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かぐや姫の昇天。
語り手「五節の舞にかぐや姫が出たこと、関係者の話からかぐや姫はその後帝と夜を過ごしたらしいことから、近い内に盛大な入内(じゅだい)の儀式がおこなわれるのだろうと人々は思いました。しかし特にそのような沙汰も無いまま、年が明けて、かぐや姫は24歳になりました」
「当時としては結婚適齢期後半ですし、帝にはまだ1人も子供が居ないことから、1日も早い婚儀が望まれていました。また、草笛皇女が、かぐや姫の後見になってくれたので、後宮に入っても肩身の狭い思いをすることはないものと思われました」
この年になって、かぐや姫はしばしば月を見ては何か物思いにふけっているようでした。そばに付いている桃や紫が
「月の顔を見るのはよくありません」
と言ってかぐや姫に月を見せないようにしていたのですが、それでも夜みんなが寝静まった頃にこっそり夜空を見て泣いておられます。
そうこうしているうちに半年が過ぎて7月15日の晩(*171)、かぐや姫は月を見て酷く物思いにふけっているようでした。心配した紫が竹取翁に申し上げます。
(*171) 当時は太陰太陽暦なので、月(month)の日付と月(moon)の朔望が連動している。1ヶ月は平均29.53日で1月(ひとつき)は29日(小の月)か30日(大の月)である。
月(month)の日付と月(moon)の形の関係はだいたい次のようになる。
1日=朔(新月:闇夜)
8日頃=上弦
16日頃=望(満月)
23日頃=下弦
女房の紫は言いました。
「かぐや姫は元々月を見ると悲しい顔をされていました。でもこの所のご様子はただごとではありません。何かひどく悲しいことがあるに違いありません」
それで翁はかぐや姫に問いました。
「どんな悲しいことがあるのですか。月を見てこんなに沈んだ様子なのは。これほど楽しい世の中だというのに」
「私は月を見ると世の中のことがしみじみと感じられるのです。特に何かを嘆いているということではありません」
でもかぐや姫の様子を見ると何か心配しているように見えます。
「私の大切な娘よ、一体何を思っているのです。あなたが気に掛けているのは何ですか」
「別に何も心配事はありません。ただ物事がとても心細く思われるのです」
ついに翁は
「あなたは月を見てはいけません」
と禁止しましたが姫は
「月を見ないではいられないのです」
と言います。
そして月が出るとそれをじっと見詰めています。7月下旬の月が出てない夜は特に変わった様子も無いのですが、8月に入り、また月が見えるようになりますと、それを見て嘆き声まで漏らしています。お付きの者も翁も
「姫はやはり何か心配事があるに違い無い」
と思うのですが、理由がさっぱり分かりません。
8月15日に近くなり月がかなり丸くなってきた晩、月を見てかぐや姫は人目も避けずに激しく泣きました。それで翁たちが
「一体どうしたのですか」
と訊きますと、かぐや姫は泣きながら言いました。
「以前から、いつかは言わなければと思っていました。でも言うとお心を乱されると思い、言えませんでした。でもいつまでも言わないままにはいかなくなりました」(*172)
(*172) 視聴者の茶々(ちょうどここでCMが入る)
「ついに実は自分は女なんですという告白か」
「自分は女だから帝と結婚できないのです、とか」
↑「女だったら問題無いのでは」というツッコミ。
「分かった。帝が実は女なんだよ。他の帝候補者を退けて大臣が自分の娘が産んだ子を天皇にするために男の子を装っていた」
「それが月からの使者が来てバレるんだな」
「それもラノベにはありがち」
「でもかぐや姫は実は男だったから5人の貴公子や帝の求婚を拒否し続けたなんてのもラノベにありそうだよね」
「ありがちありがち」
「でも月の使者が来るようになって結婚できるようになる」
「それも安いラノベにありがち」
「女の子になれて、めでたしめでたし」
かぐや姫は告白します。
「私はこの世の人ではありません。実は月の都の人なのです。それが前世の契りがあり(*174)、この世界にやってきていました。でももう帰らなければならない時になりました。今月15日に(*173) 月の世界からお迎えが来ます。このお迎えからは逃げることができません(*175)。このことを知ったら父上母上が随分お嘆きになるだろうと思い、今年の初めから嘆き悲しんでいました(*176)」
(*173) 今はもう月がほぼ丸に近い状態。つまり8月13日か14日くらいと思われる。つまり、この娘は昇天の1〜2日前に唐突にこのことを告白したのである。
