少し使い込む形で何とか回してきた。
 
ところがコロナの影響で、3月4月の仕事が急に減ったことから、入ってくるお金も激減した。
 
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「それで資金がショートしてしまったんですか」
「面目ない」
 
昨年度までは年間の売上が1000万円行くか行かないか程度の事務所だったのである。株式会社ではあっても実態は社長の個人経営に等しかった。実は社長の奥さん(常務)の給料なんて毎月3万円である!それがローザ+リリンがあまりにも売れすぎたことから、それまでの年間予算の数倍のお金の出入りが毎月発生することになった。
 
「好景気の経営行き詰まりって奴だよな。急速に伸びる企業では時々あること」
などとケイナは他人事のように解説している。
 

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マリナは尋ねた。
 
「6月1日になれば、§§ミュージックからの私たちのギャラの入金がありますよね?」
 
「うん」
「何とか待ってもらって6月1日にそのお金で払うということは?」
「それが5月中に払わないと、期限の利益を喪失するものがあるから」
 
今月は月末の5月31日が日曜である。そういう場合、この業界の慣習では入金は翌日の月曜日になってしまう。しかし金融機関の返済は月末までの支払いで月末が土日なら、その前日の金曜日までに支払う必要があるものもある。
 
今月は暦の運が悪かった。
 
でも社長は29日と言っているけど、ひょっとしたら元々先月の24-25日頃にマリナたちへの支払いのために短期で借りた資金を実は今日返済しなければならないのだったりして!?
 
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マリナは尋ねた。
 
「それで幾ら足りないんです?」
 

「君たち2人に払うべき報酬が2人分で1500万円、他の芸人さんたちへの報酬が合計で80万円、これは本当は今日払うべきお金。金融機関への返済で5月29日までのものが短期の借り入れを含めて1200万円、6月1日まででいいのが500万円、それから6月1日までに法人税を約3000万円」
 
マリナはスマホの電卓を叩いた。
 
短期というのは多分1ヶ月単位で借りた利子の高い資金か?この会社やばくない?
 
「今手元にある資金は?」
「200万円くらい」
「だったら私たち以外の芸人さんたちの報酬をまず払ってあげて下さい」
とマリナが言うと、社長の奥さん(常務)が
「あ、そうよね。すぐ振り込む」
と言ってパソコンに飛び付いた。
 
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「結局6月1日までに私たちの報酬以外に4580万円必要なんですね」
「そういうことになるかな」
 
「6月1日にUTPと§§ミュージックから入金する予定のお金は?」
「UTPから200万円、§§ミュージックから3600万円」
 
「合計3800万円か。するとプラス800万円あれば何とかなります?」
とマリナは尋ねた。
 
「それが29日までに1200万円が必要で」
「じゃもし私が1200万円都合を付けられたら、何とかなります?」
 
「実は7月10日は源泉税を400万円くらい払わないといけなくて」
「だったら1600万円では?」
 
「君たちの報酬の支払いを待ってもらえたら」
 
「お前、1600万円あるの?」
とケイナがマリナに訊く。
 
「うーん。現金は800万円くらいしかないけど、株式が同じくらいあるはずだから、今日中に全部売却すれば28日に代金を受け取れて、それで社長に貸せる」
 
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「株とか持ってるの〜?」
「多額の資金を全部現金で持っておくのは危険だよ」
 
「それ頼める?」
「いいですよ。長い付き合いだし」
「でもいつ返せるか、ちょっと今の段階では自信か無いんだけど」
「この事務所の株主になってもいいですよ。そしたら返済不要だし」
 
「うちの会社、資本金800万円なんだけど」
「だったら第三者増資で私が全体の66%の株を持つということで。社長が34%で。最終的には更に増資して社長が51%, 私が49%でもいいですよ」
 
今800万円を2400万円に増資して、板付社長が34%, マリナが66%なら、板付816万、マリナ1584万だから、板付は16万円をマリナに返せばいい。その後、マリナの出資率を49%に下げるには、資本金を3232万円まで増資し、板付が832万円追加出資すればいいことになるが、それはもう来年になるかもという気もした。
 
