広告:放浪息子(5)-BEAM-COMIX-志村貴子
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■春曙(3)

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年金手帳は全員自分に渡されたものについて、名前などが間違っていないことを確認の上、副支店長の前の机に置いた。それで副支店長は退席し、各自着替えて下さいということになる。着替える場所は、洋服店のフィッティングルームのようなものがこの部屋には10個ほど並んでいるので、そこで着替えて下さいということだった。
 
それで各自適当な着替えルームに入って着替える。
 
吉田は上着を脱ぎ、ズボンを脱いだ。紙袋の中から上着っぽいものを出してワイシャツの上に着る。そしてズボンらしきものを出して穿こうとして・・・手が止まる。
 
スカートじゃん!
 
困ったなあ、また何か手違いがあったのかなあと思い、悩んでいたら、伊川さんの声がする。
 
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「クニちゃん、まだ?」
「ミネちゃん、どうしよう?また間違えられたみたいでスカートが入ってた」
 
「ああ」
と言って、彼女は着替えルームのカーテンを開けちゃった!
 
「ウェストサイズは合うの?」
「どうだろう?」
「穿いてみたら?」
「え〜?」
「サイズ確認するだけよ」
「うん」
と言って、吉田は取り敢えずそのスカートを穿いてみる。
 
「サイズはピッタリみたいね」
と言って、伊川さんは吉田のウェストの所に指を入れてみている。吉田は女子にこの程度されて変に興奮したりはしない。
 

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「じゃ、サイズはこれでいいから、このサイズのズボンに交換して下さいと言えばいいよ」
「そうするか」
と言って、吉田はスカートを脱いでここに着てきていたビジネススーツのズボンに穿き替えようとした。ところがそこにさっきの女性社員・長谷さんが入ってきて言った。
 
「今から窓口業務始めます。全員来てください」
 
「あのぉ」
と吉田が制服が違うことを言おうとしたのだが
 
「話があるなら後で。すぐ来なさい」
と言われてしまう。
 
吉田は伊川さんと顔を見合わせる。
「後で着替えればいいよ。取り敢えず行かなきゃ」
「うん」
 
それで吉田は仕方なく、スカート姿のまま、長谷さんの後を、他の新人社員と一緒に付いて行ったのである。
 
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店舗内まで来てから長谷さんに言われた。
「あんた、なんでお化粧してないのよ?」
「あ、えーっと」
と吉田が何と説明しようか迷っていたら伊川さんが横からヘルプ(?)してくれる。
 
「済みません。この子、お化粧しなきゃいけないこと知らなかったらしくて。クニちゃん、そこのトイレでさっとしてきなよ」
と言って、伊川さんは自分のお化粧道具を吉田に手渡した。
 
「あんたバイトとかもしたことなかった?女は仕事をする時は、お化粧必須だよ。すぐして来なさい」
 
「はい、すみません」
 
それで吉田は仕方なく、近くにあるトイレに入ってお化粧しようとした。最初男子トイレに入ろうとしたのだが、吉田の社員証を入口のセンサーにかざしてもドアが開かない、試しに女子トイレの方でかざすと開いた!それで吉田はしかたなく、女子トイレに入り、そこの洗面台の鏡を使って、伊川さんの化粧道具を借りて、メイクをしたのである。ちなみに吉田は世梨奈たちに“鍛えられて”いるので、女子トイレに入るのはわりと平気である!
 
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化粧水をして乳液を塗り、ファンデをコンパクトで塗ってチークを入れる。アイカラーを2段階で塗り、アイライナーを入れて、アイブロウを入れる。そしてマスカラを塗って、指先でカールさせる。最後にリップを塗る。吉田は研修の間、伊川さんに唆されて毎日メイクの練習をしたし、元々ショー劇団時代にも練習してた下地があったので、わりときれいにメイクすることができる。我ながら可愛いじゃんという気がした。実際メイクを終えて、店舗内に戻ると
 
「あら、あんた可愛いじゃん。メイク自体はうまいね。感心感心」
 
と長谷さんに褒められた。
 
吉田を含めて女子(?)6人はその後30分単位で2人ずつ窓口に座った。
 
最初は伊川さんと楢崎さんがやり、他の4人はそれを少し離れた所から見ている。次に吉田と鈴中さんが投入された。
 
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吉田はそつなく、振込の処理、口座開設の処理、定期預金の満期払い戻しの処理、オンラインのパスワードを忘れてしまったという40代女性の対応、などをこなした。自分の業務をちゃんとこなしただけでなく、隣に座っていた鈴中さんが困っているふうだったのにも
「それは三瀬さんの所に持って行って」
と声を掛けたりもした。
 
それで30分の業務を終え、最後の組、沼田さん・北村さんに交替した。
 
「あんた、なかなかやるじゃん。もう午後からはそのまま実戦に投入できそう」
と長谷さんに言われる。
 
それで本当にこの日、吉田は午後いっぱい(13-15時)、女子制服のまま窓口に座ったのであった。伊川さんも同じく13-15時に座った。他の4人は店舗内で様々な雑用をしていた。
 
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15時で銀行は窓口を閉める。そこで吉田は長谷さんに言った。
 