(*174) 原文「昔の契ありけるに」。一般に「前世の約束ごとがあったので」などと訳されることが多い。ここでは「前世の契りがあったので」と訳した。
(*175) 原文「さらず、まかりぬべければ」。“さらず”は“避らず”で避けることができないということ。
(*176) こういう言葉を見ると、かぐや姫は物凄く深い感情を持っている。逆に言うと、5人の貴公子に難題を出したかぐや姫はまるで別人である。本当にこういう優しい心を持っていたら、誰とでもいいから結婚していればよかった。それこそ、双六大会でもくじ引きでもして決めれば良かったのである。
結婚して子供ができていたとしても何も昇天の妨げにはならない。
かぐや姫の基本プロットというのは“羽衣伝説”である。羽衣伝説では男と結婚して子供もできていたが羽衣を着ると、あっさりと男の元を離れて昇天する。羽衣伝説には老親型と若い男型の2通りがあるが、竹取物語はそのミックスになっている。
翁は驚いて言います。
「なんというとをおっしゃるのか。あなたは竹の中に居るのを見つけて、当時は菜種のように小さかったのを(*177) 私と同じくらいの背丈になるまで育てました。その可愛い子供を誰が連れて行くというのでしょう。こんなことなら、その前に私が死んでいればよかった」
と言って、媼共々激しく泣きます。
かぐや姫も
「月の世界に私の両親もいますが、私は随分長くこちらの世界で過ごしてしまいました。(こちらの)父上・母上とも別れがたく、自分の故郷に帰るというのが少しも嬉しいとは思いません。ただ悲しいばかりですが、私は帰らなければならないのです」
と言ってさめざめとお泣きになります。(*178)
かぐや姫の傍に仕えている女房・女童(めのわらわ)たちも
「そんな突然月の世界に帰るなんて。お別れしたくありません。ずっと姫様と一緒に居るつもりでしたのに」
と言って、みんな泣いています。
(*177) 菜種、つまりアブラナの種は1mmほどのサイズであり、竹の中に居たかぐや姫はこんなには小さくない。単に「とても小さかった」という意味である。現代でいえば「ケシ粒のように小さい」などと同様の表現として使用された。
ちなみにケシ粒(アンパンの表面に貼り付いてるもの)の大きさは0.2mm程度。
(*178) 今昔物語のほうでは、かぐや姫は「私は人ではないのであなたとは結婚できません」と帝に言うと、あっさりと輿に乗り空から迎えに来た者たちと一緒に昇天していく。ここで使者は「空から来た」(只今空より人来て迎ふべき也)となっていて、「月から来た」設定ではない。そもそも十五夜でもない。
月から来たというのは、竹取物語・作者のオリジナルと思われる。
今昔物語:帝が求婚した時/空からの迎え/−
月上女経:満月の晩/如来からの使者/求婚者たちの色欲が消滅する。
竹取物語:十五夜/月の都からの迎え/兵士たちが身動きできなくなる。
語り手「宮中とかぐや姫の家の間を毎日のように行き来して文を伝えている頭中将は、かぐや姫の家に行くとみんな泣いているので、てっきり翁か媼が亡くなったのかと思い尋ねます。そして女房頭の藤から話を聞くと驚いて、急ぎ宮中に帰り報告しました」
頭中将(薬王みなみ)が申し上げます。彼は殿上人なので清涼殿に昇って御簾の中の帝と話します。
「かぐや姫は実は月の都の人で、今月十五日に月の都に帰らなければならないというのです。かぐや姫の家ではそれでみんな泣きはらしていて、食事の支度もできないほどでした。造麿(みやつこまろ)は憔悴して、2日前に見た時から、かなりやつれていました」(*179)
(*179) この部分で原文は
「翁今年は五十ばかりなりけれども、物思には片時になむ老いになりにけると見ゆ」とあり、前出のように、ここで翁が50歳とするのは求婚者が殺到した時の記述と矛盾するので、このドラマでは採用しない。
頭中将の報告を聞いた帝(アクア)は御簾の中から出て来られると、
「そんなことはさせん」
とおっしゃいました。あちこちに伝達して武人など2000人を集めます。指揮官に少将の高野大国(木取道雄)(*180) を指名しました。
★音楽:品川ありさ『Two thousand warriors』
帝自ら武人たちを率いて、かぐや姫の家に向かいます。そして2000人で警備させました(*181)(*182)。かぐや姫の家は人が密集し、身動きもできないほどになります。かぐや姫は塗籠(*183) の中に入れ、媼が抱きしめています(*184). 桃や紫、女童なども同じ部屋の中に入っています。
★音楽:UFO『千人乗っても大丈V(ヴイ)』
(*180) 少将役の木取道雄について。視聴者の声「この人を指揮官にするのは不安すぎる」「絶対人選ミスだ」
むろん、いかにも不安そうな人をこの役に起用した!
