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■夏の日の想い出・龍たちの讃歌(15)
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ふだんの年のロックギャルコンテストの場合、最終審査は、予め届けておいた3つの曲の中のひとつをその場で指定されて、生バンドをバックに歌う。しかし今年は、昔の“フレッシュガールコンテスト”の最終審査の方式をとることにした。この場合、その場で譜面を渡され、それを初見で生バンドの演奏をバックに歌うのである。ただ、歌いやすいようにメロディーラインをキーボードのフルートの音で演奏するので、不確かな所はその音を頼りにすることができるようになっている。(以前のフレッシュガールコンテストでは生フルートだったが。今年はコロナの折、管楽器を避けた)
使用する楽譜は実は、近いうちに§§ミュージックの歌手の誰かがCDとしてリリースする予定の楽曲で、今回は全て松本花子作品を使用している。松本花子作品は音域もあまり広くなく歌いやすいのが特徴である。ただ、それを初見で歌うには、ある程度の音楽能力を要する。
今回最終審査の審査員のひとりに名を連ねた品川ありさは、自分が優勝した、最後のフレッシュガールコンテストで、今は三つ葉のメンバーとなっている、月嶋優羽(つじま・ことり)が、譜面が読めなかったので、譜面を無視して堂々と違うメロディーで、まるでそれが本当のメロディーであるかのように歌いきり、ハイスコアをもらったのを思い出していた。あれこそ、芸人魂だ。
タレントというものは「できない」から何もしないというのは許されない。できないならできないなりに「魅せる」パフォーマンスをしなければならない。コトリちゃんとか、花ちゃんには、そういうスピリットを随分学んだよなと昔のことを回想していた。
そういえば花ちゃんは
「歌手というのは、ステージの上で歌手を演じる女優でなければならない」
とも言っていた。
「男の子でも女優なの?」
と突っ込んだのは、米本愛心だったかな?でも花ちゃんは
「女の子歌手を演じるなら男でも女優」
などと開き直って言った。
それってアクアのことだったりして??
花ちゃんはどれが本当の顔なのか分からない。物凄く可愛いアイドル歌手も演じることができれば、清楚なクラシック・ピアニスト、派手なメイクのロック・ギタリスト、正統派のポップス歌手、何にでもなりきってパフォーマンスする。それぞれの能力が高い。あの人は器用すぎるのかも知れないという気もする。それでかえってデビューが遅れたのだろう。花ちゃんの能力は底が知れない。
アクアも男役を演じる時はちゃんと男の子に見えるし、女役を演じる時は女の子にしか見えない。映画キャッツアイでは20代の男性刑事も演じてたけど、まだ16歳だったのにちゃんと20代に見える演技ができた。あの子は人気だけではない。物凄い実力を持っている。様々な表情のアクアがあって、アクアは実は7人いるという説もあるけど、本当に7人いるのかも知れない気がしてくる。
品川ありさはそんなことを考えながら最終審査に臨んだ。
今回の最終審査の審査委員(9名)はこういうメンバーである。
ケイ(§§ミュージック会長)、秋風コスモス(同社長)、川崎ゆりこ(同副社長)、シックスティーンの羽鳥編集長、ラララグーンのキセ∫、漫画家の赤坂七郎、作詞家のゆきみすず、§§ミュージックから、山下ルンバ、品川ありさ。
最初に生バンド(ホテルの一室で演奏:生バンドは3組が交替で演奏する。むろん別々の部屋に居る)の演奏をバックに高崎ひろかが歌う。その歌っている最中に1番の人に譜面が渡される。つまり高崎ひろかの歌を聴きながら、初見の楽譜を譜読みしなければならない。集中力が問われる。
高崎ひろかの歌が終わると、1番の人の歌唱である。別の生バンドの演奏を聴きながら初見の歌を歌う。彼女の歌が始まるのと同時に2番の人に譜面が渡されるので、2番の人は1番の人の歌を聴きながら自分に渡された楽譜の譜読みをしなければならない。
最初に高崎ひろかの歌が入ったのは1番の人を他の人と同じ条件にするためである。
審査員は最初の人に80点の点数を付けることにしている。それを基準にして、その後の人の点数を付けていくのである。採点していく過程で、100点を越える点を付けてしまったり、92点の人と93点の人の間だと思ったら92.5点などというのを付けても構わない。
