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■春曙(23)

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それでマリはその木村パンというお店でパンを買ったが、そのビルの店舗一覧を何気なく見ていたら、4階に“サワークリーム食パン”という名前があることに気づいた。
 
「あれ?上の階にもパン屋さんがあるのかな」
 
それでマリはパンの包みをいったん車の中に入れドアをロックした上で、ビルの中に入り、エレベータに乗って4階まであがってみた。
 
“サワークリーム食パン”という白い真新しい文字が書かれたドアがある。マリはそのドアを開けて「ごめんください」と言った。
 
中にいた女性が驚いたような顔でこちらを見ている。
 
「マリちゃん、おはようございます。こちらへは何か?」
と言っているのはマリナである。
 
「あれ〜。マリナちゃんだ。おはよーございまーす」
と言ってマリは室内を見渡す。
 
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「あれ?ここパン屋さんじゃないの?」
とマリは言った。
 

「やはりそういう間違いをする人が出るな」
と言ったのは、マリナに少し顔立ちの似た、でも少し背の低い女性である。
 
「あ、マリさん、こちら、うちの姉の歩(あゆみ)です」
「歩です。お世話になります」
「マリです。お世話になりまーす」
 
「あ、祝賀会の時に、マリナちゃんの戸籍をカメラに映した人だ」
「あれ、さすがに叱られました」
と歩は言っている。
 
「結局ここは?」
「うちの事務所ですよ」
「ローザ+リリンの事務所って、たしかザマーミロ・トッパンとかいう名前だったのでは?」
「ザマーミロ鉄板だったのですが、鉄板焼き屋さんと間違えるという意見があったので、サワークリーム食パンに改名しました」
 
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「なんでパンを売ってないのよ!」
「すみません。パン屋さんはしてないもので」
 
「まあそれでパン屋さんと間違われるようですね」
と歩が言うと
 
「そうだ。だったらパン屋さんも営業しようよ」
などとマリは言っている。
 

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板付社長は外出していたのだが、社長の奥さん(常務)がコーヒーを入れてくれたので3人は応接セットで話をした。
 
「マリちゃんはこの付近で何かお仕事?」
「それがさあ」
 
と言って、マリはS3丁目駅そばにあったパン屋さんが好きだったので買いにきたら無くなっていて、通りがかりのおばちゃんに、近くに別のパン屋さんもありますよと言われてこのビルの1階のパン屋さんを教えてもらったのだと言う。
 
「ちょっと試食させてもらったら美味しかった。個人的には駅前にあったパン屋さんより好きかも。わりと気に入ったから、ここまた来ようかな」
 
「この1階のパン屋さんも今月いっぱいで閉めるんですが」
「嘘。なんで?」
 
「ご主人が年で朝早く起きるのが辛いんだそうです」
「そんなあ。せっかく好きになったのに」
「残念でしたね」
 
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そんなことを言っていたらマリは言った。
 
「ねえねえ、この会社、せっかくパン屋さんみたいな名前なんだから、パン屋さん営業しない?」
「そういう意見はありましたが、開業資金も無いし、スタッフもいないので」
 
「開業資金なら私が出してあげるよ」
とマリは言う。
 
マリナと歩は顔を見合わせた。
 
「でも場所は?」
「S3丁目駅そばのパン屋さんがあった物件を買ってさ、ここの1階のパン屋さんの施設も買い取って、そこでパンを焼いて、駅前で売る。この場所じゃお客さんの数が限られるけど、駅前なら売れると思う」
 
「うーん。お金さえあればできる気がする」
とマリナ。
 
「確かに駅前はパン屋をするには最高のロケーションだよね。コロナの影響でこれまで外食してた人たちがお惣菜とかパンとか買って帰るもん」
と歩は言っている。
 
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「だからその資金を出すよ」
とマリ。
 

「それ実行するなら、ビジネス的なことに慣れている人にさせないとダメよ」
と常務が出て来て言った。
 
「同感です。マリちゃんがやったら、絶対欺されて、お金だけ取られるよ」
とマリナも言う。
 
「こちらの事務所の常務さんでしたっけ?それ頼めません?手数料も払います」
「じゃちょっと社長と相談してみる」
 
ここでマリがビルの前に車を駐めっぱなしにしていると聞いて、慌てて歩が下に降りていくと、ちょうど駐車監視員の人が調べている所だった。
 
「済みません。すぐ動かします!」
と言って歩は運転席に飛び込むと、近くの時間貸し駐車場にアクアを移動した。
 

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しかしこのパン屋さんを作っちゃうという件は進められることになったのである。
 