でもこの場面はどんな優秀な指揮官でも対抗できなかったであろう。
(*181) 原作では帝はかぐや姫の家には来ず、宮中で待っている。しかしこの重大事に帝が来ないのは不自然なので、このドラマではかぐや姫の家まで来たことにした。
(*182) 原文「築地(ついぢ)の上に千人、屋(や)の上に千人。家の人々、いと多かりけるに、空ける隙(ひま)もなく守らす」
築地(ついぢ)というのは土塀のことで(魚市場では無い!)、初期の形式は単に土を盛っただけであったが、後に柱を立てて板を渡すようになり、その後更に瓦屋根まで載せられるようになり、現在でも古い大きな屋敷などに見られる塀(へい)の形となった。こういうものを持つのは多くは上級貴族であったため、貴族の婉曲表現として使われることもあった。
かぐや姫の家は多数の求婚者が殺到したあたりの記述を見ると最低でも柱と板くらいはありそうにも思えたのだが、柱と板だけの状態、またそれに瓦屋根を取り付けた状態では人が登れないと思うので、あるいは盛り土だけの状態か。
しかし屋根の上に1000人は無茶である。
竹取翁の家、1000人乗っても大丈夫!
ということでUFOの歌『千人乗っても大丈V(ヴイ)』となる。
なお、この2000人の武人はCGである。
『黄金の流星』で多数の国の軍隊がグリーンランドに集結した様子をCGで生成したのと同様の、まほろばグラフィックスの力作で制作には2ヶ月掛かっている。コロナの折、エキストラが使えないのでCGとなった。
単純コピーではなく、ひとりひとりの動作タイミングが微妙にずれているし、ひとりひとりの体型、着けている装備の色あせ具合も全員違うので、あまりCGっぼく見えないのがこの会社の技術の高さである。
今昔物語は、かぐや姫の家は帝の宮と同じくらいの大きさだったとあるが、昔は身分による規制が厳しいので、平民の竹取翁がそんな巨大な家を建てることは許されない。だいたい建てたとしても住む人は翁媼とかぐや姫に若干の使用人だけだから使い道が無く無意味である。
25m×25m(190坪)の広さがあれば、50cm四方に1人ずつ立たせる(コロナ以前のライブハウスの密度)と50×50=2500となるので、2000人の武人がいると身動きできない状態になる。当日のかぐや姫家の警備はこういう状態だったことが想像される。
トイレはどうしたんだ?
(*183) 塗籠(ぬりごめ)とは、壁を作らない昔の日本家屋の中で中心付近に作られた唯一の固定壁で囲まれた小さな部屋。初期の頃は神様を祭るのに使われたと言われ、後に夫婦の寝室となり。最後にはただの物置になった!(窓のない部屋だし)。
(*184) 媼役の入江光江さんは、かぐや姫役のアクアをしっかり抱きしめて「やはりこの子、女の子だよねぇ」と思った。むろん抱きしめられたのはF。
(再掲)かぐや姫家想像図
かぐや姫は普段いる私室の隣の塗籠の中に居る。
帝は武人たちに
「空を飛んでいる者はカラスだろうとコウモリだろうと射殺しろ」
と命じておられます。その言葉を聞いて翁は頼もしく思いましたが、かぐや姫は悲しい声で言います。
「どんな所に私を閉じ込めても無意味ですし、どんなにたくさん武人を揃えても月の都の者には対抗できないでしょう。私も今年の初めから月に居る父に、せめてあと何年か地上に留まらせて下さいとお願いしたのですが、どうしてもお許しが出ませんでした。月の都に行けば物を愁うこともなくなるのですが、そんな所へ行きたいとも思いません。(こちらの)父上と母上のこの先を見ることができないのが残念です」
「ああ、かぐやよ。私はもう胸が張り裂けそうです」
と塗籠の外に控えている翁は嘆いています。
(塗籠の中には女だけが居るので、男の翁は入口のところでかぐや姫と会話している)