ダンステストで大失敗した須舞さんは、美事に気持ちを切り替えて堂々と歌唱し、審査員たちを感心させた。彼女のリカバリー能力の高さを示すものだ。
ダンステストでトップになった新里さんは、やはりその勢いに乗って物凄く良い歌唱をした。品川ありさは、こんなに歌えるというのは自分が脅威を感じると思った。
最後に歌った雪渡さんはさすが美事な歌唱である。この子はもし1位にならなくても即デビューコースだとありさは思った。
全員の歌唱が終わった段階で、各審査員は自分が付けた点数を整理して、1位から20位までの“順位”を決めて、その順位表を提出する。この順位表を突き合わせて総合的な順位を決める(点数合計ではない)。合唱コンクールなどで行われる“新増沢式採点法”に準拠した方法である。そして審査員は全員対等である。
ただ最終的には若干の調整が入る場合もある。
先頭で歌う人は精神的なプレッシャーが物凄く、圧倒的に不利なので、先頭の人がハイスコアを出した場合は、そのスコア以上に評価される。またダンスパフォーマンスの良かった人も若干考慮される場合がある。
「同点か!」
と多くの審査員が驚いた。
この順位決定法は、ごく希に「同位」というのを生み出す場合がある。
実はNo.20の雪渡知香さんを1位にした審査員が4名、No.12の新里好永さんを1位にした審査員が4名いたのである(もう1人はNo.16の須舞恵夢さんを1位にした)。
この場合は、合唱コンクールなどではあらためて決選投票をおこなう。しかし最終審査の同位というのは、ロックギャルコンテストでは初めての事態だった。審査員は協議した。
「ダンスの点数を入れる?」
「ダンスは雪渡さんは3位、新里さんは1位」
「でも雪渡さんは二次審査までの点数が物凄く高い。今日の第1審査でも最高点だった」
「彼女は本来、昨年のロックギャルコンテストでも優勝にして良かった。東雲はることの差は僅差だった」
「でも新里さんは物凄いポテンシャルを感じる。この子は絶対伸びる」
意見はまとまらない。
審査員長のケイは、自分では意見を出さずにずっと目を瞑って他の審査員たちの意見を聞いていた。そして議論が尽きかけた頃
「同点でどちらも優勝にしようか?」
とケイは言った。
羽鳥さんが言った。
「昔のフレッシュガールコンテストでも同点1位が一度だけあったんだよ」
「あったんですか!?」
みんなそれは初耳である。
「実は2006年のコンテストで、満月さやかちゃんと、秋風メロディーちゃんは本当は同点1位だった」
「満月さやかさんの優勝でメロディーは僅差の2位じゃなかったんですか!?」
とコスモスも驚いて尋ねる。
(秋風メロディーは秋風コスモスの姉。コスモスは姉に用事があって事務所を訪ねて来た所をスカウトされた)
「2人は全く対照的だった。メロディーちゃんは物凄く歌が上手い。だけど、明らかにステージ度胸に欠けた。逆にさやかちゃんはステージ度胸があるけど、歌が絶望的に下手だった」
と羽鳥さんは語る。
「それは本当に極端だ」
とアイドル事情はあまり知らない赤坂七郎さんが言う。
「当時の審査委員は激論をした。それで結局、さやかちゃんはそのままデビューさせても何とかなる。歌が下手なのは目を瞑ろう。でもメロディーちゃんはデビューさせたら絶対数ヶ月で潰れるという意見が大勢になった。それで本当は同点だったんだけど、メロディーちゃんの点数を1点減点して準優勝ということにした。そして1年くらい鍛えてステージ度胸を付けさせてからデビューさせようということになったんだよ」
「それが直らなかったんですよね〜」
と妹のコスモスは言っている。
実はコスモス自身も最初事務所に来た時は、何を尋ねられても、はにかんで俯いているような内気な少女だった。しかし彼女は
「歌手を演じる」
という路線に転じることができた。本人の性格は物凄く内気で、ステージ前には足が震えるほどだった。自分はとても歌手なんて柄ではないと思った。しかし、ステージパフォーマンスを堂々とこなす歌手を演じたのである。それで彼女は爆発的な人気アイドルとなった(人気“歌手”とは言わない)。そして彼女は歌が下手なのは開き直り、“友だち作らない・努力しない・勝利しない”が自分のモットーだと発言し、当時の過度な努力を強要されることに反発する世相に乗った。
実は彼女は物凄く演技がうまい。だから彼女はずっと歌手を演じてきた。しかし彼女はドラマなどには出演しない。「私セリフ覚えきれないもん」などと言っていたので世間では「あの子は、そうだろうな」と思われていたが、本当は、出演すると演技がうまいことがバレて、自身のイメージに反する!からであった。