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「分かった。だったら後日調整ということで」
と社長。
 
「じゃ800万はすぐ振り込みます」
と言って、マリナはその場でスマホで操作して800万円をザマーミロ鉄板の口座に振り込んだ。社長は明言しなかったが、“短期の資金”には今日が返済期限の物も含まれているのではという気がした。
 

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「マリナが1600万円貸した場合、資金繰りはどうなるんだっけ?」
とケイナが訊く。
 
「私が出資した1600万円で29日までに取り敢えず金融機関へ1200万円返済をする。400万円残って、6月1日に3800万円入金したら4200万円になるから、税金を3000万円払い、金融機関に500万円払って、700万円残る。6月11日に源泉税400万円を払って残った300万円で6月は何とか運用する」
 
3月決算の企業は法人税を2ヶ月後の5月までに支払わなければならない。但し正式な決算額は6月の株主総会で決まるので、その時点で修正申告して、そこで追納/還付が発生する場合もある。しかし正式な決算額とあまりにも懸け離れた金額で5月に納税することは許されない。
 
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「俺たちの報酬は?」
「今月は会社に貸しだね」
 
「それだと公共料金が払えない。ケイさんへの返済も」
とケイナは言う。
 
マンションをマリナが買ったので、光熱費などはケイナが払うことにしているのである。
 
「公共料金は取り敢えず私が払っておくよ。ケイさんには事情を話して今月の返済は保留してもらおう」
 
ケイは連絡すると快く「返済はいつでもいいよ」と言ってくれた。
 
しかしこういう訳で、マリナはこの会社の共同オーナーになったのである。
 
「でも来月も25日には君たちへの報酬が払えないんだけど」
「資金繰りが回復するまでは、§§ミュージックからの入金後の振込でいいですよ」
「すまなーい!」
と板付社長は恐縮していた。
 
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しかし完全なる自転車営業だ。しかもマリナたちに1500万円借りたままということになる。
 
とりあえずマリナの出資で危機を乗り切れそうだが、この後もしばらく自転車操業が続き、恐らく1500万円の返済は8月か9月、ちゃんと25日に報酬が払えるようになるのは10-11月頃かも。
 
ということは・・・・。
 
「社長、今後交通費・宿泊費、衣装代、スタジオ代とかの細々とした経費は直接私が払いますよ。それで会社の資金繰りも少し楽になりますよね?」
 
「すまーん!それ物凄く助かる」
と社長は本当に恐縮していた。
 
これまで交通費・宿泊費や練習用のスタジオ借り賃などは事務所が予約し料金を支払い、その分をマリナたちに支払う報酬から天引きしていたのだが、その事務所が一時負担する経費が毎月100万円を越えているのである。もっとも昨年度はあまりにも移動が多く、実際の航空券予約は事務所を通さずにマリナが直接予約を入れることも多くなっていた。そしてその控えをケイナはちゃんと保存していなかったので経費で落とし損ねている。
 
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経費を直接マリナが支払うことにするので、これまで事務所とローザ+リリンの報酬比率は、事務所4:ローザ+リリン6だったが、事務所3:ローザ+リリン7(§§ミュージック経由分は§§ミュージック:ザマーミロ鉄板:ローザ+リリン=2:1.5:6.5)とすることにし、これを6月分(7月受取)から適用しようということで、社長とマリナは“口頭で”同意した(実は両者は紙の契約書を交わしていない。この業界はこういうのが多い)。
 
(この業界は事務所7:芸人3とか、待遇のいい所でも事務所6:芸人4という所が多いが、ローザ+リリンはザマーミロ鉄板の収入の9割以上を稼いでいるので元々破格の報酬比率になっている)
 
「そうだ。副社長か何かにしようか?」
「それ責任負わされそうだから辞退します」
 
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「だけど貯金全部使ってしまったら、デンデンへの報酬はどうしようか?」
とケイナは事務所を出た後で訊いた。
 