「済みません。渡された制服がスカートだったので、時間も無かったし、今日はこれで勤務したのですが、できたらズボンに交換して欲しいのですが」
 
「なんで?あんた足に傷があるか何かでスカート穿きたくない?」
「いえ。私、男子なので」
 
長谷さんはキョトンとしていた。
 
「なぜ男子が女子制服を着ている?」
「それを渡されたので」
「あんた、最近流行の女の子になりたい男の子?」
「なりたくないですー」
 
それで伊川さんが口添えしてくれた。
「この子、研修の時も性別間違えられたんです。この子の名前は邦生(ほうせい)なんですけど、よく“くにお”と誤読されるんですよ。それで実際に勤務に入ってもらうまでに、性別は訂正しておくという話だったのですが」
 
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「訂正されてなかったみたい」
と吉田も言う。
 
「え〜〜?それは御免。でもあんた、女子制服着てても全然違和感無いじゃん。メイクもうまいし。女装趣味とかあるの?」
「無いですー」
 
「女装趣味が無いわりには、お化粧上手いですよね」
と伊川さんはわざわざ疑惑を拡大するようなことを言う。
 
「男子制服を用意するのは問題ないけど、あんた女子制服が似合っているから、このまま女子として勤務してもいいよ。本当は女子制服着たいんでしょ?」
「着たくないですー」
 
「でもあんたの声は女の子の声に聞こえる」
「これは一種の芸です」
「ああ、ゲイバーか何かに勤めてた?うちは借金で失敗したとかでない限り、その手の学生時代の前歴は気にしないよ」
 
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なんか誤解されまくっている気がする。でも長谷さんはすぐに吉田の身体に合う男子制服を用意して渡してくれた。
 
「あれ?これ上着のボタンの付き方が違う」
「そりゃ男子制服は右前で、女子制服は左前だよ」
「さっきは全然気づかなかった」
「つまり右前でも左前でも違和感無く着られるほど、左前の服を着ているということか」
「いや、そんなことは無いんですが」
 
「その女子制服も持っててね。どちらを着て勤務してもいいから」
などと長谷さんには言われたので、どうも吉田の“性向”は誤解されたままのような気もした。
 
配属に関しては、貸付け部門にも、渉外部門にも、定員の空きがないらしく、男子制服を着てもいいから、このまま窓口部門をやってほしいと言われ、吉田は了承した。
 
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「むろん女子制服で勤務してもいいからね」
「遠慮します」
 

この日は、吉田がせっかく女子制服を着ているからというので、新人女子(?)6人で記念写真を撮ったが、この写真を吉田が
 
「参ったよ」
 
などと言って、世梨奈に見せた所、それが幸花の手に渡り、霊界探訪の6月放送分の中で放送されてしまったのには、吉田もぶっ飛んだ。放送後には女子制服姿の吉田を見ようと、わざわざH銀行金沢支店に来た人たちもいたようだが、その時点では吉田は渉外に出来た空き(新人男子が1人、うつ病!になって退職したので)に充填される形で渉外部門に異動していたので、誰も女子制服姿の吉田を見ることは無かった。吉田は人と話す仕事は大好きなので、そつなく渉外の仕事を務めた。
 
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でも吉田は、渉外に異動した6月の中旬まで、約2ヶ月間、窓口でにこやかに来客に対応した。吉田が女子制服を着たのは初日だけだったのだが、男子制服を着ていても吉田は、お客様から「お姉ちゃん」などと呼ばれ、どうも女性と認識されている気がしていた。更には「H銀行さんは女子でもズボンが選べるんですね」などと勝手に感心している女性客もいたので、吉田は曖昧に微笑んでいた。
 
またこの新人女子(?)の内1ヶ月で退職した北村さん以外の5人は結構仲よくなったので、しばしば5人で吉田のアパートに集まり、楽しくおしゃべりしたりした。吉田のアパートが選ばれたのは、コロナの問題があるので飲食店などに行くのを避けた結果である。誰か女子のアパートに男子(?)である“クニちゃん”を入れるのは問題があるということで、結果的に吉田の所に他の4人が集まる形になった。でも鈴中さんが料理得意で、色々おつまみなど作ってくれるので、結構助かった。
 
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吉田はこの4人全員から“クニちゃん”と呼ばれたが、長谷さんまで“クニちゃん”と言っていた。吉田のアパートがわりと金沢市の中心部から近いので、ここは場所的にも便利だった。それで女子社員のたまり場とされ、しばしばここで泊まっていく女子たちまであり、結果的に吉田は台所で寝るはめになる夜も多かった。いつの間にか衣装ケースが置かれてみんなそこに洋服を入れていたし、吉田が彼女たちの下着とかを洗濯するはめになる。室内の物干しに干していたらみんなそれを取って、吉田の前で!着替えていた。背中のファスナーを上げるのとかも頼まれる!
 
「でもここなんでこんなにたくさん予備の布団があるの?助かるけど」
「いや、学生時代からここに泊まってく子が多かったから」
「それ女子?」
「そうなんだよなあ。俺に対してみんな無警戒で」
「ああ、私たちも無警戒」
と楢崎さんなどは笑っていた。どうも伊川さんも含めて、彼女たちは吉田のことをゲイなのだろうと思っているふしがあったが、まあいいことにした。
 
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ちなみに吉田自身の衣装ケースに、女性用下着やスカートなどが入っているのは早々に発見され「やっぱりねえ」などと言われた。
 

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