しかし姉のメロディーの方は妹のような開き直りがどうしてもできなかった。キャンペーンのステージで立っていられなくなって座り込んでしまうということを何度もやってしまいデビューの話がまとまらなかった。
フレッシュガールコンテスト歴代優勝者(括弧内は生年度)
2000 立川ピアノ(1983)
2001 大宮どれみ(1984)
2002 日野ソナタ(1984)
2003 春風アルト(1986)
2004 冬風オペラ(1985)
2005 夏風ロビン(1987)
2006 満月さやか(1989) 準優勝:秋風メロディー(1988)
2007 藤沢ナイン(1994) 準優勝:川崎ゆりこ(1992)
2008 浦和ミドリ(1992)
2009 桜野みちる(1994)
2010 海浜ひまわり(1995)
2011 千葉りいな(1995)
2012 神田ひとみ(1997)
2013 明智ヒバリ(1997) 3位:米本愛心(2001)
2014 品川ありさ(1999) 準優勝:月嶋優羽(2000)
川崎ゆりこのデビューは2009年までずれ込んだが、当時の主力であった、満月さやか・秋風コスモス・浦和ミドリの3人が全員音痴だったため、ゆりこは“§§プロの良心”と呼ばれた。
藤沢ナインはデビューを前にした研修期間中に“声変わり”してしまったことからデビュー辞退して退所した。
海浜ひまわり・千葉りいな・神田ひとみ・明智ヒバリが連続して短期間でリタイアしたため、2014年の春頃、§§プロは桜野みちるが1人で支えていた。その状況を救ったのが最後のフレッシュガールとなった品川ありさだった。
審査員長の私と、副委員長のコスモス、それに羽鳥さんの3人が“審査員室”に入り、そこに同点1位となった雪渡知香と新里好永、およびその親権者を呼び出した。これが19時頃である。
私は言った。
「実は雪渡さんと新里さんは同点首位だったのです。審査員で協議したものの、どちらも優秀で甲乙付けがたいということになりました。それで両者優勝ということにしたいのですが、構いませんか?」
先に反応したのは新里さんだった。
「嘘でしょ?てっきり雪渡さんが優勝、2位が須舞さんで、私は4位か5位くらいだと思ったのに。歌で全然負けてたもん」
雪渡さんは言った。
「本当に同点なんですか?私、新里さんにも須舞さんにも負けたと思ったのに。もし良かったら採点表を見せて頂けませんか?」
「いいよ」
と言って、私はプリントされた採点表を見せた。
「時刻が16:05。これ私が歌った直後の時刻ですね」
と彼女は言った。
時刻を見るというのは鋭い。何か恣意的な操作をした上でリプリントしたのなら、18時台の時刻になっているはずだ。
雪渡さんは、審査員9人の内4人が自分を1位、4人が新里さんを1位、1人は須舞さんを1位にしているのを確認した。そしてその須舞さんを1位にした審査員は、自分を2位、新里さんを3位にしているのも確認して、満足したように頷いた。実際には、その審査員が付けた順位は最終的な順位付けには無関係なのだが、それでも自分の方が評価が上だと判断したのだろう。新里さんの方は採点表を見ても、そもそも見方がよく分からないようだ。
ちなみに審査員の名前は出ていないので、誰がどちらを1位にしたのかは分からないようになっている(実は審査員の私たちも分からない)。
「いいですか?」
と言って私は採点表を下げた。
「同点1位というのは、もしかして彼女とペアを組むんですか?」
と雪渡さんは尋ねた。
「基本的には数ヶ月の研修期間を終えた上で各々ソロでデビューというのを考えています。むろんお二人が研修中に仲よくなってペアを組みたいということになれば、その時点で考えてもいいです」
「新里さん可愛いし、私はペアでもいいですけど、じゃ取り敢えずは各々ソロでの活動という方針ですね」
と雪渡さん。
「私も雪渡さん、凄くしっかりしているみたいだから、ペアでもいいですけど、ソロで頑張れということであれば頑張ります」
と新里さん。
2人ともうまく言葉を選んでいる。ペアを組んでと言われたらそれを受け入れることを表明しつつ、本音としてはソロでやりたいという気持ちのようだ。どちらも頭の回転が速いなと私は思った。
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