駅そばの店舗(3坪)は鉄道会社関係の不動産屋さんの所有で分譲はしないということだったが、月額5万円で貸すということだったので借りることにした。またサワークリーム食パンのあるビル1階のパン屋さんは、御主人と交渉した結果、パン製造の設備一式を300万円で売ってもらえることになった。ここも賃貸物件だったのだが、不動産屋さんとの話し合いで7月からマリがここの借主となることで不動産屋さんは同意してくれた。マリはこの2つの店舗を運営するための会社“マリ・ベーカリー”を取り敢えず資本金1000万円で設立することにした(設立作業はケイの婚約者・木原弁護士がしてくれた)。保健所の審査その他は、若葉に頼んだら、専門家を派遣してくれて、無事検査が通るようにしてくれた(衛生に関わる一部の設備を交換した)。
 
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そういう訳で1階のパン屋さんには木村パンあらため“サワークリーム食パン”の看板が出来て、S3丁目駅のそばにも同様の看板ができて、本店でパンを焼き、駅前店でもそれを売るという方式が確立したのである。
 
肝心のパンの職人だが、本当に板付社長のお孫さんが、ここに“店長”の肩書きで入り(社長はマリ)、元のパン屋さん(木村パン)の奥さん(御主人よりは7歳若い74歳)が、彼女にパン焼きを指導してくれることになった。更には自家製酵母も譲って頂けることになった。
 
「いや、50年ほど育てて来た酵母を死なせてしまうのが忍びない思いだったから、受け継いでくれる人が出て私は嬉しい」
 
と奥さんは言っていた。それで、元のパン屋さんの味が受け継がれることになったのであった。
 
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「採算とか何も考えなくていいから。美味しいパンを作ることだけを考えてね」
とマリは言った。
 
「ありがとうございます。私もまだパン屋さんに勤めて2年だけど頑張ります」
と板付社長のお孫さん・月隈愛は言った。しばらくは彼女の母・月隈好奈(板付社長夫妻の長女)も手伝ってくれることになった。
 
また若葉が、エヴォンの元チーフメイドでお菓子作りのうまい白崎秋菜という女性を紹介してくれたので、彼女を副店長に任命して手伝ってもらうことにした。それ以外に製造補助兼販売員としてパートを2〜3名雇う(木村パンは御主人と奥さんの2人だけでやっていた)。パンの個包装は自動包装機を導入した。包装には単価は高いもののバイオマス・ポリエチレンを使用している。(製造日表示などとともに、その旨をプリントしている)
 
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駅前店の売り子は、この事務所のタレントで、スカイロードkomatsuのそっくりさんだけど女!というkomatta(本名:滝沢小鞠−たきさわ・おまり)が「私パン屋さんやりたい!」と志願したので、彼女(彼?)に駅前店の店長をしてもらい、他にパートの女子を数人雇うことにした。komattaはこれまで毎月のギャラ3-5万円!だったのがパン屋さんの店長になったおかげで毎月30万円の給料をもらえるようになり「給料の桁を数え間違った!」と叫んでいた。
 
もっともパートの女子大生は店長をふつうに男だと思っていたようであった!
 
本人はFTMでもビアンでもない(本人の主張)ものの、長年契約に従って、24時間365日、男として暮らしているので“今更女子トイレとか入れん”ということらしい。そして komatsu のそっくりさんだけあって美男子である。
 
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(本当に駅の男子トイレを使っていた−女子トイレに入るのは痴漢でもしている気分になるとか−過去に通報されたこともあるらしい!)
 

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「ところでうちの会社の社員名が紛らわしい」
と言ったのは、本店副店長の秋菜である。
 
「社長がマリさん、副社長がマリナさん、本店店長はマナさん、副店長の私がアキナ、駅前店店長はオマリさん」
 
「確かに似たような名前が並んでるね」
と34%出資して副社長になったマリナは笑っていた。
 
マリが100%出資した会社なんて半年で潰れると言われ、マリナはあまりに多忙すぎるケイに頼まれてお目付役として第2株主になった。特別決議を否決できる34%の株主になったのも、マリの暴走を止めるためである。
 
なお株式会社マリ・ベーカリーの社員はこの5人だけである。但しマリとマリナの月給は当面の間1万円!である(他の3人は当面30万円)。
 
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そういう訳で、サワークリーム食パンは本当にパン屋さんになってしまったのであった。もっとも、パン屋さんのほうの「サワークリーム食パン」は株式会社マリ・ベーカリーの運営なので、実は芸能事務所のサワークリーム食パンとは無関係!だが、まるで1階パン屋さんの事務所が4階にあるかのように見える。一応パン屋さんの経理も板付社長の奥さんがまとめてしてくれる(手数料を払う)。
 