彼には(東京近辺の)移動の際の運転手を務めてもらう代わりに毎月10万払う約束にしている。
 
「それは投信を解約するよ。今週中には現金化できると思う」
 
株式は売却後2日で代金が入金するのに対して投信はその投信ごとに入金日が異なり、5日以上かかるものもあるが、早いものは3日くらいで受け取れるものもある。
 
「投信とかも持ってるの〜〜?」
「多額の資金をひとつの形態で持っておくのは危険だよ」
とマリナは言った。
 
「マリナ、他の資産は?」
「内緒。でもケイナみたいにお股の金(きん)は無いよ」
「あれは現金化が困難だな」
 
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なお実際にはマリナは物凄く多忙なので宿泊やスタジオの手配などを自分ひとりでやるには無理があると思った。そこでマリナは個人的なマネージャーを雇うことを考えた。占星術の研究会で会って意気投合していた大阪の友人に電話をしてみる。実はバイク仲間でもあり、数回一緒にツーリングしたこともある。彼女は Honda CB600F Hornet、マリナは Suzuki GSR600 であった。
 
「あ、今妊娠中なんだ?おめでとー」
「記者会見、見たよ。マリナちゃんも妊娠したんだって?おめでとう」
「でもあんた、どういう原理で妊娠したわけ?」
「それこちらが訊きたいな」
 
お互い、深くは追求しないことにする。
 
「だけど妊娠中なら無理かなあ」
「どういう仕事?」
 
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それでマリナが仕事のスケジュール管理と宿泊・スタジオなどの手配をして欲しいのだということを説明する。
 
「複数の事務所の仕事をしているから、ダブルブッキングが恐いんだよ。それを管理して欲しいのと宿泊とか、時にはスタジオとかの手配」
「航空券とか新幹線のチケット確保も?」
 
「それが今公共交通機関の利用が禁止なんだよね。だから車での移動だから、列車や飛行機のチケットの手配は今の所必要無いけど、コロナが終息したらその仕事も出てくる。誰かと会って仕事の営業したりとかは無いから、全国どこに居てもできる仕事なんだ」
 
「ああ、だったら出産前後はうちの旦那にさせようかな」
「じゃ頼んでもいい?報酬は取り敢えず月30万円くらいで」
「それ報酬が多すぎて恐いんですけど」
 
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彼女は昨年までは“従業員”だったので毎月20万円くらいの“給料”をもらっていたものの、2月にお店の店主と結婚した以降、“家族”なので給料が無くなってしまったらしい。それでこの仕事をすると自分の個人的なお小遣いが得られるので助かると言っていた。
 
彼女が快諾(?)してくれたので、§§ミュージックの美咲マネージャー、UTPの甲斐窓香マネージャーとも連絡を取ってもらい、彼女の所でローザ+リリンのスケジュールを最終管理するとともに、宿泊の手配などもやってもらうことにした。またこの仕事専用のスマホを1個契約し、また仕事用のパソコンも1台調達して送った。
 
「このパソコンには仕事関係のソフトだけ入れて、他のパソコンでは作業しないようにして。あと絶対にディスクの共有とかはしないで。どうしてもデータのやりとりが必要な場合はUSBメモリ使って」
 
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「了解。それってセキュリティの基本だよね」
 
彼女には、自分のクレカの番号・セキュリティコード・パスワードも送った。
 
彼女は過去に飲食店の経理担当だったこともあり(どうも現在も似たような仕事をしている模様)、お金に関しては倫理観の厳しい子なので、万が一にも横領などの心配をする必要が無い。それにクレカは使用履歴が全部見られるので、不正のしようもないのである。
 
また彼女の親友の中国人の女の子が、昨年結婚して、夫(日本人)の仕事の都合で東京に来ているらしく、買い出しなどの仕事は彼女に頼もうということになった。彼女も実は妊娠しているらしいが、予定日は12月で、7月出産予定の大阪の友人とも、10月出産予定のマリナとも時期がずれているので、結果的に補い合えるようだ。
 
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「料理が凄くうまいからメシスタントに使ってもいいよ」
「妊婦をあまりこき使うのは悪いから」
「彼女も個人的なお小遣いが欲しいみたいでさ」
「ああ。主婦は大変ネ」
と言いながら、マリナは自分も専業主婦になっていたら、結構不便をしていたかも知れない気がした。
 
 
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