このパン屋さんの方は、愛の若いセンスで売れ筋のパンを作ったこと、これまでどちらも10-18時の営業だったのを、本店は18時で閉めるものの、駅前店はお昼時と通勤・夕飯時間に合わせ 11-13, 16-20時という営業時間に設定したら、おりからのテイクアウトブームもあって物凄く売れた。
 
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更には駅前店について閉めている時間帯(6-11, 13-16, 20-)も店舗前に設置した“パン自動販売機”(PayPay, EDY, SUICA, PASMO対応)にパンを並べるようにしたら、この自販機が物凄い回転率になった。特に朝の通勤時間帯は凄く売れた。リフト機能付きで腰を曲げたり又はかがめたりしなくても取り出せるタイプである。これはスカートを穿いていて腰をかがめにくい女性に好評だった。
 
「この自販機のパンはまだ温かくて、ほとんど焼きたて」
という口コミが広がり、物珍しさもあって、わざわざ休店時間帯に自販機狙いで来る人まで出た。(6-20時の間で30分単位で補充。実際には21時頃まで買える)
 
なお、駅前店への配送・自販機補充は、専任のスタッフ(男子大学生)を2名(午前担当と午後担当)雇っている。
 
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それでわずか半年で採算ベースに乗り、本店長・本店副店長・駅前店長の給料は50万円に改訂された(社長・副社長の給料は1万円のまま!)し、スタッフも増員することになった。また(そんな広告などは出していないのだが)マリちゃんがパン屋さんを始めたと聞いて買いに来る人もあった。
 
「駅前店の店長さん、すっごい美形だよ」
「ちょっとスカイロードのkatahiraに似てるよね」
などという噂も立ち、その店長を見るのにやってくる女子大生などもいたとか。
 
もっとも本人はkatahiraではなくkomatsuのそっくりさんで売っていたのだが!ちなみに、店長がまさか女だと思う人など1人もいなかった!!
 

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女装義務が解除されて以来、ケイナはオフの時間には頻繁に男装で出歩くようになり、何だか楽しそうに見えた。マリナは妊娠の月数が進んできたので、お仕事の時以外はできるだけ出歩かないようにし、身体を休めているように言われている。また、リモートの仕事が多いが、リモートの仕事は三鷹のマンション内に設置した防音室に中継用機材を持ち込んでもらったので、そこから参加し、一切外に出ずにお仕事ができるようになっていた。
 
しかしずっと1日中自宅にいるとつまらない!
 
妊娠って大変なんだなあ、とマリナはあらためて思った。大阪の友人・渚はもう臨月に入っている。それでローザ+リリンのスケジュール管理についても出産までは東京の愛華が代行することにしている(但しこの子はわりとうっかりなので美咲さんにもお願いして、しっかり者の渚が復帰するまでダブルブッキングに気をつけておいてもらうようにした)。
 
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なお買物については“付き人”のデンデン・クラウドに週2回やってもらっている。彼にはついでに愛華の買物までしてもらっている(やはり週2回)。
 

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その日ケイナは午後の時間はオフだったので、マリナを自宅に置き、ひとりで吉祥寺まで行った。もちろん男装である。タックも解除しているのでお股が何だか開放的な気がする(ぶらぶらするのが変な気分)。
 
吉祥寺に行くならと、マリナから頼まれたものを、愛華の自宅にデリバリー(愛華の夫にはケイナと認識されずマネージャーか何かと思われた気がした)した後でPARCOに行く。洋服でも買おうかと思い、レディスファッションのコーナーで物色していたのだが、途中で
 
「あ、俺男だった。だから男物の服を着ていいんだ」
と思い、メンズファッションのお店に移動する。
 

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なんかよく分からない!
 
10年以上、男物なんて買っていなかったから、最近のトレンドとかがさっぱり分からないのである。女物の流れのようなものなら分かるのだが。
 
適当にジャケットとズボンを買う。お会計の時
「贈り物ですか?」
と訊かれた。
 
へ?なんでそう思う?と思ったが、自分が着ると言うのが何か恥ずかしい気がして、つい
 
「はい」
と言ったら、包みにリボンを掛けてくれた。
 

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俺、こういう格好してても、ひょっとして女に見えたりする?などと悩みながらお店を出て少し歩いていた時、ケイナは“あれ”のポジションが気になった。
 
それでお店とお店の間の少し通路のある所に入る。向こう側は事務スペースになっているようだ。他人の目がないので、ケイナは“あれ”のポジションを手で直した。
 
その時、ふと向こうに誰かがいる気配がしたので、そちらを見た。30代の女がいる。
 
キャー、こんなことしてる所見られたら、変態か何かと思われるのではと思い、慌ててあの付近から手を離す。
 
そして2秒後。
 
ケイナは気づいてしまったのである。
 
この通路の奥は鏡面になっている。そしてそこに映った“30代の女”と思ったのは自分自身の姿であったことに。
 
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